第七十八話 「カトリアの歴史」
「えーっと……魔力解放」
休憩室に戻った俺は、魔石の使い方について特訓を開始した。
使い方は簡単。
魔石に少しだけ魔力を流して詠唱するだけ。
成功すると魔石に蓄えられた魔力が逆流してくるので、それをコントロールして対象に移せば魔術の威力が上がる。
そして魔石は内包されている魔力の枯渇と共に消滅する……らしい。
ジャスティスからはそう聞いていたのだが、一時間くらい続けても一向にコツが掴めない。
だんだん飽きてきた……少し休憩するか。
そもそも、ここ休憩室だしな。
俺は本棚から一冊の本を手に取った。
午前中に読んでいた『カトリアの歴史』と言う本だ。
ちなみにミスティは変な絵本を何度も読み返している。
話の内容は理解していないが、イラストが気に入ったようだ。
えっと、どこまで読んだっけな……。
そうそう、戦国時代の始まりからだ。
『当時、カトリア地区には十以上の小国が存在した。
※カトリア地区とは、現在の南カトリア王国全域と北カトリア帝国の一部を併せた一帯の事』
本に載っている簡単な地図によると、南カトリア王国の二倍くらいの広さだな。
ぶっちゃけ、そんなに広くはない。
九州より少し大きいくらいだろう。
その地図の中に沢山の小国の名前がぎっしりと書かれている。
『それらの小国同士が小競り合いを繰り返し、少しずつまとまっていった。
武力制圧だったり、和平による併合だったり、理由は様々だ。
そして十年後には四つの勢力がこの地の覇権を巡って争う事となる。
北から順にミスラギ、ウルザ、カトリア、アムルシャン。
この四つの国の力は拮抗しており、その後五十年近く地図が変わる事は無かった。
しかし、英雄の登場が戦国時代を終わらせる事となる』
英雄……なんだか親近感の湧く称号だな。
この歴史上の英雄も俺みたいに大した事はやっていないのに周りから持ち上げられたのかな?
『ディアナハル・フォン・カトリア。
カトリア王国の初代国王であり、現在の南カトリア王国国王陛下と北カトリア帝国皇帝の遠い先祖にあたる人物だ』
王都と同じ名前で国王のご先祖様か……。
同時に北カトリア帝国皇帝のご先祖様でもある点が少し気になるな。
『ディアナハルは十三歳の時、ある特殊な能力に目覚めた。
それは古の神々の力をこの世に再現させる能力で【神の依代】と呼ばれている』
神々の力をこの世に再現させる能力か。
フィアンマやコンゲラートなど、この世界の神々には【フェアトラーク】のカードのユニットと同名のモノが多い。
つまり、【神の依代】と言うのは符術士の事じゃないだろうか?
『ディアナハルは神々の知識から魔力の使い方を世に広め、魔術と魔法道具を生み出した。
魔術の登場は刃物による近接戦闘が主であった戦争に大きな変化をもたらす事となる。
新たな力を得たカトリアが全土を統一したのは、ディアナハルが十九歳の時であった』
十九歳で全国統一か……俺と一歳しか変わらないじゃないか。
ん? 項目の最後に注釈があるぞ。
『ディアナハル・フォン・カトリアについては僅かな文献しか残っておらず、実在した人物であるか否かは定かになっていない。
王家に縁のある者によって作られた想像上の人物、もしくは実在はしたが、その功績に関しては作り話であるという説が、現在では有力である。
ディアナハルが所有していた【神の依代】も、後の世に符術士を元に作られた設定であると考えられている』
後付で聖徳太子にされた厩戸皇子みたいな感じか?
いや、文献がほとんど残っていないのなら卑弥呼の方が近いのかも知れない。
十代の少年が実際に魔術や魔法道具を国中に広め、その力で全国統一を成したと考えるよりも、作り話の方がまだ納得出来るな。
統一後は内戦もなく、千年以上の長期にわたって平和な時代が続く。
ここから歴代の国王や政策についての説明が続く。
この頃は絶対王政だったようだ。
特に狂った政治をする悪王が現れる事もなく、数十ページは退屈な内容が書かれている。
歴史書だから仕方がないとは言え、面白い事件が欲しいな。
……って不謹慎か。
ページを捲ると、退屈……じゃない、平和な時代の中に目を引くサブタイトルが視界に飛び込んで来た。
━━魔符と符術士━━
『カトリアの歴史を語る上で欠かせないのが、魔符と符術士だ。
魔符はカトリア地区でのみ発掘される。
故にそれを扱う符術士もカトリア地区にのみ存在する。
それらが歴史上に姿を現すのは現在より約七百年前の事だ。
初代国王ディアナハルが符術士であったと言う説もあるが、本項では一般的に符術士と言う名が使われるようになった時期を、それらの始まりとする』
へぇー、外国にはカードも符術士もないのか。
飛ばされて来た先がこの国で良かったぜ。
カードゲームの無い国なんて地獄みたいなものだらな。
……待てよ。
符術士がカトリアにしか存在しないのなら、俺はどうなんだ?
俺はカトリア人じゃなくて日本人だし、カードも日本のショップで買った物だ。
いや、カードは問題ないか。
他のカードも地球で作られた市販品にしか見えない。
これらは俺の世界から次元を超えてやって来ていると考えて間違いないだろう。
だがカトリア人じゃない俺が符術士になれたのは何故だ?
この本には符術士はカトリアにしか存在しないと書かれているぞ。
そもそも異世界から人が転移してくるなんて想定されてないのだろうが……。
とにかく読み進めてみるか。
『最近まで、魔符は王家の派遣した調査団によって発見されたと伝えられてきた。
しかし、五十年前に当時の王妃が友人に宛てた書簡が見つかり、その内容から真実が明らかになった。
ある日、一人の盗賊が自首をしてきた。
初代国王の墓に侵入し盗掘を行ったとの事だ。
「王の墓には魔物が住み着いている。
盗った宝は全て返すから救けて欲しい」
最初は誰もが盗賊の言葉を信じなかった。
厳重に警備されている王墓に、盗賊如きが侵入出来る筈などないと考えたのだ。
しかし、盗賊の家から沢山の宝物が出てきた事で、彼らは考えを改める。
時の国王ヴィクトールは調査団を編成し、墓の内部へと向かわせた。
そこで彼らを待ち受けていたものは、盗賊と思われる三体の変死体であった。
遺体は全身が真っ黒に焦げており、焼死体かと思われた。
しかし、焼死体にしては焼け爛れた跡はなく、まるで炭のようだったと言う。
そして、変死体を調べている時に悲劇は起こった。
死体の近くに落ちていた札を拾った兵士の身体が真っ黒な炎に包まれたのだ。
同行していた者たちは、兵士を救ける為あらゆる手段を試みた。
だが検討虚しく、僅か十分足らずで彼は命を落とす。
そこで初めて、変死の原因が落ちている札にあると判明する』
黒い炎に変死体……。
これって、魔符の呪いじゃないのか?
『翌日から調査団の目的はこの呪われた魔法道具 魔符の回収へと変わった。
だが、墓から戻って来るのは魔符ではなく、調査に赴いた兵士の遺体ばかり。
業を煮やした国王は恐ろしい考えを実行に移す。
一万ガルド(現在の価値にしておよそ二百万ガルド)もの賞金を出し、民間から参加者を募ったのだ。
この悪魔のような所業により、魔符の回収に成功した。
その間に出た犠牲者の数は明らかにされていないが、百人は下らないと考えられている』
カードの回収に百人以上の犠牲者を出した……だと!?
狂ってやがる。
俺もカードゲーマーだから、カードが欲しい気持ちは分かるが、流石に人を殺してまで手に入れようとは思わないぞ。
『この時、国王は魔符と同時に別の宝を入手した。
調査に向かわせた民間人の中から魔符を自在に操る専門家、符術士になる者が現れたのだ。
魔符に描かれた英霊をこの世に呼び出す能力と、英霊から得られる知識に心を奪われた国王は、王墓へ更なる人員を送り込む。
この頃、王の政策に異を唱えた王妃が幼い第二王子と共に王都を追い出されている。
それから数年後、カトリア王国は西側の隣国ネフノス共和国へ戦争を仕掛けた。
当時のカトリア軍は二十人以上の符術士を擁する世界最強の軍隊となっていた。
王墓以外の古代迷宮からも魔符が発見されるようになったのが、その理由だと考えられている。
カトリア軍の進行は目覚ましく、開戦から僅か三ヶ月で終戦を迎える。
ネフノス共和国はカトリア王国の植民地となり、多くの住民が奴隷へと身を落とした。
これを機に、ヴィクトールは皇帝を名乗り、カトリア王国は神聖カトリア帝国と名を変えた。
ここから暫く帝国の侵略戦争についての記述が続く。
連勝に継ぐ連勝で、魔符の発見から十年程でカトリアの領土は二倍近くにまで広がっていた』
符術士って強かったんだな……いや、当たり前か。
刃物も魔術も通じないのが二十人も束になったら勝てないよな。
それにしても、この頃のカトリアはまるで悪の帝国のようだな。
『戦争のお陰で貴族の生活は裕福になった。
しかし、身分の低い人たちの生活は逆に苦しくなるばかり。
貧富の差が激しくなるに連れ、国民の間で皇帝に対する不満は溜まっていく。
そして遂に、民間から反乱軍が生まれ、皇帝に反旗を翻した。
軍隊の主力が他国を攻め入っている時を狙い、反乱軍は皇城を一晩で制圧。
この時に活躍したのが、かつて王妃と共に王都を追い出されていた第二王子、マティアス・カトリアだ。
マティアスは十五歳の時に符術士となっていた。
彼の扱う英霊はとても強く、また王家の直系の血筋である事から、皇帝を玉座から引きずり下ろすのにうってつけだったのだ。
皇帝ヴィクトールは皇城から逃亡。
反乱軍はマティアスを国王の座に就かせる事に成功する』
マティアスさんかっけー。
十年で領土を二倍にするような国家を一晩で転覆させるとか、どんだけ強かったんだよ。
やっぱり召喚戦闘で戦ったのかな?
どんなデッキやカードを使ったんだろう?
生きていれば一戦交えたいくらいだぜ。
『新国王マティアスは奴隷の解放、前王と癒着して不当な利益を得ていた貴族の資産を没収・再分配など国の再建に努めました。
国民からの支持も厚く、カトリア王国は生まれ変わる。
誰もがそう考えるようになりました。
しかし、平和な時代は数年しか続かなかったのです』