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第七十三話 「軍人手帳」

「ショチョーの言うとおりなのじゃ」

「冗談……だろ?

 それにお姫様って、もっと派手で綺麗なドレスとか着るものじゃないのか?」


 ロッテの服装はシンプルなデザインのワンピースだ。

 その佇まいは、何処にでも居る普通の女の子と言う印象を受ける。

 彼女がこの国のお姫様だと言われても、いまいちピンと来ない。


「パーティでもないのに、うごきにくいドレスなんか着たくないのじゃ」

「なるほど……」


 何とも彼女らしい理由だが、言われてみると納得だ。

 お姫様だからと言って、常に着飾る必要はないのか。


「で、ロッテ……じゃない。

 お姫様がなんで俺に勝負を挑んで来たんだ……ですか?」

「今まで通り、ロッテでよいのじゃ。

 わらわのオーイケーショーケンはダイサンイ。

 マツリゴトは兄上にまかせて、ショーライはキゾクとセーリャクケッコンして、しあわせにくらすのじゃ」

「それ、意味分かってる?」

「さっぱり、わからんのじゃ!」


 お姫様だと知ってから急に(へりくだ)るのも失礼だと考え、口調を元に戻す。

 彼女はカードゲームを愛する同士だ。

 カードゲーマーの間に身分の差など関係ない……よな?


「スクールはどうしたんですか?」

「それは……ノロ……ノロノロなんとかをたおした強い符術士が来ると聞いたら、スクールに行ってるばあいじゃないのじゃ」

「呪われし雪風エドヴァルト・ヴォルフです」

「そう、それなのじゃ!」


 またエボルタか……。

 どうも奴を倒した事が過剰に評価されている気がしてならない。

 それに……。


「エボルタならロッテでも勝てたと思うぞ」

「そんなにソンケーしなくてもよいのじゃぞ」

「それを言うなら謙遜な」


 別にロッテを持ち上げている訳じゃない。

 エボルタ程度の実力の者は、日本にゴロゴロ居る。

 全国の専門店で、毎週開催されるショップ大会に参加すれば、奴と同レベルの相手に出会えるだろう。


 一方、ロッテと同レベルとなると、そう簡単には出会えない。

 二ターン目のプレイングには非常にワクワクさせられた。

 彼女はカードの能力を熟知し、その場面で有用なカードを引く運命力も備えている。

 まだ、少ししか対戦していないが、デッキの完成度、カードパワー、プレイングの全てにおいて、ロッテはエボルタを上回っていると断言出来る。


「ユーシャよ。そろそろ続きをやるのじゃ」

「あぁ、俺のターンのアタックフェイズだったな」


 ロッテに促され、模擬戦闘を再開させた。

 三ターン目、同点から俺の反撃が始まる。

 しかし、攻撃を宣言しようとした時、フィールドは急変した。

 戦場の全てのユニットが、カードへと姿を変えたのだ。


「えっ?」


 いつの間にか、机の上に銀色の小さな箱が置かれていた。

 ジャスティスが置いたのだろう。

 これがユニットをカードに変えたのか?


「興味深い模擬戦闘ですが、時間がありません。

 魔符(カード)と符術士を繋ぐ魔力に干渉させて頂きました」

「そんな事が出来るのか!?」

「このような魔法道具(マジックアイテム)の開発が私たちの仕事ですよ。

 今のところ、模擬戦闘に干渉するのが限界ですけどね」


 他人同士の対戦を強制的に中断させるなんて、まるで悪魔の道具だな。

 だが、仕方がないか……。

 元々、仕事が始まるまでと言う約束だったのだ。

 俺はロッテとの対戦を諦めて、テーブルの上に配置されたカードを片付ける事にした。


「ひどいのじゃ! わらわはユーシャと━━」

「彼が気になるのは分かりますが、スクールをサボる理由にはなりませんよ。

 本当の理由はなんですか」

「ぐっ……き、今日の午前のジュギョーは家庭科なのじゃ。

 わらわはサイホーなど、したくないのじゃ!」

「ちょっと待て!

 それが俺に勝負を挑んで来た理由か?」


 まさか、学校をサボりたいから俺を理由にしたのか?

 良い対戦相手に巡り会えたと思っていたのに……。


「それは違うのじゃ!

 わらわも符術士のはしくれ。

 強い者とのショーブをのぞむのはヒツゼンなのじゃ!」

「ロッテ……分かってるじゃないか。その通りだ!」


 どうやら、俺の思い過ごしだったようだ。

 気持ちの良い答えに気分が良くなった俺は、ロッテの前に右手を差し出す。

 彼女は小さな手で、しっかりとそれを握り返してくれた。

 この握手はお互いを宿敵(ライバル)と認めた印だ。


「流石はロリコン」

「ん? オッサン何か言ったか?」

「いえ、先生と姫さまは随分と気が合うようで」


 気分が良いので、悪口はよく聞こえなかったフリをした。

 しかし、符術士を年齢で判断するなんて、オッサンもまだまだだな。


「気持ちは分かりますが、スクールをサボる理由にはなりません」

「サ、サイホーなど、メイドにやらせておけばよいのじゃ」

「いい加減にしないと王妃様に言い付けますよ」

「母上に!? それはこまるのじゃ」


 ロッテは慌ててカードを片付け、鞄を背中に背負う。

 お姫様でも親は怖いらしい。

 この辺は俺たちと変わらないな。


「授業が終わったら来いよ。再戦だ」

「わかっておる。手をあらってまっておるのじゃ」

「洗うのは手じゃなくて、首な」

「どっちもあらえばモンダイないのじゃ!

 ユーシャよ、サラバなのじゃ!」


 ロッテは大きく手を振って、学校へと向かった。

 俺は笑顔で彼女を見送る。

 放課後に再戦をするのが楽しみだ。


「あまり彼女を甘やかさないで下さいね」

「えっ? すみません」

「これからお仕事ですが、その前にギルドカードはお持ちでしょうか?」

「はい。ここに」

「では、そちらはお預かりします。

 代わりに軍人手帳が支給されます。

 これで王都にある軍の施設が利用可能となります。

 他の使い道はギルドカードと同じです」


 ジャスティスにギルドカードを渡し、軍人手帳を受け取った。

 革製のケースに入った小さなそれは、手帳と言うよりも、スマホに近い見た目をしている。

 しかし電源ボタンが見当たらない。

 これでは分厚くなっただけのギルドカードだな。


「それは魔力を流して使うんですよ。先生」

「そっか。なるほど」


 オッサンに言われた通り、手帳に魔力を流すと表面に文字が浮き出てきた。

 失念していたが、この世界の魔法道具(マジックアイテム)は基本的に魔力で動く。

 これも洗濯機などと同じ動力源を使用しているのだろう。


 俺は手帳に表示されているメニューの、プロフィールと書かれている部分をタッチしてみる。

 すると画面が切り替わり、俺の個人情報が表示された。



 氏名:ユーシャ・イズミ

 年齢:38

 階級:中佐

 所属:魔導研究所

 適性:符術士

 出身:北カトリア帝国



 何だこれ? 無茶苦茶じゃないか。


「プロフィールがデタラメなんだけど……」

「どこかおかしな所がありましたか?」

「まず名前がユーシャになってる」

「昨日の書類を元にしたからですね。

 修正させましょう」


 薄々、気付いてはいたが、名前の間違いは俺の字が原因か……。

 これは仕方がないな。自業自得だ。


「次に年齢が三十八歳になってる。

 俺はまだ十八歳だ」

「冒険者ギルドで行った魔力測定による年齢を、そのまま引き継いだのですが、不手際があったようですね。

 こちらも修正させます」


 この年齢は魔力測定で調べたのか。

 俺の魔力測定を行ったのは……。


 頭の中に、俺を指差して爆笑している猫耳娘の姿が浮かんだ。

 あいつなら仕方がないな。

 イズミさん、十八歳と入力する所を、イズミ、三十八歳と入力したのだろう。

 故意か否かは定かじゃないがな。


「階級の中佐ってのは?」

「形だけですが、本日から軍属になりますので、それなりの階級を用意させて頂きました。

 それとも、英雄の方がよろしかったでしょうか?」

「い、いや……このままでいいです」


 英雄ってそれ階級じゃないし、恥ずかしいからやめて欲しい。

 中佐と呼ばれるのは違和感があるが、英雄よりはマシだと思って妥協しよう。


 次に所属と適性だが、これは間違っていない。

 問題はその次だ。


「出身も間違ってる。

 北カトリア帝国なんて行った事がないのに……」

「すみません。修正させます。

 これもギルドから引き継いだ情報なのですが、おかしいですね」

「職員がいい加減なんだろう」


 これもあいつの仕業か……。

 次に会ったら文句を言ってやろう。


「外国から来られたと聞きましたが」

「俺の出身は日本だ」

「ニッポン……聞いた事がない国ですね」

「わしも知らんの」

「遠い所にあるからな」


 間違ってる箇所は今日中に修正すると約束してくれた。

 大元のデータベースを書き換える為、軍人手帳はそのまま所持して構わないそうだ。


 ちなみにプロフィールに、HPやMPなどのRPG風のステータスはなかった。

 少し期待していたから残念だ。


 他には預金残高や、王都の地図なども見る事が出来た。

 通話は出来ないが、受信専用のメールのような機能はある。

 この機能を使って、上官からの命令が送られてくるそうだ。

 所有者以外の魔力では起動出来ないので、セキュリティも万全。

 中々に万能なデバイスだな。


 流石にインターネットは出来ない。

 通信販売やゲームのダウンロードが可能なら完璧だったんだけどな。


 このスマホもどきな軍人手帳も、魔導研究所で開発された魔法道具(マジックアイテム)だそうだ。

 カードや符術士の研究に限らず、こういった魔法道具(マジックアイテム)の開発が、ここの主な仕事となるのだが……。


「実はイズミさんにやってもらう仕事は殆どないんですよね」

「はい?」

「来たる日に、英雄として軍の士気を高めて頂くのがあなたの役目です。

 それに、ここでの仕事は専門的な技術と知識を必要としますので、イズミさんでも出来る仕事は……」


 つまり、形だけ出社して、定時まで時間を潰してくれって事か?

 それでは、まるでリストラ寸前のダメサラリーマンみたいじゃないか……。


「あの……流石に何もしないのは、ちょっと」

「そうですねぇ……。あっ、有りました!

 あなたに相応しい仕事が!」

「おっ! 何ですか!? 何でもやります!」


 何だよ。有るじゃん。俺にでも出来る仕事。

 しかも俺に相応しい仕事だ。

 きっと、カードに関わる楽しい仕事に違いない。


「では、符術士専用の特殊収容所に収監されている、エドヴァルト・ヴォルフに食事を持って行ってくれますか?」

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