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第六十一話 「迷子を探して」

 ミスティの探知能力を頼りに、ニコの探索が始まった。

 既に日は落ちて、辺りを闇色に染めている。


「ニコのやつ、町の外に出たのか……」

「んとね、次はこっち」


 ミスティの指す方向には小さな森があった。

 寒くなる前に薪拾い……トレント退治に来た森だ。

 何故こんな場所にニコが居るのか、少し疑問に思う。

 しかし、理由が何にせよ、中で迷っているのなら、早く助け出してやらなければならない。


「わゎっ……はぅっ!」


 月明かりさえ届かない森の中へと、足を踏み入れて直ぐの事だった。

 ドサッと大きな音を立てて、俺の前を駆けていた少女が手前に向かって勢い良く転んだ。


「おいおい、大丈夫か?」

「ふぇ……まっくらキライ……」


 ミスティを抱き起こして服に付いた土を払ってやる。

 幸い、怪我はしていないようだ。

 どうやら、暗闇で足元が見えなかった為に、何かに躓いたらしい。


「少しだけ待ってくれ。

 呪文詠唱 火の玉(ファイアボール)


 火の玉を発動後、そのまま宙に浮かせて停止させる。

 それがLED電球のように辺りを照らす。


「わぁっ! 懐中電灯だ!

 ますたー、すごい!」

「懐中電灯と言うより、松明に近いかな?」


 ウィザクリの魔法カードは基本的には攻撃用だが、それ以外の用途に使えるものもある。

 しかも普通の松明と異なり、俺の意識が途切れない限り、灯りが消えることはない。

 これで夜間でも探索がしやすくなるだろう。


 足元に気を付けつつ、木々の間を早歩きで進む。

 火の玉を恐れてか、それとも冬籠りでもしているのか、野生動物(モンスター)と出会う事はなかった。


「まだ先なのか? もう十分は歩いたぞ」

「んー……少しずつ遠くに行ってるみたい。

 でも、もうすぐ追いつけそう」

「移動しているのか」


 ニコと思わしき魔力の持ち主は、森の奥へと進んでいるようだ。

 夜が更けてから、わざわざ森に入る人はあまり居ない。

 これは迷子と考えて、ほぼ間違いないだろう。

 

 それから更に奥へと、道なき道を進む事、数分。

 先行していたミスティが急停止して、その場で立ち竦む。


「どうした? ひょっとして見失ったか?」

「すごい……魔力」

「え?」

「ますたーより……大きい。

 でも、ますたーとぜんぜんちがう。イヤな感じなの」

「ニコの他にも誰か居るのか?」

「分かんない……こわい」


 ミスティは両手で頭を抱えてうずくまる。

 俺は彼女の肩に右手を乗せ、ゆっくりと抱き寄せた。

 小さな身体が小刻みに震えているのが伝わってくる。


「大丈夫だ。何が出ても俺が守ってやる」

「……うん」


 とは言ったものの、俺の心の中にも不安が渦巻きつつあった。

 ミスティがここまで怯える姿は見た事がない。

 一体この先に何者が居るのだろう?

 野生動物(モンスター)か、それとも符術士か……。

 最悪の場合、ニコを諦めて逃げざるを得ないかも知れない。


「ふぇっ!?」

「何だ? うわっ!」


 ミスティを宥めつつ、思考を巡らせていたが、それは突然の爆発音によって停止させられた。

 直後、足元が大きく横に揺れる。

 無様な格好で身体が地面に叩きつけられた。


 地面に寝そべったまま、揺れが収まるのを待つ。

 地震……いや、それなら爆発音なんてしないな。

 何らかの魔術でも使われたのだろうか?


「ふぅ……脅かしやがって。

 ミスティ、大丈夫……か?」


 余震が来ない事を確認してから、ゆっくりと立ち上がり辺りを見回す。

 特に変わった所はないように思えた。

 ただひとつ、ミスティが居ない事を除いて……。


「嘘……だろ? ミスティ!

 居たら返事をしてくれ!」


 返事はない。

 俺の叫び声は森の中に虚しく響き渡って消える。

 ほんの数分前、爆発音が聞こえるまでは近くに居たはずなのに、影も形も見当たらない。

 嫌な考えが頭の中に湧いてくる。

 そもそも、彼女は無言で俺の側を離れるような子じゃない。

 となると……すごい魔力の持ち主とやらに拐われた?

 ニコを拐った犯人が、ミスティにも手を出したと考えるのが自然か。

 しかし、犯人の目的が分からない。


「ミスティ! 近くに居るんだろ!?

 隠れてないで出ておいで。

 ……よし、これならどうだ。

 黒の契約者、ユーヤ・イズミの名のもとに。

 闇の魔女ミスティを召喚(コール)!」


 ……やはり返事はない。

 それどころか、召喚に応じる事もなかった。


 身体中の力が抜け、思わず膝をついた。

 符術士になってから半年以上。

 あらゆる状況で、俺をサポートしてくれた相棒。

 そして何より、心の底から俺を慕ってくれている少女。

 彼女の突然の失踪が俺を絶望させる。

 ニコが居なくなったと聞いた時とは重みが違う。

 何だよ……この辛さ。

 ニコを探しに来たはずなのに、何で……ん? 今、地面で何か光った?

 何故だか、火の玉の光を反射した物が気になって目を凝らす。


 …………。


 ……。


 あった。右の方だ。

 よく見ると銀色のインクで文字が書かれている。


「Vert……フェアトラーク!」


 見慣れたロゴを確認し、興奮気味に手を伸ばす。

 拾い上げたそれを裏返すと、見慣れた銀髪の少女が描かれていた。


「良かった……ビビってカードに戻っただけかよ。

 心配させやがって……」


 大切な相棒のカードをデッキホルダーに仕舞った。

 思えば、彼女は俺の命令に関係なく実体化したり、カードに戻ったりしている。

 最近はずっと実体化しているから忘れていた。

 何にせよ、ミスティが無事で一安心だ。

 あとはニコを連れ戻すだけか。


 爆発音の聞こえた方向をじっと見つめる。

 暗闇と生い茂る木々でよく見えないが、この先に爆発を起こした主が居る筈だ。

 落ち着け……大丈夫だ。

 かなりの魔術の使い手のようだが、こちらはダメージを受けないのだから、負ける事はない。

 盗賊狩りに毛が生えたようなものだ。


 俺はミスティのように魔力を感じ取る事は出来ないが、方向が分かっているならあぶり出す事は出来る。

 目標は見知らぬ強大な魔力の持ち主。

 一緒に居るであろう、ニコが巻き添えにならないよう、威力は弱めに調整する。


「……やるぞ。

 呪文詠唱 稲妻(ライトニング)!」


 俺の右手から青白い光が手前に向かってほとばしる。

 直後、空気を震わせる激しい音が伝わってきた。


 よし、成功だ。

 このカードは対象が居ないと、唱えても発動しない。

 そして発動さえすれば、標的を自動追尾する。

 あとは感電して動けない相手を一方的に攻撃するだけ……。

 冒険者として何度もやってきた事だ。


 息を飲み、目標の居る方向に一歩踏み出した時だった。

 俺の足元にサッカーボール大の玉が勢い良く着弾する。


「なっ……!

 稲妻を喰らっても平気なのか!?」


 威力を弱めたとは言え、こちらの攻撃を耐えた相手に驚愕する。

 しかし、勝機はまだこちらにある。

 どれだけデカい玉を投げつけようが、符術士に物理攻撃は通用しない。

 ニコを巻き添えにしないよう、視認出来る距離まで一気に近付いて叩く!

 

 俺は目標へと向かって全力で駆け出した。

 大きな玉が絶え間なくこちらを狙ってくる。

 弾速は速いが、お世辞にも命中精度は高いとは言えない。

 真っ直ぐに走っているだけで、その殆どを躱す事が出来た。

 やがて視界に敵の姿が映り込む。


「まさか、人間じゃなかったとはな。

 道理で稲妻が効かない訳だ」


 森を構成する無数の木々の中にひとつ、一際大きな大樹があった。

 大樹は枝を腕のように操り、己の身体に成っている実をもぎ取って投げつけてくる。

 そのひとつが俺の膝に命令した。


「トレントの親玉か?

 悪いが、そんな攻撃、痛くも痒くもない。

 ……って、なんだコレ!?

 ベタベタする……気持ち悪っ!」


 粘性の高い液体が俺の足を包み込む。

 こいつ、腐りかけの実を武器にしてやがる!

 物理的なダメージはないが、これは精神的に少しキツいな。

 身体中が粘液まみれになる前に倒そう。

 薪には火の玉が効きそうだが、これを放つと灯りが無くなる。

 ならば……。


「呪文詠唱 地割れ(クラック)!」


 狙うのはトレントの根本。

 大きな音を立て、地面が真っ二つに割れる。

 並の相手なら、このまま崖に飲まれてジ・エンドだ。

 だが、流石は植物。

 トレントは根を張り巡らせて、落下を防いでいる。


「しぶといな。手札交換(ハンドチェンジ)

 ……来た! 地割れ! そしてもう一枚、地割れ!」


 手札を調整し、地割れを連続で発動させる。

 全部で三枚。

 亀裂が地面に正三角形を描き、その中心に居たトレントを孤立させる。


「てか、これでも落ちないのかよ。

 仕方がない……火の玉」


 頭上に浮いていた火の玉をトレントの根本へと撃ち放つ。

 狙ったのは本体ではなく、根の絡み付いている地面だ。

 辛うじて残っていた足場は轟音を立てて崩れ去り、トレントは奈落へと消えた。


「ふぅ……」


 火の玉が役目を終えた事により、闇が再び辺りを支配する。

 こちらを攻撃してくる者はもう居ない。


「ミスティ、もう出てきてもいいぞ。召喚(コール)


 …………。


 ……。


 敵を排除したにも関わらず、ミスティは召喚に応じなかった。

 珍しく、かなり怯えていたからな……。

 仕方がない。

 一人でニコを探すとするか。


 トレントを倒すのに手札を使い切ったから、しばらくは暗闇の中での探索となる。

 そう遠くには行っていない筈だ。

 きっと、すぐに見つかるだろう。


 そう思っていたのだが、誰とも出会う事なく数十分が経過する。

 そして……。


「ちくしょう。

 ニコのやつ何処に行ったんだよ。

 てか……ここ何処?」


 俺は暗い森の中で迷子になった。

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