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第八十四話 「マウル奪還作戦」

 大広場で演説を行った日の夜。

 食事を終えてくつろいでいると、玄関をノックする音が聞こえた。


「ますたー、お客さんだよ」

「客とは珍しいな」


 俺の家に来る客なんて数人しか居ない。

 魔導研究所の関係者が夜中に訪れるとは思えない。

 だったら答えはひとつだ。


「こんばんは。夜分に失礼するよ」

「やっぱり、リックか。

 どうしたんだ? こんな時間に」

「ちょっと急を要してね。

 上がってもいいかな?」

「いいけど」

「あっ。これ、お土産ね」

「わぁー! プリンだ!」


 リックのやつ成長したな。

 ミスティを食べ物で釣る事を覚えたか。

 しかも生クリームとフルーツが乗っている高級品。

 効果はバツグンだ。


「冷えてるから、すぐに食べるといいよ」

「ヘンタイのお兄ちゃん、ありがとう!」

「ミスティちゃん。

 僕はヘンタイのお兄ちゃんじゃない。

 ロリコンのお兄ちゃんだよ」

「そこ、訂正する所か?」

「ふぇ……ますたーといっしょだね」

「一緒じゃないからな。

 で、急用って何?」

「あぁ、これを持ってきたんだ」


 リックは小さな紙の箱を取り出した。

 タバコの箱くらいの大きさだが、手に取ると意外と重い。

 だが妙に手に馴染む重さだ。


「開けてみてもいいか?」

「もちろん」


 中には折りたたまれた大きな紙が一枚と沢山のカードが入っていた。


「これは……デッキとルールブック」


 これらは本物ではない。

 日本語版のカードと記憶を元に俺が翻訳し、リックがイラストを描いた代用品(プロキシ)だ。

 最近ではロッテも誤字の訂正に協力してくれている。

 ルールブックも俺が作成した物だ。


「今日完成したんだよ。

 スリーブ……だっけ?

 魔符(カード)を保護する袋は試作品すら出来てないんだけどね」


 スリーブの主な素材はポリなんとかだからな。

 石油燃料すら使われていない世界じゃ、製造するのは難しいか。

 それよりも注目すべきはプロキシの品質だ。

 テキストは全て写植になっており、カードの耐久性も問題なし。

 ぶっちゃけアジア版よりも分厚くて丈夫だ。

 リックの実家にあるコピー機で作成した物とは比べ物にならない。


「すげぇよ! この出来なら文句なしだ!

 どうやって作ったんだ?」

「最初は造幣所と交渉してみたんだけど、あっさり断られたんだ。

 そこで出版社に掛け合って頼み込んだんだよ。

 幸い、そこのお偉いさんと意気投合してね。

 特にこの娘がお気に入りだってさ。

 君のアドバイスのお陰だよ」

「いや……それはリックのジツリョクダヨ」


 出版社のお偉いさんはパンツを穿いてないのが好みらしい。

 リックとノーパンロリについて語り合える人物が居るとは……都会の闇は深いな。

 ともあれ、そのお陰でこのクオリティの物が出来たのなら感謝するべきか。


「これと同じ物を五十セット作った。

 原価は一セットあたり一万ガルド弱かな」

「たっけぇ!」

「大丈夫。再生産分からはコストを十分の一以下に抑えられる。

 国民的な娯楽として普及させる事が出来れば、十分に収益を得られるよ」


 それでも千ガルドか……。

 日本とは異なるのは分かっていても高く感じてしまう。


 だが、デッキレシピは値段に見合う内容にしたつもりだ。

 初心者でも扱いやすいように、攻撃力を上昇させる(パンプアップ)能力を中心として組んである。

 日本語版のスターターデッキには二枚しか入っていないカードも四枚収録。

 能力無効化(ディスペル)守護天使(トゥテラリィ)も四枚ずつ入っている。

 これらは日本語版のスターターには入っていない。

 高レアリティカードを惜しげも無く収録した豪華デッキだ。


「絶対に流行るよ。保証する」

「まずは僕の地元の商人に声を掛けてみるよ。

 早速、明日から営業するつもり」


 リックの奴、やる気に満ち溢れているな。

 この行動力は見習いたい。


 ……でも、待てよ。


「明日からって仕事はどうするんだ?」

「その件だが……いや、実はそっちが本題なんだ」

「え?」

「実は今日付けで軍を除隊になった」

「は?」


 何を言っているんだ?

 確かリックの兵役が終わるまで、まだ数ヶ月残っていた筈だ。

 なのに軍を除隊……クビって事なのか!?


「君の演説は実に羨ま……素晴らしかったよ」

「お前も聞いていたのか……って話を逸らすなよ」

「そうじゃないんだ。

 あの演説の後、呼び出しを食らってね。

 そこで除隊を命じられたんだ。

 いきなりだったから僕もビックリだよ」


 いきなり呼び出されてクビを宣言されたのか。


「おかしくないか?

 だってさ、お前強いし、町の為に立派に働いてるだろ。

 ……まさか、上司の娘に手を出したとか?」

「僕がそんな事をするように見えるの?」

「見える」


 悪いが、リックはいつも幼女にセクハラしてるからな。

 それが理由なら、いくら親友でも擁護は出来ない。


「……そうじゃない。

 僕以外にも大勢が除隊させられたからね。

 そして除隊させられた人たちには共通点がある」

「共通点? 階級とか?」


 全員ロリコン……じゃないよな。

 なんだろう? 全く分からない。


「全員が地方貴族の出身なんだ。

 僕のように社会勉強で入隊した者も居れば、一族の男子全員が軍に入隊している武家出身の者も居る。

 階級は関係ない。

 そのほぼ全員が除隊され、五日以内に故郷へ帰る事を命じられた。

 ようするに、僕らは王都から追い出される訳だ」

「どうしてそんな事をするんだよ。

 自ら戦力を削いでるだけじゃないか」

「理由は分からない。

 けど、僕は七日後の作戦が関係していると睨んでいる」

「七日後……あれか」

「君は行くんだろう?

 止めても無駄なのは分かっている。

 君にも立場があるからね。

 だが、くれぐれも警戒は怠らないようにして欲しい」

「あぁ……ありがとう」



 ◆◆◆◆



 あっという間に七日間が過ぎた。

 命令されるがまま、ひたすら準備に追われていた気がする。

 リックの話が気になったので探りを入れてみたかったのだが、そんな余裕はなかった。 色々と引っかかる点は多いが、ここまで来たら腹をくくるだけだ。


 軍の精鋭部隊は北側の門から王都を発つ。

 メンバーは俺とジャスティス、それに兵士がおよそ千人。

 もちろんミスティも一緒だ。

 ちなみに符術士のオッサンは王都に残る事になった。

 足手まといだからではない。

 万が一の時に外敵から王都を護る為だ。

 初めて会った時は盗賊の仲間だったのに立派になったな。


 目的地までは徒歩で向かう。

 マウル近郊は馬では進入出来ない可能性があるからだ。

 そもそも千人も居るのだから馬が足りるかどうかも怪しい。

 しかも、俺を除く全員が魔術と物理攻撃を無効化させる鎧を纏っている。

 馬車を用意しても重量が足かせになりそうだ。


「俺にはあの鎧はないのか?」

「あなたは符術士ですからね。

 あれは必要ありませんよ」

「なるほど……ん?」


 だったらジャスティスは何故その鎧を着けているんだ?


「あぁ、私は立場が有りますからね。

 仕方なく身に着けているのです。

 どうぞ、お気になさらず」


 ちょっぴり除け者にされてる気分だが、まぁいいか。

 あの鎧重そうだし、普段の服の方が動きやすい。

 俺には頼れる相棒(ミスティ)も居るしな。



 時折現れる野生動物(モンスター)を討伐しながら進む事、およそ三時間。

 左右に長く伸びる巨大な壁が見えてきた。

 王都を囲う防護壁よりも遥かに大きい。

 まるでベルリンの壁のようだ。

 ……社会の教科書でしか見た事無いけど。


「ここから先は亡霊(ゲシュペンスト)が出没します。

 ですが、我々には神の装備が有ります!」

「亡霊だか下衆だか知らないが、俺たちの敵じゃないだぜ!」

「おおーっ!」


 兵士たちは強敵との戦いを前にして盛り上がっている。

 この様子なら本当に俺の出番はないかも知れない。


「三人から五人でチームを組み中を探索。

 亡霊は発見次第、各自の判断で討伐して下さい。

 ただし、不死の静寂を見つけた場合は私に知らせる事」


 ジャスティスが前に歩み寄り、馴染みのない魔術を唱えた。

 すると巨大な門がゆっくりと開き、兵士たちがなだれ込むように中へと入っていく。

 ここから先は立ち入り禁止区域だ。

 地図では赤い斜線で覆われていた所だな。


「私たちも参りましょう」

「あぁ」


 最後に俺とジャスティスも中へ入った。

 この中の何処かに不死の静寂が潜んでいる。

 意外と恐怖はない。

 どちらかと言うと少しワクワクする。


 だが、そんな高揚感も長くは続かなかった。

 突然、激しい頭痛が俺を襲ったのだ。


「どうかされましたか?」

「ますたー、だいじょうぶ?」

「多分、すぐに収ま……ぐぁっ」


 強がってはみたが身体は正直だ……。

 立っているのも辛くなり、地べたに膝をついた。

 しゃがんでいると少しだけ楽になる。


 数分ほどじっとしていると、先ほどまでの激痛が嘘のように引いていった。

 ただの偏頭痛だったのか、それともミスティが回復してくれたのか。


「ありがとう……もう大丈夫だ」


 二人に礼を述べ、ゆっくりと立ち上がる。

 ……二人からの返事はない。


「あれ……?」


 それからすぐに周りに誰も居ない事に気付いた。

 辺りに散らばっていった兵士たちはともかく、ミスティが居ないのはおかしい。


『久しぶりだな』


 背後から声がした。

 ジャスティスやミスティではない。

 しかし、どこかで聞いた声だ。


 恐る恐る後ろへ振り返る。

 そこには真っ黒なローブを纏った金髪の男が居た。

 両手で数十枚のカードを持ち、真剣に見つめている。

 会った事のない男だ。


 だが、俺はこの男を知っている。

 何故かそんな気がした。


『ふむ……霊騎士ガイストか』

「ガイスト……」


 馴染み深いカード名が気になり、思わず腰のデッキホルダーに手を伸ばす。

 そして、こういう時の不安は的中するものだ。


「俺のデッキが……ない!?」

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