第六十二話 「捜索二日目」
「はぁ……はぁ……。
や、やっと……帰れた」
なんとか森を抜け、寮に辿り着いたのは、トレントを倒してから一時間以上も経過してからの事だった。
ニコは見つからず、情けない事に、そのまま引き返して来た形になる。
「ただいまー」
「お・そ・い!
今まで何処に行ってたのよ!」
寮の玄関を開けると、そこには般若が突っ立っていた。
青い髪の般若は腕を組み、こちらを睨み付けている。
「えっと、ニコを探して近くの森へ……」
「森ぃ? 何でそんな所に……。
あなたの服が汚れてるのは、そのせいね」
「えっ?」
指摘されて、初めて自分の服装を確認する。
全体に枯れ葉や土がこびり付いて、蓑虫のようになっていた。
トレントのネバネバ攻撃を喰らったせいだろうか?
「話は後で聞くわ。
さっさと着替えてきなさいよね」
「あぁ、とりあえず洗濯してくる」
靴を脱ぎ、廊下に上がろうとした所で踏み止まる。
このままだと床を汚してしまうな。
少し寒いが、服を脱いで行くか。
ベルトを外し、汚れているズボンに手をかけた時、俺の身体が後方へと跳ね飛ばされた。
「こっ、この変態!
乙女の前で、いきなり何見せようとしてんのよ!」
見上げると、顔を真っ赤に染めたマリアが何やら喚き散らしていた。
まるで般若から似王様にクラスチェンジしたかのようだ。
「いや、廊下が汚れるといけないから……」
「状況を考えなさいよね!
露出狂の趣味でもあるのかと思ったわ」
「酷いな、おい」
「食堂で待ってるから、後で来なさい。
それと、脱ぐのは私が居なくなってから。
じゃないと、蹴り飛ばすわよ」
「……はい」
既に蹴り飛ばされた後だが、追撃が怖いので受け流す。
マリアが立ち去るのを見送ってから、服を脱ぎ、洗濯機のある屋上へと向かった。
◆◆◆◆
洗濯と着替えを終えて、食堂に入る。
テーブルにはパンとスープが並べられていた。
道に迷って時間を忘れていたが、食事時だったか。
マリアとアリス、それにリックが俺を迎え入れる。
「おかえり、ユーヤくん。待ちかねたよ」
「ん? なんでリックが居るんだ?」
「ニコちゃんを探すのを手伝ってくれましたからね。
ささやかですが、食事くらいはご馳走しようと思いまして」
「それじゃ、私たちが情報収集している間、あなたが何をしていたのか、話してくれるかしら。
食べながらでいいわ」
「あぁ、マリアがギルドを飛び出した後━━」
俺はマリアたちと別れた後の出来事を三人に伝える。
シンディから聞いたハンスの情報。
ミスティがニコの魔力を察知した事。
そして、森で起こった謎の爆発と地震。
ミスティがカードに戻って召喚に応じない事。
でも、迷子になった事だけは内緒だ。
流石にこの歳で迷子は恥ずかしい。
「本当かしら? 地震なんてなかったわよ」
「直前に爆発音がしたから、魔術かも知れない。
それなら町までは影響がなくても、おかしくないだろ?」
「それもおかしな話ですね。
トレントは高い魔力を持っていますが、魔術は使えないのよ」
「そうなのか?」
言われてみれば、トレントの親玉は腐りかけの実を投げるだけで、魔術は使ってこなかった。
だとすると、ミスティが怯えていた相手は別に居る……?
「それに、ミスティちゃんなら、そこに居るしね」
「えっ?」
「ミスティお腹空いちゃった。
いただきまーす」
いつの間にか、隣の席にツインテールの少女が座っていた。
パンを頬張る少女を思わず抱き寄せる。
「ミスティ! 喚んでも出てこないから、心配したんだぞ」
「ふぇっ……ごめんなさい。
あのね。おっきなイヤな感じの魔力あったでしょ。
それがバーンってなって、こっちに来られなかったの」
子供ならではの表現力のせいで、さっぱり分からない。
原因は不明だが、召喚に応じなかったのは、ミスティの意思とは無関係と言う事か。
「大丈夫なのか?
どこか痛かったり、苦しかったりしないか?」
「うん。もう大丈夫。
イヤな魔力、どこか行っちゃったみたい」
「そうか……良かった。本当に良かった」
小さな口で一生懸命パンを頬張る相棒を見て安堵する。
いきなり居なくなった時は絶望しかけたが、何ともなくて一安心だ。
「ねぇ、ミスティ。
ニコちゃんが森に居たって本当なの?」
「うん。ネコミミのお姉ちゃんの魔力だったよ。
んー……でも、今は居ないみたい」
「そう。一応、森も調べた方が良さそうね」
「今日はもう遅いので、明日にした方が良いと思いますよ」
マリアと一緒に森を探索する事で意見がまとまり、その日は解散となった。
◆◆◆◆
翌朝。
古大迷宮の任務の報告の為、王都へと帰るリックを見送る。
「この国では黒い髪は珍しいからね。
何か分かったら手紙を出すよ」
「悪いな。リックは部外者なのに」
「気にしなくていいよ。
それと、部外者と言うのは訂正してくれるかな?」
「ごめん……持つべき者は友達だな」
王都に戻ったら、ハンスに関して情報収集をしてくれるそうだ。
直接は関わっていないような気もするが、誘拐を依頼した可能性もある。
念の為だ。
彼には動機があるからな。
◆◆◆◆
リックを見送った後、マリアを連れて再び森へと入った。
しかし、半日も経過した後ではニコを見つけられる訳もなく、来た道を引き返す事となる。
「本当にあんな場所にニコちゃんが居たの?」
「ホントだもん!」
「ごめんなさい。
ミスティを疑っている訳じゃないのよ。
でも、信じがたいのよね。
ユーヤより大きい魔力の持ち主ってのも引っ掛かるわ」
「そんな奴、腐るほど居るんじゃないのか?」
この世界における魔力は、カードゲームにおける運命力と同じものだと聞いた。
だとすれば、俺よりも魔力の高い奴なんて珍しくない。
フェアトラークの全国大会で地区予選決勝まで勝ち進めば、俺と同等以上の魔力の持ち主と言える。
去年の大会だけで六十三人も居るじゃないか。
「呆れた。全く自覚がないのね。
自分がどれだけすごいのか、ギルドで聞いてみたら?」
「そうだな。ついでにギルドの食堂で昼飯でも食うか」
◆◆◆◆
「いつものやつ」
「私も同じでいいわ」
「ミスティはね、プリンと……えっと、プリン!」
ギルドの三階にある食堂にて、二日酔い気味のネコミミウェイトレスに注文を伝えた。
そして、数分後。料理が運ばれてきる。
相変わらず、ファーストフード並に仕事が早い。
早い、安い、旨いの三拍子が揃った優良店だ。
「お待たせしましたニャ。
ウリブーサンドが二人前、デパティが二人前、プリンが二人前になりますニャ」
「シンディ、ついでに訊きたい事があるんだけど、いいか?」
「昨日、デートの途中で逃げ出しといて、よくそんな口がきけますニャ」
「デ、デート!?
ちょっと、それってどう言う事なの?」
マリアが鋭い目付きでこちらを睨みつけてくる。
何やら誤解をしているようだ。
「落ち着け、マリア。
あれは情報収集だ。デートじゃない」
「酷いんですよ。
情報と交換に、美味しいご飯を奢って貰うつもりだったのに……」
「ロクな情報も渡さず、すぐに酔っ払った癖に」
「だからって、会計を押し付ける事はニャいと思いますニャ」
「ふーん……一緒に食事したのは本当なのね。
ねぇ、ユーヤ。知ってる?
それもデートって言うのよ」
「は?」
マリアのイライラの原因が分からなくて困惑する。
マリアたちと別れた後に情報収集をしていた事は、昨夜も伝えた筈なのだが……。
「マリアさん。
それだと、今ここで食事しているのもデートになりますニャ」
「えっ? な、何でそうなるのよっ!
それにほら、私たちは二人きりじゃないし」
「ミスティなら、その時も一緒に居たぞ」
「うん! ミスティね。ジュース飲んだの!」
「っ! ……分かったわ。
じゃあ、ニコちゃんが無事に見つかったら、私とデートしなさい!
それで不問にしてあげる」
「はっ、はい」
意味が分からない条件を出されて、反射的に返事をした。
まぁ、一緒に食事をするだけで機嫌が直るのなら良しとするか。
「ほほぅ……そう言う事ですかニャ。
いやぁ、これは妄想が捗りますニャ。
……おっと、訊きたい事があるのでしたニャ」
「あぁ、俺よりも大きな魔力を持った奴に心当たりはあるか?
それも魔術で低範囲に地震を発生させられるような奴だ」
「心当たりありませんニャ。
少なくとも、この町には居ないと思いますニャ」
「だから言ったでしょ」
「イズミさん程の魔力があれば、王都で安定した地位に就けますからニャ。
冒険者を続ける必要がありませんニャ」
そう言う情報は半年前に教えて欲しかった。
借金返済の為に、ギルドの依頼を片っ端から受けまくってたのが、バカみたいじゃないか。
「でも、そうなるとニコちゃんは……」
「あぁ、思ったより、厄介な事に巻き込まれたと考えた方が良さそうだ」
◆◆◆◆
食事を終えた俺たちは、そのままギルドにニコの捜索を依頼する事にした。
金を出して、他の冒険者の力を借りる。
要するに人海戦術だ。
費用は依頼書の発行に三千ガルド。
国内全ての冒険者ギルドでの掲示に一ヶ月あたり一万ガルド。
発見者への報酬に五万ガルド。
解決した時のギルドへの謝礼が一万ガルド。
毎月一万ガルドも取られるのは予想外だったが、俺にはエボルタを倒して得たあぶく銭がある。
半年間、一緒に暮らした家族の為なら惜しくはない。
マリアも金を出すと言って譲らないので、発行費用の三千ガルドだけは彼女が支払う事にした。
それから、ギルドの依頼をこなしつつ、情報収集をする毎日が続いた。
商人の護衛任務のついでに、他の町でも目撃情報がないか聞いて回る。
しかし、特に有用な情報は得られないまま、時だけが無駄に流れた。
そして、事件から二週間後。
俺の人生にとって、転機が訪れる事となる。