第七十六話 「謎の金属板を破壊せよ!」
変な絵本を読み終えた時、新たな指令が届いた。
『十三時まで外出が認められます。
食事を摂って下さい。
外食の場合、軍人手帳の地図を参照』
読書をしている間にお昼になっていたようだ。
結局、休憩には変わりなしか。
◆◆◆◆
地図を見て近場の食堂へ入る。
軍領地内の店だからか、マッチョが多い。
魔術士っぽい人も居なくはないが、全体の一割くらいだ。
当然、子供はミスティだけ。
なんだか場違いな感じがする。
そんな俺でも拒まれる事はなく、軍人手帳を見せると何の疑いもなく席に案内された。
いつかのように、昼間から酔っ払いが絡んでくる事もない。
至って平和だ。
「ミスティは何にする?」
この店のメニューにも料理のイラストがカラーで載っている。
王都ではこれが普通なのだろう。
「ミスティはね、んーと……プリン!」
「残念だけど、ここにはプリンはないな」
「じゃあ、ケーキ! イチゴの!」
「ケーキも……ないな」
「じゃあ、いらなーい」
ミスティは甘い物が大好きで、昼食をデザートだけで済ませる事も多い。
そして、今日のようにデザートが手に入らない日は食事を抜く。
最初は身体を壊さないか心配だったが、どうやら何も食べなくても平気らしい。
甘い物ばかり食べても太らないし、育ち盛りの年頃なのに半年間で成長しているように見えないのだ。
こう言う所を見ると、やっぱり人間じゃないんだなと感じる。
「今日は何も食べないのか?」
「うん。その代わりにね、ますたーにあーんしてあげる」
「周りの視線が痛いから、それはやめてくれ……」
メニューを見る限り、デザートの類はない。
軍の関係者が利用する店だから仕方がないか。
明日からは町のレストランまで遠征しよう。
◆◆◆◆
昼食を終えて、店から出た所で、次の指令が届いた。
まるで何処かで見張ってるかのようなタイミングだ。
『休憩が終わったら、第三演習場へ来て下さい』
演習場?
俺なんかが行って、何をするのだろう?
いまいちジャスティスの意図が読めない。
だが、休憩室で暇を持て余すよりは、よっぽどマシだな。
第三演習場は高い壁に囲まれた運動場のような場所だった。
少し緊張しつつ中に入る。
ジャスティスとオッサンの他に、数人の騎士と魔術師が俺を待っていた。
「お待ちしてました。これで全員ですね」
どうやら、この中で俺が最後のようだ。
「遅れてすみません」
「いえいえ、時間ピッタリですよ」
なんだかデートの待ち合わせみたいな会話になった。
だが、相手はジャスティスだ。
全く嬉しくないし、そもそもデートじゃない。
「エドヴァルトの様子はどうでした?」
「元気そうでしたよ。
肉と酒を持って来いってさ」
「差し入れはご自由に持って行って構いませんよ。
あれは毒を飲ませても死にませんから」
「いっ!? 遠慮しときます」
今、さらっと恐ろしい事を言ったな。
まさか試してみたなんて事はないよな……?
エボルタがジャスティスの悪口を言う気持ちも分かる気がする。
「さて、そろそろ始めましょうか」
ジャスティスは演習場の中央に一枚の金属板を立てた。
大きさはおよそ二メートル四方で、綺麗な銀色をしている。
持ち上げた時に撓んでいたから、厚みはそんなになさそうだ。
板の四隅には赤いインクで象形文字のようなものが描かれている。
「では皆さん、この板を壊して下さい。
どなたからでも結構です。
ただし、符術士の方々は最後にお願いします」
なんだよ。
せっかく来たのに俺は実質見学じゃないか。
あんな薄い板なんか簡単に壊せるだろう。
「俺がやる!」
最初に名乗りを上げたのは大きな体の騎士だった。
そして自分の身体よりも大きな斧を掲げている。
彼をカードゲームに例えると属性は緑だな。
「うおおおおぉっ!」
騎士が板へ向かって全力で駈け出した。
そのまま助走の勢いを乗せ、巨大な斧を振り下ろす。
風を切る音と空気の振動がこちらまで伝わってきた。
続いて、耳をつんざくような金属音が辺りに響き渡る。
騎士の周りに多量の金属片が舞い散った。
「なっ……バカなっ!?」
騎士はその場で立ち尽くす。
砕け散ったのはターゲットの金属板ではなく、振り下ろされた斧だったからだ。
予想外の結果に思考が追い付いていないのだろう。
てか、何だよあの板。
アルミニウム合金かな?
いや……アルミ合金に斧を叩きつけても、あんな事にはならないか。
「新しい武器は後で支給します。次の方」
「次は我が行く!」
次に名乗りを上げたのは杖を持った魔術士風の男だ。
杖の先端には大きな赤い石がはめられている。
マリアが使っていた魔石に似ているが、大きさはそれの十倍くらいある。
「三年に一人の逸材たる賢者の名のもとに。
地刺魔術! 火柱魔術! 風刃魔術!」
土の槍、火柱、風の刃……あらゆる魔術が金属板に襲い掛かる。
だが、結果は先に同じ。
物理攻撃だけに留まらず、魔術による攻撃でも傷ひとつ付かない。
「賢者殿。ここは私と協力しましょう」
「うむ……致し方ない」
次は魔術士と剣士が協力するようだ。
魔術士の詠唱により、剣士の持つ剣に炎が宿る。
あれって魔法剣じゃないか。
初めて見たけど、カッコいいな。
今度、適当な剣を買って真似してみよう。
ちなみに結果は前に同じだ。
金属板はびくともせず、魔法剣は粉々に砕け散る。
その後も何人かの騎士や魔術士が挑戦するが、誰一人として金属板を破壊出来る者は居なかった。
「残るは符術士だけになりましたね」
「わ、わしの番かの?」
「がんばれよ、オッサン」
オッサンはゆっくりと歩いて行く。
ハッキリ言って、オッサンはこの中で一番弱そうに見える。
しかし、ああ見えても符術士だ。
それに運だけは強い。
案外あっさり破壊しちゃうんじゃないかと期待している。
中央へ辿り着いたオッサンは、金属板を触って何かを調べているように見える。
表面を撫でてみたり、手の甲で軽く叩いてみたり……あっ、舐めた。
と思ったら苦しみだした。
「うげぇ……ペッペッ」
「魔法陣のインクには硫化水銀を使っています。
舐めると身体に毒ですよ」
「所長……それを先に言って下さいよぉ」
「そう言われても、まさか舐めるとは思いませんよ」
コレに関してはジャスティスに同意だ。
金属板の仕組みが気になるのは分かるが、だからと言って舐めたりはしない。
「なんで毒を使ってるんですか?」
「東方の国で古来より魔除けとして使われているからですよ」
「へぇー」
つまり、あの金属板の異常な頑丈さは、何らかの魔術的な要素によるものか。
「召喚!
さぁ、わしのかわいいドラゴンちゃん、あの板切れを粉々にせよ!」
「キュアアア!」
オッサンに召喚された二頭身のドラゴンが金属板へ、ありとあらゆる攻撃を加える。
頭突き、火炎放射……最後に噛み付き攻撃。
「キュア……」
「おぉ、ドラゴンちゃん一体どうした?
歯が折れてしまったのか……すまないのぉ」
ここでオッサンの挑戦は終了。
ちなみにドラゴンの歯はミスティが治した。
「最後は俺……いや、ミスティにやらせた方がいいのかな?」
「いえ。ここはイズミさんの魔術を見せて頂けますか?
エレイア古代迷宮でゴーレムを倒したと言う魔術を、是非とも拝見させて頂きたい」
ゴーレム……もとい、最強魔導ロボを倒した時の魔術か。
「あれは俺一人で倒した訳じゃない。
まず、ミスティが攻撃を防いで時間を稼いでくれた。
その間にマリアが魔石で俺の火の玉を強化したんだ」
「魔石ならここにありますよ。私が手伝いましょう」
ジャスティスは赤い石をポケットから取り出した。
見覚えのある濃淡と光沢はマリアの使用していた魔石と同じ物に見える。
それにしても随分と準備がいいな。
「呪文詠唱!
あー……ダメだ。火の玉がない」
「どうかしたのですか?」
「手札に火の玉のカードがないんだ。
これは山札から引いたカードしか使えないんだよ」
「ほぅ……そういう仕組みですか。
まるで召喚戦闘のようですね。とても興味深い」
「引けるまで適当にやるから、少しだけ待ってて下さい」
俺は手札にある魔法カードを金属板に向かって連発した。
突風、針千本、波動砲……その全てが金属板に命中するが、破壊には至らない。
予想していた事ではあるが、このデッキで最も威力の高い波動砲ですら効かない事に焦りを感じる。
そんな時、目当てのカードが俺の手札にやってきた。
「引いたぜ。呪文詠唱 火の玉!」
「では参ります。魔力解放!」
右手に掲げたカードが小さな火の玉に変わった。
そこに魔石からの大量の魔力が流れこむのを感じる。
「おおっ! あれがジャスティス・ササキの無詠唱魔術!」
「あのスピードで発動出来るのか!」
見学していた騎士と魔術士が騒ぎ出した。
発動の速さなら俺やミスティも似たようなものなのに、この反応の違いは何だ?
てか、あれ無詠唱じゃないだろ……魔力解放って言ってたぞ。
「よそ見をしないで集中して下さい」
「あっ、すみません」
いけない……野次馬に気を取られてしまった。
俺は右手の上に浮いている火の玉に、魔石から送られた来た魔力を注ぎ込む事に意識を集中する。
最初はビー玉くらいの大きさだった火の玉が少しずつ大きくなる。
ピンポン玉、ゴルフボール、野球ボール、バレーボール、バスケットボール……まだだ。
最強魔導ロボを倒した時はこんなものじゃなかった。
もっと、もっと大きく……そろそろか!
「いっけーっ!」
これ以上、魔力を注ぎ込めないと感じた所で、巨大な火の玉を思いっきり金属板へと投げつけた。
辺りに轟音が鳴り響き、視界が土埃に覆われる。
「ひいいぃっ! 助けて……」
「何だ、あの魔術は!?」
「いくら魔石を使っているとは言え、こんなのは初めて見た」
野次馬が手の平を返すように、俺を讃え出した。
悪くない気分だ。
やがて土埃が収まり、視界がクリアになる。
俺たちの目に映ったのは大量の瓦礫の山だった。
俺の火の玉が見事に粉砕したのだ。
そう……第三演習場を囲う外壁を、半周に渡って消し飛ばしたのである。
「やっべー……やっちまった」