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第七十五話 「でんせつのゆうしゃアレフ」

 ミスティは背伸びをして本棚から一冊の絵本を取り出した。

 表紙には『でんせつのゆうしゃアレフ』と書かれている。

 何故ここに絵本が有るのかは謎だが、ミスティが喜ぶのならありがたい。


「じゃあ、読んであげるから俺の隣に座りなさい」

「うん!」


 ミスティが見やすいよう、少し横向きに絵本を広げる。


「見えるか?」

「うん。だいじょうぶ」


 ちょっと手が疲れそうな位置取りになってしまったが、少しくらい我慢しよう。

 所詮は絵本だ。

 数分もあれば読み終わるだろう。


「じゃあ、始めるぞ。

 昔々あるところに、アレフという少年が住んでいました。

 アレフはお父さん、お母さんのお手伝いをするのが大好き。

 真面目な性格をしていて、ご近所でも評判です。

 でも、アレフには悩み事がありました。

 彼にはお友達が居なかったのです」


 何だよ、この悩み事は!?

 絵本にしてはネガティブ過ぎるだろ!


「ハナコちゃんとおなじだね」

「えっ? そ、そうだな……」


 ハナコに友達が居ないのは幽霊だからであって、おそらく生前は友達も居たと思う。

 それ比べてアレフは……いや、余計な口を出して登場人物のイメージを悪くする事はないな。

 気にせずに続きを読もう。


「ある日、アレフは神様にお祈りをしました。

 神様お願いします。僕に友達を下さい。

 しかし、アレフの願いは届きません。

 何故なら、村には他に子供が居ないのです」


 なるほど、そう言う事か。

 アレフが嫌われてた訳じゃなくて良かった。


「数日後。アレフが畑の草むしりをしていると、突然大雨が降り出しました。

 アレフは慌てて大きな木の下へ逃げ込みます。

 雨宿りをしていると、くぅーくぅーと奇妙な音が聞こえてきました。

 それは丸くて小さい、まるで毛玉のような仔犬でした。

 こんなにずぶ濡れになって、かわいそうに。

 アレフは仔犬を連れて帰り、一生懸命看病しました」


 毛玉のような仔犬って……いや、まさかな。


「ねぇ、ワンちゃんどうなったの?」

「あぁ、悪い。ページめくるぞ。

 アレフの看病により、仔犬はみるみる元気になりました。

 仔犬はポチと名付けられ、アレフの家で飼われる事になりました。

 ポチはアレフが大好き。

 遊びの時も、お手伝いの時も、いつでも一緒です。

 いつしかポチは、アレフにとってかけがえの無い友達になっていました。

 神様に願いが届いたのです」


 友達って犬でいいのかよ……。

 それにしても、この犬の挿し絵はどう見ても毛玉に足が付いただけにしか見えないな。

 それにポチと言う名前……日本なら珍しくない名前だが、ここは異世界だ。

 こちらでもメジャーとは限らない。


「お姉ちゃんのワンちゃんだ!」

「ミスティもそう思うか?」


 そう言えばマリアからチラッと聞いた覚えがある。

 【フェアトラーク】のユニットが主役の絵本か。

 カードゲームと設定が異なる部分もあるが、これは面白いものに巡り会えた。


「ますたー、次」

「はいはい。

 それから数年の月日が流れました。

 立派な大人へと成長したアレフは、隣町のペットショップでアルバイトを始めます」


 いきなり昔話っぽくない単語が連続で出て来やがった!

 フリーターが立派な大人かどうかは、あえて問わない事にしよう。

 冒険者だって似たようなモノだ。


 しかし、これでこの絵本の主人公が【フェアトラーク】のアレフと同一人物であると、ほぼ確定したと言える。

 《ドッグブリーダー アレフ》の見た目は、ペットショップの兄ちゃんだからな。


「アレフは同じペットショップで働く、フィリーネと言う女性と知り合います。

 彼女はとても美しく、笑顔を絶やさない素敵な女性でした。

 何よりもアレフが気に入ったのは、動物たちに接する姿です。

 真面目であり、優しさに溢れたその姿にアレフは憧れました。

 憧れの先輩と大好きな動物たちに囲まれて、とても充実した日々が続きます。

 やがて憧れは恋心へと変わって行きました。

 でも、アレフは恥ずかしがり屋さん。

 フィリーネに気持ちを伝える事が出来ません」

「へんなの。好きならミスティみたいに、こうしちゃえばいいのに。

 ますたー、だーいすき」


 横で絵本を見ていたミスティが、いきなり抱きついてくる。

 びっくりした俺は絵本を床に落としてしまった。


「大好きなのは分かったから、急に抱きつくなって……。

 絵本が落ちちゃったじゃないか」

「はぅ……ごめんなさい」

「ほら、続きを読むから座って」

「はーい。……ねぇ? ますたーのおひざの上でもいい?」

「しょうがないなぁ。

 俺が疲れたって言ったら降りるんだぞ」

「やったー!」


 ミスティは体重が軽いので、膝に乗せても大したことはない。

 こんな事で喜ぶのならお安い御用だ。

 正直に言うと、正面に絵本を置けるので、こっちの方が楽だったりする。


「ポチ、聞いておくれ。

 僕は正社員になったら、フィリーネに告白するよ。

 アレフは親友に気持ちを打ち明けました。

 しかし、くぅーんと鳴いてポチは首をかしげるばかり。

 こうしてアレフの恋は進展のないまま、一年が経ちました」


 また昔話っぽくない単語が……。

 それにアレフも大人になったのなら、人間の友達を作れよ……。

 五年間も何やってたんだ。


「悲劇は前触れもなく訪れました」


 開いているページは、不吉な文で終わっていた。

 これではアレフの台詞が死亡フラグにしか思えない。

 ページを捲るのを少し躊躇してしまう。


「よ、よし。次のページに行くぞ」

「うん」

「アレフがいつものように隣町へ出向くと、門番をしている兵士に止められました。

 これから仕事なんです。中に入れてくれませんか?

 アレフは兵士にお願いをします。

 しかし、いくらお願いしても通してくれません。

 理由を訊いても、答えられないの一点張り。

 不審に思ったアレフは帰るふりをして、木陰から様子を伺う事にしました。

 しばらくすると、一台の馬車がやって来ました。

 アレフはこの馬車も追い返されるのだろうと思いました。

 しかし、不思議な事に馬車は兵士を乗せて遠くへ走り去って行ったのです。

 理由は分からないが、門番が居なくなった。今がチャンスだ!

 アレフは町の中へと駆け込みます。

 そこで彼が見たものは変わり果てた町の姿でした」


 絵本には廃墟のイラストが描かれていた。

 まるで巨大なスプーンで抉られたような、変わった壊れ方をした建物が沢山並んでいる。

 初めて見る絵本なのに、この挿絵には見覚えがあった。

 俺は少しの間だけ、この場所に居た事があるような気がする。


「この本は大人向けみたいだから、別のにしようか?」

「やだぁ……最後まで読んで」

「……分かったよ。

 アレフは走りました。

 大切な動物たちと大好きなフィリーネが心配でたまらなかったのです。

 しかし、ペットショップがあった場所には何もありません。

 アレフは日が暮れるまで仲間を探し続けます。

 一生懸命探しましたが、フィリーネも動物たちも見つかりません。

 そんな彼の耳に、魔王が復活したとの噂が届くのは、次の日の事でした」


 昔話から現代のラブストーリーになって、次はファンタジーになったぞ。

 なんつーか、超展開だな。


「アレフはお城に赴き、騎士に志願しました。

 にっくき魔王を倒して、フィリーネの仇を取る為です。

 そして数ヶ月後……近くの町に魔王が姿を現しました。

 国中から集まった腕自慢の冒険者達や、王様から魔王討伐の命令を受けた騎士達が、魔王の居る町へと押し寄せます。

 その中には立派になったアレフの姿もありました。

 町の中は恐ろしいバケモノでいっぱいでした。

 バケモノの数の多さに一人、また一人と冒険者達が倒されます。

 それでもアレフは挫けません。

 彼には頼もしい三匹の仲間が居るからです」


 絵本には鎧に身を包んだ騎士と三匹のお供が描かれている。

 柴犬、チワワ、そして毛玉みたいなやつだ。

 どう見ても戦闘向きじゃないのだが、この三匹は獣騎士アレフを相棒(クンペル)とするユニットと一致する。


「アレフと三匹の犬達は力を合わせ、襲いかかるバケモノをバッタバッタとなぎ倒します。

 そしてついに、憎っくき魔王の元へと辿り着きました。

 人々を苦しめる魔王め!

 仔犬や仔猫達の……フィリーネの仇!

 アレフは魔王に斬り掛かりました。

 しかし、魔王はそれを華麗に躱します。

 魔王の魔術がアレフへと襲い掛かりました。

 しまった! やられる!?

 アレフは死を覚悟しました。

 何かが勢い良くぶつかり、アレフの身体が後ろへと吹き飛ばされます。

 しかし痛くはありませんでした。

 何故なら、アレフにぶつかったのは魔王の魔術ではなかったのです。

 アレフが起き上がると、ボロボロに変わり果てたポチの姿が見えました。

 ポチは体を張って友達を守ったのです」


 ……この本、絶対に子供向けじゃないわ。

 絵本に自己犠牲の精神とか要らないだろ。


「アレフは悲しみ、そして怒りました。

 感情に任せてがむしゃらに剣を振るいます。

 そしてついに、アレフの剣が魔王の身体を貫きました。

 魔王を倒したのです。

 その時、不思議な事が起こりました。

 魔王がフィリーネへと姿を変えたのです。

 アレフ……私を殺してくれて、ありがとう。

 そう言ってフィリーネは息を引き取りました。

 魔王はフィリーネの身体に乗り移っていたのです」


 バッドエンドじゃねーか!

 絵本で鬱展開をやっちゃダメだろ。

 まだ少し続きがあるな……一応、読むか。


「魔王を倒したアレフは、英雄として国中から讃えられました。

 しかし、彼の心は深く傷付いたまま……。

 英雄と呼ばれ、たくさんのお金を貰っても、嬉しくありませんでした。

 ある日、アレフは王様に呼び出され、お城へと向かいます。

 そこで意外な相手と出会いました。

 毛玉のような丸い生き物……ポチです。

 ポチは生きていたのです!

 アレフは喜びました。

 彼にとって、これに勝る褒美はありません。

 こうしてアレフは大好きな犬達に囲まれ、幸せに過ごしましたとさ。

 めでたし、めでたし」


 めでたい……のかなぁ?

 絵本にしては邪道な設定が多過ぎて、どうにもモヤっとする。


「ん? 巻末にも何か書いてあるな。

 この物語は事実を元にしたフィクションです」


 嘘つけっ! どこに事実っぽいシーンがあるんだよ!


「えっと、ミスティ。この本面白かったか?」

「んとね。ワンちゃんかわいかった!」

「……そか」


 話の内容は頭に入っていないようだ。

 それでも、ミスティが喜んでいるから良かったのかな?

どるいど様からファンイラストを頂きましたので、第二十五話の挿絵に使わせて頂きました。

また、第一話には二十三斤様から頂いたイラストがあります。


素敵なイラストを沢山頂けて、私は幸せ者です。感謝!

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