第六十七話 「紅竜皇ヘル・フィアンマ」
進化ユニットとは《迷犬ポチ》と同じく、環境に対応できなくなった過去カードの救済としてデザインされたユニットである。
ブースターパック第十弾に収録された《紅竜皇ヘル・フィアンマ》はその先駆けとも言える存在だ。
その後も各弾に一種類ずつ収録され、古参プレイヤーの支持を得る事となる。
それらの進化ユニットに共通する能力はふたつ。
リーダーエリアに進化前のユニットがいる時、手札を一枚墓地に送る事で、マナコストを消費せずにリーダーエリアに召喚出来る事。
そして、ダメージエリアに表向きの進化前のユニットがあるなら、APとHPがそれぞれ2000上昇する永続能力だ。
永続能力により上昇した数値はAP9000/HP13000となる。
APが9000もあればレベル3以下のユニットのほとんどを一撃で倒す事が可能だ。
そして何よりも厄介なのがHPの高さである。
HP13000を一回の攻撃で削り切るには、能力によるAP上昇と連携攻撃を組み合わせるしかない。
この数値の高さこそが進化ユニットの特徴であり、強さとも言える。
だが、有利な点ばかりではない。
まず、進化ユニットには相棒となるユニットが居ないのだ。
よって、連携攻撃は発動しない。
そしてもう一点。
進化ユニットはバーストトリガーである。
よって、他のバーストトリガーと合わせて、四枚までしかデッキに投入出来ない。
ただし、通常のバーストトリガーと異なり、特殊登場時能力は所持していない。
進化ユニットのバーストトリガー指定は、あくまでデッキ投入枚数を制限する為の措置なのだ。
それに、如何に強力なユニットでも、サポーターが居なければ攻撃出来ない。
オッサンのデッキが以前と同じなら、このターンにガイストを倒される可能性はかなり低い筈だ。
以前と同じなら……だが。
「サポートエリアに《フレイムドラゴンキッド》と《炎の精霊イグニス》を召喚じゃ!
ヘル・フィアンマよ!
その黒いのを叩き潰してやれ!」
オッサンのサポートエリアに二頭身のドラゴンと、つぶらな瞳と短い手足のついた火の玉が召喚される。
ドラゴンは前のターンにも登場したバーストトリガー、火の玉はドロートリガーだ。
それらのサポートを得て、ヘル・フィアンマの持つ二本の剣が炎に包まれる。
右手に持った炎の剣がガイストへと襲い掛かった。
剣と剣がぶつかり合い、テーブル上に火花が飛び散る。
続けざまに左手の剣が横から薙ぎ払われ、ガイストの脇腹を抉った。
これでお互いのダメージは二点の同点。
だが、状況は互角とは言い難い。
次のターンでヘル・フィアンマを倒せないと、大幅にリードされてしまうだろう。
だが、皮肉にも現れた次のリーダーは《七不思議ムスター》。
動く骨格標本の都市伝説を元にデザインされた、AP6000/HP7000の能力なしユニット。
種族が《霊》である事と、デッキに一枚だけ採用さているバーストトリガーの相棒である事を理由に、数合わせで入れたCカードだ。
Cにしては良い働きをしてくれるスペックなのだが、タイミングが悪い。
「ほう、AP6000か。
ヘル・フィアンマを倒すには三回の攻撃が必要じゃな。
お主にそれが出来るかの?
ターンエンドじゃ」
俺の手札はレベル2が一枚、レベル3が二枚、レベル4が二枚。
そして、このターンに使えるマナコストはたったの③。
サポートエリアを全て埋めるには、ここでレベル1のカードを引くしかない。
「俺のターン! ドロー&マナチャージ!
引いた! マナコストを①支払い、ハナコをサポートエリアに召喚!
続いて、マナコストを②支払い、アルツをサポートエリアに召喚!
リーダーにアタック!」
アルツは手札に温存しておきたい能力無効化だが、背に腹は変えられない。
骨格標本が自らの体の一部でもある骨を投げつける。
三回目の投擲でヘル・フィアンマの巨体が仰向けに倒れた。
「ひいっ! わ、わしのヘル・フィアンマが!?」
「ターンエンド。 オッサンの番だぜ」
三ターン目後攻。オッサンのターン。
ヘル・フィアンマに続いて現れた次のリーダーは《竜騎士サビーノ》。
オッサンはサポーターを一体召喚し、ちびドラゴンとサビーノによる連携攻撃と二回の通常攻撃を繰り出した。
「神竜滅殺波!」
このターン、俺は三点のダメージを与えられ、点差は三対五となる。
四ターン目先行。俺のターン。
リーダーは《魔斧使いアクスト》。
ダメージが五点なので、自動能力によりAPが5000上昇している。
よって、現在のステータスはAP7000/HP8000。
一ターン目とは異なり、かなり優秀だ。
このターンに二点を与えて、次のターンで逆転勝利……うん。イケる。
「メインフェイズは何もせずに終了。
リーダーに攻撃!」
アクストの巨斧が竜騎士を襲う。
しかし、サビーノのHPは8000。
一撃でトドメを刺す事は叶わず、二回目の攻撃でこれを撃退する。
残る一回の攻撃で次のリーダーも倒したい所だが……。
「嘘だろ!? どんだけ運が良いんだよ!」
「フハハハハ。
悪あがきもここまでよ。
次のターンでわしの勝利じゃ!」
「ちっ! ターンエンドだ」
オッサンのリーダーエリアに召喚されたのは二体目の《紅竜皇ヘル・フィアンマ》。
前のターンまでに公開されていたバーストトリガーは三枚。
残りは非公開領域に一枚しかない。
にも関わらず、このタイミングでリーダーとして現れるとは……。
いや、このオッサンはバランスの悪いデッキを使い、引きの強さだけでマリアを追い詰めた相手だ。
運も実力の内というやつか。
「わしのターン! ドロー&マナチャージ!
念には念を……と言うからの。
ヘル・フィアンマの起動能力を発動!」
「えっ!?」
「能力を使用したヘル・フィアンマのAPは12000!
これでわしの勝利は確実じゃ!」
一部を除いて、進化ユニットは進化前のユニットの能力を受け継ぐ。
ヘル・フィアンマの起動能力は進化前と同じく、RC④で、そのターン中自身のAPを3000上昇させるものだ。
オッサンのダメージエリアのカードが全て裏返り、ヘル・フィアンマを包む炎が青白く輝く。
「フハハハ……は? な、何故だ!?
AP10000に、HP11000!?
何故ステータスが下がる!?」
「当たり前だろ!
進化ユニットの永続能力は、ダメージエリアに表向きの進化前ユニットが有る時に発動するんだ。
それをRCで裏向きにしたら、ステータスは元に戻るんだよ!」
「な、なんじゃと!?
そんな事、初めて知ったぞ!」
「はぁ……。ま、お陰でこっちは少し希望が見えたけどな」
AP12000なら俺のユニット全てを一撃で葬る事が可能だが、AP10000ならガイストを倒すのに二回の攻撃が必要となる。
たった2000の差だが、俺にとってこの差は大きい。
もっとも、四枚採用しているガイストの中で一枚はダメージエリア、二枚は手札にある。
残りは一枚……こんな事なら前のターンでガイストを召喚して必殺技能力を使っておくべきだった。
「ふ、ふん!
じゃが、わしの勝利に変わりはない。
ヘル・フィアンマよ! 雑魚共を蹴散らせ!」
アクストが青白い炎に焼かれ、ダメージエリアへと送られた。
続いて、山札から小さなネズミがリーダーエリアへと召喚される。
「ドロートリガーだ。
特殊登場時能力で一枚引くぜ」
ここで守護天使を引けば耐えられる。
しかし、引いたカードは《霊医アルツ》。
悪くないカードだが、手札に加わるのが少し遅い。
「悪あがきは出来そうかの?
リーダーに攻撃じゃ!」
ネズミも一撃で葬られ、俺の敗北にリーチがかかる。
生きるも死ぬも、次のリーダー次第か。
このターンを耐えるにはガイスト、ヒールトリガーのハナコ、そして……。
「バースト……トリガー!
特殊登場時能力で相手のサポーターを全滅させる!」
山札より召喚されたのは小さな手鏡だった。
《七不思議ムラサキカガミ》。
一枚だけ入れておいた通常のバーストトリガーだ。
これで逆転の可能性が見えた!
手鏡が上空へと舞い上がり、鏡面からレーザー光線を地上へと降り注ぐ。
極太の怪光線の直撃を受け、オッサンのサポーターが全て墓地に送られる。
「ば……バカな。……ターンエンドじゃ」
サポーターを失った事により、攻撃不可能となったオッサンはターンを終了した。
「俺のターン。ドロー&マナチャージ。
マナコストを④支払い、ガイストをリーダーエリアに召喚」
俺が逆転勝利するには、このターンで四点を与えるしかない。
それが可能ユニットは唯ひとつ。
俺は迷う事なくガイストを召喚する。
しかし、俺の墓地にある《霊》はハナコが一枚。
これではガイストの必殺技能力をフル活用する事は出来ない。
オッサンの運の良さを上回るには、このターンで六回の攻撃を繰り出すのが理想だ。
考えろ……何か方法は……。
「あった……一つだけ方法が。
ヘル・フィアンマに連携攻撃!」
連携攻撃でヘル・フィアンマを撃破。
その後、現れたフィアンマも二回の攻撃で斬り伏せる。
「ガイストの必殺技能力発動!
コストとして墓地へ送ったガイストと、ハナコをサポートエリアに召喚!
これにより、サポートエリアに居たハナコとミスティは墓地へ。
そして、墓地へ送られたミスティの自動能力を発動!
山札からミスティをサポートエリアに召喚!」
ミスティの使い道は蘇生と圧縮だけじゃない。
ガイストの必殺技能力とミスティの自動能力を組み合わせる事により、サポートエリアのユニットを全て入れ替える事に成功する。
「さ、サポーターが全て活動状態に!?」
「あと二点。残り三回の攻撃で決める!
リーダーに連携攻撃!」




