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第五十八話 「カードゲームの問題点」

「問……題点?」


 何を言っているんだ?

 三人ともすぐにルールを理解して楽しそうにプレイしていたじゃないか。


「まず思い付くのは耐久性の問題だ」


 なるほど。

 それは俺も気になっていた部分だ。


「それは紙を分厚くすれば解決すると思う」

「ふむ……しかし、この魔法道具(マジックアイテム)には特殊な紙を使用している。

 単純に厚い紙を用意しても印刷出来ないんだよ」


 インクを吹き付けてるのかと思ったら、紙の方に仕掛けがあるのか。


「厚紙に糊で貼り付けるとかは?」

「使っている途中で剥がれたりしない?」

「スリーブに入れれば大丈夫だろう」

「スリーブって?」


 百聞は一見にしかず。

 俺はホルダーからスリーブを取り出し、リックに手渡した。

 考えてみれば、この世界にはTCGが無いんだから、当然スリーブも無いよな。


「カードを保護する為のプロテクターの事だよ。

 ほら、これがスリーブだ」

「ほぅ……そこそこの強度が有りながら、透明で中が見えるのか。

 初めて見たけど材料は何だろうか?」

「ポリなんとか……忘れた。

 プラスチックの一種だった筈だが……」

「材料も聞いた事がないね……。

 だが、これがあれば耐久性の問題は解決しそうだ。

 どこで売ってるのかな?」

「俺の故郷から持ってきたんだけど、数十枚しかないんだ。

 この国で手に入れるのは多分無理だ。

 何とかして同じ物を作れないか?」

「うーん……似たような物を見た事が有るような無いような。

 職人を当たってみるよ」


 スリーブの量産に成功すれば、日本と同じ感覚でプレイできる。

 リックの顔の広さに期待したい。


「次に同一性保持……複製品に関する問題だ。

 印刷機は珍しい魔法道具(マジックアイテム)だけど、我が家以外にも存在するからね」

「不正コピー問題か……」


 これはデリケートな問題だ。

 元々、プロキシにはアングラな要素がある。

 発売前のカードを試す目的以外にも、高額カードを入手出来ない学生が友達同士で使う為に作る事も珍しくない。

 ぶっちゃけ大会に出ないのであれば、お金をかけなくても遊べてしまうのがプロキシの利点であり問題点でもある。

 遊びのルールには著作権が無い事も関係してそうだな。


「どうしたの? 難しそうな顔をしてるね」

「ん? あぁ……そうかもな」


 南カトリアに著作権法があるかは知らないが、個人的にはコピー品については寛容で有りたい。

 俺の目的は利益を得る事ではなく、カードゲーマーを増やす事だ。

 自分が生み出したゲームでもないのに、権利を主張するのもおかしい気がするしな。

 しかし、イラストを描いたのはリックだし、彼にとっては面白くないだろう。


「不正防止の技術が無くはないが……」

「流石はユーヤくん!

 もうそこまで考えているとは!」


 袋からウィザクリのカードを一枚取り出してリックに見せる。

 元々、日本で作られたこのカードには複製防止の為の技術が取り入れられている。


「このカードの下の辺りにある銀色の部分がそうだ」

「ふむ……光を当てると模様が浮かび上がるのか」

「ホログラムと言ってな。

 こいつの場合はメーカーのロゴが仕込んである。

 コピーするとこの部分は真っ黒になるんだ」


 これは千円札などにも採用されている技術だ。

 とあるTCGでホログラムの部分まで完全にコピーした、精巧な海賊版が出回った事もあるが、これを取り入れれば庶民にコピーされる事はまずないだろう。

 ちなみにその精巧な海賊版は、販売メーカーの下請けで本物の印刷を請け負っていた業者が流通させたモノだった。

 本物を刷ってる工場で偽物が作られていたという訳だ。

 内部告発がなければ発覚する事はなかっただろう。

 その事件をきっかけに全て自社工場で印刷するようになり、海外版の使用がルールで禁止される事となったりと、プレイヤーにも多くの影響を与える事件だった。


「ところで、これってどうやって作るの?」

「……分からん」

「……ダメじゃん」


 日本だったらインターネットで専門の業者に委託出来るのだが、流石に作り方までは分からない。

 仮に作り方が分かっても、こちらの技術で再現出来るかどうかも怪しいな……。


「じゃあ、箔押しとかはどうだ?」

「何それ?」

「この文字が銀色に光ってる部分だよ。

 印刷した後にアルミホイルを貼り付けるんだ」

「さっきのやつよりは簡単そうだね。

 じゃあ、次だ」

「まだあんのかよ……」


 俺たちが意見を交わし合っている間、後ろではメイド達が楽しそうにカードバトルを行っている。

 さっさと話を切り上げて、俺もそちらに混ざりたい。


「まぁまぁ。これは解決案も考えてあるからさ。

 それは生産コストの問題だ。

 この印刷機で作った場合、一枚につき、およそ二百ガルドが必要となる」

「ゲッ!?」


 デッキひとつで一万ガルドかよ。

 一ヶ月分の寮費と同じじゃねーか。

 環境トップクラスのガチデッキを、シングルカードのみで構築するのと変わらない。

 気軽に使わせてくれるから、コンビニのコピー機くらいだと思っていたのに……。


「先ほど話した加工も施すとなると、更に費用が掛かるだろうね。

 これじゃあ、とても庶民が手を出せるものじゃない。

 それを解決するヒントがコレだ」


 そう言ってリックが広げて見せたモノ。

 それは十万ガルド紙幣だった。

 この世界に来た時、マリアにストラップと引き換えに貰ったのも十万ガルドだったな。

 しかし、リックの意図が読めない。


「……金で解決するのか?」

「違う違う。いいかい。

 この紙幣には南カトリアの印刷技術の粋が注ぎこまれているんだ。

 ギルドカードの普及により、全盛期に比べると流通量は減ったけど、その品質と量産性は他に類を見ない」

「まさか……」

「そう。造幣所に協力を仰ぎ、一度に数百……いや、千人分を印刷して貰おう。

 そうすれば、一枚あたりのコストは数十分の一にまで抑えられる筈だ」

「すげぇ! そんな所にまで顔が利くなんて、どんだけ大物なんだよ!」

「ん? 残念だけど宛はないよ。

 そもそも何処で紙幣を刷ってるのか知らないし」

「知らないのかよっ!」


 期待させといて、そう言うオチかよ。

 だが、大量生産によるコストの削減は悪くない。

 初期投資は大きくなるが、単価が下がれば取り戻すのも難しくないだろう。

 プレイヤーも一気に増やせるし、良いこと尽くめだ。


「王都にあるのは間違いないし、調べておくよ。

 じゃあ、次の問題点だ」

「まだ……あるのか?」

「うん。この遊戯の最大の欠点。

 それは……難易度の高さだ」

「ふぁっ?」


 思わず変な声が出た。

 フェアトラークはフィールドの領域も少なく、拡張(エクストラ)デッキもない。

 相手のターンに割り込み処理が入るのも守護召喚(ガーディアンコール)特殊登場時能力(エントリースペル)能力無効化(ディスペル)の三種類のみ。

 他のカードゲームに比べると非常にシンプルなルールとなっている。

 にも関わらず、難易度が高いと言われてもピンと来ない。


「この遊戯は四則演算が出来る事を前提として作られている。

 しかも暗算の速さまで求められる」

「え? このくらい、誰でも出来るだろ?」

「スクールを卒業した者なら大丈夫だとは思う。

 けどね、スクールってのは、誰もが通える場所でもないんだよ。

 スクールで学んでない者の中には、簡単な足し算も出来ない者も多いし、国民の一割は字も読めないんだ」

「そんな……」


 ……想像すらしていなかった。

 簡単な足し算や引き算すら出来ない人が居る。

 どの程度かは分からないが、リックの言い様だと少なくは無さそうだ。

 俺の世界でも、中東やアフリカの一部の国ではTCGは普及していない。

 十三もの言語に翻訳され、全世界五十カ国以上で楽しまれている【フェアトラーク】も例外ではない。

 理由は色々あるが、ある程度の教育水準が要求されるのもそのひとつだ。

 だが、まさか異世界に来てまで同じ壁にぶち当たるとは思いもしなかった。


「あー……そんなに落ち込まないでよ。

 まずは貴族と商人を中心に勧めてみるからさ。

 まずはコレを量産してルールを覚えてもらおう。

 耐久性などの問題を解決しつつ、その間に新しいカードを作って売り込むんだ。

 大丈夫。きっと流行るよ」

「そうだな……ありがとう」


 不思議と安心感を覚えた。

 こいつなら何とかしてくれそうだ。

 昨日まで符術士にしか出来なかったカードバトルを、今はここに居る三人が楽しんでいる。

 それだけでも、大きな進歩じゃないか。

 慌てる事はない。

 ゆっくりと普及させれば良いんだ。


「よし! 課題の話も纏まった事だし、メイドとバトルだ!」

「符術士のお客様自らご指南して頂けるなんて、光栄ですわ」

「言っておくが、俺は強いぜ」


 しかし、楽しいカードバトルの時間は、勢い良くドアを開く音によって中断させられる。

 いつもの服装に着替えたマリアが、若干不機嫌そうな表情でこちらを睨んでいた。

 その隣にはミスティ。

 こちらはいつも通りの笑顔を振り撒いている。


「居た居た。探したのよ。

 はいっ。あなたの服と報酬の魔符(カード)

「おっと! ……投げるなよ」


 マリアから愛用のローブと、ケースに入ったカードの束を受け取った。

 迷宮で回収し損ねたカードだ。


「ますたー、お弁当もらったの。

 いっしょに食べよ?」

「おぉっ! ミスティちゃん、髪を下ろしてもかわいいね!

 さわさわしても良い?」

「ふぇっ? やだぁ……」

「ん? お弁当って、今何時だ?」

「十一時を少し過ぎた辺りよ」

「ふむ……そろそろ出発しないと、アグウェルに着く前に日が沈んでしまう。

 キミたち、これをあと八セット印刷して、全てのメイド達にルールを教えて欲しい」

「畏まりました」


 リックのやつ、中々気が利くじゃないか。

 次に会う時に、彼女たちが良いライバルになっている事に期待したい。



 ◆◆◆◆



 リックの両親に感謝と別れの挨拶を述べ、俺たちを乗せた馬車はアグウェルへと旅立つ。

 色々と大変な二日間だったが、リックとメイド達にカードゲームの楽しさを伝えられたし、新しいカードも手に入った。

 新しい課題も出てきたが、概ね満足の行く結果が出せたと言えよう。


「さっきから、何ニヤニヤしてんのよ?」

「だって、新しいカードだぜ!

 帰ったら模擬戦闘をやろう!

 楽しみだなぁー」

「ズルいわよ……私には使えないのに」


 今回手に入れたのはアジア版の青のカード。

 本来、符術士は契約した言語と属性が一致するカードしか使えない。

 しかし、俺は全ての言語と属性のカードを使用できる。

 理由は分からない。

 おそらくカードに対する愛……じゃなく、異世界人である事が関係してそうだな。


「まぁまぁ。日本語版の白のカードが手に入ったら、マリアにやるから……あれ?」

「どうしたの?」

「四十八枚しかない!

 残りの二枚は……迷宮の中かっ!?」

「何を言ってるの?

 昨日、ギルドに預けたじゃない」

「え……? あぁーっ!」


 こうして、俺の凡ミスにより、新しいデッキの入手は失敗に終わった。

 だが、まだ諦めた訳ではない。

 カードの入手そのものが不可能じゃないと分かっただけでも、大きな進展と言える。

 新たなカードを求めて、明日から情報収集だ!

第二章 青の契約者編 完。

第三章 不死の静寂編 へ続く。

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