第八十一話 「最後の晩餐」
王都に引っ越してから一ヶ月程の時が流れた。
未だにジャスティスとカードで対戦出来ていない事を除けば、満足な生活を送っている。
魔石の扱い方もなんとかコツが掴めてきた。
時間に余裕が出来た為、最近では仕事中にプロキシを作るのが日課になりつつある。
さて、今日も楽しいお仕事の時間だ。
まずは地下に収容されているエボルタに食事を運ぶ。
職員が用意した食事を受け取った時に違和感を覚える。
いつもの質素な食事と異なり、今朝はやけに豪華なのだ。
パンとスープに加えて、ステーキにサラダ、デザートまである。
そして液体の入った茶色い瓶……これは酒だな。
「これ、他の人の食事と間違っていませんか?」
「いや、合ってるよ。今日はそいつを御馳走してやってくれ」
「はぁ……」
疑問を抱きつつも、いつもどおりに食事を運ぶ。
「おーい、エボルタ。餌だぞー。今日は御馳走だぜ」
「待ちくたびれたぜ……おっ、肉と酒じゃねぇか!
そうか、てめぇもようやく俺様の要望を聞いてくれるようになったか」
「軍が用意した食事だよ。俺の差し入れじゃないぞ」
「くっくっく……そうか、そう言う事かい」
「じゃ、またなー」
「待ちな。たまには俺様の昔話を聞いていきな」
「興味ねーし、俺は忙しいんだよ」
本当は暇を持て余しているのだが、こいつにはあまり関わりたくない。
「それが魔符に関する話だと知ってもかい?」
「仕方ねーな。少し付き合ってやるよ」
こいつは嫌いだが、カードの話と言われれば聞かない訳にはいかない。
これがきっかけで、新しいカードを入手出来るかも知れないからな。
「もう十年以上前だ。南北カトリア戦争は知ってるよな。
今では侵略戦争って事にされているが、実はそうじゃねぇ。
俺たち北カトリアの精鋭部隊は、先代の皇帝陛下の勅命を受け、この国にある最強の魔符を求めてやって来たんだ」
「最強のカード?」
「くっくっく……やっぱり食いついたな。
デッキに入れれば必ず勝利をもたらす最強の魔符。
なんでも、そいつを手にれた者は神になれるそうだ」
「エボルタ。お前それでもカードゲーマーか?
必ず勝利をもたらす最強のカードなんて存在しない。
どんなぶっ壊れカードでも、ひとつかふたつは相性の悪いデッキがある。
もし、ひとつのカードが環境を制するとしたら、それはクソゲーだ。
対策が遅れれば、プレイヤーは離れ、商売として成り立たなくなったカードゲームは販売終了。
最悪の未来が待っているんだよ」
「あん? お前は何を言っているんだ?」
俺はバランス調整をミスって終了したカードゲームをいくつも知っている。
もし、エボルタの言う最強のカードが実在するのなら、それは【フェアトラーク】の終焉を暗喩しているに等しい。
そんな事は認めたくない。
「まぁ、いいか。話を続けるぜ。
計画は順調だった。
だが、ある日……同行していたハルトマンのおっさんが化け物になっちまった」
「化け物……不死の静寂ってやつか?」
「あぁ、そうだ。
あの化け物には敵味方の区別なんてねぇ。
俺様は必死で逃げた。
生き延びる為に見ず知らずの他人を囮にもしたな」
この話は過去に聞いた事がある。
おそらくマリアの父親の事だろう。
このクズは収容所送りになっても反省なしかよ。
「しかし、そこで誤算が生じた。
思ったより、お偉いさん共の仕事が早くてな。
国境の警備が厳重になり、俺様は祖国に帰れなくなっちまった」
「自業自得だな」
「それから俺様は最強の魔符を求めて各地を回った。
そいつさえ手に入れれば故郷に帰れるかも知れないからな。
東に古代迷宮があると聞けば探索をし、西に強い符術士が居ると聞けば決闘を挑んだ。
何人かは召喚戦闘に負けて、そのまま魔符の魔力に耐え切れずに死んじまったっけな。
楽しかったなぁ……くっくっく」
何が楽しいのか、さっぱり伝わって来ない。
やっぱり、こいつは狂ってやがる。
「お前の身の上話はいいから、早く最強のカードについて教えろよ。
俺と戦った時のデッキには入ってなかったよな」
「せっかちな奴め……見つかっちゃいねぇよ。
だが、検討はついた。てめぇだよ」
「は?」
「てめぇが最後に使った黒い騎士……俺様はそいつが最強の魔符だと思っている。
そいつを何処で手に入れた?」
「故郷の店で買ったんだよ。
一枚はパックで当てて、三枚はシングルで買った」
「パック? シングル? 何だそりゃ?
意味の分からねぇ事言いやがって……。
そんな化け物みたいな魔符が買える訳ねぇだろ」
この世界の人にとってはエボルタの言うとおりなのだろう。
だが、ガイストは日本で買ったカードだ。
こちらの常識は通用しない。
市場に流通している枚数は日本語版だけでも十万枚以上。
そんなカードを持っているだけで神になれる訳がない。
それに……。
「ガイストは最強のカードなんかじゃない。
確かに強いカードだが、対策方法はある」
「ほぅ……」
「ガイストの弱点は能力の発動条件の多さだ。
ダメージが五点以上じゃないと発動出来ない必殺技能力である事。
発動時、墓地に《霊》が二枚以上ないと、効果を最大限に発揮出来ない事。
リーダーエリアと手札、合計で二枚のガイストが必要な事。
お前もカードゲーマーなら、ここまで言えば分かるよな?」
「かぁーっ! 久しぶりに飲む酒は最高だぜぇ!
兄ちゃん、おかわりはないのか?」
こいつ、自分から会話に誘っておきながら、人の話を聞いてねぇ!
酒のおかわりなんか有る訳ないだろ。
なら、こっちも無視だ、無視。
「以上の理由から、ガイストは速攻型のデッキには弱い。
それ以外のデッキでも、能力無効化を温存しておけば対策は可能だ」
「こいつはうめぇ!
こんな柔らかい肉は何ヶ月ぶりだろうな」
「聞いてねぇし……もう行くぞ」
何が最強のカードだ。
期待させておいて下らないオチで終わらせやがって。
相手にせずにさっさと戻ればよかった。
「あんな異常な勝ち方をしておいてよく言うぜ……化け物め」
後ろから声が聞こえたが、無視して立ち去る。
これからはどんなに面白そうなネタを振られても、相手にしないと心に誓おう。
◆◆◆◆
エボルタと下らない会話をしてから数時間後。
俺専用に充てがわれた休憩室と言う名の個室で、プロキシの作成に勤しんでいる時の事だった。
「ん? ジャスティスから指令か。久しぶりだな」
この謎の通信技術を発展させれば、インターネットも出来るんじゃないか?
などと考えながら、軽い気持ちで軍人手帳に届いたメッセージを確認する。
そこに書かれてた衝撃的な内容に俺は言葉を失った。
『本日十五時より、西居住区の大広場にて、呪われし雪風エドヴァルド・ヴォルフの公開処刑を行います。
本日の午後の演習は全て中止とさせて頂きます。
見学希望者は十分前までに現地へ集合して下さい』
「なっ……マジかよ」
今朝はエボルタの餌がやけに豪華で、少しおかしいとは思ったが、これが理由だったのか。
妙にあいつの口数が多かったのも……これに気付いていたのだろうか?
「ますたー、どうしたの? ヘンなお顔してる」
「ちょっと出かけてくる」
「お出かけ? ミスティも行くー」
「いや、ミスティは留守番をしていてくれ。
俺はエボルタに会いに行くんだ」
「ふぇ……あのこわいおじちゃん?
じゃあ、行かない。ミスティ、おるすばんする」
「いい子だ。じゃ、行って来る」
地図を頼りに西居住区へと向かう。
歩きなれない道に少し迷ったが、三十分程で人だかりを見つけた。
列整理をしている兵士に声を掛ける。
「あのー、すみません」
「この先は軍の関係者だけ。
一般人は左に曲がって進めば列の最後尾があるから、そこに並んで」
「ありがとうございます」
なるほどね。一般と軍人で席が分かれているのか。
じゃあ俺はこっちだな。
「おい。何処に行くんだ」
「え?」
「一般人は左って言っただろ。
忙しいんだから仕事を増やすな」
「いや、俺は……」
奥に進もうとした所、兵士に襟首を掴まれた。
それもそうか……この服装じゃ軍の関係者には見えないだろう。
俺は懐から軍人手帳を取り出し、プロフィールを表示させて兵士に見せた。
「なんだ。お前、軍の……しっ失礼しました!
どうぞ、こちらへ! 特別席が用意されております!」
「いや、教えてくれれば一人で行けるからさ。
ここで仕事を続けててよ」
「お心遣い感謝致します!」
名前を知った途端に態度が変わるのには慣れたが、仕事を放棄してまで俺を案内しようとして来るのには少し驚いた。
彼らのイメージする俺の姿が、どんどん現実と離れている気がする。
奥に居る兵士に手帳を見せると、広場からは少し離れた民家へ行くように言われた。
その民家の玄関で別の兵士に案内され、地下通路へと降りる。
どうやら広場の中央に繋がっているらしい。
松明代わりに火の玉を発動させ、薄暗い通路を歩く。
時代劇の忍者にでもなった気分で少し楽しい。
「やはり来ましたね。
私の隣があなたの席です」
「……失礼します」
地下通路の奥にある階段を登ると、沢山の椅子が並べられた場所に出た。
ジャスティスに促されるまま、隣の席に座る。
他にも身分の高そうな人が何人か居るが、知らない人ばかりだ。
この場所は高台になっており、見下ろすと数えきれない程の野次馬が見えた。
そして、俺たちの目の前にはガラスで仕切られた幅十メートル程の空間がある。
おそらく、この巨大な箱の中が処刑場なのだろう。
だが、そこにエボルタの姿はなく、処刑器具らしき物も見当たらない。
不思議に思っていると床板が外れ、地下から白銀の鎧に身を包んだ男がゆっくりと姿を現した。
その後に続いてもう一人……更にもう一人。
合計で三人。全員が同じ格好をしている。
彼らが処刑人なのか?
「そろそろ時間ですね。
さぁ、楽しいショーの始まりですよ」