第七十二話 「緑の契約者」
「俺のターン。ドロー&マナチャージ!
サポートエリアにハナコと音楽家の肖像画を召喚!」
「おぉっ! カワイイのとヘンなのが出てきたのじゃ!」
ロッテの中では、幽霊であるハナコもカワイイの範疇に入るらしい。
動く肖像画に至ってはヘンなの扱いだ。
どちらも日本の怪談がベースだが、元ネタを知らなければ怖くないのだろう。
「ミスティ、リーダーに攻撃!」
「うん!」
ミスティはステッキを上方へと掲げ、そのまま下へと半回転させるように勢い良くスイングした。
ステッキに弾かれたジャガイモは、綺麗な弧を描いてダメージエリアへと飛んで行く。
「やった! ほーるいんわん? だよ!」
「ナイスショット!
でも、食べ物でゴルフをするのはやめような」
「はーい」
続いてリーダーエリアに現れたのは、穂がモヒカンになっているトウモロコシ《モロコシ・ダン》。
きっと、モヒカンをブーメランのように投げつけたり、腕のような葉を交差させて光線を出したりするのだろう。
なんとなく、そんなイメージが湧いた。
だが、俺は奴に攻撃をさせる気はない。
このターンに残る二回の攻撃でモロコシを撃退する。
うさぎを殴るのを躊躇していたミスティも、植物が相手なら遠慮はしないようだ。
「はやくも三点か……ウワサどおりのつよさじゃのう」
「あと一点与えたかったけどな。
ターンエンドだ」
ロッテ側の四体目のリーダーは手足と白い翼を持った真っ赤なトマト《チョットマト》。
右手を大きく開き、こちらへと付き出している。
あれは確か守護天使だったな。
トマトを天使化するとか訳が分からない。
なお、AP3000のトマトがミスティを倒すには二回の攻撃が必要となる。
このターンを一点に抑える事が出来れば、俺の勝利は濃厚だ。
「わらわのターンじゃ!
ドロー&マナチャージなのじゃ!
わらわはマナコストを②しはらい、《そよ風の精霊マナ》をサポートエリアに召喚するのじゃ」
サポートエリアに、蝶のような羽を持った小さな妖精が現れた。
「そして条件を満たした為、マナの自動能力が発動するな」
この妖精は見た目とは裏腹に厄介な能力を持っている。
「ん? どうしてユーシャがそれを知っておるのじゃ?」
「俺は二千種類に及ぶ全てのカードの数値と能力を暗記しているんだ」
「それは面白いジョーダンなのじゃ。
マナの自動能力でマナコストを回復させるのじゃ!」
ロッテのマナエリアにある二枚のカードが、休息状態から活動状態になった。
このユニットがサポートエリアに召喚された時、自身のマナエリアのカードが全て休息状態なら、マナエリアから二枚まで選び活動状態にする。
実質ノーコストで召喚出来る特殊なユニット。
それが《そよ風の精霊マナ》だ。
ただし、フィールド上に別の《そよ風の精霊マナ》、もしくは緑以外の属性のユニットが居る場合、手札から召喚する事は出来ない。
これはノーコストで二体以上を召喚したり、他の属性のデッキで悪用されたりするのを防ぐ為の制限措置だな。
地味に厄介なのが、この能力で回復するマナコストが②である点だろう。
これは能力無効化や守護天使の使用コストと同じ値だ。
普通にサポーターを追加で召喚するのも良いが、温存して相手ターンに備える事も出来る。
さて、ロッテはこのマナコストをどう使うのか……お手並み拝見といこうじゃないか。
「この能力で回復したマナコストを②しはらい、大地の精霊イナバを召喚するのじゃ!」
「あっ! うさぎさん、おかえりなさい!」
「ふふふ……イナバはミスティに会いたくてもどってきたのじゃ」
「ホント!? やったー!」
「いや、それ敵だからな。騙されるなよ」
ロッテはサポートエリアに白いうさぎを召喚した。
ミスティは喜んでいるが、これで勝敗の行方は分からなくなったと言える。
何故ならイナバも独特で強力な能力を持っているからだ。
「わらわはRCを①しはらい、手札を一枚墓地へ送り、イナバの起動能力を発動するのじゃ!」
ロッテが宣言すると、山札の上から五枚が彼女の前へと移動する。
「ふむ。この子に決めたのじゃ!」
ロッテは五枚の中から一枚を指差した。
選択されたカードがリーダーエリアへと飛んで行き、残りの四枚は山札へと戻る。
イナバの起動能力はリーダーのレベルアップ。
山札の上から五枚を確認し、その中から現在のリーダーよりレベルがひとつ上のカードを一枚まで選び、リーダーエリアに召喚する。
ロッテの山札がシャッフルされる音が響き、リーダーのトマトが墓地へと送られた。
そしてレベル3のユニットがリーダーエリアに召喚される。
「わぁっ! また、うさぎさんだ!」
「《薬草の女神オオクニヌシ》なのじゃ」
それは片手に草束を持った、スタイル抜群のバニーガールだった。
日本神話における大国主命は男神だった筈だが、何故かTSしてバニーガールになっている。
【フェアトラーク】では他の男神もTSしてるので、きっと開発チームの趣味だろう。
それよりも注目すべき点はロッテのプレイングだ。
オオクニヌシはイナバの相棒であり、単体でのAPも6000と申し分ない。
通常なら一点しか与えられないような状況から、かなり有利な状況に塗り替えた。
かなり理想的な動きだ。
子供だからと侮れないな。
「ミスティに攻撃するのじゃ!」
ロッテの攻撃宣言。
バニーガールが歩み寄り、ミスティを抱きしめる。
「ふぇ……ふえぇっ!?」
バニーのふくよかな胸に押し付けられ、ミスティの顔が真っ赤に染まった。
うむ。実にけしからん攻撃だ。
俺にも直接攻撃してくれ……と言いたい所だが、あのバニーって元ネタでは男なんだよな。
つまり精神的には……考えるのはよそう。
この後も通常攻撃と連携攻撃を繰り出し、バニーガールのよく分からないセクシーな攻撃により、俺のリーダーユニットが次々と撃退される。
俺が先行していたダメージレースも、このターンでお互い三点の同点にまで追い上げられた。
そして、俺の四体目のリーダーはハナコ。
ダメージを一点回復できるヒールトリガーだが、ダメージが相手を上回っていない為、特殊登場時能力は不発に終わる。
「なんとか追いついたのじゃ。ターンエンドなのじゃ」
「ロッテ、お前すげーよ! ワクワクする!」
マリアやエボルタとの対戦では味わえなかった懐かしい感覚。
それは日本の大会で強敵と対峙した時に味わった感覚に近い。
その相手が小さな女の子なのは意外だが、カードゲーマーとしての経験が偏見を吹き飛ばす。
ここからどうやって勝利してやろうか、楽しくて仕方がないぜ。
「わらわにホれてもムダじゃぞ」
「惚れてねーから安心しな。
ひょっとして、好きな男の子でも居るのか?」
「わらわは十七歳になったら、キゾクとセーリャクケッコンするのじゃ」
「政略結婚……って何なのか知ってる?」
「知らぬ!」
「そ、そうか」
何やら複雑な家庭の子なのかも知れない。
世の中には知らない方が幸せな事もある。
わざわざ政略結婚について教える必要も無いだろう。
七年後に困っていたら、及ばずながら相談に乗ってやるか。
「何をしておる。ユーシャのターンじゃぞ」
「おっと、そうだった。ドロー&マナチャージ!」
ロッテのリーダーエリアに居るバニーガールは薬草の女神と言う名に相応しい能力を持っている。
攻撃された時にサポートエリアの《植物》を墓地へ送る事で、HPを全快させるという厄介な能力だ。
彼女のサポートエリアに《植物》は一体。
普通に攻撃した場合、一回目のダメージは無効にされる。
これを突破するには、一度の攻撃で9000以上のダメージを与えるしかない。
俺のサポーターは三体。
まず、ハナコは相棒であるガイストを召喚する為のマナコストが足りない。
次に肖像画だが、こいつは相棒がデッキに入っていない。
最後に黒猫。こいつはネズミと連携攻撃をしても合計AP6000なのでバニーを倒せない。
詰んだか?
……いや、一枚だけある。
単体でAP9000になるユニットが!
「マナコストを③支払い、リーダーエリアに《霊槍の使い手ランツェ》を召喚!」
リーダーエリアのハナコが墓地へ送られ、代わりに大きな槍を持った戦士が現れた。
ランツェのAPはサポートエリアの《霊》の数に応じて上昇する。
俺のサポーターは三体全てが《霊》。
ランツェのAPは自動能力で9000となる。
「よし! リーダーに……」
「おはようございます」
俺の攻撃宣言は乱入者によって中断させられる。
振り返るとジャスティスとオッサンが訪れていた。
良い所だが、タイムアップのようだ。
「ショチョーにモトトーゾクではないか。
おはようなのじゃ」
「お、おはようございます」
「姫さま……その呼び方はやめてくれんかの」
「では、なんと呼べばよいのじゃ?」
「オッサンでいいんじゃないか?」
「うむ。では、そなたは今からオッサンなのじゃ」
おめでとう!
元盗賊はオッサンに進化した。
初めて会った時からオッサンだった気もするが……まぁ、どうでもいいか。
「これは模擬戦闘ですか?」
「わらわがユーシャにショーブをいどんだのじゃ」
「勇者?」
「なんか、俺の事みたいです」
ロッテが俺の事を勇者と呼ぶ理由はジャスティスにあると思っていたのだが、この反応を見る限り、どうやら違うらしい。
では、勇者とは何なのだろう?
「実は昨日、ショチョーの机においてあるショルイをよんだのじゃ。
そこにユーシャ・イズミと書いておった」
「いや、俺の名前はユーヤ・イズミなんだけど」
「ユーシャよ」
「何だ?」
「おぬしの字が汚いから読みまちがえたのじゃ」
「悪かったな!」
勇者って裕也の読み間違いかよ……。
悪くない呼び方だと思ってたのに、一気に萎えたぞ。
「ところで、どうして姫さまが居るんです?」
「すごい符術士が来ると知って、会いに来たのじゃ」
「姫さまってロッテの事か?」
姫さまってのは二つ名ではなさそうだな。
平凡な服装なので気付かなかったが、貴族のお嬢様と言った所か。
時々、的の外れた事を言う子だと思っていたが、貴族の娘だとしたら納得だ。
「先生、知らずに模擬戦闘してたんですか?」
「シャルロッテ・フォン・シュヴァインフルト。
国王陛下の第三子。
この国のプリンセスですよ」
「へぇー、この国の……って、はあっ!?」