第五十二話 「ペナルティ」
ガイストの必殺技能力を連続して発動させる事で、一ターン中に八点のダメージを与える事に成功した。
だが、勝負はまだ終わっていない。
エボルタのリーダーエリアにヒールトリガーが召喚された場合、ダメージは回復し、戦闘は続行される。
もっとも、俺はあと一回の通常攻撃を残している。
ヒールトリガーが出ても、それを倒せばエボルタのダメージは再び八点になるのだ。
そこで更にヒールトリガーが出た場合……俺の負けとなる。
公開領域にあるヒールトリガーは一枚。よって残りは三枚。
山札の残り枚数から計算すると、確率はおよそ五十分の一と言った所か。
「ちっ……フローラか」
「も、申し訳ございません!」
山札から現れたのは水色のドレスを纏った少女《氷の魔女フローラ》。
これで俺の勝利が確定した。
「俺の勝ちだな」
「てめぇを甘く見ていたようだ。
ハルトマンのおっさんには及ばないが、やるじゃねぇか……バケモノめ」
同時に戦場のカードから霧が出現し、エボルタを包み込む。
召喚戦闘の敗者にはカードの持つ魔力の暴走により、ペナルティが与られる。
霧に包まれた彼の身体は足下から徐々に凍り付いていく。
「マスター、お伴いたしますわ」
「ふん。勝手にしろ」
フローラが氷付くエボルタに寄り添い、触れた部分が氷に包まれる。
「っ!? そんなっ!
私、マスターを傷付けるつもりでは……」
「気にするな。時間の問題だ。
這い寄るロリコン!
てめぇにひとつ教えておいてやる」
「だから、その呼び方はやめろと言っ━━」
辺りに衝撃音━━銃声が響く。
右肩に激痛が走り、思わず膝をついた。
「覚えておくといい。
何も符術士を殺る方法は召喚戦闘だけじゃねぇって事をな!
くっくっ……フハハハハハハッ!」
肩が焼けるように熱い。
痛む部分を左手で押さえると、ヌルッとした感触が伝わってくる。
符術士はあらゆる物理攻撃と魔術に耐性を持っていると思い込んでいたが、直接ダメージを与えられる武器があるなんて思いもしなかった。
カードゲームに負けたからと言って、物理攻撃に訴えるなんて卑怯者め。
これがアニメだったら、胸に仕込んだデッキが弾を防いでくれるのがお約束だけど……撃たれたのが肩じゃどうしようもないよ……な。
「ユーヤッ!」
「ますたーっ!」
マリアとミスティの俺を呼ぶ声が聞こえる。
ミスティのやつ、また召喚しても居ないのに実体化しやがって……全く良く出来た相棒だ……。
◆◆◆◆
『初めてにしては上出来だな。七十点と言った所か』
召喚戦闘中に口出ししてきたあの声が、朦朧とした意識に語りかけてくる。
何が七十点だ。他人の対戦に茶々入れやがって。
『そう怒るな。俺の予想とは少し異なるが、勝てたのだから良いだろう』
完全に他人事みたいな台詞だな。
まあ良い。一応聞いてやるよ。
お前の予想ではどうなる予定だったんだ?
俺が惨めに負ける姿でも見えたのか?
『予想ではアド損トリガーに対してエドヴァルトが能力無効化を使う筈だった。
そうすれば、次のターンでお前の勝利が確定する』
だが、奴はサーチトリガーを見逃し、能力無効化を温存させた。
結果論だが、もしあの時、山札からガイストが現れて居なかったら……。
その場合、手札からガイストを召喚するから、残りのマナコストで能力無効化を使えるのは一回きり。
その一回はエボルタの能力無効化をカウンターするのに使うから、俺の攻撃は八点目に守護天使に防がれてしまう。
『机上の空論だな。
エドヴァルトがドロートリガーを引かなければお前の勝ち。
ドロートリガーで守護天使を引いてなければお前の勝ち。
逆に言えば、あいつが迷宮でコンゲラートの相棒を回収していて、最後にそれを守護召喚していたら、能力無効化は発動できず、お前の負けだ。
こんな仮定の話に意味はない。
大事なのは、あそこでガイストを呼び寄せたお前の運命力だ』
ふん。何が運命力だ。
お前が山札に細工したんじゃないのか?
『そう買い被るな。
俺にそのような能力はないし、イカサマは好きじゃない』
意外だな。俺の身体を乗っ取った奴の意見とは思えない。
そもそも、お前は何だ?
『ここで名乗る事は簡単だが、言ってもお前は信じないだろう。
それに……そろそろ時間切れだ』
時間切れ? 逃げるのか?
『召喚戦……作……た運命力場はそ……くは保たな……だ。
なあ……その……た会える。
それま……レイング……いてお……』
途切れ途切れで何を言ってるのか分からない。
まあいい、そのまま二度と俺に関わるなよ。
ちくしょう……話し相手が居なくなると、また意識が遠くなってきやがった。
そう言えば……エボルタに撃たれたんだった。
何だか疲れた……少し寝よう……。
◆◆◆◆
口元が仄かに熱い。それに何だか湿っぽい気がする。
これは……血か?
それに少し重みを感じる。
誰かが俺の身体の上に乗っている?
エボルタか!?
くそっ……呑気に寝ている場合じゃないっ。
思い瞼をゆっくりと開く。
俺の視界に映ったのは、透き通るような綺麗な青色をした丸くて大きな瞳……。
「マ……リア?
俺に跨がって何やってんだ?」
「あっ……ち、違うのよ!
これは人工呼吸……ノーカンよ、ノーカン!」
「ずるいーっ! ミスティもますたーにちゅーするの!」
「だから、違うの!
ファーストキスはもっとロマンチックな……とにかく違うのよ!」
ミスティが俺のほっぺに軽く口づけをし、それを見たマリアが顔を紅くして『違うのよ』と連呼している。
「ミスティちゃん、僕にもちゅーしてくれないかな? ちゅーっ」
「えー……やだぁー」
「……キモすぎて引くわ」
「そんなっ!?」
……何が何だか分からない。
「とりあえず、退いてくれないか?」
「あっ……ごめんなさい」
「悪い。状況がよく分からないんだが、教えてくれないか?」
「マリアちゃんとミスティちゃんが治癒魔術でキミを助けたんだよ。
中々意識が戻らなくてヒヤッとしたけどね」
自由になった身体を起こし、全身を確認してみる。
唇が少し湿っていたが、どうやら血ではないようだ。
撃たれたはずの右肩も完治していた。
「そうか……二人ともありがとな。
マリアはもう大丈夫なのか?」
「え? 私は何ともないわ。
あなたとミスティが守ってくれたから」
「おねえちゃん、すっごい声で泣いてたの。
いやぁっ! ますたーが死んじゃう!」
「なっ……この娘は何を言ってるのかしら?」
「アハハッ、そっか。心配をかけたな。
ところで、エボルタはどうなったんだ?」
「エドヴァルトなら……見た方が早いわね。左側よ」
マリアに促されるまま左へと首を動かす。
そこには満面の笑みを浮かべたまま、氷に閉じ込められたエボルタの姿があった。
まるでクリスタルアートのようだ。
ただし中身は三十歳前後のおっさん……アートとは程遠い。
彼に付き添っていた筈のフローラの姿は見当たらなかった。
「あれって生きてるのか?」
「分からないわ。
あなたが変わった弓で撃たれてから、直ぐに氷漬けになったの」
「召喚戦闘の敗者へのペナルティか」
「ええ、あなたの勝ちよ。
最初、サポーターばかり狙ってた時は見ててヒヤヒヤしたけど、最後はスカッとしたわ」
「そのサポーターを集中攻撃してた時の俺ってどうだった?」
「別に普通だったわよ」
「そうか……じゃあ俺たち以外で、少し低めの男の声が聞こえたりはしなかったか?」
「……何の事?」
「いや、何でもない。
撃たれたショックで記憶が混乱してたみたいだ」
やはり、あの声は俺にしか聞こえてないのか。
この事は伝えておくべきか……言っても信じてもらえなさそうだよなぁ。
俺の中に別の人格が居て話しかけてくるだなんて、完全に厨二病だ。
「あのね。ますたーは戦闘中にお昼寝してたよ」
「は!?」
「んとね、戦闘中はますたーの魔力がカードに伝わってくるの。
でも、さっきは途中でますたーの魔力が消えちゃって、お昼寝してるのかな? って思ったの。
それで、ますたーとは違う魔力が伝わってきて……んー、よく分かんない」
間違いない。ヤツだ!
記憶の曖昧な数ターンの間、ヤツに意識を乗っ取られていたとみて間違いないだろう。
「マリア、ミスティ。
これはもしもの話だが……俺が俺じゃなくなった時は後を頼む」
「何よ? さっきから言ってる意味が分からないわ」
「ごめん……上手く説明出来そうにない」
「大丈夫。ますたーはミスティが守ってあげる」
「よく分からないけど、一応覚えておくわ」
「ありがとう。じゃあ、そろそろ帰るか」
カードを放置すると通行人が呪われる可能性があると指摘され、辺りに散らばっているエボルタのデッキを回収した。
残るは趣味の悪い氷漬けの男だが……。
「ここに放置する訳にはいかないよな?」
「最上級の賞金首よ。
連れ帰って衛兵に差し出すべきだわ」
「こんなものどうやって運ぶんだよ?」
「まかせて。えいっ!」
ミスティがステッキを下から振り上げると、エボルタを包んだ氷塊が宙に浮いた。
なるほど、これなら運べそうだ。
「とりあえず馬車まで運びましょう」
「えーっ、コレを僕の馬車に載せるの?」
「レジャーシートでも敷いとけば大丈夫だろ」
「途中で溶け出したら言ってよ……怖いから」
「はいはい」
「あと、言い難いんだけどさ……」
「何よ?」
「今からアグウェルに向かうと着くのは真夜中になる。
危険な荷物も増えた事だし、ここから近い町で一泊する事を提案したいな」
「一理あるわね」
「おっけー、それで行こう。
それからマリア。後で色々と訊きたい事がある」
「そうね……馬車の中で話すわ」