第六十三話 「転機」
行方不明となったニコの探索を始めてから、二週間の時が流れた。
一言で言うと、結果は芳しくない。
誘拐にしては犯人からの要求はなく、迷子にしては目撃情報が少な過ぎる。
今日もギルドの依頼を熟すついでに、隣町で聞き込みを行なったが、有用な情報は得られなかった。
この状況に慣れつつある事に少し不安を覚えつつ、冒険者寮へと帰る。
この後、マリアと情報交換やカードバトルをして、夜はプロキシを製作するのが、最近の生活サイクルだ。
しかし、今日は少し違う。
何故なら、寮の前に不審人物を発見したからだ。
銀色の鎧を身に纏い、槍を持った男が中を伺うようにウロウロしている。
リックと同じ見覚えのある鎧……軍人だろうか?
それにしては動きが怪しい。
ニコが居なくなった件に関わっている可能性もある。
それでも一応、見た目は軍人だ。
とりあえず声を掛けてみよう。
「あの……何か御用ですか?」
「誰だ!?」
「えっ!?」
目にも止まらぬ速さで、俺の喉元に槍の刃先が突きつけられる。
何だこいつ? 後ろにも目がついてるのか?
男は俺に槍を突きつけたまま、こちらへと振り返……った所で後ろに勢い良く吹っ飛んだ。
大きな音を立てて、男は寮の壁へと背中から叩きつけられる。
「ますたー、だいじょうぶ?」
「何ともない。サンキュ! ミスティ」
壁に磔にされている男を観察する。
見た事のない顔だ。
この町の者ではないな。
長い髪を後ろで束ね、無精髭を生やしている。
身長も高く、悔しいがイケメンの部類に入るだろう。
「何だこれ!? 身体が……動かねぇ!」
「諦めるんだな。
ミスティに重力を操作されて、動ける奴は居ない」
「すまん。悪気はなかったんだ。
背後に気配を感じたから、つい癖で」
「はぁ……?」
こいつは何を言っているんだ。
兵士としては有用な技能かも知れないが、癖で刃物を突きつけられては、たまったものではない。
「ここで何をやっていたんだ?」
「何もやってねぇ。
ここには人を訪ねて来ただけだ」
「だったら、玄関から堂々と入ればいいだろ」
「それは……」
返答に詰まったな。
やはり、こいつは怪しい。
最悪、魔法カードで脅して白状させるか。
と、考えていると、寮から二つの人影が姿を現した。
マリアとアリスだ。
「どうしたの? すごい音が聞こえたけど」
「あら? ルッツくん?」
「くっ……見つかったか」
「えっ? ひょっとして、お知り合い?」
「ルッツ・ブラント。
一年前までここに住んでいた、元冒険者よ」
◆◆◆◆
不審者……もとい、ルッツを引き連れて、俺たちは寮の食堂で話し合う事になった。
一年前、ここを出て軍の傭兵に志願した冒険者たちの一人らしい。
見た目の通り、今では立派な軍人様という訳だ。
どうして寮の前をウロウロしていたのかと言うと、見栄を切って出て行った手前、出戻りみたいで恥ずかしかったそうだ。
案外、気の小さい人物なのかも知れない。
「寮長さん、綺麗になりましたね。
まりっぺは変わってないなぁ」
「ぶっ! まりっぺって……ぷくくく。
わーっははははは」
「ちょっと、ユーヤ。笑いすぎ」
「いや、だって……ぷくくくっ」
まりっぺと言うのがマリアのあだ名なのはすぐに分かった。
しかし、そのあまりにも田舎臭い呼び方に、思わず爆笑してしまう。
「ルッツもその呼び方は禁止!」
「何だよ。昔はみんな、まりっぺって呼んでただろ?」
「みんな……まりっぺ……だめだ。
わはははははっ! いってー!」
まりっぺに足を思いっきり踏まれた。
基本的に符術士に物理攻撃は通用しないのだが、符術士同士だと話は別だ。
これ以上、彼女を怒らせると自慢の蹴り技がとんで来る。
頑張って笑いを堪えよう。
「おかえりなさい。ルッツくん。
お元気でしたか?」
「この通り。他のみんなも元気にやってるぜ」
「そうだっ! 一年前までココに住んでいたって事は、ニコについて何か知ってる?」
「ニコちゃん達がここに来たのは、ルッツたちが出て行った後よ」
「そうか……」
「ん? 何の話だ?」
ルッツたちが寮を出たのが一年前。
ハンスとニコが入寮したのは、その一ヶ月後らしい。
何かしらヒントになる情報を得られるかと思ったが、そもそも面識すらないようだ。
それでも一応、事件のあらましを説明する。
「そいつは難しいな。
もう二週間も見つかってないんだろ?
それに十三歳と言えば、危険度の低い依頼なら一人で請けられる年齢だ。
逆に言えば、自分の身を守れなくても自己責任って事になる」
「そんな事……言われなくても、分かってるわよ」
「ま、何か分かったら教えるよ。
まりっぺの友達なんだろ?」
そう言って、ルッツは白い歯を見せながら爽やかに微笑んだ。
最初は不審者かと思ったが、結構良い奴じゃん。
「それに賞金が五万ガルドも出るしな」
と思ったら、余計な一言を付け加えた。
前言を撤回しよう。
「何にせよ、戻ってきてくれて嬉しいわ」
「悪い。傭兵を辞めた訳じゃないんだ。
今日は仕事で用があってここに来た」
「あらあら、お仕事ですか」
「この町にまりっぺの他にもう一人、符術士が居るだろ?
俺はそいつに会いに来た」
「俺がその符術士だけど?」
「なっ……!? お前がそうだったのか!
なるほど、道理で敵わないわけだぜ。
えーと……何だっけ。そうだ! ロリコン!」
「違う! てか、覚えてるのそこだけ!?
俺の名前はユーヤ・イズミ!」
正確にはロリコンは二つ名の一部なので間違ってはいない。
が、その呼び方だと別の意味になる。
そもそも、【這い寄るロリコン】と言う二つ名そのものが気に入らない。
「あぁ、確かそんな名前だった!」
「それで、俺に何の用だ?」
「お前を軍にスカウトしに来た」
「は?」
「何それ? 意味が分からないわ」
予想外の理由に思考が停止する。
そんな俺の気持ちを、マリアが代弁してくれた。
「半月くらい前、呪われし雪風が捕まったと話題になった。
何でも召喚戦闘でそいつを倒した符術士が居るらしい」
「ユーヤの事ね」
「呪われし雪風と言えば、何十人もの賞金稼ぎを返り討ちにした特級の賞金首だ。
王都では英雄が現れたと大騒ぎさ。
そこで軍がその英雄に目を付けたって訳だ」
「英雄ねぇ……」
エボルタを倒したのは事実だが、持ち上げすぎだろ。
色々と話に尾ひれが付いているように感じる。
それに、俺を誘うのならリックを寄越せばいいのに、面識のない彼が来た事も少し引っ掛かる。
「ダメよ!
ユーヤは私と一緒にニコちゃんを探さなきゃいけないの。
それに……えーっと……と、とにかくダメなものはダメなの!」
「ん? 何で、まりっぺが止めるんだよ?」
「何だっていいでしょ!
ユーヤは忙しいのよ!
軍になんか行かせないんだからっ!」
マリアが叫びつつ、俺の腕を引き寄せた。
彼女の気持ちは分からなくもない。
俺が居なくなったら、対戦相手が居なくなるからな。
カードゲーマーにとっては重要な項目だ。
もっとも、俺は軍になんか興味はない。
軍は戦争を起こす為に、傭兵を集めていると言う噂もある。
そんな物騒な職場はハッキリ言ってゴメンだ。
そして何よりも、俺は今の生活が気に入っている。
「なるほど、そういう事か。
身体は小さいままだが、まりっぺも大人になったな!」
「話を逸らさないでよ!」
「まぁまぁ、決めるのは彼だ。
それに軍人は良いぞ。
毎日、身体を鍛えるだけで安定した収入が得られるし、女も沢山寄ってくる」
毎日、身体を鍛えるとか地獄のようだ。
それに女が寄ってくるのはイケメン補正だろう。
おそらく俺には当てはまらない。
「あー……でも、お前を欲しがってるのは魔導研究所だし、俺みたいな傭兵の待遇は参考にならないか。
あそこ、イマイチ何をやってるのか謎なんだよな」
「魔導研究所って、符術士とカードについて研究している機関だっけ?」
「確か、ジャスなんとかって人が所長をしてて……悪いな。
俺はここの出身で、暇そうだから行ってこいと頼まれただけで、詳しくは知らないんだ」
「ジャスなんとかって……この国で最強の符術士」
「行きます!」
「ちょっと、ユーヤ!?」
魔導研究所ではカードの研究をしていて、最強と呼ばれるジャスティス・ササキとも対戦できるかも知れない。
まるで、この世の天国じゃねーか!
「とりあえず、話を聞きに行くだけだよ。
ジャスティスには色々とお世話になったから、お礼も伝えたいしさ」
「ダメよ……あなたが居なくなったら……」
「イズミさん。
ここを出るかどうかは、あなた自身の問題です。
私には止める権利は有りません。
ただ、もう少し考えてから決めても、良くありませんか?」
あぁ、そうか。
俺が居なくなったら、この寮はマリアとアリスの二人きりになってしまう。
下手をすれば、経営赤字で取り潰しの可能性も有りそうだ。
ここは俺にとって我が家のようなモノ。
無くなってしまうのは嫌だな。
「これはあくまでスカウトだ。強制じゃない。
明日の昼にまた来る。
それまでゆっくり考えるといいさ」
そう言い残して、ルッツは寮を去って行った。
◆◆◆◆
「ごちそうさま」
「マリア、後でいつものやつ、やろーぜ」
「今日は遠慮しておくわ」
食事の後に、マリアを模擬戦闘に誘ったが断られた。
突然の出来事に、彼女も色々と思う事が有るのだろう。
仕方がないので自室に戻り、ベッドにダイブする。
いつもならプロキシの製作に取り掛かるのだが、今日は気分が乗らない。
「さて、どうしたものか……」
「ミスティは、ますたーと、ずーっといっしょだよ」
「おう、ありがとな」
「えへへ」
そうだな。俺にはミスティが居る。
魔導研究所に行けば、ジャスティスや見知らぬ符術士とカードゲームが出来る。
非常に魅力的な話だ。
しかし、マリアの対戦相手は俺しか居ない。
その対戦相手が居なくなったら、さぞ辛いだろう。
俺なら発狂しかねないな。
結局、答えの出ないまま、消灯の時間がやって来る。
その日は、なかなか寝付けなかった。