表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/111

第八十三話 「演説」

 俺はジャスティスに呼び出されて、西居住区の大広場へやって来た。

 エボルタの処刑が行われた場所だ。

 その関係か、神父らしき人がお祓いを行っている。

 処刑に使われた設備は全て取り払われ、血痕も残っていない。

 まるで昨日の出来事が嘘のような清潔さだ。


 今日、ここで俺が演説を行う予定となっている。

 一応、台本には目を通したが、精神的な疲労もあり、全く頭に入ってこなかった。

 なので、ぶっつけ本番だ。

 台本を見ながら読み上げるだけなので、なんとかなるだろう。


 既に観客席は沢山の人々で埋め尽くされている。

 手前は軍人で後ろに一般人か。

 昨日よりもかなり多いな。


 お祓いが終わり、外套を羽織った中年男性がステージに登り演説を始めた。

 立派な髭と小柄な体型のギャップがなんとも言えない。


「おや? なぜユーシャがおるのじゃ?」

「おはよう。ロッテちゃん」

「おう、ロッテか。

 珍しくかわいい格好をしてるじゃないか。

 ひょっとして今日も学校サボりか?」

「シッケイな。今日はお休みなのじゃ」

「そか、失礼」

「お休み? じゃあ、ミスティと遊べるね!」


 ここでロッテに会うとは意外だな。

 今日は綺麗なドレスを着ている。

 こうして見るとお姫様っぽい。


 ロッテと雑談をしながら時間を潰す。

 こう言う時に知り合いに会えるっていいな。

 不安と緊張が消えてゆく。


「それにしても、あのオッサンの話長いよな。

 まるで学校の校長先生みたいだ」

「あれはわらわの父上なのじゃ」

「へー、ロッテのお父さんか……えっ?」


 待てよ。

 ロッテはこの国のお姫様で、その父親って事は……王様?

 やべぇ! こっちに来るぞ!?

 しかも、強そうな兵士を二人も引き連れてる。


「待たせたね。シャルロッテ。

 奥に飲み物を用意してある。

 パパと一緒に行こうか」

「もう少しユーシャといっしょにいるのじゃ」

「では、君があの……」

「はい! い、イズミです」


 ロッテが俺の左腕に抱きつき、王様と目が合った。

 思わず右手で敬礼のポーズを取る。


「娘から色々と聞いている。

 君には期待しているよ」

「えっ……あ、ありがとうございます」

「おっと、私のふたつ後が君の番だったな。

 そろそろステージに行った方がいい」


 王様に礼を述べ、ステージに向かう。

 かなり緊張したけど、話してみると普通に優しそうなおじさんだったな。


 兵士に案内されてステージに立った。

 三階建ての屋上から地上にある客席を見下ろすような形になる。

 観客はかなり多いが、距離が有るので、さほど気にしなくても済みそうだ。


 ステージの中央にはスタンド付きマイクが設置してある。

 このマイクに向かって話せば、広場全体に声が響く仕組みだ。

 声を張り上げなくても良いのでありがたい。


 俺は深呼吸をした後、懐から台本を取り出した。


「皆さん、はじめまして。

 ご紹介にあずかりました、符術士のユーヤ・イズミです。

 皆さんは十年前に起こったマウルの惨劇をご存知でしょうか?

 ここ数年の平和な日常の中で、記憶から薄れている人も多いと思われます。

 この今世紀最大の虐殺事件は、北カトリア帝国の送り込んだ二体の悪魔によって起こされました。

 俺も……マウルの惨劇で両親と弟を失いました」


 もちろん、これは真実とは異なる。

 俺の両親は日本在住だし、一人っ子だから弟なんて居ない。

 これは台本をそのまま読み上げているだけだ。

 もう八ヶ月も会ってないな。

 突然居なくなって心配してるかも知れない……。

 おっと、ホームシックに陥ってる場合じゃない。

 続きを読まなきゃ。


「その二体の悪魔の片割れ━━呪われし雪風エヴォヴァ……」


 噛んだ。

 エボルタの本名は言い難いんだよ。


「エドヴァルド・ヴォルフは昨日処刑されました。

 これは俺との召喚戦闘での敗北。

 そして魔導研究所の開発した神の鎧と神の武具によって成された。

 人類初の偉業です」


 自分の作った武器防具に神とか付けるセンス……痛いな。

 ジャスティスなんて名乗るくらいだから、ああ見えて中二病なのかも知れない。


「しかし、これは反撃の始まりに過ぎません。

 もう一体の悪魔━━不死の静寂ローラント・ハルトマンはまだ国内に潜伏しています。

 悪魔はあなた達の生活を脅かそうと機会を伺っているのです。

 ですが、ご安心下さい。

 軍は悪魔の居場所を特定しています。

 だが、敵は二千人もの死者を出した強大な悪魔。

 現状の戦力では少し心許ないのは否定出来ません。

 そこで、俺と一緒に悪魔を討伐してくれる聖戦士を募集し……ます?」


 は?

 ……ナニコレ?

 不死の静寂ってあれだよな。

 マリアの母親を訳の分からない方法で殺害したやつだ。

 なんで俺がそれと戦う事になってんだよ!?


「聖戦士には悪魔を討つ神の装備が与えられます。

 これが有れば、符術士や悪魔も敵ではありません。

 共に不死の静寂を倒し、真の平和を取り戻しましょう」


 台本はここで終わっている。

 観客の反応は薄い。

 みんな、呆気にとられているように見える。

 そりゃそうだよな。

 俺だって何が何だか分からない。


「ユーシャ。ちょっと耳をかすのじゃ」

「ん? なんだ?」


 すぐ後ろで見ていたロッテが隣にやって来た。

 ステージ上だが、演説は終わったので、しゃがんで耳を貸す。

 すると右の頬に、暖かくて湿った感触が伝わってきた。

 てか……キスされた!?


「おまっ、いきなり何すんだよ!?」

「ふふふ……キセージジツなのじゃ!」


 また誰かに余計な事を教えられたな。

 どうせ既成事実の意味なんて分かってないだろ。



「おい、あれ王女様じゃないのか?」

「本当だ。まさか英雄様と深い関係だったなんて」

「でも王女様ってまだ子供じゃないか」

「確か十歳だよ。なんて羨ましい」

「えっ? 羨ましい?」

「えっ? 何かおかしな事言った?」



 ほっぺにキスされた事で、観客席は今までにない盛り上がりを見せる。

 演説に対する薄い反応とは大違いだ。


「あーっ! ロッテちゃんずるーい!

 ミスティもますたーにチューするの!」


 唖然としていると左頬にぬくもりを感じる。

 今度はミスティにキスされたようだ。

 そして、これが火に油を注ぐ事となる。



「おおーっ!」

「幼女を二人も!?」

「這いよーるローリコン!」

「這いよーるローリコン! ローリコン!」

「ローリコン! ローリコン! ローリコン!」

「ローリコン! ローリコン! ローリコン! ローリコン!」



 瞬く間に会場はロリコンコールで埋め尽くされる。

 俺の二つ名を連呼しているだけだと分かっていても、複雑な気分だ。

 つーか、これ……イジメですか?


「のう、ユーシャ。ローリコンってなんじゃ?」

「知らんでいい。てかさ……これ、お前のせいだぞ」

「よくわからぬが、にぎやかで良いではないか」

「たのしいね! ますたー」

「よくねーし! 楽しくもねーよ!」


 困ったものだが、二人とも悪気がないのが分かっているので強く叱れない。

 もっとも、観客はどうだか分からないけどな。

 面白がっている奴も多そうだ。


「お疲れ様です。素晴らしい演説でした。

 後は私におまかせ下さい」


 ステージ上で固まっていると、背後から声を掛けられた。

 本日の主催でもあるジャスティスだ。

 調度良い……彼には訊きたい事が山ほどある。


「本当に……不死の静寂と戦うのか?」

「はい。私はこの為に長年研究を重ねてきたのです」

「相手は訳の分からない方法で符術士を瞬殺するような奴だぞ。

 あんなのと戦うなんて聞いてない」

「ご安心下さい。

 あなたは軍の士気を上げる為に同行して頂くだけで結構です」


 あれ? 俺は戦わなくていいのか。

 ……だったら別に構わないかな。

 でも、一人で二千人もぶっ殺したそうだし、近づくだけでも相当ヤバいんじゃ……。


「あれを倒すのは私の役目です」

「えっ……」

「皆さん、静粛に!」


 ジャスティスはマイクを取り演説を始めた。

 まだ聞きたい事はあるけど仕方がない。

 ミスティとロッテを連れて後方に移動する。


「のう、ユーシャ。

 ショチョーの話はつまらんのじゃ。

 わらわといっしょに父上の所に行かぬか?」

「悪い。俺はここに残るから、ミスティと二人で行ってくれないか?」

「わかったのじゃ……。

 ミスティ、あっちであそぶのじゃ」

「うん! ますたー、またねー」


 俺はその場に残り、ジャスティスの演説に耳を傾ける。

 その内容は俺の演説を補完するような内容だった。


 決戦は七日後。

 豪華な成功報酬も提示され、観客席の軍人━━特に傭兵たちは大はしゃぎだ。

 ただし、武器防具の数に限りが有る為、現地に赴く者は約千人に絞られる。


 たった一人を相手に千人は過剰にも思えるが、それほど危険な相手なのだろう。

 だが、絶対に勝利すると言う意思も伝わってくる。

 あの自信に満ちた態度から、何か策があるのだろう。



 ジャスティスの演説が終わった後、短い時間で質問をする。

 不安がないと言えば嘘になる。

 だが、次の台詞が俺の心を揺り動かした。


「これが終われば、例の魔符(カード)をあなたに差し上げましょう」

「マジでっ!? あれ全部!?」

「もちろん。そういうお約束でしたからね」

「だったら、全力で頑張ります!」


 ついにアタッシュケースに入った大量のカードが手に入る。

 おそらく二千枚は入っているだろう。

 しかも全部日本語版だ。

 白のカードはマリアにおすそ分けしてもいいな。

 久しぶりに構築について語り合えるぜ。

 構築が終わったら複数のデッキを使って対戦三昧だ。

 あー、楽しみだなぁ……。


「では、私は仕事があるので失礼します」

「あっ、はーい。お疲れ様でしたー」


 決戦は七日後。

 これが最後の大仕事だ。

 もっとも、魔導研究所では仕事らしい仕事なんてやってないけどな。


 相手がどんなバケモノだろうが関係ない。

 お宝(カード)の為にやってやるぜ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ