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第五十四話 「エボルタとの別れ」

 空を覆っていた赤いカーテンが闇色に染まる頃、俺たちを乗せた馬車はゆっくりと停止した。

 馬に乗っていたリックが俺たちの元へとやって来る。


「お待たせー。グ……マリアちゃん?

 目が赤いけど、どうしたの?

 まさか! ユーヤくんに無理矢理!?」

「するか! リックじゃあるまいし」

「な、何でもないのよ。

 ユーヤが私に酷い事する訳ないでしょ」

「……それもそっか。なら良いんだ。

 ロリコンはシンシであるべきだからね」

「お前がそれを言うか……」


 この場合、真摯じゃなくて紳士かな?

 分からん……どっちでもいいか。

 てか、俺をロリコンの仲間にするなよ。


「あっ、そうそう。グレーナーに着いたよ。

 検問があるから、みんな降りてくれるかな?」

「分かったわ」

「はーい」


 近くの町に到着したらしい。

 グレーナーと言うのが町の名前だろう。

 入り口には二人の衛兵が居て、何故かこちらへ向いて敬礼のポーズをとっている。

 その様子に少し違和感を覚えながらも、俺たちはゆっくりと衛兵のもとへと歩み寄った。


「お帰りなさいませ! ご子息様」

「軍隊での任務、お疲れ様です!」

「あー、そう言うの良いからさ。

 符術士用の特殊牢は空いてるかな?」

「もちろん空いていますが……どうかされたのですか?」

「見た方が早い。キミ、こっち来て」

「は、はい」

「お連れ様。お手数ですが、ギルドカードを拝見させて頂けますでしょうか?」


 衛兵の一人がリックに連れられて馬車へと移動する。

 その間に俺たちはもう一人の衛兵にギルドカードを差し出し、町へ入る手続きを済ませた。


「幻想の姫君に這い寄るロリコン!?

 と言う事は、その子が……」

「あぁ、カードから召喚(コール)された俺の相棒だ」

「ミスティだよ。この子はダイフク!」

「噂には聞いていましたが、普通の子供にしか見えませんね」


 衛兵は、ぬいぐるみを掲げて自己紹介をするミスティを、マジマジと見つめている。

 彼の場合は幼女が好きなのではなく、人間と見分けがつかない所に興味を持った様子だ。


「ひいいぃっ!」


 しゃがみ込んで会話をする衛兵とミスティを微笑ましく見ていると、後方から男の悲鳴が聞こえた。


「お、おいっ……お前もこっちに来い!」

「はぁ? どうしたんですか?

 お兄ちゃん、お仕事に戻るね」

「うん。お仕事がんばってね」


 こちらに小さく手を振って、二人目の衛兵も馬車へと移動する。

 一見微笑ましい光景だが、その後、辺りに二つ目の悲鳴が響き渡るまで時間は掛からなかった。


「エ……エドヴァルト・ヴォルフ!?」

「まさか実在したとは……でも、何ですかコレ?

 符術士を氷漬けにするなんて、聞いた事ありませんよ」

「ユーヤくんとエドヴァルトが召喚戦闘をしてね。

 終わったら、こうなっちゃったんだ」

「召喚戦闘に敗北した者には、制御を失われた魔符(カード)の魔力が襲いかかるのよ」


 俺たちも馬車へと戻り、衛兵に事の成り行きを説明する。

 二人は終始驚きを隠せない様子ではあったが、あっさりと俺たちの話を信じてくれた。

 氷漬けになったエボルタを目の当たりにしては、信じざるを得なかったと言う所か。

 そして衛兵の一人が、犯罪者の収容施設まで同行してくれる事となった。



 馬車は収容施設を目指して、町中をゆっくりと移動する。

 町の規模はアグウェルと同じくらいか。

 この国の一般的な建築物である石造りの建物が並んでいる。

 日本人の感覚だと田舎だが、南カトリアではやや都会寄りと言えるだろう。

 他の町と違う所があるとすれば、街の中心部辺りにカラフルな彩色が施された西洋風のお城が見える事くらいか。

 月明かりに照らされたそれは、まるで風俗店のようだ。

 地味な色にしておけば、中世的な雰囲気が出たのに勿体無い。



 町に入ってから十分程が経過した頃、俺の視界を右から左へと流れていた窓の外の景色は、ゆっくりと動きを止める。


「お待たせ致しました。特殊牢はこの地下になります。

 でも、どうやって運ぶんですか?」

「あぁ、それなら任せてくれ。ミスティ、こいつを持ち上げてくれ」

「はーい」


 ミスティの重力操作により氷漬けとなったエボルタが宙に浮く。


「ひぃっ!? な、何ですかこれ?」

「そう言う魔術だと思ってくれ」

「魔術じゃなくて、魔法だよ。ますたー」

「あー、そうだったな。ごめんごめん」

「は……はぁ」

「じゃあ案内してくれ。他に運ぶ方法がないんだろ?」

「普通に運ぶとなると、かなりの人手が必要ですね。

 不思議な力ですが、助かります」


 エボルタを特殊牢に収容する為、俺とミスティが衛兵に同行する事となった。

 マリアとリックは留守番だ。

 時間も掛からないし、大勢で押し掛けるような場所でもないからな。


「行ってらっしゃい。あっ、そうそう。

 エドヴァルトが手に持ってる物なんだけど、それは符術士を傷付けられる特殊な小型の弓……なのかな?

 とにかく、危険な武器には違いない。

 くれぐれも気を付けて」

「このナスビみたいなのが弓……ですか?」

「俺の地元では銃って言うんだ。見るのは初めてか?」

「聞いたこともないですね。

 外国の魔法道具(マジックアイテム)ですか?」

「ちょっと違うかな……」


 やはりこの国の人は銃を知らない。

 ならばエボルタはどうやって銃を手に入れたのだろう?

 しかも彼が持っている銃は自動拳銃(オートマチック)だ。

 製作にはかなりの技術力が必要だろう。

 しかも符術士である俺や、カードから実体化したコンゲラートにまで通用する、チート性能を持ち合わせている。

 本人から聞くのが一番だが……無理だろうな。


「ねぇ、ますたー。早く行こーよ」

「あっ、すみません。こちらです」


 衛兵の後に続いて、収容施設の中へと入る。

 中は通路の左右に檻が並び、まるでドラマで見た刑務所のようだった。

 こういう施設は世界が変わっても、さほど変わらないのだろう。

 ドラマと違うのは、それらの檻が全て空と言う点だ。


「誰もいないな」

「ここは殆ど使われてないんです。

 大物はすぐに王都に移されますし、たまに食い逃げ犯を一晩泊める程度ですね」

「この町は平和なんだな」

「はい。領主様のお陰です。

 あっ、あの奥の扉が符術士専用の特殊牢になります」


 通路の奥に他の牢とは異質な、重厚な扉があった。

 見るからに重そうな銀色の扉に小さな格子窓がひとつ。

 その扉には赤いインクで梵字のようなものが書かれている。

 衛兵が鍵を開けると、中にもびっしりと同じ模様が描かれていた。

 何かの魔術的な仕掛けだろうが、趣味の悪い部屋だ。

 その悪趣味な部屋に、エボルタを氷漬けのまま放り込み、衛兵が鍵を掛ける。

 最期まで姑息なやつだったが、これで彼の人生も終わりだ。

 少し気になる事があるとすれば、こいつが召喚戦闘を受け入れた事か。

 銃で直接攻撃する事も可能だった筈なのに、わざわざリスクのある召喚戦闘を選んだ。

 よっぽど自信があったのか、それともカードゲームを愛するが故の結果だったのか。

 もし日本のショップ大会とかで出会っていたなら、仲良くなっていた可能性も……ないな。

 負けた後にイチャモンをつけてきそうな気がする。

 何にせよ、もう出会う事はないだろう。



 ◆◆◆◆



 エボルタを収監した後、衛兵と別れた俺たちは冒険者ギルドへとやって来た。

 ここに寄ったのはエボルタのデッキを預けるのが目的だ。

 出来れば拝借したいと言うのが本音だが、軍が絡んでいるそうなので大人しく従う事にする。

 馬車の番をするリックを残して、三人で中に入った。

 日が落ちた後という事もあり、職員の他には数人の冒険者が談笑をしているだけだ。

 それでもアグウェルのギルドよりは賑やかだと言えよう。


「魔符はこちらの箱の中へお願い致します」


 受付で用意された箱に四十八枚のカードを入れる。

 ……と、マリアからツッコミが入った。


「何で二枚残してんのよ。全部入れなさいよ」

「いや、エボルタのカードは全部入れたぞ。

 この二枚は迷宮にあったものだから俺が貰ってもいいだろ?」


 俺が持っている二枚は、コンゲラートとダイヒョーガ。

 どちらも迷宮で実体化して俺たちを襲ったユニットだ。

 今では普通のカードになっている。


「エドヴァルトが元々使ってた、残りの二枚はどこに行ったのよ?」

「さぁ? 本人と一緒に氷漬けにでもなってんじゃね?」

「それじゃあ回収出来ないじゃない。

 その二枚も渡すしか無いわね」

「いや、でもこれは……」

「イズミ様。よろしいでしょうか?

 犯罪などで符術士が捕らえられた場合、所持していた魔符は全て軍が回収するのが、決まりとなっております。

 その魔符をお手元に残すのは構いませんが、その場合、窃盗罪に問われる可能性が御座います」

「え? これ泥棒になるの?」

「ますたー、ドロボーはいじめっ子の始まりだよ」

「ミスティ、それを言うならシャカパチはイカサマの始まりだ」

「シャカパチってなぁに?」

「良い子はやっちゃいけない事」


 迷宮にある他のカードと一緒に、野生動物(モンスター)討伐の報酬として貰うつもりだったが、窃盗罪になると言われると少々腰が引ける。

 俺は渋々、残る二枚のカードも箱の中に入れた。


「懸命な判断です。

 これで手続きは完了致しました。

 軍による鑑定が終わり次第、イズミ様の口座に賞金が振り込まれる筈です」

「え? 賞金って?」

「エドヴァルトの賞金に決まってるでしょ」

「はい。呪われし雪風エドヴァルト・ヴォルフの懸賞金、一千万ガルドで御座います」

「そう言えば、あいつ賞金首だった!

 ……って事は、俺の借金はなくなるの?」

「正確には税金や手数料が差し引きされますが、かなりの大金が舞い込む事になりますね。

 もちろん、商業ギルドへの負債も完済されます」

「今と同じ生活レベルなら一生暮らせる程の金額よ」


 こうして俺は借金返済の為に雑務をこなす貧乏冒険者から、大金持ちへと変貌を遂げた。

 元々、俺がエボルタに召喚戦闘を挑んだのは賞金目当てではない。

 まるで、なんとなく買った宝くじで一等が当たった気分だ。

 何と言うか、嬉しいんだけど現実感がない。



「終わったかい?」

「あぁ……何か俺、お金持ちになるらしい」

「お金持ちどころか英雄だよ。おめでとう」


 ギルドを出て、外で待っていたリックと合流する。

 賞金の話をすると笑顔で祝福されたが、英雄とか言われてもピンと来ない。


「ところで今夜の宿だけどさ」

「野宿以外ならどこでもいい」

「私はシャワーのある所がいいわ」

「実は僕の実家がこの町にあるんだ。

 パパが出した依頼の報告も兼ねて、今夜は家に泊まっていかないかい?」

「おっ、いいね! 宿代が浮く」

「ちょっと、恥ずかしいから町中でそんな事言わないでよ」


 例え金持ちになろうが、英雄と呼ばれようが、長年培った庶民感覚と言うものは中々抜けないものだ。


「悪い悪い。で、リックの家は近いのか?」

「うん。あれが僕の実家だよ」


 リックが指差した先に見えたのは、月明かりを反射して輝くラブホテルだった。

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