第七十一話 「ライバルは女子小学生」
俺の事を勇者と呼ぶ金髪の少女。
彼女は唐突に俺に勝負を挑んできた。
その手にはカードの束、肩には小さな妖精が乗っている。
「わぁー、キレイなちょうちょさん」
「蝶じゃない。妖精……いや、《そよ風の精霊マナ》だな」
俺が返答に詰まっていると、ミスティが少女の前へと歩み寄った。
召喚された妖精に興味を持ったらしい。
「な、なんじゃ。このちっこいのは?」
「いや、二人とも同い年くらいに見けるけど……」
「わらわは十歳になったのじゃ!
もう、りっぱなレディなのじゃ!」
俺の感覚だと完全に子供なのだが、背伸びしたいお年頃だろうか。
しかし、十歳か……ここまで若い符術士は初めてだな。
「わたし、ミスティ。この子はダイフクだよ」
「わらわはシャルロッテともうすのじゃ。
親しい者にはロッテとよばれておる。
おぬし、ぬいぐるみに名前をつけてるのか?」
「うん。ダイフクはお友達なの」
「くっ……カワイイのじゃ」
そのお友達……敵に投げつけられたり、枕にされたりしてるけどな。
ともあれ、ミスティの印象は悪くないようだ。
「ロッテか。お菓子作りが得意そうな名前だな」
「うむ。菓子は大好物なのじゃ!」
「ははは。食べる方専門かよ。
よろしくな、ロッテ。俺は━━」
「知っておるのじゃ。ユーシャであろう」
ロッテは俺の事を勇者と呼ぶ。
呼び方を改める気はないようだ。
おそらく英雄と同じ理由によるものだろう。
むず痒いが、悪い気もしないので良しとするか。
「はぁ……もう勇者でいいか。
で、さっきの話だが、挑まれた勝負は受けるよ」
「流石はユーシャじゃ。
モノわかりが早くてたすかるのじゃ」
符術士にとっての勝負とは召喚戦闘━━カードバトルの事だ。
日本でも小学生のカードゲーマーは少なくない。
そしてカードゲーマーなら、挑まれた勝負は全力で受けるのが礼儀だ。
例え、相手が小学生でもそれは変わらない。
「ただし、俺はこれから仕事なんだ。
対戦するのは仕事が終わってからな」
「ユーシャの仕事と言うのはここでするのか?」
「あぁ、魔導研究所でのお仕事だけど」「だったら問題ない。今すぐショーブするのじゃ」
「あのー……俺の話、聞いてる?」
「わらわがショチョーに話をつけるのじゃ」
「えっ? ジャスティスと知り合いなのか?」
ロッテは俺の疑問には答えず、魔導研究所の中へと駆けて行った。
俺たちも慌てて後を追う。
「おはようございます。
今日からお世話になります」
「おはようございます。
所長が来るまで事務所で待ってて下さい」
「はい。事務所ってどちらですか?」
「何をしておる、ユーシャ。
ジムショはこっちなのじゃ!」
「あぁ、彼女は良いんですよ。特別です」
ロッテは大きく手を振り、俺を入り口近くの部屋へと誘う。
本来から子供が入れるような施設ではないのだが、彼女は特別扱いされているらしい。
やはり符術士だから……なのか?
ロッテの特別扱いの理由に関して思考を巡らせながら、誘われた部屋へと入る。
それは昨日面接を行った殺風景な部屋だった。
どうやら、ここが事務所らしい。
「さあ、そちらへ座るがよい。
そして、わらわとショーブするのじゃ」
「じゃあ、仕事が始まるまでな。
他の人が来たらおしまい。それでいいか?」
「うむ。リョーカイしたのじゃ」
デッキを取り出し、机の上に置く。
ジャスティスが来るまでならカードバトルをしてても大丈夫だろう。
ただ待つのも暇だしな。
「それと、奴隷ってのは無しにしよう」
「まさかおぬし、おじけづいたのか?」
「そうじゃないさ。それとも俺が勝ったら、ロッテが奴隷になるのか?」
「わ、わらわをドレイにしたいじゃと!?
なんとハレンチな! このヘンタイめ!」
「そっちが先に言ったんだろ!」
やれやれ、面倒な子に捕まったな。
悪い子じゃなさそうなんだが……。
「えっとな、この国では奴隷制度は禁止されているんだ」
「マツリゴトはよくわからんのじゃ……」
「ごめん。難しかったかな。
じゃあ、こうしよう。
もし俺が負けたら、ひとつだけ言う事を聞いてあげる。
俺が出来る事に限るけどな」
何かしら、ご褒美が欲しいようなので、妥協案を提案した。
子供のお願いをひとつ聞くくらいなら朝飯前だ。
もっとも、俺は本気でこの対戦に挑むけどな。
「ふむ……それでよかろう。
ならば、もしユーシャが勝てたら、わらわのハジメテをあげるのじゃ」
「ぶっ! いや……流石にそれはいらない」
「どうしてじゃ?
女の子のハジメテをもらって喜ばない男はいないと、ショーイが言っておったぞ!」
「誰か知らないけど、そいつ最低だな!」
ったく、こんな小さな子に何教えてるんだよ……。
ロッテは幼さは残るものの、わりと整った顔立ちをしている。
きっと将来は美人になるだろう。
今は約束だけ取り付けて、数年後に頂く事も……ないな。
子供の頃に意味も知らないまま約束して、好きでもない男に抱かれるなんて最悪だ。
俺にはそんな酷い事は出来ない。
「そう、なやまんでもよいぞ。
勝つのは、わらわじゃからの」
「へっ、凄い自信じゃねーか。
じゃあ、俺が勝ったら……そうだな、ミスティの友達になってやってくれ」
「ふぇ? ますたー?」
今、思いついたのだが我ながら良い提案だ。
ミスティの周りには、同い年くらいの子が居なかったからな。
今まではアリスやマリアが彼女の相手をしてくれていたが、王都では俺しか居ない。
そんな時にロッテと出会った。
彼女なら歳も近く、お互いの第一印象も悪くなさそうだ。
「ユーシャよ。おぬしはアホか!」
「えっ? アホって……」
「友達とは、他人に命じられてなるものではないのじゃ。
それに、わらわとミスティはすでに友達なのじゃ!」
「う、うん! よろしくね! ロッテちゃん」
ロッテから堂々と友達宣言をされ、ミスティは照れくさそうに微笑んだ。
どうやら、俺が間違っていたようだ。
「ごめん。そうだよな。
友達って自然に出来るものだよな」
「ふふふ。わらわはカワイイものに目がないのじゃ。
ミスティのカワイサのひみつをケンキューしてやるのじゃ!」
「ふえぇっ!?」
「それは興味深い研究だな。
あまり時間もないし、そろそろ始めるか。
模擬戦闘開始! 英霊解放!」
「りべれーしょん、なのじゃ!」
実体化していたミスティと妖精がカードへと戻り、お互いのデッキが宙に浮いた。
この部屋で行う二度目の模擬戦闘の始まりだ。
毎日違う相手と対戦出来るなんて、ここは天国だな。
日本では当たり前の事が、こちらでは幸せに感じられる。
山札のシャッフルが終わり、お互いに五枚のカードが配られた。
続いて、山札の一番上のカードが、初期リーダーユニットとして召喚される。
「ますたー、見て見て! うさぎさん! かわいいね」
俺のリーダーはミスティ。
ロッテのリーダーは真っ白なうさぎ《大地の精霊イナバ》だ。
「こ、これはいったい、どうなっておるのじゃーっ!?」
「ん? どうしたんだ?」
「ミスティがお人形さんサイズになってしまったのじゃー!」
「あぁ、ミスティはカードのユニット。
俺の相棒なんだ」
そう言えば、ミスティが人間じゃない事を伝えてなかった。
これで嫌われたりしなければ良いんだけど……。
「なんと! それがミスティのカワイサのひみつじゃな!
人間のようにお話のできるエイレーがいるなんて、カンゲキなのじゃ!」
「お前の相棒、マナは喋らないのか?」
「わらわの言葉はリカイしてくれるのじゃが、お話まではできないのじゃ」
「そうか……」
人に近い姿をしていれば会話が出来る、と言う訳でもないようだ。
やはり、ミスティは特別なのだろうか?
いや、水色のハズレア娘も普通に会話してたな。
……よく分からん。
こんな事よりも今は対戦に集中するか。
相棒であるマナと、初期リーダーであるイナバから、ロッテのデッキは緑属性だと推測出来る。
緑属性の特性はHPと展開力の高さだ。
その代わりAPはやや低めに設定されている。
緑属性に対する基本戦術は単純だ。
まず、HP10000以上のユニットを多めにデッキを構築する事。
しかし、これはカードの入手が困難な、こちらの世界では無理な話だ。
次に、サポーターを無視して、ひたすらリーダーに攻撃する事。
実に単純で基本に忠実な戦法だ。
「先行は俺だな。
マナコストを①支払い、《ファントム オブ キャット》をサポートエリアに召喚。
続いて、ミスティでリーダーに攻撃!」
黒猫から魔力を受け取ったミスティが、うさぎの元へと駆け寄った。
まずは一点。
僅かなリードだが、相手が緑属性なら先行の一点は後々大きく響く筈……なのだが。
「ますたー……うさぎさん、いじめるのやだよぉ」
「ショードーブツに対する心づかい。
ミスティはやさしいのぉ。
そう言うところもカワイイのじゃ」
「いや……それじゃ勝負にならないだろ」
現実の戦闘なら分からなくもないが、これは召喚戦闘なのだからルールに従って欲しい。
そもそもマリアの召喚した犬が相手の時は、「ごめんね」と言いながらステッキで殴ってるじゃないか……。
これで負けたら流石に納得できないぞ。
「あっ、そうだ! ミスティいいこと思いついちゃった。
うさぎさん、お友達だよー」
ミスティはぬいぐるみを白うさぎの前に置いて話し掛ける。
微笑ましい姿ではあるが、困ったものだ。
と思ったら、ぬいぐるみを見たうさぎは耳を僅かに震わせた後、ダメージエリアへと走り去った。
「ふぇ……どうして逃げるのぉ」
「ぬいぐるみが怖かったんじゃないか?」
「むー、ダイフクはこわくないもん!」
空席となったリーダーエリアにサングラスをかけたジャガイモが召喚される。
ミスティは不服のようだが、これで一点を与える事に成功した。
出だしは悪くない。
「ターンエンドだ」
「では、わらわのターンなのじゃ!
マナコストを①しはらい、《キャプテン アイダホー》をサポートエリアに召喚するのじゃ。
そしてターンエンドなのじゃ!」
フィールド上のジャガイモが二個に増えた。
しかし、ジャガイモはAPが低く、一回の攻撃ではミスティを倒せない。
ロッテは攻撃をせずにターンを終了した。
彼女のデッキは《植物》をベースに《精霊》で展開力を補助するデッキと見て間違いない。
ならば、猛攻が始まる前に速攻を掛けさせてもらう!