第六十九話 「新生活」
「もう少し詳しくお聞かせ願えますか?」
「アグウェルの冒険者寮に住んでいたんたけど、半月程前から行方不明なんだ。
冒険者で適性は魔術士。
ネコミミのついたフードを被っていて、黒い髪をしている」
「あとね。すごくおっきい、イヤな魔力を感じたの」
「イヤな魔力とは?」
「あぁ、彼女を探しに行った時の話なんだけど━━」
ニコを探索した時の事を掻い摘んで話す。
するとジャスティスは懐から手帳を取り出し、それをパラパラと捲り始めた。
何か、心当たりがあるのだろうか?
「おかしいですね……」
「何がですか?」
「冒険者ギルドなどで測定出来る魔力の基本値ですが、あなたを上回る者となるとかなり限られます。
私の知る限りでは数人……全て宮廷魔術師ですね。
もっとも、魔術の発動時や召喚戦闘の際、一時的に魔力が上昇すると言う研究結果もあります」
魔力って固定じゃないのか。
召喚戦闘の時に魔力が上昇してる自覚など、全くないのだが……。
インフレが激しい格闘マンガの戦闘力に近いのかな?
「そうなると魔力での特定は難しいか」
「お力になれず、申し訳ありません。
他に手掛かりはありますか?」
「あとは……そうだな。
彼女にはハンスと言う兄が居る。
彼も一ヶ月程前に寮を出ているんだけど、何か知っているかも知れない」
「ハンス・ティールス。
その方の特徴は?」
「特徴はシス……いや、特にないな。
何処にでも居る冒険者って感じだ」
ハンスの特徴を訊かれて、思わず答えそうになった台詞を飲み込む。
こんな情報を渡しても役に立たないし、引かれるのがオチだ。
それにニコさえ見つかれば、ハンスは割とどうでも良い。
「そうですか。
その方も黒い髪をしていますか?」
「え? あぁ、妹と同じで黒いな」
「なるほど。分かりました。
あなたが我々に協力して頂ける限り、力をお貸ししましょう」
「ありがとうございます」
「では改めて、こちらに署名をお願いします」
差し出された書類に一通り目を通す。
怪しい内容ではない事を確認し、名前を書く。
今回は漢字ではなく、この国の文字で書いた。
自分の名前を書くのは初めてだが、完璧な出来だ
文字を習い初めて一ヶ月とは思うまい。
「独特な字を書きますね」
「えっ?」
言葉を選んで、遠回しに字が汚いと言われてしまった。
何だろう……少し傷付くな。
「すみません。これで問題ありません。
失礼を致しました」
「はぁ……」
「ところで、私からもひとつ伺いたい事があるのですが、よろしいですか?」
「何でしょう?」
「これについて、何かご存知の事があれば教えて頂きたいのです。
触っても構いませんが、封は開けないよう、お願いします」
そう言って、小さな透明の袋を取り出した。
まるで刑事ドラマに出てくる証拠品のようだ。
その中には見覚えのある黒いカードが入っている。
「これは?」
「ギルドカードです。
主に北部の冒険者ギルドで発行されていたタイプですね。
あなたがギルドへ預けたと伺いましたので」
間違いない。
俺がこちらの世界に来た日、何故か内ポケットに入っていたギルドカードだ。
これのお陰でアグウェルの検問を通過出来たんだっけな。
今思うと、あそこはザル警備だから無くても入れた気はするが。
「何故、あなたがこれを持っているんですか?」
「このカードの持ち主が、魔導研究所と縁のある人物でしてね」
「なるほど」
「色々と手を尽くしたのですが、居場所が分からなくて困っているのです」
「ギルドや軍でも見付けられないんですか?」
「少し特殊な方なのです」
特殊ねぇ……。
それにしても、あのギルドカードがまだ持ち主の元に戻ってないとは思わなかった。
これはニコの捜索も期待しない方が良いのか……?
「すみません。
昔の事なので、何処で拾ったのか覚えてないです」
「そうですか」
ジャスティスは軽くため息を吐き、袋を懐に忍ばせる。
正確には拾った覚えすらないのだが、無難に答えておく。
持ち主には悪いが、知らないのだから仕方がないよな。
「ハァハァ……片付けてきました」
「ご苦労でした」
カードの入ったアタッシュケースを片付けに行った、オッサンが帰って来た。
何処まで行ってきたのかは知らないが息を切らしている。
無理もないか。
あの量だと四キログラムはありそうだし、オッサンも体力なさそうだしな。
「ディートハルト。
もうひとつ仕事をお願い出来ますか?」
「な、何でしょうか?」
「彼をこの住所まで案内して下さい」
◆◆◆◆
魔導研究所を後にした俺たちは、オッサンに誘導されるまま、新しい我が家へと向かう。
ジャスティスは色々と用があるとの事で、明日からの出勤時間を告げて何処かへ行ってしまった。
「先生のお家はこの道を真っ直ぐです。
初めてでも迷わないと思います」
「ほぉ、そりゃいいな。
てか、先生って何だよ……」
「先の模擬戦闘。わしは勝利を確信しておった。
じゃと言うのに、あそこからの見事な逆転。
先生と呼ばせて下さい!」
「はぁ……」
こうして俺はオッサンの先生になった。
オッサンに敬われても何も良い事はないのだが、特に害もないので黙認する。
「ここが先生のお住まいです。ハイ」
「へぇー」
鍵を受け取り、玄関から中に入る。
間取りは2LDK。
アグウェルの民家に比べると狭いが、俺は日本人なので慣れっ子だ。
ミスティとの二人暮らしには十分な広さと言える。
入ってすぐにはキッチン、その反対側には風呂とシャワー、更にその隣にはトイレ。
奥の部屋にはクローゼットやテーブル、ベッドなどの家具も揃っているので、直ぐに休めそうだ。
ただ、気になる点が無い訳ではない。
「なぁ、このベッドは何だ?」
「先生、それはダブルベッドです」
「それは見りゃ分かる。
なんで、こんなにピンクなんだよ?」
用意されていたベッドは全体が薄いピンク色のシーツにと覆われていた。
それだけなら、まだ良い。
そこにハート型の枕がふたつ並んでいるのだから、頭が痛くなる。
「えっ? 先生は英霊の女の子とそう言う関係だって噂を聞いたんじゃが?」
「誰だよ! そんな噂流したの!」
「んとね、ミスティとますたーはケッコンするの!」
「あのなぁ……」
「ますたー、だーいすき!」
ミスティが俺に抱きついて来た。
俺と彼女の間に挟まれた丸っこいぬいぐるみが、ぺしゃんこになる。
これじゃあ、ダイフクじゃなくてセンベイだ。
彼女は唐突にこのような愛情表現をしてくる。
もう少し時と場所を弁えてくれれば有り難いのだが、悪気がない事も分かってるので無碍に出来ない。
「仕方がないなぁ。
寝るのに支障はないし、これはこれでいいか」
「やっぱり……」
「なんか言ったか?」
「な、何でもないです。ごめんなさいっ!」
装飾は気に入らないが、寮のベッドよりは大きいので妥協する。
気が付いたらミスティにベッドを占領され、俺は床で寝ていたと言う事もなくなるだろう。
「そうだ。あっちに見た事がない物があったんだけど、オッサン知ってるか?」
「何でしょう?」
寝室を後にしてキッチンへと戻る。
流しの隣に大きな金属製の箱が設置されていた。
この箱が何なのか、イマイチ良く分からない。
「これは火をつける魔法道具ですね」
「なんだ、コンロか」
「コンロ?」
「俺の祖国に似たような物があるんだよ。
あれ? 点かないな」
つまみを弄ってみるが火は点かない。
洗濯機と同じ原理と推測し、魔力を流してみるが結果は変わらなかった。
「先生、ちょっと良いですか?」
「あぁ、任せた」
「これ、燃料がないですね」
「燃料? ガスか?」
「薪です」
薪かよ……。
そう言えば、アリスに頼まれて薪拾いに行った事があったっけな。
「じゃあ、トレント狩りに行くか」
「オバケたいじ?」
「えっ? 薪なら市場に売ってますよ」
「あっ、そうなの?」
◆◆◆◆
魔導研究所へ帰ると言うオッサンと別れ、俺たちは市場へとやって来た。
多くの露店が並び、食料品から趣味の品まで様々な物が手に入る。
日替わりで店が入れ替わる為、いつ来ても人で賑わっているそうだ。
「薪、食器、鍋、フライパン……。
包丁とまな板も必要だな。
あっ、まな板で思い出した!
マリアに手紙を書く為にペンも買わなきゃ」
ボールペンが一本だけあったのだが、プロキシの制作でインクを使い切ってしまったのだ。
鉛筆はナイフで削るのが面倒くさい。
と言う訳で、適当なつけペンとインクを購入する。
「支払いはこれでお願いします」
「ん? 兄さん市場は初めてかい?
ここじゃ現金しか使えないよ」
「えっ? そうなんですか?」
「ギルドカードで支払いたいなら、あっちの大きな商店に行ってくれ」
「いえ、少しなら有ります」
現金しか使えないのも、言われてみれば当然の事だ。
広場に商人が物を持ち寄って開いている露店で、カードでの決済は無理があるな。
ポケットに少しだけ入っていた小銭で支払いを済ませる。
残りの金で薪を購入すると、一文なしになってしまう。
「食器と調理器具は明日にするか」
◆◆◆◆
その後、ギルドカードでの支払いが可能なレストランで夕食を済ませて帰宅した。
買ってきた薪を使って風呂を沸かす。
と言っても、所定の場所に薪をぶち込んでスイッチを押すだけだ。
薪のくべ方等は関係なく、薪に含まれている魔力が重要らしい。
不思議だが便利なので、こういうものだと自分を納得させる。
「風呂が沸いたぞ」
「ますたー、いっしょに入ろー」
「一人で入れるだろ?」
「入れるけど、シャンプー……こわい」
「そんなの魔法でなんとかしろ」
「えー、やだぁ……ますたー、おねがい」
「分かった、分かったから引っ張るな」
「やった! ますたー大好き!」
思い返してみると、ミスティはいつもアリスと一緒に入浴してたな。
それにしても魔女の癖にシャンプーが怖いって何だよ……。
「わーい、ますたーとおっ風呂ー。
あっ……でも、えっちなのはダメだよ。
そーゆーのはケッコンしてから、ね」
「しねーよ!
……洗ってやるのは髪だけだからな。
身体は自分で洗うんだぞ」
「はーい」
こうして王都での新生活が始まった。
とりあえずの目標は、一人でシャンプー……だな。