第六十五話 「魔導研究所」
王都ディアナハル。
国王の住まう王城を中心に据えた、南カトリア最大の都市。
外周を巨大な壁で覆われており、外見は都市と言うよりも要塞に近い。
その入り口である検問所にて、身分証明書と荷物のチェックを行う。
乗客全員の持ち物検査が終わった後、ようやく王都への通行が許可される。
ちなみにミスティは身分証明書を持っていない為、カードに戻す事で人間ではない事を伝えた。
同乗していた他の客には驚かれたが、他に良い方法を思い付かなかったので、仕方がない。
それに、ミスティの件で驚かれるのは慣れっ子だ。
門を潜り、道なりに数分程進むと、人通りの多い賑やかな場所に出る。
老若男女、様々な年格好の人々が行き交う様子は、アグウェルでは見る事のできない光景だ。
左右に無数の商店が並ぶ街道を抜け、大きな広場のような場所に停車する。
ここから先はしばらく歩きになるそうだ。
案内されるまま、お城の見える方角へと道なりに進む。
体感になるが、三十分は歩いただろうか。
馬車を降りた辺りでは豪奢な外観の建物が並んでいたのだが、それらに比べると地味な景色が視界に広がっている。
沢山いた通行人も、ほとんど見かけなくなった。
「なぁ、本当にこっちで合ってるのか?」
「もうすぐだ。
お前の言いたい事は分かる。
俺たちの行き先は軍の施設だからな。
民間人の心情を考えて、居住区とは離れてるんだ」
「街中で軍人らしき人を何人か見掛けたけど?」
「そりゃあ、そこに住んでるんだから当たり前だろ」
「なるほど」
以前、レストランで暴れていた傭兵の事を思い出す。
居住区に住んでいて、軍の施設まで通勤する感じか?
民間人の心情を考えるなら、施設内で衣食住を賄えるようにするべきだと思うが……。
だが、俺はこの国の軍の役割について、ほとんど何も知らない。
そもそも、リックやルッツ以外の軍人に出会う事が滅多にないのだ。
たまたま、俺が問題のある人物に遭遇しただけで、軍そのものは民間人と良好な関係を築いているのだろうか?
「どうかしたか?」
「いや、軍と一般の人の関係について考えてた」
「変わった事を気にするんだな?
俺たちの仕事は国民を守る事。
基本的には冒険者と大差ねーよ。
そんな事より、見えてきたぞ」
視線を進行方向に戻すと、大きな壁が見えた。
外壁に比べるとやや小ぶりだが、部外者の侵入を阻む為にしては、大袈裟な印象を受けるな。
よく見ると壁の中に入り口らしき扉がある。
見張りは一人しか居ない。
外壁と違って安全だからだろうか?
「よう! 英雄様を連れてきたぜ」
「えと……はじめまして」
「このヒョロヒョロしたのが、呪われし雪風を倒した符術士だって言うのか?」
「見た目はこんなのだけど、こいつは本物だぜ。
見た事もない魔術で、動きを完全に封じられた。
辛うじて喋る事は出来たけど、身体が全く言う事を聞かないんだ。
あんなのは初めてだぜ」
「嘘臭い話だな……まぁいい。
ギルドカードと魔力を測定すれば分かる」
ルッツは扉の横に設置された装置に軍人手帳を翳し、その上にある小窓を覗き込む。
「ルッツ・ブラント伍長、通っていいぞ。
次はヒョロヒョロしたお前だ」
見張りの口の悪さが少し癇に障るが、我慢する。
ルッツと同じようにギルドカードを翳して、小窓を覗き込んだ。
「これでいいのか?」
「マジかよ……這い寄るロリコン!?
しかし、この魔力なら呪われし雪風を倒したと言うのも頷ける」
「あのー?」
「も、申し訳ございません!
本物の英雄様とは知らず、失礼致しました!
英雄様! そして英霊のお嬢様!
どうぞ、お通り下さい!」
「えっ? は、はい……どうも」
装置にギルドカードを翳した途端、見張りの態度が一変した。
何だか気持ちが悪いと思いつつも、先へと進む。
英雄扱いされていると聞いてはいたが、実際にああ言う態度を取られると、反応に困る。
なるべく知らない人には名乗らないようにしよう。
「着いたぜ。ここが魔導研究所だ」
目的地は壁を超えてすぐ、目と鼻の先にあった。
六階建ての大きな建物。
アグウェルの冒険者ギルドをそのまま縦に倍にしたような感じだ。
ラブホ……リックの実家よりも大きい。
この国の建築としては最大級と言える。
ただし、見た目は地味だ。
ルッツと別れて、受付に居た兵士に案内されるまま、事務所のような部屋へと入る。
机と椅子しかない殺風景な部屋だ。
出された飲み物を口にしつつ、待つ事およそ一時間。
入り口のドアが開き、見覚えのある長身の青年が中へと入ってくる。
半年前に王都のレストランで出会い、エレイア古代迷宮の探索にも協力してくれた人物、ジャスティス・ササキだ。
「申し訳ございません。遅くなりました」
「いえ、こちらこそ。
本日はお日柄もよく……じゃない。
えーっと、お招き頂き、ありがとうございます」
「こんにちは。わたしミスティ」
その場で立ち上がり、お辞儀をする。
緊張のせいか、変な挨拶になってしまった。
「どうぞ、お座り下さい。
ミスティさん。私はジャスティス・ササキと申します。
よろしくお願いしますね」
「うん、よろしくー」
ジャスティスは俺たちの向かいの席に座る。
魔導研究所の所長にして、南カトリア最強の符術士。
彼に聞きたい事は山ほどある。
だが、その前に……。
「先日はありがとうございました。
お陰で新しいカードも手に入りました」
まずは先日の礼を述べる。
手に入れたカードが枚数不足で使えない事は伏せておく。
枚数が不足していようが、アジア版だろうが、彼の協力なしでは手に入る事はなかっただろう。
「エレイア古代迷宮の事ですか?
それなら、利害が一致しただけですので、気になさらないで下さい。
魔符を入手したいあなた達。
領地の問題を解決したいグレーナー中尉。
そして、私は亡霊に対抗出来る武器の実戦テストが出来ました」
「げしゅ?」
「あぁ、すみません。
符術士と同等の耐性を持つ未知の野生動物の事です。
あれらは普通の野生動物とは全く異なる存在なのです」
「カードのユニット……」
「やはりお気付きでしたか。
あれらは符術士と契約を交わしていない英霊が、実体化したモノです。
原理は分かりませんが、半年程前から各地で出没するようになりました。
我々はそれを亡霊と呼んでいます」
「じゃあ、それを斬ったリックの武器は……?」
「魔導研究所の最新作です。
もっとも、ゴーレムが居るとは知りませんでした。
調査不足で危険な目に遭わせてしまい、申し訳ございません。
まさか、そのゴーレムを撃退するとは、ハッキリ言って予想外でした」
「いや、あれは……」
ゴーレムじゃなくて、スーパーロボットなんだけどな。
と言っても、理解されないだろうから言葉を飲み込む。
「そして、呪われし雪風エドヴァルト・ヴォルフ。
真に申し訳ございません。
彼に関しても、こちらの情報不足です。
十年もの間、無敗で有り続けた凶悪犯。
しかし、あなたはその凶悪犯をも召喚戦闘で打ち負かした。
氷漬けにされたエドヴァルトをこの目で見るまでは、信じられませんでしたよ。
正に英雄と呼ぶに相応しい!」
なんか凄いテンションで褒められた。
第一印象だと、もっとクールな人だと感じたのだが……。
「えっと、俺はここで何をすれば良いんですか?」
「話が逸れてしまいましたね。
では、本題に移るとしましょう。
ここから先は口外なさらないよう、お願いします。
場合によっては、あなたを軟禁する事になります」
「えっ? は、はい」
軍事機密とかに関わるのか?
軟禁とか怖いな。
絶対に喋らないようにしよう。
「近々、我が国は強大な敵に挑む事になります。
あなたには我が国の象徴として、軍隊を導いて欲しいのです。
英雄が味方に付いていると知れば、否応にも軍隊の士気は高まるでしょう」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ」
強大な敵と言うのは、十年前に戦争をした北カトリア帝国の事だろう。
帝国の軍事力などは知らないが、ギルドでそのような噂を聞いた事がある。
問題はその後の台詞だ。
俺が軍を率いる?
無茶を言うなよ。
「ご安心下さい。
国王の前で挨拶するだけで結構です。
国境の近くまでは同行して頂きますが、軍が全力でお守りします。
もっとも、あなたに護衛は必要ないとは思いますが」
「いや、急にそんな事言われても……」
「おい、いつまで待たせるんだ!?」
返答に困っていると、外から怒鳴り声が聞こえてきた。
ジャスティスが立ち上がり、入り口へと向かう。
「すみません。お待たせ致しました。
皆様お入り下さい」
十人程の大人がゾロゾロと入ってくる。
鎧を纏った屈強そうな男、キラキラした服を着た男、スーツのような服装を着た紳士風の男など、彼らの見た目は様々だ。
「先程のお話ですが、少し問題が有りましてね。
彼らは、あなたを英雄視する事に疑問を持っている方たちの代表です。
誰もがあなたが呪われし雪風を倒したと信じているとは限らないのです。
そこで、彼らの前であなたの実力を見せて欲しいのです」
「カードゲーム……召喚戦闘か」
「はい」
英雄だの象徴だのはイマイチピンと来ないが、カードゲームとなれば話は別だ。
南カトリア最強の符術士との対戦に胸が踊る。
もし負けても、アグウェルに戻っていつもの生活に戻ればいい。
「いいぜ! 受けて立つ!」
「そう言って下さると思っていました。
では対戦相手を呼びましょう。
ディートハルト!」
あれ? ジャスティスが相手じゃないのか。
少し拍子抜けだ。
ジャスティスに呼ばれて、小太りのオッサンが部屋に入って来た。
このオッサンがディートハルトか。
失礼だが、すごく弱そうだ。
ハッキリ言って名前負けしている。
「この小僧がわしの相手か。
英雄などと呼ばれて浮かれているようだが、わしが化けの皮を……あっ、あなた様は!?
ご、ごめんなさい! さっきのは嘘です!
お願いだから、どうか命だけはお助けを!」
対戦相手として呼ばれたオッサンは、俺に平伏すように土下座をするのだった。