第五十五話 「異世界の豪邸はラブホテル?」
「あのお城に入れるの?」
「うん。泡の出るお風呂に入って、フカフカのおっきなベッドで寝るんだよ」
「ラブホじゃねーか!」
「ラブホって何なの?」
「え? あー……俺の故郷に似たような施設があるんだ」
思わずツッコんでしまったが、ラブホテルは日本独自の文化と聞いた事がある。
リックがマリアとミスティを騙して、ラブホに連れこもうとしていると考えるよりは、あの如何わしいお城が本当に彼の実家だと考えるべきか……。
マリアが純情すぎてラブホを知らないだけだったら面倒だが、その時はリックがボコられるだけだよな。
「ラブホってのはよく分からないけど、キミの故郷の貴族も似たようなお家に住んでいるの?」
「いや、あれはないわ。
そもそも貴族なんて居ねーし。
豪邸に住んでいる金持ちは一応居るけどな」
「貴族が居ない? それは変わってるなぁ」
「どうでもいいから、早く行きましょう。
ここで立っていても寒いだけよ」
「ミスティ、おなか空いたー」
「そうだね。そろそろ行こっか」
◆◆◆◆
馬車に乗り、ゆっくりと移動する事、およそ十分。
町の中央に位置する高台にあるラブホテルへと辿り着いた。
この建物、外見はラブホなのだが、近くに来ると色々と異なる点がある。
周囲を大きな柵で囲まれていて、中には豪華な庭園が見えた。
入り口には何人かの衛兵が居て、警備をしている。
建物の外見を除けば、貴族の豪邸と言えなくもない。
「お帰りなさいませ。若様」
「ただいま。馬と馬車を任せたよ」
「ハッ! 畏まりました」
衛兵に馬車を預け、徒歩で庭園の奥にあるお城へと向かう。
真冬にも関わらず、色とりどりの花に囲まれた庭園をゆっくりと歩く。
しかしまだ油断は出来ない。
休憩三時間千ガルドと書かれた看板や、部屋を選択する為のパネルがあるかも知れないからな。
やがて俺たちが辿り着いた時、玄関の扉が左右へと開かれる。
「うおっ!? 自動ドアかよ!」
こちらに来て初めての経験だったので、驚きのあまり思わず一歩後ずさる。
全自動洗濯機や蛍光灯があるのだから、自動ドアだってあるか。
流石は貴族の豪邸。
見た目はラブホだけどハイテクだな。
……と思ったら、中には沢山のメイドさんが居た。
左右に五人ずつ、合計十人。
ピンク色に染められた広間の中央にカーペットが敷かれ、それを挟むようにメイドさんが整列している。
自動ドアかと思ったのも、玄関の近くに居た二人が人力で開けただけだったようだ。
「お帰りなさいませ」
「若様、お久しゅう御座います」
「お客様も遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました」
「お疲れでしょう? お風呂の用意が出来ております」
十人のメイド達に歓迎されつつ、浴場へと案内される。
その全員が女子中学生くらいの年齢に見える事を除けば、物語で見かける貴族そのものだった。
「泊めてもらうんだし、まずは挨拶とかした方がいいんじゃないか?」
「今の僕たちの服装を見てごらん」
「あっ……」
「パパに会うのは、お風呂で汚れを落としてからにしよう。
お客様に着替えの用意を。
二人とも符術士だから、くれぐれも魔符に触れないように気を付けて」
「畏まりました」
案内をしてくれたメイドが気替えを用意する為に奥へと消える。
建物の外見からユニットバスをイメージしていたが、それを良い意味で裏切ってくれた。
脱衣所だけでも寮の食堂くらいの広さがある。
まるで銭湯のようだ。
「南カトリアでも数える程しかない、泡の出るお風呂だよ」
「ねぇ、ますたーも一緒に入ろ?」
「俺たちは後でいいから、マリアとミスティが先に入ってくれ」
「ユーヤくん、何を遠慮してるんだい?
うちのお風呂は大きいから四人で入っても大丈夫!
一緒にマリアちゃんのツルツルのお肌を堪能し……ぶへっ!」
「リック……最低」
マリアの肘打ちを喰らってリックが仰け反る。
どうしてこいつは欲望に忠実な台詞を吐けるのか……。
せめてツルツルじゃなく、スベスベと言ってやれよな。
「あなたも覗いたりしたら、同じ目に遭わせるわよ」
「心配しなくても興味ねーよ。
ミスティの事、よろしくな」
「何よそれ……少しくらい興味持ちなさいよ!
ミスティ、流しっ子しましょ」
「うん! きれいきれいするー」
ミスティをマリアに預けて、俺とリックは外で待機だ。
「あぁ、マリアちゃんの肘が……」
「リック、外に出るぞ」
赤く腫れた頬を幸せそうに撫でているドMを連れて脱衣所から外に出る。
打たれたいが為に、わざとやっているのだろうか?
俺たちが出ると先程のメイドが駆け足でやって来た。
見るからに高級そうな綺麗な布を両手で抱えている。
「若様、お客様のお着替えをお持ち致しました」
「ん? じゃあ二人があがったら渡して。
僕たちは隣の部屋で待とうか」
「オッケー」
左隣にある扉を開けてリックが中に入る。
俺もそれに続いた。
女性の風呂は長いからな。
雑談でもしながら、ゆっくりと待とうじゃないか。
「ここで……待つのか?」
リックに誘われて入った部屋……と言って良いのだろうか?
大きな箱が積み上げられている他には何もない。
部屋と言うよりは物置と言った感じだ。
「しーっ! 静かに」
「え? 何で?」
「ここは浴場に隣接しているんだ。
こっちの壁に耳を当てると天使の囀りが」
天使の囀り? 何を言ってるんだこいつは?
と思ったら、壁の向こうから水を弾く音に混じってマリアとミスティの話し声が聞こえてきた。
なるほど、ギャルゲーの温泉イベントでよくあるやつだ。
『このボリューム、○学生とは思えん。実にけしからん』
『大事なのは感度よ……感度』
みたいな女子トークが行われていて、悪友に誘われてそれを盗み聞き……ハッ!
「おまっ……これ盗聴じゃねーか!」
「だから静かに。
あちらの声が聞こえるって事は、こっちの声も向こうに届くんだよ」
「あ……」
嵌められた。
バレたらマリアにボコられるのは間違いない。
大人しく出て行きたいが、周囲には箱の山、出口付近にはリックが立ち塞がっている。
静かにやり過ごすしかないか。
「ひゃうっ……しみゆー」
「ちゃんと目瞑ってないからよ。
ほら、こっち向いて。洗ってあげるから」
「うん、ありがと」
マリアがミスティの髪でも洗っているのだろう。
ほのぼのとした会話が聞こえてくる。
当たり前だが、あの二人じゃギャルゲーみたいなイベントは発生しようもない。
何でそれをコソコソと隠れて盗み聞きしなくちゃならないんだ……。
リックはニヤニヤしてるけど、俺は全く面白くないぞ。
「あのね。お姉ちゃんはますたーの事好き?」
「なっ……何を言ってるのかしら?」
「だって今日、ますたーにちゅーしようとしてたよ?」
「あ、あれは治癒魔術よ!
身体を触れ合わせた方が回復が早まるの」
「そうなの? じゃあ、ミスティもますたーにいーっぱい、ちゅーする!
そしたら、ますたーもっと元気になるの!」
「え? ミスティ、それはね……」
やれやれ、マリアが適当な事を教えたせいで、ミスティに絡まれそうだ。
などと考えていたら徐々に呼吸が苦しくなってくる。
視線を下げると一本の腕が俺の喉仏を捉えていた。
「ぐ……リック、俺の首を締めるのは辞めてくれないか」
「おっと、ごめんごめん。
会話を聞いていたら、キミを爆発させたくなって……」
「爆発しねーから。てか、お前がここに誘ったんだろ」
「ごめんって。お詫びはするからさ」
「ん……まぁ、それならいいけど」
首を絞められたと言っても、力は入ってなく、冗談だと分かったので許す事にする。
学校でクラスメイト相手にバカをするような感覚は悪くない。
「静かになったな。もう出ても大丈夫じゃないか?」
「待った。今出ると鉢合わせるよ」
「……っ!」
その場でしばらく待機した後、外に誰も居ない事を確認しつつ部屋を出る。
リックは満足そうだが、二度とやりたくない体験だった。
「中々に有意義な情報が得られたね」
「……そうか?」
しばらくしてメイドがこちらへやって来た。
別にやましい事はしてないつもりだが、少しドキッとする。
「若様、探しましたよ。
今までどちらに居られたのですか?」
「ちょっとユーヤくんと友情を深めていたんだ」
「あ、ああ」
もっとも、友情よりも溝が深まった感じだけどな。
「ところで、マリアちゃんとミスティちゃんは?」
「お客様でしたら、客間にてお休み頂いております」
「分かった。じゃあ、僕たちもひとっ風呂浴びるとしようか。
例のやつを頼むよ。二人分ね」
「畏まりました。ご指名は御座いますか?」
「お任せするよ」
メイドは一礼して俺たちの前から去っていった。
なんとか誤魔化せたようだ。
まさかスネークしていたとは言えないからな。
トラブルも回避できたし、気を取り戻して風呂に入る事にする。
浴場にはシャワーが四本もあり、十人近くは同時に入れそうな浴槽は泡で満たされている。
寮の風呂とは規模が違う。
これなら疲れも一気に吹っ飛びそうだ。
「なあ、リック。何であんな事しようと思ったんだ?」
「ユーヤくん。あれはキミの為だよ」
「は? 俺にあんな趣味はないぞ」
「キミは符術士としては優秀だ。
だが、少し周りが見えていない節がある。
特にマリアちゃんに関してね」
「ん? そうかな?」
「女の子同士だと、キミの近くでは声に出さない話題も出てくるでしょ。
それを聞かせたかったんだよ」
「お前が聞きたかっただけじゃないのか?」
「勿論、それもある!」
悪いが、盗み聞きを正当化しようと言い訳……って、力強く肯定するなよ。
呆れて返答するのをやめた時、入り口のドアが大きく開く音が聞こえた。
鍵を掛けていなかったのか? と疑問に思いつつも振り向くと、そこにはバスタオル姿の美少女が二人。
マリアとミスティではない。
どちらも見知らぬ女性だ。
「お、おい。リック、これは……?」
男二人が入浴中なのを知っていて、堂々と入ってくる少女に戸惑いを隠せない。
「失礼致します」
「お背中を流しに参りました」
「うちのメイドだよ。
さっき言ったじゃないか。お詫びはするって」
「あっ、なるほど」
メイドさんに背中を流して貰える機会などそうはない。
少し恥ずかしいが、お言葉に甘えようじゃないか。
リックも中々、粋な計らいをしてくれる。
「お客様、失礼致します」
浴槽を出て椅子へと座る。
俺には銀髪のメイドが、リックには桃色の髪のメイドが、それぞれの背後に座り背中を流し始めた。
石鹸の匂いが辺りに広がり、背中に柔らかい肌の感触が伝わってくる。
これは気持ちいい……夢心地とはこういう時に使う単語だろう。
でも、手のひらにしては柔らかすぎるような?
それに左右に二つ、部分的に少し固いものが当たっている。
いったい何で洗っているんだ?
不思議に思っていると、俺の背後から大きな布が舞い落ちてきた。
これはバスタオルだな。
でもどうしてバスタオルが?
持ち込んだ覚えはないのだが……。
待てよ?
じゃあ、俺の背中に当たってるのは……?
「お客様、緊張なさってます?
でも、ご安心して身を委ねて下さいませ。
避妊魔術は施しておりますから」
「えっ?」
異世界に来て七ヶ月。
これが最大のピンチかも知れない。