第六十八話 「契約と報酬」
このターンで四回目の攻撃となる、ハナコとガイストの連携攻撃が決まった。
これでお互いにダメージ七点。
勝敗を分ける最後のリーダーは……。
「こ、紅竜王……フィアンマ」
「四体目のフィアンマか。
ったく、HPの高いユニットばかり出てきやがる」
フィアンマを倒すのに必要な攻撃回数は二回。
一回でも守護召喚をされたら俺の負けだ。
だが、オッサンの様子を見る限り、手札に相棒も守護天使も無さそうに思える。
「リーダーに攻撃!」
「ひっ……ひいいぃっ!」
「通った! なら、もう一度、リーダーに攻撃!」
残る二回の攻撃をリーダーのフィアンマに叩きこむ。
ガイストの暗黒剣がフィアンマの巨体へ深々と食い込んだ。
これで八点。
「ま、まだ終わってはいない」
「非公開領域のロジーナは二枚。
ここで引ける確率は一割未満。
あとは……お互いの運命力次第だ」
能力無効化を使う為のマナコストは残っていない。
山札の一番上から召喚されるユニットがヒールトリガーなら……俺の負けだ。
オッサンの山札から一枚のカードがリーダーエリアへと移動し、小さな火の玉へと姿を変える。
それがヒールトリガーではない事を確認して、思わずホッと息をつく。
「ふぅ……」
テーブル上で争っていたユニット達がカードへと姿を変え、模擬戦闘の終了を告げる。
その内の一枚が俺の隣へと舞い戻り、少女へと姿を変えた。
「ただいまっ!
ミスティ、ますたーの役に立った? えらい?」
「おう、偉いぞ。ありがとな」
「えへへ」
最終ターンの逆転はミスティのお陰とも言える。
彼女の能力なしで逆転は不可能だった。
あとで好物のプリンを食わせてやるか。
「終わったのかね?」
「へー、これが召喚戦闘か」
「どっちが勝ったんだ?」
観戦していたお偉いさん達が騒ぎ出す。
やはり、ルールを知らないと勝敗が判断出来ないようだ。
「皆様、ご静粛にお願い致します。
召喚戦闘とは、符術士同士が英霊を召喚し闘わせる特殊な戦闘です。
その歴史は古く 、南カトリアが分離独立するよりも前から存在したと、文献に記されています」
ジャスティスが観客の皆さんに解説を始めた。
勝ち名乗りでもあげようかと思ったが、ここは大人しく彼に任せよう。
「所長さん。私達は歴史の勉強をしに来たのではありませんよ」
「で、どっちが勝ったんだ?」
「失礼致しました。
勝者は英雄ユーヤ・イズミ殿です」
「あっ、どうも」
名前を呼ばれたので、立ち上がってお辞儀をする。
突然だったので、ぶっきらぼうな挨拶になってしまった。
しかし、英雄と呼ばれるのには慣れないな。
普通に呼んで貰えるよう、後で頼むとするか。
「少年の勝ちねぇ。噂は本当だったって事か」
「信じ難いですな。
子供が混ざっているような小隊が、竜の群れに勝ったなど。
我々に分からないのを良い事に、嘘を吐いているのではないでしょうな?」
「なっ!?」
綺麗な服を着た爺さんがイチャモンをつけてきた。
ルールが分からないのは仕方がない。
だからと言って、さっきの逆転勝利を嘘と言われては黙っておけない。
異議を唱える為に一歩前に出る。
しかし、ジャスティスが腕を伸ばし、制止を促す。
「ディートハルトの様子を見ても分かりませんか?」
オッサンは俺に負けた後、テーブルに突っ伏したまま放心している。
これならルールを知らなくても、勝敗は一目瞭然だ。
「演技でしょう。
打ち合わせをしていれば、あのくらいサルでも出来ますよ」
「なら、私が嘘を吐く事に何の意味が有ると言うのです?
我々が求めているのは英雄。
敗者を庇う意味など無いのです」
「しかし……」
この老人はどうしても俺を認めたくないようだ。
初対面の筈なのに酷い扱いだな。
それとも、知らない内に恨みを買うような事でもしたのだろうか?
「約束を反故にするおつもりでしょうか?
もしそうでしたら、議員の皆様でも……」
「わ、分かりました。
彼が呪われし雪風を倒した英雄だと認めましょう」
「ありがとうございます。
先生がお話の分かる方で良かった」
ジャスティスの脅迫……じゃない、説得に応じて老人は引き下がった。
これでようやく、俺の勝利が全員に認められた事になる。
「本日は貴重なお時間を頂き、ありがとうございました」
俺とオッサンの模擬戦闘を観戦していた客人たちが次々と退席する。
瞬く間に室内は俺たち四人を残すだけとなった。
「あの人たち何なんですか?」
「様々な立場の方たちですが、半数は議員ですね」
「議員って何ですか?」
「失礼致しました。
一般の方にはあまり知られてないのを失念しておりました。
我が国における、様々な決まり事を決める方々です。
主に貴族から成り立っています」
あー、要するに政治家か。
ジャスティスの話によると、この国は王国だが絶対王政ではないそうだ。
議会は王室と同等の権限が与えられ、一院制でありながら、王室と議会による二院制のような状況が成り立っているらしい。
俺のような庶民は知らなくても問題ないな。
実際、半年間知らずに過ごして来たし……。
ん? 待てよ。
主に貴族から成り立っているって事は、リックも将来議員になるかも知れないのか。
阻止しないと、『幼女憐れみの令』とか発令されそうだ。
「それでは、雇用についてお話しましょう。
どうぞ、お座り下さい」
「あっ、はい」
「ディートハルト、金庫から例のものを」
テーブルの上のカードを片付けて着席する。
一足先に片付けを終えたオッサンは、ジャスティスから何かを受け取り、部屋を出ていった。
「さて、どこまでお話しましたか?」
「王様の前で演説をさせられるって事だけ聞きました」
「そうでした。
とは言え、まだまだ準備が必要です。
しばらくは研究所で、簡単な作業をお手伝いして頂こうと考えております」
「簡単な作業?」
「細かい事は追々説明するとして、報酬についてお話しましょうか。
まず、月給は二十万ガルド」
「二十万!?」
なんだよ、その高給!
借金返済の為、ギルドの依頼を毎日のように請けていたのがバカバカしくなる。
「そして、借家を一件ご用意しました。
家賃光熱費は全て経費で賄います。
後で案内させましょう」
「あ、ありがとうございます」
「とは言え、お金には困っていないでしょうから、別の報酬もご用意致しました」
まだほかに何かあると言うのか。
カードに関わる研究をしながら、給料が貰えるだけでも、至れり尽くせりな高待遇なのに。
「まず、あなたに爵位が与えられる事が検討されています。
後々、王室から使者が遣わされる予定です。
作戦成功の暁には報酬として領地も与えられるでしょう」
「は?」
爵位? 領地?
俺、貴族になるの?
ラブホテルそっくりなお屋敷に住むの?
話が飛躍しすぎだ。
意味が分からないぞ。
「所長、持ってきました」
「ご苦労様。ここに置いて下さい」
「は、はい」
突拍子のない話に少し混乱している俺の目の前に大きなアタッシュケースが置かれた。
ジャスティスに支持されたオッサンが、何処からか持ってきた物だ。
材質はアルミニウムだろうか?
金属製でかなり頑丈そうな印象を受ける。
映画やドラマに出てくる札束が詰められたケースにそっくりだ。
「どうやら英雄様は、お金にも地位にも興味が無さそうですね。
そこで、こんな物を用意しました」
「なっ! まさかコレは!?」
魔力式の特殊鍵が外され、アタッシュケースの蓋がゆっくりと開けられる。
中にはギッシリと紙の束が詰まっていた。
紙の束と言っても紙幣ではない。
もっと小さくて厚みがある。
「ご察しの通り、全て魔符です。
七種類の古代文字の中から、あなたが使用している物と同じ言語の魔符を集めました」
「これを貰えるのか!?」
「はい。
我が軍が敵を討ち取った暁には、ご希望の魔符を差し上げましょう」
「マジで!? じゃあ全部欲しい!」
「強欲なお方だ。
ですが、このくらい器の大きい方が英雄には相応しい。
考えておきましょう」
あのサイズのケースだと、軽く見積もっても二千枚は下らないだろう。
マリアと二人であんなに探しても手に入らなかった、日本語版のカードが目の前に積まれている。
しかも、それが俺の物になるなんて夢のようだ。
これだけの枚数があれば、どんなデッキも組み放題じゃないか。
「ますたー、よだれ出てるよ」
「えっ? すまない」
「どういたしまして」
ミスティがハンカチを取り出して俺の口元を拭ってくれた。
大量のカードを目にして、自然と口元が緩んでしまったようだ。
「契約成立ですね。では、この書類に署名を━━」
「その前に少しだけ良いか?」
「何でしょう?」
「さっき七種類って言ってたが、それは間違い。
フェアトラークに使用されている言語は全部で十三カ国語だ」
「ほぅ。十三種類ですか」
「そ、それで赤属性なのに使えない魔符があったのか?」
ジャスティスの隣でじっとしていたオッサンが反応した。
オッサンの使えるカードは英語版。
使えないカードと言うのは、おそらくドイツ語やフランス語のカードだろう。
アルファベットが使われている事は分かっても、それらを区別するのは難しい。
日本人の俺ですら曖昧なのだから、異世界人である彼らにとっては相当な難問だろう。
「同じ文字が使われているけど、全く異なる言語が複数あるんだよ」
「なるほど。
そう言われると、思い当たる点がいくつかありますね。
魔符の謎が少し解明に近付いた気がします。
やはり、あなたを勧誘したのは正解でした」
ジャスティスはにこやかに微笑みながらケースの蓋を閉じた。
オッサンがそれを受け取り、再び部屋を出て行く。
「あっ……」
しまった。
俺とした事が中身を確認させて貰うのを忘れるなんて……。
だが、あれだけの枚数があれば、細かい事は気にしなくても大丈夫か。
俺の物になった時に、デッキを構築しながら確認すればいい。
「どうかされましたか?」
「いや、何でもない。
そうだ。ひとつお願いがあるんですが」
「私で力になれる事なら協力しましょう。
何なりとお申し付け下さい」
「実は今、人を探しているんですよ。
名前はニコラ・ティールス。
十三歳の女の子です」