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第五話 「魔符」

「ああ、そのラバーストラップは、迷犬ポチをデザインした物だからな」

「ちょっと見てもいいかしら?」

「俺に選択権はないんだろ?」


 マリアは俺の上に乗ったまま、前のめりになりつつ、右手を伸ばして鞄をつかむ。

 下からのアングルだと、ちょっぴりエロい体勢だな。

 だが残念な事に谷間は存在しない。

 などと思えるのは、心に余裕が出来たからだろうか。


「精巧な造りなのに、凄く柔らかい。

 裏は真っ黒なのね。

 でも、何か文字が書かれていてオシャレかも」


 ちなみに裏には『Made in China』と書かれている。


「こっちにゴムは存在しないのか?」

「ゴムくらいあるわよ。

 そっか、これゴムで出来てるのね。

 でも、ゴムでこんな精巧なアクセサリーを作る技術なんて……」

「俺の世界じゃ、似たようなのが大量生産されてるけどな」

「はぁ……こんな技術力の結晶を見せらせたら、信じるしかないわね」


 いきなり押し倒されてびっくりしたが、何とか信じてもらえたようだ。

 ラバーストラップに感謝。


 マリアは鞄を置いて続ける。


「それで、あなたの目的は?

 返答次第では、そこの豚と一緒に衛兵に付き出すわよ」

「目的って言われても、自分の意思でここに来た訳じゃないし、強いて言えば日本に帰りたい……かな。

 恋人や好きな女子は居ないけど、大切な友人は何人も居るし、家には放任主義だけど優しい両親も居る。

 ……帰る方法がないなら、せめて平穏に暮らしたい」

「そう……疑ってごめんなさい。謝るわ」


 そう呟くとマリアは俺を解放して立ち上がる。

 自由を取り戻した俺の目には、彼女の純白の下着が映っていた。


「なるほど、確かにゴムはあるか。

 パンツに使われてるし」

「な、なな、何見てんのよ!!」


 思わず呟いた瞬間、顔面を思いっきり蹴られた。

 この蹴りを喰らうのは本日三度目。

 何か鈍い音が聞こえた気がする。


「ははははは。

 兄ちゃんはセクハラで、場を和ませる才能があるな」

「何その才能……キモい」

「さて、仲直りも済んだようだし、出発するか」


 仲直りどころか、どんどん仲が悪くなっている気がするが……。

 そんな俺の思いを他所に、馬車はアグウェルの町へ向けて再出発した。


「そんなに見られたくないなら、スカートじゃなくてズボンを穿けばいいのに」

「嫌よ、かわいくないもの」

「そう言う理由かよ」


 世界が違っても女心が難しいのは変わらない。



 ◆◆◆◆



 この世界のカードと、俺のカードの違いに関しては、マリアが調べる事になった。

 鞄から適当なコモンカードを取り出して、マリアへ預ける。


「ほとんど同じね。違うのはテキストくらいかしら?

 私の魔符(カード)とあなたの魔符は同じで、豚の魔符だけ違う種類の古代文字だと思うわ」

「古代文字って……俺のは日本語で、そっちは英語。

 どちらも俺の世界の文字だよ」

「この文字が読めるの!?」

「日本語は読めるけど、英語は少しだけかな。

 でも、殆どのカードは暗記してるから、イラストを見れば能力は分かる」


 フェアトラークの歴史はまだ四年ほど、カードの種類は約二千種しかない。

 その上、五色の属性毎に同じ能力の互換カードが存在するので、暗記するのは難しくない。


「本当かしら?」

「むしろ、字が読めないのに扱える方が、よっぽど凄いと思うけどな」

「符術士になると召喚戦闘の時、自然に使い方が頭に入ってくるのよ」

「何だそれ、便利だな」

「あなたの魔符も契約さえ出来れば、符術士としての能力を発揮できるわよ」

「へ?」

「これには魔力が宿っているわ。

 私は黒の契約者じゃないから、使えないけどね」


 おいおい、嘘だろ?

 俺のカードは日本で買ったパックから出てきた物だ。

 材質は紙とインク、レアカードにはアルミホイルが加わる。

 とても、魔法道具とは言えない代物だ。


「符術士の使う魔符は、元々俺の世界にある【フェアトラーク】のカードで、俺はその召喚に巻き込まれたって事か?」

「太古の文明の失われた魔術ってのが通説だけど、あなたが本当に異世界から来たのなら、その可能性もあるわね」


 時々、デッキが行方不明になるのは、部屋を片付けてないからかと思ってたが、異世界に行ってたのか……解せぬ。


「で、あなたは何故この豚の魔符が気になったの?」

「ああ、戦闘を見てて気になったんだが、あいつは先行してダメージを与えられる状況だった。

 にも関わらず、三ターン目までサポーターを召喚(コール)しなかった」

「それがどうかしたの?」

「ありえないんだよ。

 通常のバランスなら、三ターン目まで何も出来ない状況……つまり、二ターン目までにレベル2以下のカードが一枚も手札に来ない確率は、一%未満だ」

「どういう事?」

「そいつのデッキの内容が知りたい。

 悪いけど見てくれないか?」

「えっと、まずレベル4のドラゴンが四牧あるわ」

「紅竜王フィアンマだな」

「そしてレベル3が……合計三十八枚ね」

「悪い、今なんて言った?」

「レベル3が三十八枚よ。

 細かい内訳も言った方がいいかしら?」

「マジかよ……」


 小太りの男が使っていたデッキは、俺の想像を上回る物だった。


 まず、《紅竜王フィアンマ》が四枚。

 コストは重いが、単体でAP10000を出せる優秀なユニットだ。

 これは最大枚数の四枚で良いと思う。

 続いてレベル1にヒールトリガー《竜の巫女ロジーナ》とバーストトリガー《フレイムドラゴンキッド》が各四牧。

 ヒールとバーストの二種のトリガーは必須パーツだ。

 さらにロジーナは相棒がフィアンマなので手札に来ても腐らない。

 次にバーストの方だが、このユニットは発動条件としてダメージエリアの表向きのカードを参照する為、出来れば他のカードにした方が良いだろう。

 フィアンマの起動能力を使うと表向きのカードが減り、ダメージが七点になるまでバーストが不発する。

 ハッキリ言って相性が悪い。

 だが、その程度は些細な事だ。

 このデッキには、もっと重大な欠点がある。


「レベル2が零枚で、レベル3が三十八枚。能力無効化(ディスペル)守護天使(トゥテラリィ)はなし。

 こんな酷い構築は初めて見た」

「何が酷いの?」

「フェアトラークはリーダーがランダムで選ばれる所と、エントリースペルの所為で運ゲーと思われる事が多いけど、運以上にデッキの構築が重要なんだ。

 このデッキのように、レベルの高いカードばかりだと、リーダーの強さは安定するけど、序盤にマナコストが足りなくて、サポーターを召喚(コール)出来ない」

「それで最初の二ターン、あいつは何もして来なかったのね」

「それに、ターンが進んでサポーターが三体出ていても、相手にバーストを発動されたら、召喚マナコスト不足で、サポートエリアを埋めるのに最短でも二ターン必要になる。

 さっきの勝負も、マリアがバーストを発動させてたら楽勝だった」

「そんな事言われても、引かなかったんだから仕方がないでしょ」

「そうだな」


 結果的にギリギリの勝負となったのは、マリアの運が悪く、男の運が良かったからだ。

 そう言う部分では、運ゲーと言われても仕方がないのかも知れない。


「本当に召喚戦闘に詳しいのね。

 悔しいけど、符術士の私より詳しいんじゃないかしら?」

「一応、地区予選決勝まで行ったからな」


 もっとも、決勝テーブルで二連敗して、全国大会には進めなかったのだが、これは黙っておこう。


「おーい、そろそろ着くぞ」


「地区予選ってのが何か分からないけど、また今度教えて。

 それから、町では異世界とかの話はしない方がいいわ」

「分かった」



 ◆◆◆◆



 やがて、長く伸びるレンガの壁が見えてきた。

 壁の奥には石造りの建物が多数見える。

 壁の途中に金属製の門があり、甲冑らしきものを纏った二人組が立っている。

 門番だろうか?

 やがて、馬車はその目の前で停止した。


「お仕事、お疲れ様です」

「おう、こいつが例の符術士だ。

 後は任せたぜ」

「おお! さすがは幻想の姫君。

 あの盗賊をこうもあっさりと」

「その呼び方はやめて!」

「すみません。

 おい、こいつを牢屋まで運んでくれ」

「了解しました」


 右側の門番に命じられて、左側の門番が、未だに気絶したままの男を連れて町の中へ消えて行く。


「なあ、幻想の姫君って?」

「あなたは知らなくていいの」

「知らないんですか?

 幻想の姫君マリアと言えば、この辺りでは有名ですよ」

「だから、その呼び方はやめてよ!」


 実に厨二病全開な呼び方だ。

 もっとも、本人は気に入ってないようだが。


「で、こちらの方は?」

「ああ、森で行き倒れになってたのを助けたんだ。

 確か、ロリコンだか、セクハラだか、そんな感じの名前の兄ちゃんだ」

「ユーヤ・イズミです!

 てか、どんな間違え方ですか!

 一文字も被ってないよ!」

「まあ、細かい事は気にすんな」

「私も大体合ってると思うけど」

「は、はあ……。

 それじゃあ、皆さん、ギルドカードを拝見してよろしいですか?」


 ほれ見ろ、門番が引いてるじゃないか。

 ん? 今、ギルドカードって言ったか?

 俺はそんな物持ってないぞ。


 マリアとラルフがカードを差し出し、門番が小型の端末でそれを読み取る。


「それ、どういう仕組みなんですか?」

「仕組みは分かりませんが、ギルドカードの中に埋められた魔法陣を読む魔法道具と聞いてます」


 ICカードリーダーに似てるな。

 意外と近代的な世界なのかも知れない。


「そちらの方もギルドカードをお願いします」

「あ、あぁ……」


 そう言えば、ローブの内ポケットに謎の黒いカードが入っていたな。

 ダメ元で謎のカードを取り出して見せるか。


「こんなカードなら有るけど」

「あなた、何でギルドカードを持ってるのよ!?」

「え? 気付いたらポケットに入ってた」

「持ってるなら最初から出して下さいよ」


 門番が俺からカードを奪い取り端末に読み込ませる。

 あれがギルドカードだったのか。

 明らかに俺の物じゃないのだが、大丈夫だろうか?


「あれ? 珍しいな。

 北部のギルドカードかな?」

「やっぱ、ダメか」

「いえ、これで問題ありません。

 ただ、ここじゃ手続きが出来ないので、冒険者ギルドに行って南部のギルドカードを作って下さい」

「冒険者ギルド?」

「私が責任をもって連れて行くわ」

「お願いしますよ」

「どうせギルドには寄るから、ついでよ」


 門番からギルドカードを返してもらい、アグウェルの町へと入る。

 目指すは冒険者ギルド。


 こうして、俺は他人のギルドカードで門を通過。

 心の中には不安が渦巻いていた。

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