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第五十九話 「事件」

 アグウェル。

 南カトリア王国の南部にある人口数千人の小さな町。

 俺とマリア、そしてミスティを乗せた馬車は、狭い門を潜り、その町へと進入する。

 普段は門の前に衛兵が居て、ギルドカードの提示を求められるのだが、今日は誰も居なかった。

 元々、他人のギルドカードでも通過できるようなザル警備なので、気にしなくても良いか。

 どうせ、どこかでサボっているのだろう。


 この町にあるギルド直営の冒険者寮が俺の住居だ。

 冷暖房完備。全自動洗濯機に風呂まであり、朝夕二食付き。

 しかも寮長は金髪美人と言う天国のような場所だ。

 そんな天国のような我が家だが、寮生は俺を含めて三人しか居ない。

 寮長のアリスを含めても四人。

 それと食費の掛かるカード(闇の魔女ミスティ)が一人か。

 一年前まではもっと多かったのだが、安定雇用を求めて王都に引っ越したらしい。

 冒険者と言う歩合制の派遣社員よりは、傭兵と言う名の契約社員の方を選ぶ気持ちは分からないでもないが、少し寂しいよな。


 古代迷宮で未知の野生動物(モンスター)の討伐を終えた俺たちは、一日半ぶりに天国(我が家)へと戻って来た。

 紅く染まった空の下、みっつの影が俺たちを迎え受ける。


 ……ん? みっつ? 一人多いな。

 留守番をしているのはアリスとニコの二人だけの筈だが……。

 と言う疑問は近付くにつれ、すぐに解ける。

 寮の前にいる三人の内、メイド服を着ているのはアリスだろう。

 そして残りの二人は革鎧を纏った屈強そうな男性━━この町の衛兵だ。

 検問がなかったのは、ここに来ていたからか。


「何かあったのかしら?」

「サボリじゃないのか?」

「そうだとしても、彼らがここに来る理由がないわよ。

 少し嫌な感じがするわね」

「あんまり細かい事気にしてると、胸が育たないぞ」

「胸は関係ないでしょっ!」

「甘いな……おわっ!」


 マリアの繰り出す回し蹴りを華麗に躱す。

 ……のには成功したのだが、同時に馬車が止まった為、身体のバランスを崩し仰向けに倒れ込む。

 上げられた脚とミニスカートの間から、守護天使(パンツ)がチラリと垣間見える。

 今日は紫色をしたレースショーツか。


「ダサっ……降りるわよ」

「マリアが蹴るからだろ……。

 あとさ。そのパンツは似合わないと思うぞ」

「は?」

「マリアには白とか縞のような、かわいいのが似合うんじゃ……あっ」


 あまりにも似合わない下着に思わず突っ込んでしまった。

 失言に気付くが時すでに遅し。

 これではパンツを見た事を自白してるようなものじゃないか。


「そ、そう? 参考にさせて貰うわ」

「えっ? あ、あぁ」


 二発目の蹴りが繰り出されるかと身構えていたが、あっさりと話を流された。

 少し拍子抜けするが、深追いは自滅の元なのでこの話題は終わりにしよう。



 馬車を降りた俺たちは、アリスの元に駆け寄る。

 帰還の挨拶を交わそうと思ったのだが、タイミングを逃す。

 何故なら、アリスが大きく頭を下げて俺たちに謝罪をしたからだ。


「マリアさん、イズミさん。

 誠に申し訳ございません」

「いえ、こちらこそ。

 昨日の内に帰る予定が遅れてすみません」

「気にしないで下さい。

 それは冒険者には、よくある事ですし……それより」

「何があったの?」

「皆さん、落ち着いて聞いてください。

 ……ニコちゃんが居なくなりました」

「何だって! ふくらみかけのニコラちゃんが!?」

「リック、今度その失礼な形容詞をつけたら蹴るわよ」

「散歩にでも行ってんじゃないのか?」


 ニコは精神的なショックで引き篭もっていたが、最近は回復の兆しが見えていた。

 立ち直って、リハビリを兼ねて町を歩く程度の事はしてもおかしくはない。


「それがですね……皆さんこちらへ」

「では、我々は失礼致します」

「何か分かりましたら、ご連絡します」

「はい。よろしくお願い致します」


 衛兵たちが立ち去り、それと入れ替わるかのように、俺たちは寮の中へと入る。

 そのままアリスに促され、二階へと上がった。

 一階には男性の部屋、二階には女性の部屋と分けられている為、何気にこの廊下を歩くのは初めてだ。

 と言っても、造りは一階とほぼ同じなので新鮮味は全くない。


 程なくして、アリスはとある部屋の前で止まり、ドアの鍵を開けた。


「ニコちゃんの部屋ね」

「えっと……俺やリックが入るのは不味くないか?」


 年頃の女の子の部屋だ。

 恋人でもない異性に自室に入られるのは嫌だろう。

 しかも留守中となれば尚更だ。


「構いません。寮長の私が許可します」「……そこまで言うなら」


 部屋の中はぬいぐるみなどのネコグッズで埋め尽くされていた。

 壁に吊るしてあるネコの着ぐるみが異彩を放っている点をスルーすれば、普通の女の子の部屋と言えるだろう。

 あとは床が少し散らばっているかな。


「あの窓をご覧いただけますか?」

「割れてる……あそこから侵入してニコちゃんを誘拐したのね!」

「待て待て。ここ二階だぞ?」


 部屋の窓は割られており、人が潜り抜けるのに十分な穴が開いている。

 しかし、ここは二階で、近くに木などもない。

 地上から三メートル以上の高さがある窓から侵入するのは難しそうだ。


「壁をよじ登るくらい、執念でやってもおかしくないド変態が一人居るわ」

「そいつ、人間じゃねぇ!」


 全身が真っ赤な蜘蛛男を連想したが、すぐさま脳内で否定する。

 ここはアメリカじゃないし、彼は正義の味方だ。


「あとさ、他にもおかしな点があるぞ」

「何よ?」


 週末の夕方にアニメで得た知識を活用する時が来たようだ。

 異世界人ならではの知識チートを見せてやろうじゃないか。 


「ガラスの破片だよ。

 外から割られたにしては、部屋の中の破片が少なすぎる」

「そんなの魔術でどうとでもなるわよ」

「そうですねぇ。ニコちゃんは風の魔術が使えますし」


 一蹴された。

 推理物の基本を魔術で覆されると話が進まないだろ。

 これだから異世界は……。


「ちょっと待って。

 あなたの足下……それ、魔符(カード)じゃない?」

「え?」


 マリアに指摘されて下を見る。

 そこには三枚のカードが無造作に放置されていた。

 ニコの部屋にカードがある事を不思議に思いつつ、それを拾い上げる。

 それは伊達袴を着たネコの描かれたカードだった。

 腰には刀ではなくカツオが付けられている。


「カツオ武士……か」

「あの……これは一体どういう事でしょうか?

 まさか符術士がニコちゃんを!?」

「いや、これは元々は俺のカードだ……たぶん」

「何それ? ニコちゃんに変な事してないでしょうね?」

「するかっ!」


 これは以前、ニコに薦めたカードだ。 その直後にマリアとアリスに叱られたので全く覚えていないが、ニコがこっそり持ち帰ったのだろう。

 レアリティも低く、珍しいカードでもないので、咎めるつもりはない。

 むしろ、無くなった事に今まで気付かなかったくらいだ。


「その魔符は無関係って事でしょうか?」

「残りの二枚も同じカードだった。

 ネコが描かれているから気に入って持ち帰ったんじゃないか?」

「物狙いでも無さそうだしねぇ」

「リック! 何でニコちゃんの下着を漁ってるのよ!」

「いや、これは被害状況の確認を……ゲフッ」


 マリアに蹴り飛ばされたリックが部屋の外まで吹っ飛ぶ。

 俺がカードを見ている間に、タンスを開けて下着を物色していたらしい。

 全く、何をやっているんだか……。


「大体の状況は分かったわ。

 ユーヤ、冒険者ギルドに行くわよ」

「は? なんで?」

「いいから付いて来なさい!」

「は、はい」

「待ってよ。僕も行く」



 ◆◆◆◆



 マリアに促されるまま、俺たちは冒険者ギルドへとやって来た。

 夕方という事もあり、他に冒険者の姿はない。

 もっとも、この町には冒険者が十数人しか居ないので、ギルドは常に閑古鳥が鳴いている。

 こんな状況でも経営が成り立つのが不思議で仕方がない。


 つかつかと歩くマリアに続き、受付へ向かうと、職員の方から声を掛けられた。


「これはイズミ様にヴィーゼ様。

 ご活躍は聞いております。

 イズミ様に呪われし雪風の賞金が振り込まれております。

 ご確認されますか?」

「えっと……」

「早くしてよね」

「お願いします」


 借金まみれだった俺の口座残高は、八百万ガルドにまで膨れ上がっていた。

 冷静に計算してみれば、二百万近くも税金で差っ引かれているのだが、それでも大金には変わりない。


「これ、本当に俺の口座ですか?」

「はい。借金の完済おめでとうございます」

「そう言うレベルじゃないんだが……」

「ますたー、変な顔してる。どうしたの?」

「悪い、ちょっと驚いただけだ。

 ミスティ、何でも好きなもの買ってやるぞ」

「ほんと!? じゃあ、プリン!」

「プリンでいいのか?

 ……何万個買えるんだろうな」

「そろそろ良いかしら?」

「おっと、悪い悪い」


 あまりにも現実味のない金額に驚いて、ここに来た理由をすっかり忘れていた。

 と言っても、マリアに連れられてきただけで、何をしに来たのかは知らないのだが……。


「お待たせいたしました。ヴィーゼ様。

 本日はどのようなご用件でいらっしゃいますか?」

「今日は手配書をお願いしに来たわ。

 対象はハンス・ティールス。

 あなた達も知っているでしょ」

「マリア、それって!?」


 ギルドに置いてある依頼書の巻末に纏められている賞金首のリスト。

 殆どは国が指名した犯罪者だが、実は審査を通過すれば個人でも依頼が出来る。

 賞金首の中には、貴族が依頼した者なども存在するのだ。

 しかし、ハンスを賞金首として手配すると言う、マリアの行動は些か行き過ぎな気もしなくはない。


「ニコちゃんを誘拐するなんて、アイツくらいしか考えられないでしょ!」

「そりゃ……そうだけどさ」


 窓ガラス以外は荒らされた形跡がなかったし、親が居ないニコを身代金目的で誘拐するとは考え難い。

 彼女に固執している身近な人物の仕業と考えるのが普通だろう。

 となると、ハンスが真っ先に思い浮かぶのだが、確かに彼のような異常者ならやりかねない。

 だが、何かが引っかかる。


「罪状はニコラ・ティールスの誘拐。

 賞金は私が出すわ」

「なぁ、決めつけるのは早くないか?」

「いいえ、むしろ遅いくらいよ。

 あなたはニコちゃんが心配じゃないの?」

「そりゃあ心配だけどさ……」

「こんな事になるのなら、あの時にブチのめしておくんだったわ」


 少し引っかかるが、マリアを強く否定する事も出来ない。

 これでハンスも犯罪者として全国に晒されるのか。

 嫌いな奴とは言え、複雑な気分だ。


「申し訳ございません。ヴィーゼ様。

 この依頼は承諾出来かねます」

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