第七話 「魔力測定」
ラルフとマリアを見送った後、俺は左端のカウンターへと向かった。
「すみません。
冒険者登録ってこちらでよろしいですか?」
「はい。こちらで承ります。
他の地域からの移住でいらっしゃいますか?」
「そう言う事になるのかな?」
他の地域と言うか、他の世界から何だけど。
「では、ギルドカードをお願いします」
「一応ギルドカードは持ってるけど、これ俺のじゃないんです。
困ってると思うので、本人に返してもらう事って出来ますか?」
ポケットから、誰の物か分からないギルドカードを差し出す。
職員は一瞬、不思議そうな表情をしたが、すぐに平静な態度に戻り、それを受け取った。
「かしこまりました。
こちらは我々で持ち主に返還致します。
では、お客様は新規の方でいらっしゃいますか?」
「はい」
「それでは、こちらの用紙にお名前のご記入をお願いします」
鞄から筆記用具を出し署名する。
名前だけの記入で助かる。
履歴書みたいなのを書かされたら、困る所だった。
「失礼ですが、何とお読みすればよろしいのでしょうか?
それに、そのインクを付けなくても書けるペンは、魔法道具ですか?」
「あ、すみません。
こちらの文字が書けなくて……ユーヤ・イズミって言います」
「ユーヤ・イズミ様ですね。
では、こちらで代筆させて頂きます」
つい、ボールペンを使って漢字で『和泉裕也』と書いてしまった。
こちらではボールペン程度でも未知の技術らしい。
うっかり使わないように、気を付けなければいけないな。
俺の署名の下側に、職員がフニャフニャとした文字で追記する。
ユーヤ・イズミと書いてるのが理解出来た。
でも、同じ字を書けと言われたら書けない気がする。
この読めるけど書けない感覚、薔薇や醤油といった複雑な漢字に似た物を感じるな。
「では、イズミ様。
魔力測定と適性検査を行いますので、こちらの書類を持って二階までお願い致します」
先ほど署名した書類を手渡された。
◆◆◆◆
書類を片手に、階段を上り、二階の魔力測定施設へと向かう。
扉を開けると意外な人物が出迎えてくれた。
「お待ちしてましたニャ」
「あれ? さっきの店員さん?」
「シンディと申しますニャ。
十一時から十五時の間だけ、食堂のお手伝いをしてるけど、こっちが本業なのニャ」
食堂で応対してくれたネコミミの店員だった。
先ほどと違い、エプロンではなくスーツを着ている。
ネコミミとスーツの組み合わせが何だかちぐはぐに思えた。
「それでは、まず体力測定をするニャ」
「いや、わざわざ測らなくても、運動神経ゼロだけど……」
子供の頃からカードゲーム三昧で、スポーツなんてやった事がない。
体力には自身がなかった。
「一応決まりだから、やってもらわないと困るニャ」
「分かったよ」
握力測定から始まり、腹筋運動やら、ランニングマシンでの持久走などをやらされた。
まるでスポーツジムにでも来た気分だ。
「すごいニャ。
ここまで体力のない人は初めて見たニャ」
「悪かったな」
日本人としては普通だと思っていたが、酷い言われようだ。
「続いて魔力を測定するニャ。ついてくるニャ」
奥の部屋へと案内される。
魔力測定と言われても、俺は魔力なんて存在しない世界から来たのだ。
測るだけ無駄だろうと思ったが、一応言われるまま従う。
「では、そこの椅子に座って、これを覗き込んで欲しいのニャ」
彼女が指差した先には、双眼鏡のような物が設置してあった。
「何ですかこれ?」
「魔力測定機ニャ。
人間の目からは無意識に魔力が溢れ出ているのニャ。
それを感知して、その人の魔術適正を調べる魔法道具なのニャ」
「へぇー」
何だか面白そうだ。
期待に胸を膨らませながら双眼鏡を覗き込む。
「あれ? 何も見えないぞ」
「そのまま一分くらい、覗き込んでて欲しいニャ。
瞬きはしてもいいけど、一秒以上、目を瞑ったらやり直しニャ」
何か不思議なものでも見えるのかと思ったが、覗き込んだ先は真っ暗だった。
「お疲れ様でしたニャ」
「あれ? もう終わったのか」
「終わったニャ」
「何か綺麗な景色が見えたりとか、光ったりとかしないのか?」
「そんな無駄な機能は付いてないニャ」
「……そうか」
魔力測定機……何というか地味だ。
「それにしてもイズミさん、すごい魔力量だニャ。
宮廷魔術師にも匹敵する凄さニャ」
「え?」
俺が宮廷魔術師に匹敵する魔力を持ってるだと?
宮廷魔術師がどんなのか知らないけど、名前だけは凄そうだ。
「でも、魔力をコントロールする才能がダメダメニャ。
大量の魔力を持っているのに、魔術は使えないニャ。
猫に小判って感じニャ」
「何だよそれ、意味ねー!」
つーか、猫に小判って日本のことわざだぞ。
こっちでも通用するのか?
とりあえず、ネコミミをつけた奴には言われたくない台詞だ。
「魔術は使えないけど、魔力を動力源とする魔法道具があれば、話は別ニャ」
「それって、例えば符術士とか?」
「符術士になれたら、二つ名を貰えるレベルになれるかも知れないニャ」
「おぉ!」
二つ名ってあれか?
マリアが呼ばれてた幻想の姫君みたいなやつか。
あれ……? 別にうらやましくないぞ。
「でも、符術士になんてなれる訳ないニャ」
「何だよそれ。少し期待したのに」
「符術士ってのは魔符を通じて、古代の英霊と契約を結んだ者のみがなれる幻の職業ニャ。
この町にもマリアさんしか居ないのニャ」
「そんなにレアなのか」
「そんなにレアなのニャ」
俺もマリアみたいに、ユニットを現実世界に召喚してみたいのだが……。
「これで測定は終わりなのニャ。
後はカウンターからお呼びがかかるまで、一階の待合所で待ってて欲しいのニャ」
「分かった。最後に一つだけ質問」
「何かニャ?」
「そのネコミミと人間の耳、どっちが本物ですか?」
「何だ、そんな事かニャ。
こんなの作り物に決まってるニャ」
そう言ってシンディは頭部のネコミミを外した。
随分と精巧に出来ているので、本物かと思ってたのに、少し残念だ。
「ちなみに語尾も、食堂の店長がこっちの方が受けがいいって言うから、付けてるだけニャ。
実は普通に喋れます」
「そ、そうなんだ」
食堂以外では普通に喋った方が良いと思う。
「待合所には依頼書の写しが置いてあるから、どんな仕事があるか、今の内に見ておくといいニャ」
「ありがとう」
◆◆◆◆
一階へ降り、待合所の適当な席に座る。
テーブルの上に紐で纏められた数十枚の紙の束を見つけた。
これが依頼書の写しだろうか?
パラパラと捲ってみる。
農作業の手伝いや迷子の猫探しなどの安全な仕事から、野生動物の毛皮の採取などの危険の伴う仕事まで、多数の依頼がある。
比率的には危険な仕事の方が圧倒的に多い。
ページの最後の方には賞金首の似顔絵が描かれた手配書が数枚あった。
その内の一枚、マリアが倒した符術士には大きくバッテンが書かれている。
報酬金額だけみれば賞金首を狙うのが圧倒的だが、戦闘力ゼロの俺には到底無理だろう。
町中で出来る安全な仕事で地道に稼ぐしかないか。
「ユーヤ・イズミ様。お待たせ致しました」
「あ、はい」
職員に名前を呼ばれてカウンターへ向かう。
「ひとつ確認させて頂きたいのですが、先ほどお預かりしたギルドカードは、本当にイズミ様の物ではないのですね?」
「はい、俺の物じゃありません。
それが、どうかしましたか?」
「いえ、それでしたら問題ありません」
「はぁ……」
質問の意図が分からないが、正直に答えておく。
「では、イズミ様の冒険者登録の話に移らせて頂きます。
登録作業は終了致しましたが、ギルドカードが出来上がるのが明日になります」
「今すぐ貰える訳じゃないんですか?」
「申し訳ございません。
特殊な魔術を施す必要がありますので、すぐと言う訳には……」
「分かりました」
「お手数ですが、明日の午後以降に、こちらの書類をお持ち頂けますでしょうか」
すぐに貰えるのかと思ったが仕方がない。
ギルドカード引き換え券の書類を受け取る。
明日と聞いて宿の確保がまだなのを思い出した。
職員に訊いてみよう。
「すみません。
この近くで宿屋ってありますか?」
「ギルドが経営してる宿が数件ございます。
イズミ様はどの程度の期間、滞在される予定でしょうか?」
「分からないけど、たぶん数年は滞在すると思う」
本当はすぐにでも日本に帰りたいが、それは難しいだろう。
下手すれば一生こっちに居る可能性もある。
「長期滞在でしたら冒険者寮はいかがでしょうか?
今でしたら空き部屋も多いので本日から入寮可能ですよ」
「そんなものがあるのか」
「宿泊費も宿に比べて半分以下ですので、共同生活に支障がなければオススメです」
「じゃあ、それでお願いします」
今の俺は無職だからな。
安いに越したことはない。
「冒険者寮はここを出て、右へ五分程歩いた所にございます。
紹介状を発行しておきますので、寮長にお渡し下さい」
「ありがとうございます」
◆◆◆◆
ギルドを出ると、辺りは夕闇に包まれていた。
随分と長居したらしい。
ギルドの中は明るかったから、この世界にも電気はあるのだろうか?
考えながら歩いていると、冒険者寮が見えてきた。
冒険者ギルド程ではないが、周りの建物に比べて大きいので、すぐに分かった。
冒険者専用の寮と言うからには、ラルフのような大男が何人も住んでたりするのだろうか?
荒っぽい人が少ないといいな。
深呼吸をして、気持ちを落ち着かせてから入り口の扉を開く。
「ごめんくださーい」
「あらあら、いらっしゃいませ。
あなたが入寮希望の方ね」
「あ、はい。そうですけど」
俺を出迎えてくれたのは、美人のメイドさんだった。
サラッとした金色の髪を、背中まで伸ばしている。
そして何より俺の目を奪ったのは、その胸元だった。
一言で言うとデカい! 顔を埋めることが出来そうだ。
「人とお話する時は、相手の顔を見ないとダメですよ」
「ご、ごめんなさい」
思わず視線が胸に集中してたようだ。
気を付けよう。
「それでは改めまして。
寮長のアリスと申します」
俺を出迎えたメイド、アリスはそう言って自己紹介をした。