第六話 「冒険者ギルド」
冒険者ギルドまでは、門から徒歩で十分程。
似たような建物が並ぶ、石畳の道を歩きながら、目的地へと向かう。
「なあ、他人のギルドカードで町に入ったけど大丈夫なのか?」
「気にすんな。
実はこの町に入るのに門番の許可は必要ない」
「じゃあ、何でギルドカードの確認が必要なんだ?」
「戦後の難民が多かった時期の名残りだな」
「でも、冒険者登録はしておいた方がいいわ。
ギルドカードが無いと生活に困るわよ」
そもそも冒険者ギルドとは何をする所なのか?
移動の時間を利用して訊いてみた。
冒険者ギルドの役割は多い。
メインとなるのは、登録された冒険者への仕事の斡旋と、依頼者への冒険者の派遣。
要するに人材派遣業だな。
依頼料から、紹介料として一部ピンハネされた額が、冒険者への報酬として支払われる。
これは俺の予想した通りだった。
銀行業務も行っており、仕事の報酬は基本的に現金ではなく、個人の口座に振り込まれる。
また、町で買い物をする際は、ギルドカードを渡せば、口座から直接代金が引き落としされるそうだ。
まだまだ電子マネーが一般的ではない日本と比べると、こちらの方が近未来的にも思える。
商工人へのお金の貸し付けも行っており、その利息もギルドの経営資金になっているそうだ。
他にも役所的な業務や郵便業など、ギルドの仕事は多岐に渡る。
まるで何でも屋だな。
「着いたわ。ここが冒険者ギルドよ」
「俺は馬車を返してくる。先に入っててくれ」
ラルフが馬を引いて建物の裏手へと消える。
冒険者ギルドは、学校の体育館よりもひと回り大きい、三階建ての建物だった。
他の建物と比べても明らかに特別な施設だと一目でわかる。
「何してんの? 入るわよ」
「わりぃ、外観に圧倒されてた」
マリアの後に続いて、冒険者ギルドの中に入る。
入り口の近くには多くのテーブルと椅子が並べられ、待合所として使われているそうだ。
屈強な男たちが大勢つめ寄せてそうな場所だが、不思議な事に俺達以外には誰も居ない。
「まずは右側のカウンターで依頼の報告。
それもギルドに預けるから付いて来て」
待合所の先には受付カウンターがあり、スーツを着た職員が中で忙しそうに働いている。
そこにファンタジーな雰囲気は微塵も感じられない。
「今朝受けた依頼を終わらせてきたわ」
「はい。はぐれ符術士の討伐ですね。
門番より報告を受けております」
「これがそいつの使ってた魔符よ。
回収した盗難品は彼が持ってるわ」
「お預かりします。
魔符は私達では手を触れられませんので、このケースに入れて下さい」
職員に促されるまま、俺は盗賊のアジトから持ってきた麻袋を渡し、マリアは用意されたケースにカードを入れる。
カードに触れると呪われると言う話は半信半疑だったが、職員の対応を見る限り事実のようだ。
「おう、待たせたな」
「ラルフ様もご無事で何よりです」
「俺は無事だが、愛用の武器が使い物にならなくなっちまった」
「符術士の召喚したユニットに手を出すからよ」
「イケると思ったんだがな」
「報酬はお二人の口座に均等に振り込ませて頂きますね」
「ああ、それで構わねえ」
「私もそれでいいわ。
それとは別に少し現金を引き落としたいんだけど」
「かしこまりました。
では、こちらの用紙にお名前と金額のご記入をお願いします」
ラルフの武器の話や俺の存在に関して一切口を挟まず、仕事に関する事だけを口にする。
この職員、プロだ。
「よし、仕事も終わったし、腹ごしらえと行くか」
「いや、俺の用事がまだなんだけど……」
「そんなの食ってからでいいだろ。俺の奢りだぞ」
「ここの三階に食堂があるの」
食堂まであるのか。
本当に何でも屋だな。
そう言えば、今朝カップ麺を食べて以来、何も口にしていない。
「そう言う事なら、ごちそうになります」
同じ建物内ならすぐに戻れる。
食事をとる位なら問題ないだろう。
俺はラルフの好意に甘える事にした。
◆◆◆◆
カウンター横の階段を上り、三階の食堂へと向かう。
ちなみに二階は魔力測定施設らしい。
何をする施設なのか全く想像がつかない。
まあ、魔力なんて持っていない俺には関係ないか。
階段横の扉を開けると、その上に設置された鐘がカランカランと音を立てる。
「いらっしゃいませ。
三名様ですかニャ?
では、こちらのテーブルにお願いしますニャ」
エプロンを着用したネコミミの店員に案内され、俺達は手近な席に座る。
「こちらがメニューになりますニャ。
ニャ?
お客様、そんなに見つめられると照れますニャ」
「あっ……すみません」
ネコミミが珍しくて、思わずガン見していたようだ。
頭部のネコミミの他に、髪の間から人間の耳が見えていた。
どっちが本当の耳なんだろうか?
両方とも本物と言う可能性もあるな。
「では、ご注文がお決まりになりましたら、お呼びくださいニャ」
ネコミミ店員がキッチンへと戻って行く。
その後ろ姿に尻尾は見えない。
「まだ見つめてる……変態」
マリアに罵られた。
「いや、あの耳が気になってさ」
「あぁ、アレね。すぐに慣れるわよ」
「そんな事より、何を食うか決めようぜ」
メニューはイラストや写真などはなく、料理名だけがズラッと並んだ簡素な物だった。
フニャフニャとした文字で書かれている。
何となくアラビア文字に似ているな。
不思議な事に、初めて見る言語なのにスラスラと読めた。
「デカチューのしっぽのステーキ……あれ食えるのかよ!?」
「ああ、結構旨いぞ」
「遠慮しときます」
「読めるの?」
「習った記憶はないけど、何故か読める。
ただ、料理名を見ても想像がつかないな」
文字は読めるけど、固有名詞は分からない。
思えば、異世界なのに普通に日本語で会話出来ている。
召喚の際、何か特別な力でも作用してるのだろうか?
何にせよ便利で助かる。
「このウリブーサンドって?」
「食い物だ」
「ウリブーの肉にパン粉をつけて、油で揚げたものを挟んだサンドウィッチよ」
カツサンド的なものだろうか?
「こっちのデパティってのは?」
「飲み物だ」
「カトリアで栽培されている、植物の葉を乾燥させて煎じたものよ」
お茶の類かな?
他にも幾つか訊いてみたが、何を尋ねても、ラルフは食べ物か飲み物としか答えてくれない。
マリアが居てくれて助かる。
ネコミミ店員を呼び、それぞれが注文を終える。
俺はウリブーサンドとデパティにした。
「ギルドってもっと賑やかな所かと思ってたけど、そうでもないんだな」
「軍が傭兵を募集してるからな。
腕のたつ奴らは王都に行っちまった」
「二人は傭兵に志願しないんですか?」
「本業が別にあるしな。
それに俺が行っちまったら、誰がこの町を守るんだよ」
「女はお呼びじゃないそうよ。
例え符術士でもね」
カッコいい事を言う。
一方、マリアの理由は単純だ。
この国には、旧時代的な男尊女卑の風潮が残っているのだろう。
「ここ最近の軍の増強。
また戦争でも始まるのかもな」
「戦争?」
物騒な言葉だ。
出来れば関わりたくない。
「南北カトリア戦争。
もう長い間、休戦中だけどな」
およそ十年前、北カトリア帝国が南カトリア王国へ宣戦布告。
南部の豊かな土地を求めての侵略戦争。
昔から良くある理由だ。
「最初は元々の国力の差もあって、南部が優勢だったんだがな。
ある符術士が現れてから戦局は一変した」
「不死の静寂ローラント・ハルトマン。
あなたのと似た黒いローブを着た不気味な男よ」
「そいつがバケモノでな。
一人で二千人の軍隊を壊滅させ、国境の町マウルは北部に奪われちまった」
「そいつはそんなに強いのか?
南部にも符術士は居たんだろ?」
「居たわ。そしてもちろん抵抗した。
マウルの領主の妻であった、その符術士は町と家族を守る為、不死の静寂に戦いを挑んだの。
……でも、全く歯が立たなかった」
「その後、王都ディアナハルまで攻めてくるかと思われたが、ローラント・ハルトマンは消息不明。
やがて休戦協定が結ばれて今日に至るって流れだ。
すまねえな、兄ちゃん。
この話はここまでだ」
この世界の戦争がどの程度の規模か分からないが、一人で二千人を壊滅させた符術士か。
若干脚色されているとは思うが、出会いたくない相手だ。
「お待たせしました。
ウリブーサンドにデカチューのしっぽのステーキ、トーストと野菜サラダのセット、デパティが三つ。
ご注文は以上でよろしいですかニャ?」
会話の途切れるタイミングで、ネコミミの店員が食事を運んできた。
「いただきます」
デパティは見た目も味も紅茶そのもの、ウリブーサンドはパンの色が黒い事を除けば普通のカツサンドだった。
ウリブーの肉はとても柔らかく、噛むと肉汁がパンに染み込んで美味しさを増す。
よく知った味なのは残念でもあるが、喜ばしい事でもある。
見知らぬ地で食べ物の味で困らないのは助かる。
「ごちそうさまでした」
「おう。じゃあ俺は会計してくるぜ」
「ねえ、あなたこっちのお金って持ってるの?」
「いや、持ってないな」
食事を終え、くつろいでいるとマリアに質問された。
言われて見れば俺は一文無しだ。
ポケットに入っていた、誰の物か分からないギルドカードの口座から拝借すると言う手もあるが、どう考えても犯罪だな。
やめておこう。
「なんなら、そのラヴストリッパー? 私が買い取ってあげてもいいわよ」
「ラバーストラップな」
「べ、別にそれが欲しいとか、そう言うのじゃなくて、あなたが困ってるだろうから助けてあげようとしてるだけよ」
欲しくてたまらないのが一目瞭然だ。
そもそも、このラバーストラップはたまたま当たった物だ。
これが《闇の魔女ミスティ》のストラップだったら少し悩んだかも知れないが、《迷犬ポチ》に執着心はない。
俺としても有り難い提案だった。
「これでいかがかしら?」
「助かるよ。ありがとう」
鞄からストラップを外し、マリアの差し出してきた紙幣と交換する。
紙幣の価値は分からないが有り難い。
「待たせたな。
何だ? マリアのやつ、ヤケにニヤけてるな」
「な、なんでもないわよ」
別に隠すような事じゃないと思うが、本人が黙っているので知らないふりをしておいた。
「ありがとうございましたニャ」
ネコミミ店員に見送られつつ、食堂を出て一階へ戻る。
これから冒険者ギルドへの登録手続きをしなければならない。
「じゃあ俺達は帰るぜ」
「新規登録は左端のカウンターよ」
「あれ? 一緒に行ってくれないのか?」
「心配しなくても職員が全部やってくれるわよ」
「そうか。二人ともありがとうございました」
「同じ町に住むのだし、また会う事もあるわよ」
「兄ちゃん、達者でな」
俺は深々と頭を下げた。
二人に出会わなければ、俺はここまで辿り着けなかっただろう。
下手すれば、森の中で命を落としていたかも知れない。
途中、すれ違いはあったが、それでも心から二人に感謝した。