第五十話 「黒と青」
迷宮を出た俺たちは、マリアを追って見知らぬ道を走っている。
先頭はミスティ。続いてリック。最後は俺だ。
「ますたー、はやく!」
「待って……はぁ……もう少し……ゆっくり……」
正直に言うと俺は足の遅さで、置いてけぼりにされそうになっている。
半年間の冒険者生活で、かなり体力がついたつもりだったのだが、現実は非常だ。
それにしても、マリアのやつはどこまで行ったんだ?
あいつもインドア派の癖に足速すぎだろ……。
「ユーヤくん! あれを!」
リックが道の先を指しながら声を張り上げる。
その先に数秒前までは存在しなかった野生動物が宙を舞っていた。
「なっ……! あれは蒼竜王コンゲラート!」
迷宮で俺たちを苦しめた後、エボルタに奪われたカードのユニットが実体化している。
悔しいが不安は的中したようだ。
俺は筋肉痛に耐えながら、再び走り出した。
数分後、俺の視界にマリアとエボルタの姿が入り込んで来る。
睨み合う二人の間では複数のカードのユニット達。
俺たちが現場に辿り着いた時、コンゲラートの攻撃により、獣騎士アレフがダメージエリアへと送られた。
リーダーに空きが出来た事により、山札からドッグブリーダーアレフがリーダーエリアに登場する。
「来たのね。まずは足止めした事を謝るわ」
「な、なんで……マリアとエボルタが召喚戦闘をしてるんだ?」
「こいつを倒したら話すわ。
あのドラゴンの能力がよく分からないけど、HP11000なら耐えられる。
次のターンで私の勝ちよ」
「いや、それは違う。
蒼竜王コンゲラートの能力は、攻撃時に山札の一番上を公開して墓地に送り、その攻撃中、この能力で公開したカードのレベル×1500のAPを上昇させる」
「こいつのAPは一定じゃないの?」
「能力を使った時のAPは最低で7500。
最大で12000だ」
「くっくっくっ……使った事もない魔符の能力をそこまで理解してるか。
やっぱ、てめぇは面白ぇなぁ!」
ダメージはお互いに七点。
このターンのエボルタの攻撃はあと一回。
残るサポーターは相棒ではない為、連携攻撃は発動しない。
永続能力でHP11000となっているアレフを倒すには、コンゲラートの自動能力でレベル4を捲る必要がある。
確率にして約二割弱……マリアの方が圧倒的に有利だ。
しかし、これは負けると意識を失う程のダメージを受ける召喚戦闘。
場合によっては生命に関わる事もあると聞く。
八割……生命を賭けるには低過ぎる確率だ。
「マリア、この勝負を中断するんだ!」
「無理よ。一旦始まった召喚戦闘は止められない。
戦闘放棄は敗北と見なされるわ」
「くっくっくっ。そう言う事だ。
ここで逃げれば、負けた時と同じく魔符の魔力が使用者を襲う。
コンゲラートで攻撃だ!
RCを①支払い、自動能力を発動するぜぇ!」
エボルタの山札から青い鎧を纏った二刀流の剣士が現れ、コンゲラートに飲まれる。
それを見た瞬間、俺はマリアに向かって駆け出した。
何故なら飲み込まれた剣士はレベル4のユニット《竜剣士ヘルムート》だったからだ。
よって、コンゲラートのAPは12000となり、マリアの敗北がほぼ確実となる。
「マリア!」
「え? きゃっ! ちょっ……何するのよ!」
「いいから、大人しくしてろ!」
俺は戦闘中のマリアを横から抱え上げ、そのまま身を翻した。
コンゲラートの攻撃により、ダメージエリアへと送られるペットショップの店員を尻目に、マリアを抱えたまま元来た方角へと駆け出す。
視界の隅でリーダーエリアに現れる毛玉がチラッと見えた。
「ますたー、こっち! はやく! はやく!」
「ミスティ! 頼む!」
勝敗が決した事により、敗者のデッキの魔力が暴走し、使用者へと襲いかかる。
無数の光の矢がシャワーのように降り注いだ。
「ばりあーっ!」
俺はマリアに覆い被さるように地面に伏せる。
そしてミスティの作り出した闇の障壁が、俺たちを包み込んだ。
障壁が降り注ぐ光の矢を無効化する。
「なんとか……なったようだな」
「もう……やり方が無茶苦茶なのよ」
正直、ミスティが召喚戦闘のペナルティを防げるかどうかは賭けだった。
結果的にマリアにダメージを与える事なく、光の豪雨は降り止んだ。
結果良ければすべて良し。
ミスティの才能に感謝しよう。
「ちょっと、いつまで抱きついてるのよ……」
「っと、悪い悪い。
それにしても、マリアって意外と軽いんだな」
「え? あっ……お、お姫様抱っこ!?」
「それはほら、咄嗟だったから?」
「なんで疑問形なのよっ! ……来るわ」
召喚戦闘に勝利した仮面の男が、俺たちの近くまでやって来る。
何故だろう?
自分でもよく分からないが、そいつを見るとイライラする。
「くっくっくっ……面白ぇ。
まさか魔符の暴走までも無力化させちまうとはな」
「エボルタ……」
「中々に楽しめたが、所詮負け犬の子は負け犬だったようだな」
「負け犬……ですって?
確かに私はあなたに負けたわ。でも━━」
「マリア。色々聞きたい事はあるけど今は言わなくていい。
まずは俺がこいつをぶっ倒す。
リック、マリアを頼む」
「本気かい? 相手は呪われし雪風だよ?」
「問題ない。念の為、少し離れててくれ」
後方で避難していたリックにマリアを預け、一歩前に出る。
「ほぅ? 召喚戦闘と聞いただけでビビってた雑魚が、俺様を倒すだと?
そんなにあのメスガキが大事か?」
「あの時は手配書に書かれている情報しかなかったからな。
だけど、さっきのマリアとの召喚戦闘で、お前のデッキは大体把握した」
「くっくっくっ。ハッタリか?
てめぇが見たのは最後の攻撃だけ。
それで何が分かる?」
「フィールド、ダメージエリア、墓地、そしてコンゲラートのコストとなった山札の上のユニット。
これだけの情報があればデッキの八割は予測できる」
「まるで俺様の魔符の能力を全て知ってるみたいな言い方じゃねぇか」
「知ってるのさ。だから断言してやる。
お前は俺には勝てない」
俺は腰のホルダーからデッキを取り出し、勝利宣言をした。
エボルタは仮面を外し、俺の宣戦布告を受け入れる。
「くっくっくっ……俺様を楽しませてくれよ。
英霊解放!」
「ミスティ、戻れ。英霊解放!」
俺にとって初めてとなる、ガチの召喚戦闘が始まった。
「あら? ちんちくりんじゃありませんか。ご機嫌麗しゅう」
「ふぇ……いじめっこ!?」
俺のファーストリーダーはミスティ、エボルタのリーダーはフローラ。
偶然にも魔女同士の直接対決となった。
と言っても、これは召喚戦闘で二人のステータスは同じ。
先に攻撃した方が一方的に勝つクソゲーだ。
そして今回の先行は━━。
「俺様の先行だな。
サポーターを召喚。そしてフローラで攻撃だ!」
「ごめんあそばせ」
フローラがミスティのもとに歩み寄り、強烈なビンタをかました。
「ふぇ……うわああぁん。ますたー、いじめっこがぶったぁ」
ビンタをモロに喰らったミスティが、泣きながらダメージエリアへと送られる。
すまない。マナコストの不足する序盤は相手の攻撃をガード出来ないんだ。
あとで仇はとってやるからな。
リーダーが居なくなった事により、山札から新たなリーダーが選出される。
現れたのはダンディな中年の男性が描かれた額縁だ。
「スペリオルバースト。相手のサポーターを一体墓地へ送る」
額縁から上半身だけを出した音楽家が葬送曲を奏でる。
サポートエリアに居たリザードマンは、その美しい調べに心を奪われたのか、幸せそうな表情をして墓地へと消えた。
「ほぅ……メスガキのなんとかバーストと違って、随分と地味な能力じゃねぇか」
「なんとでも言え。タイミングが悪かっただけだ」
「くっくっくっ……まぁいいさ。ターンエンドだ」
「俺のターン! ドロー&マナチャージ!」
ターンが俺に移り、手札とマナエリアにカードが補充される。
しかし、肖像画のAPではフローラを一撃で倒す事は出来ない。
このターンはサポーターを一体だけ召喚して終わりだな。
召喚するユニットを選ぶ為に手札を確認する。
ガイストが二枚にハナコが二枚、そして能力無効化が二枚……随分と偏ってるな。
だが、初手からガイストの必殺技能力の条件が揃っている。
決して悪くない手札だ。
「サポートエリアにハナコを召喚してターンエンド」
「俺様のターンだ。ドロー&マナチャージ」
二ターン目先行。
エボルタはサポートエリアに《バウンスノーキッド》を一体召喚。
フローラの攻撃で肖像画がダメージエリアへと送られた。
山札から二本の尻尾を持つ黒猫《ファントム オブ キャット》が新たなリーダーとして召喚される。
RCと二体のサポーターをコストにする事で、任意のカードを山札から手札に加えられる特殊登場時能力を持つ互換カード。
通称サーチトリガー。アド損トリガーと呼ぶ人も居る。
ガイストの必殺技能力の為に二枚だけ採用したカードだ。
しかし、今はコストが足りない。
「俺様の手札にレベル1ユニットが一枚しか無かったのが幸いしたな。
ターンエンドだ」
「俺のターン! ドロー&マナチャージ!」
理想はこのターンにレベル1のユニットを二体召喚しての三回攻撃。
だが、引いたカードはレベル1ではなかった。
「サポートエリアにもう一体ハナコを召喚。
ハナコのサポートでリーダーに━━」
『サポーターに攻撃しろ!』
突如、脳内に語りかけてくる声━━。
幾度となく夢の中で聞いたあの声だ。
今回はやけにハッキリと聞こえる。
このゲームはリーダーを倒さないと勝利出来ない。
厄介なサポーターを排除する事はあるが、相手の場にいる雪だるまはバウンストリガーだ。
一旦場に出てしまえば能力なしに等しい。
ここはリーダーを倒して一点を与えるべきだろう。
「俺はハナコの━━」
『サポーターだ!
あの女をやられて悔しいのだろう?
だったらサポーターに攻撃しろ』
マリアは関係ない。
俺は召喚戦闘に勝つ為の定石を重視しているだけだ。
『ならば考えろ。相手の能力を無効化し、屈辱を与える最高の勝ち方を……』
相手の能力を無効化し、屈辱を与える?
そんな事しなくても、俺は……。
「俺は……ハナコでサポーターのバウンスノーキッドに攻撃!」
赤いランドセルを背負った少女が、雪だるまの額にリコーダーを突き刺した。