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第八十二話 「公開処刑」

 楽しいショーだと?

 今から始まるのは処刑なのに、何を言ってるんだ。


「あそこに居る三人はエドヴァルトに殺された者の遺族なんです。

 処刑であると同時に、彼らにとっては仇討ちでもあるのです」

「は? あいつら軍人じゃないのか?」

「二人は冒険者。一人は商人ですね。

 ですが、心配は要りません」


 ジャスティスは落ち着いているが、俺には不安で仕方がない。

 冒険者の二人はともかく、商人には荷が重すぎる。


 数分後、処刑人たちとは少し離れた場所の床板が外れ、地下からエボルタが姿を現した。

 ディーなんとかって名前の符術士のオッサンも一緒だ。


「じゃあ、手錠を外しますけど……わしには手を出さないで下さいよ」

「てめぇのような雑魚に興味はねぇ。

 とっとと外しやがれ」

「ひいっ! はっ、はい」


 エボルタの両手を拘束していた手錠を外し、オッサンは地下へと消えて行った。

 ん? どういう事だ?

 これから処刑させる死刑囚の拘束を解く理由が分からない。


「エドヴァルトが彼らを全員倒した場合、刑を軽くする約束となっています」

「えっ? それじゃ処刑じゃなくて殺し合いじゃないか」

「はい。中からは外の様子は伺えません。

 完全な密室で殺し合いをして頂きます」

「相手は符術士だぞ。無謀じゃないか?」

「見ていれば分かりますよ」


 符術士に物理攻撃や魔術は通用しない。

 訓練された兵士でも、傷ひとつつける事が出来ないだろう。

 いくら三対一とは言え、これでは返り討ちにあうだけに思える。


「てめぇらが俺様の獲物か。

 どいつも知らねぇ顔だな」

「お、俺の親父はマウルの惨劇で死んだ。

 お前の所為で死んだんだ!」

「そいつはお気の毒だったな。

 だが、あれはハルトマンのおっさんの仕業だ。

 俺様は関係ねぇ」

「関係ないだと!?」


 処刑人の一人が一歩前に出て、エボルタとの因縁を語りだした。

 エボルタは関与を否定しているが、事実はどうだか分かったものではないな。


「ぼ、僕の姉は貴方との召喚戦闘で亡くなりました」

「ほぅ、俺様が相手をしてやったと言う事は、それなりに有名な奴か」

「天導の妖精フランツェスカ・パルマーです」

「覚えてねぇな……。

 だが、そいつの死因が召喚戦闘に負けた事なら、納得して死んだんじゃねぇのか?

 それが符術士同士の闘いにおけるルールってやつだからな」

「例え姉が納得済みだとしても、僕は貴方を許せません!」


 二人目は符術士の弟か。

 天導の妖精フランツェスカ……聞いた事のない名前だな。

 俺がこの世界に来るよりも前に、この世を去った人物かも知れない。


「冒険者であった私の兄はあなたに殺された。

 関係ないとは言わせませんよ」

「冒険者? ひょっとして、賞金目当てのクズの事か?」

「クズだと!? 兄を愚弄するか!」

「金目当てで人殺しをしようとする奴をクズと言って何が悪い?

 俺様は正当防衛をしただけだぜ」

「貴様ーっ!」


 エボルタの言い訳に激昂した三人目が剣を抜く。

 真横に薙ぎ払われた剣がエボルタの頬をかすめ、傷口から真っ赤な血が滴り落ちる。


 ……おかしい。

 符術士が剣で斬られたくらいで出血するなどありえない。

 通常ならば英霊の加護により、剣が粉々に砕け散るはずだ。


「くっくっく……少しは楽しめそうじゃねぇか。

 青の契約者エドヴァルト・ヴォルフの名のもとに。

 雑魚共に実力の差を見せてやる! 氷獄魔術(ヘレディスイーリス)!」


 エボルタが詠唱を終えると、処刑場の床が凍りつく。

 氷は瞬く間に広がり、ガラスを曇らせる。

 これで外からは何も見えなくなった。


「おい、止めないとヤバいんじゃないのか?

 このままじゃ、あの三人が殺されてしまうぞ」

「落ち着いて下さい。この程度は想定内です」

「あんなのを見て、落ち着いてなんか居られるかよ!」


 こうなったら仕方がない。

 あの場に乱入して、もう一度エボルタを倒す!

 時間はない。処刑場に通じる道も分からない。

 ガラスを破壊して正面突破だ。


「外壁を破壊するつもりですか?」

「だったら何だって言うんだよ」

「危険なのでやめて下さい。

 外壁を破壊すれば観客が巻き添えになります」

「なっ……」


 公開処刑を観に来ている観客はざっと千人以上。

 俺が無理やりガラスを割って乱入した場合、これだけの人数がエボルタの魔術に巻き込まれる。

 中の三人を見殺しにするしかないのか。


「心配は無用です。

 我々の技術の粋を集めて完成させた対魔術装甲は、あらゆる物理攻撃と魔術を無効化します」


 言われてみれば、あのガラスはなんだか妙だ。

 あれだけの魔術でもヒビひとつ入っていないし、寒さも全く感じない。


「そろそろ頃合いですね」

「は? そろそろって何だよ……まさか!」


 嫌な考えが頭の中を駆け巡る。

 その時、処刑場から大きな衝撃音が鳴り響く。

 聞きなれない音に周囲がざわつき始めた。


 だが、俺はこの音━━銃声を知っている。

 おそらくエボルタが所持していたハンドガンだろう。

 符術士を傷付ける事が可能な謎の武器。

 俺も一度、あれに撃たれたが、かすっただけなのに、あまりの激痛に意識を失った程だ。

 空砲なら良いのだが……。


 俺たちが銃声に気を取られている間に、処刑場を覆い尽くしていた氷が溶け出し、中の様子が少しずつ顕になってきた。


「くそっ……霧でよく見えない」


 霧の中から見える人影は四人。

 良かった。

 全員生きているようだ。


 だが、安堵したのもつかの間、二発目の銃声が鳴り響いた。

 一人が腹部を押さえて膝をつく。

 撃たれたのは……エボルタだ。


「どうして……だって、あれは」

「御察しの通り、あれはエドヴァルドからの押収物です」


 手で押さえただけでは出血は止まらない。

 彼の腹部は見る見るうちに赤く染まる。

 別の男が追い打ちを掛けるように剣を振り下ろした。

 エボルタの右腕を肩口からバッサリと切り落とす。


 悲鳴と歓声が観客席を埋め尽くす。

 満身創痍となったエボルタに、三人の処刑人は容赦なく追撃を加える。

 勝敗は決した。

 もはやエボルタの死は時間の問題だ。

 俺は思わず目をかたく瞑る。


 数分後、観客席から聞こえてくる歓声がひときわ大きくなった。


「終わりましたよ」

「全部、あんたの計画通りなのか?」


 人間の死体を見るのには慣れていない。

 処刑場から視線をそらしつつ、ジャスティスに疑問を投げかける。


「彼らが装備している武器防具は、最新の対魔術技術を用いて作り上げた最高傑作です。 無傷で符術士をなぶり殺しに出来る程のね」


 あらゆる物理攻撃と魔術を無効化する部屋と防具、それに符術士を殺せる武器を持った男が三人。

 対してエボルタはデッキを取り上げられ無防備だ。

 魔術も無効化されているので丸裸に近い。

 殺し合いの形式を取っては居るが、これは紛れもない処刑だった。

 サ○シ対ロ○ット団のように、最初から勝敗が決まっていたのだ。


「罪人の処刑、遺族による仇討ち、新兵器の実験。

 この公開処刑はこれら全てを兼ねています。

 合理的でしょう?」

「反吐が出るくらい合理的だよ」


 一石二鳥ならず、一石三鳥かよ。

 確かに合理的かも知れないが、何だか気に食わないやり方だ。


「ですが、これで終わりではありませんよ。

 彼の死にはもっと役立って貰わなければなりません」

「はぁ?」


 ジャスティスが何を言っているのか、さっぱり分からない。

 今度はエボルタの死体で生物兵器でも作るのか?


「そこで、あなたに宿題です」

「え? なんで俺に?」


 ジャスティスは鞄から一枚の紙を取り出し、俺に差し出した。

 何もこんなタイミングで渡さなくてもいいのに……正直言って面倒くさい。


「明日、あなたに読んでいただく台本です」

「台本?」

「観客席を御覧なさい」


 なるべく処刑場を視界に入れないように、ゆっくりと視線を動かす。

 だが、それは杞憂だった。

 俺が視線を逸らしている間に処刑場には幕が張られていた。

 心遣いに胸を撫で下ろす。

 いくら嫌いな奴とは言え、惨殺死体は見たくないからな。


 観客席では数え切れないほどの人々が喜びを表していた。

 叫んだり、抱き合ったり、喜び方は様々だ。

 とても公開処刑が行われたとは思えない。


「エドヴァルドと言う国民の共通の敵が倒されました。

 それも符術士でも軍人でもない一般人によって成された。

 この事により、民衆の心はひとつに纏まろうとしています」

「みたいだな……」

「この熱気が冷めない内に我々は作戦を決行します」

「作戦って?」

「台本を読めば分かります。

 くれぐれも内密にお願いします」


 台本とやらに目を通す。

 紙にはぎっしりと文字が詰められている。


「暗記はしなくても大丈夫です。

 本番で噛まない程度に練習しておいて下さい」

「……戻って練習しておきます」

「期待していますよ」


 台本を懐にしまい、席を立つ。

 読むだけなら、この場でも出来るだが、長居はしたくなかった。



 ◆◆◆◆



「おかえりなさい。

 ますたー、どうしたの? 元気ないよ」

「ん……なんでもない」

「ミスティが元気にしてあげる。

 ますたー、ここにおすわりして」

「ん? こうか?」


 促されるがまま、ミスティと並ぶようにソファに座る。

 すると、急に身体に重みを感じた。

 見えない力に横に倒される。

 柔らかいモノが枕のように俺の頭を受け止めた。

 痛みは全くない。

 なんだか、いい匂いもする。

 心地よくて眠気を誘う。

 あぁ、分かったぞ。

 これは……。


「ミスティ。魔法を使って、無理やり膝枕をするのは……」

「わるい人が来ても、ミスティがめーっしてあげるから大丈夫だよ」

「まぁ、いいか……おやすみ」

「うん。おやすみ。ますたー」


 台本に目を通すのは後でも出来る。

 このまま身を任せて、少し昼寝をする事にしよう。


 精神的に疲れていたのか、夢も見ずにぐっすりと眠れた。


 俺が目を覚ますのは、その日の夜。

 警備員が見回りに来る時間であった。

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