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第七十話 「シスコンの末路」

 翌朝。

 王都での初めての朝は、玄関を激しくノックする音と共にやって来た。


「ますたー、起きて。お客さんだよ」

「んー、眠い……ミスティ、任せた」

「んー……わかった。行ってくるね」


 客人の対応をミスティに任せて惰眠を貪る。

 俺たちがここに越して来た事を知っている人物は少ない。

 ジャスティスかオッサンのどちらかだろう。

 それならミスティが応対して大丈夫だ。


「おはおおっ! これはレアなっ!

 パジャマ姿のミスティちゃん!

 ああっ! 寝癖で髪が乱れているじゃないか。

 よし、僕が解いてあげよう!」

「ふぇっ? やだぁ……」

「むっ? ドアに鎖が」

「ますたー、たすけてー」


 玄関から奇声と悲鳴が聞こえたので、慌ててベッドから飛び起きる。

 どうやら客人は俺の思っていた人物とは違うらしい。


「他人の家の前で何やってんだよ!」

「ユーヤくん、良い所に来てくれた。

 僕とミスティちゃんの愛を邪魔する鎖を排除してくれないか?」


 ドアチェーンと格闘をしているリックを見てため息を吐く。

 ミスティは身の危険を感じ取ったのか、俺の後ろへと隠れた。


「はいはい。着替えてくるから少しだけ鎖と遊んでてくれ」

「何!? ミスティちゃんの生着替え!

 それは是非とも目に焼き付けなければ!」

「ご近所に迷惑だから、静かにしてくれよ!」

「一人で楽しむなんてズルいよ!」


 引っ越し早々、玄関で変態に叫ばれる事案が発生。

 このままでは俺まで変態に思われかねない。


「仕方がない。

 ミスティ、今日だけここで着替えてくれ」

「ふぇ? ええぇっ!?」

「おおっ!」

「後でプリンのあるレストランに連れてってやるからさ」

「むー、しょうがないなぁ。

 ちょっとはずかしいけど、プリ……ますたーのおねがいだもんね」


 意外にもミスティはあっさり了承してくれた。

 プリンの威力は絶大だ。

 悪い大人にプリンで誘惑されないか心配になる。


「えいっ!」


 ミスティはその場で身体をクルリと一回転させた。

 すると、彼女の服装はパジャマから黒ゴスドレスへと一瞬で変わる。

 見事な早着替えだ。


「スゴい! 流石ミスティちゃん!

 って、そうじゃない!

 僕が見たかったのは━━」

「じゃ、俺も着替えてくるから」

「ますたー、まってー。髪結ってよー」


 寝室に戻って服を着替えた。

 その後、ミスティの髪の毛をツインテールに結ってやり、玄関へと戻る。


「お待たせ。で、何のようだ?」

「ここに引っ越して来たと聞いてね」

「それでミスティにセクハラしに来たのか……」

「失礼な! 僕はキミに会いに来たんだよ」

「俺に?」

「ハンス・ティールスが見つかった。

 今から案内するよ」



 ◆◆◆◆



 ハンスに会う為、リックの後をついて行く。

 寮を飛び出した後、行方が分からなかったが、王都に居たらしい。

 ちなみにミスティはお留守番だ。

 ハンスに会うのがどうしても嫌らしい。


「しかし、随分と手際が良いな。

 俺がハンスを探してくれと頼んだのは昨日だぞ」

「偶然だよ。たまたま昨日、別件で彼の身柄が確保されただけ。

 しかし、彼は本当にニコラちゃんの兄なのか?」

「どう言う意味だ?」

「……行けば分かるよ」


 ハンスはシスコンをこじらせ過ぎた変態で、嫌な性格をしている。

 どうやら、初対面のリックにまで悪い印象を与えたようだ。

 一体、何をやらかしたのだろう?



 人通りの少ない道をしばらく歩き、何やら見覚えのある場所へとやって来た。


「ここだよ。彼はこの中に居る」

「えっ? ここって確か……」

「そう。犯罪者の収容施設だよ」


 それは半年前に符術士のオッサンを連れてきた場所だった。

 元の世界における刑務所に当たる施設だ。

 心を入れ替えたハンスはここで働いてる。

 ……なんて事はないよな。

 どう考えても逮捕された側だ。



「軍のリック・グレーナーだ。

 昨日収容されたハンス・ティールスと面会したい」

「話は聞いてる。こっちだ。ついて来い」


 看守の後に続き、地下へと降りた。

 そこは無数の檻が規則正しく並ぶ異質な空間だった。

 似たような施設を他の町でも見た事があるが、規模が違い過ぎる。


「おい、起きろ! 面会だ」


 とある檻の前で止まり、看守が囚人に声を掛ける。

 中には地べたに横になってる一人の男が居た。

 男はのっそりと起き上がり、こちらへと歩み寄る。


「なんだ……イズミか」

「ハンス……なのか?」


 一目見ただけではハンスだと認識出来なかった。

 確かに面影はある。

 しかし、その見た目は大きく変わっていた。

 無精髭を生やし、全体的にやつれている。

 人は一ヶ月でここまで変わるものなのか。


「フン。わざわざ、こんな遠方まで俺を嘲笑いに来たか」

「こいつは無銭飲食と傷害罪で捕まったんでさ」

「えっ?」

「違う! 冤罪だ! 誰かが俺を嵌めようとしたんだ!」

「屋台の串焼きを十本ほど食い逃げしようとしたらしいよ」

「試食かと思ったんだ!

 紛らわしい売り方をする店主が悪い!」


 都合が悪いと他人の所為にするのはハンスの悪い癖だ。

 いくら何でも、屋台を試食と勘違いするとか無理がある。

 仮に試食だとしても十本は食べ過ぎだ。


「しかも、代金を要求した店主に斬り掛かったんだよ。

 たまたま近くに居たから、僕が押さえて御用となったけど」

「違う! あれは正当防衛だ!」


 話を聞く限り、とても正当防衛には思えないのだが……。

 ともあれ、これでリックがハンスの事を悪く言っていた理由が分かった。

 そんな出会い方をしたら、誰だって軽蔑するだろう。

 それにしてもリックはロリコンの変態の癖に、時々かっこいい事をする。

 ハンスもそこそこの実力はあった筈だが、それを差し押さえるとはな。


「キミは冒険者だろう?

 民を守る立場の冒険者が街中で剣を抜くなんて……情けない」

「黙れ! 軍の犬め!

 俺の実力を見抜けないお前らに何が分かる」

「こいつは何を言っているんだ?」

「そこの看守から聞いた話だけど━━」


 寮を飛び出したハンスは王都に渡り、傭兵に志願したそうだ。

 軍で一旗揚げようと考えたらしい。

 冒険者が傭兵に志願する事自体は、最近では特に珍しい事ではない。

 だが、少人数で活動する冒険者と異なり、集団行動が基本となる軍では協調性が重視される。

 性格に難ありと判断した軍は、彼を不採用とした。


 その後、彼はギルドで仕事を探す事になる。

 しかし、結果は芳しくなかったそうだ。

 何故なら、地方と異なり、この辺りは有害な野生動物(モンスター)は滅多に出没しない。

 王都では定職に就いている者がほとんどで、街中での仕事も冒険者には回って来ないそうだ。


 そうして何日か過ごしている内に貯蓄は底をついた。

 早々に他の町へ移動していれば、何とか食いつなげたのだろう。

 だが、彼のプライドがそうさせなかった。

 そして行き着いた結果がこれだ。


「ありがとう、リック。もういいよ。

 この様子だと、こいつはニコの居場所を知らないだろう」

「ニコに何かあったのか!?」


 ニコの名前を出した途端、ハンスが勢い良く檻に飛び付いた。

 先程まで気怠そうに愚痴っていた奴とは思えないな。


「お前には関係ない」

「話せ! 無関係な訳がないだろ!

 俺とニコは愛し合っているんだ」

「お前が一方的に迫っているんだろーが」

「何を言っているんだ?

 最初に誘って来たのはニコの方だぞ」

「はぁ?」

「今でもハッキリと覚えている。

 子供から女性へと変貌を遂げようとしている綺麗な肢体をさらけ出して、こう言ったんだ。

 お兄ちゃん、ボク……私を女にして」


 ついに妄想と現実の区別がつかなくなったか……。

 少し興奮気味に妄想を語るハンスの姿は、哀れと言う感情を通り越して、気持ち悪いと思った。


「ニコは……半月前から行方不明だ」


 思わず、そう口にしていた。

 元々、話す気はなかったのだが、狂ってしまった彼の姿は見るに耐えない。

 これは妄想の世界に旅立ったシスコンを呼び戻す為の、呪文のようなものだ。


「なんだと!? それは本当か!?」

「お前なら何か知ってるかと思ったが、見当違いだったよ」

「くそっ! ここから出せ! 剣を返せ!

 俺はニコを探しに行……ガハッ!」


 妄想の世界から帰還したハンスは、檻を揺らし、仕切りに叫ぶ。

 しかし、看守に警棒で脇腹を突かれ、彼はその場に(うずくま)った。


「大人しくしてろ。

 お前はあと一ヶ月は出られねぇんだよ!

 大体、出た所で一文なしだろーが。

 しばらくは刑務作業でしっかり稼ぐんだ。いいな?」

「くっ……イズミ。覚えていろよ」

「もう忘れたよ。じゃあな」


 看守に礼を述べ、俺とリックは収容所を後にする。

 ミスティを連れて来なかったのは正解だったな。

 今後、彼に会う事はないだろう。

 この事をマリアに伝えるかどうかが、今回の課題だな。



 ◆◆◆◆



 リックを交えて三人で朝食を採った後、俺とミスティは魔導研究所へと向かう。

 今日から初仕事だ。

 朝から嫌なものを見たが、気を病んでいる暇はない。


「おはようござ……」

「のわっ!」


 入り口の扉を開けて中に入ろうとした時、横から何かが勢い良くぶつかって来た。

 振り向くと、小さな女の子が尻もちをついている。


「あっ、ごめん。大丈夫? 怪我はない?」

「うむ。平気なのじゃ」

「さ、捕まって。立てる?」


 少女を起こす為、小さな手を取る。

 ミスティと同じくらいの年齢だろうか?

 ピンクを基調とした可愛らしいワンピース姿で、背中には小さな鞄を背負っている。

 その鞄に掛かるくらいまで伸ばした、金色の髪がとても綺麗だ。


「おぬし、見かけぬ顔じゃの?」

「あぁ、今日からここでお世話になるんだ」

「今日から? って事は、おぬしがユーシャか!?」

「えっと……勇者って俺の事?」


 少女は目を輝かせながら、俺の手をガッチリと握り返してきた。

 どうやら、誰かと勘違いしているようだ。


「うむ。ユーシャよ。わらわとショーブするのじゃ!」

「ごめんね。お兄さん、これからお仕事だから」

「よいではないか。少し待っておれ」


 少女は鞄を降ろして中を探り出した。

 今の内に建物の中に逃げるか?

 と思ったが、彼女の取り出した物を見て考えを改める。

 何故なら、それが数十枚のカードの束だったからだ。

 その中から一枚のカードが宙に浮き、小さな妖精へと姿を変える。


 間違いない。この少女は符術士だ。


「ユーシャが負けたら、わらわのドレイになるのじゃ!」

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