第四十九話 「マリアとエドヴァルト」
迷宮を出た私は、王都方面への道を走っている。
呪われし雪風エドヴァルト・ヴォルフ。
十年前の戦争の生き残りである彼には聞きたい事がある。
もちろん、危険人物である事は理解しているつもりだ。
あいつが私を引き留めようとした理由も理解できる。
でも、足止めに火柱魔術はやり過ぎだったかも。
帰ったら、彼に謝らなきゃダメね。
舗装されていない道を走り続ける事、十数分……。
私は目標の二人組を発見する。
「待って!」
私の声に応じて二人組の足が止まる。
最初に振り向いたのは水色の綺麗なドレスを着た少女だった。
「あら? どなたかと思えば、ちんちくりんと一緒に居た犬臭いお姉様じゃありませんか」
「い、犬臭い!?」
確かに犬は好きだけど、そんなに臭うのかしら?
もっと強い香水に変えようかな……。
ちんちくりんが何の事かは分からないけど、お姉様と言う響きは悪くないわね。
……って、そんな事はどうでもいいでしょ。
落ち着け、私。
深く深呼吸をして、背中を向けたままの男に声を掛ける。
「呪われし雪風エドヴァルト・ヴォルフ。
あなたに……聞きたい事があるの」
男がゆっくりとこちらを振り向く。
仮面で表情は分からないが、話は聞いてくれそうだ。
「なんだ。迷宮に居たメスガキじゃねぇか」
「ガキ!? 失礼ね! これでも私は━━」
「聞きてぇ事があるのなら、まず名前くらい名乗ったらどうだ!?」
「……失礼したわ。
私は幻想の姫君マリア・ヴィーゼ」
「ん? 俺の知る幻想の姫君はこんなガキじゃなかった筈だが……」
世間にはあまり知られていないが、【幻想の姫君】は母から受け継いだ二つ名だ。
エドヴァルトの言っているのは、おそらく母の事だろう。
追い掛けて正解だった。
子供呼ばわりは気に食わないけれど、彼なら何か知っているかも知れない。
「あなたに聞きたい事があります」
「っと、そうだったな。フローラ、下がってろ」
「畏まりましたわ」
「今の俺様は新しい魔符を手に入れて気分が良い。
知ってる事なら答えてやろう。感謝するんだな」
「では、不死の静寂ローラント・ハルトマンについて教えて下さい」
「不死の静寂……あぁ、もちろん知ってるぜ。
でも、ハルトマンのおっさんの事なんか聞いてどうするんだ?」
「どうしても彼に会いたいの」
「おっさんに会ってどうするつもりだ?」
「……殺すわ」
「くっくっくっ……面白ぇ。
このガキ、目付きが変わりやがった」
ローラント・ハルトマンを殺す。
私はそれを目標に、この十年間を過ごしてきた。
召喚戦闘も幾度となく経験し、自分でも強くなったと思う。
あいつにはまだまだ敵わないけれど、今の私なら両親の仇が討てる。
後は居場所を突き止めるだけだ。
自惚れかも知れないけど、そう確信していた。
「だが、俺様も十年前に別れたきりだ。
おっさんが今どこに居るのかは知らねぇな。
案外、てめぇの近くにでも居るんじゃねぇか?」
「ふざけてるの?」
「まさか? 俺様も逃げるのに必死だったさ。
あのおっさんは、召喚戦闘もせずに符術士を一瞬で消し飛ばすバケモノだぜ」
「逃げる? あなたと不死の静寂は仲間じゃなかったの?」
「あのバケモノに敵も味方もあるかよ。 狼の頭みたいな兜を被った騎士様が囮になってくれなかったら、俺様も生きてないさ。
救助活動に精を出していたが、幻想の姫君が殺られたって言ったら、バケモノに突っ込んで行きやがった。
お陰で逃げる時間を稼げたぜ。
バカだよなぁ……くっくっくっ」
エドヴァルトの口から発せられた予想外の人物。
マウルの町で出会ったと言うその騎士は、私のよく知る人物だと私の直感が告げる。
「……レーベリヒト・ヴィーゼ」
「あぁ、そうだ。確か、そんな名前だった気がするぜ」
「ちなみに兜のデザインは狼じゃなくて犬よ」
犬を模した兜を被ったマウルの守護騎士。
強さと優しさを兼ね備え、町の人達の人望も厚かったと聞いている。
幼い頃に死に別れたから記憶は薄いが、それでも私の自慢の父親だ。
その父の死に、エドヴァルトが関わっていた。
十年も経って伝えられる情報に少し戸惑う。
「ほぅ。また目付きが変わったな。
幻想の姫君……ヴィーゼ……そうか。
てめぇもマウルの惨劇の生き残りか。
まさか俺様以外にも生存者が居たとはな」
「あなたがレーベリヒト……父を殺したの?」
「おいおい、言い掛かりはよせよ。
あのバカを殺したのはハルトマンのおっさんだ。
俺様は崖の上から背中を押してやっただけだぜ」
「そう……気が変わったわ」
会話を続けるうちに、私の目的は変わっていた。
最初は不死の静寂の情報が目的だったが、今は違う。
間接的とは言え、私の父の死に関与し、挙句にバカ呼ばわりするこの男を許しておく訳にはいかない。
ここで仕留めないと確実に後悔する。
私は腰につけたデッキホルダーに両手を伸ばし、ストッパーを外した。
「ほぅ……やるか?
実は俺様も新しい魔符を試したくてウズウズしてたんだ」
「マスターもお人が悪い。
最初から、こうなさるおつもりだったのでしょう?」
「くっくっくっ……どうだろうな?
ま、嘘は吐いてないぜ」
「呪われし雪風エドヴァルト・ヴォルフ。
幻想の姫君マリア・ヴィーゼの名において、あなたを断罪するわ!
英霊解放!」
私はデッキを取り出し、エドヴァルトに宣戦布告をする。
誘われているのは分かっているつもり。
でも、昂る感情は止められない。
「そう来なくっちゃなぁ!
戻れ、フローラ! 久々の狩りの始まりだ!
英霊解放!」
こうして私とエドヴァルトの召喚戦闘が始まった。
◆◆◆◆
五ターン目後攻。
エドヴァルトのターン。
現在のダメージはお互い五点。
銀色の狼の連続攻撃により、私のリーダーがダメージエリアへと送られる。
これで私のダメージは六点になった。
リーダーが居なくなった事により、山札の上から新たなリーダーが自動的に召喚される。
現れた私の六体目のリーダーは分厚い魔導書を手に持った青い髪の少女《星屑の召喚士アメリア》。
何処となく幼い頃の私に似た姿に、親近感を覚える。
「コストとして手札を二枚、墓地へ送り、星屑の召喚士アメリアの特殊登場時能力を発動するわ!
スペリオルバースト!」
アメリアは大きな魔導書を開き、呪文の詠唱を始める。
「聖域に眠る英霊さん。盟約に従い、私の声に応えて!
プロスク……きゃあっ!」
フィールド上に突如出現したトカゲの魔術士が、大きな氷の塊をアメリアの足元へと向かって放つ。
直撃はしなかったものの、不意打ちにより詠唱は中断させられる。
「なんとかバーストってのは初めて聞いたが、ヤバそうなので能力無効化を使わせてもらったぜ」
「甘いわね。マナコストを②支払い、あなたの能力無効化に対し能力無効化を発動するわ!」
アメリアへと向かって放たれた二発目の氷塊を、土佐犬リョーマが身体を張って阻止する。
リョーマは魔術士の身に喰らいつき、それを軽々と横へと振り飛ばした。
「私の声に応えて! プロスクリフィ!」
障害がなくなった事により、アメリアの詠唱も完了した。
私のデッキから二人の英霊が、流れ星となってフィールドへ降り立つ。
獣騎士アレフと名犬ポチ。
私の必勝の布陣が完成した。
「能力無効化は相手の能力を無効化する為に使うものじゃないの。
自分の切り札を確実に成功させる為に使うのよ」
あいつから貰った魔符に、あいつから学んだ戦術。
一人では辿りつけなかった領域に私は居る。
「そいつがてめぇの切り札か?
だが、間が悪かったな。連携攻撃!」
「ガーディアンワンジェルを守護召喚!」
銀色の狼とトカゲの戦士による連携攻撃がアレフを襲う。
しかし、守護召喚された空飛ぶモコモコが光の壁を作り、アレフを攻撃から守り抜く。
「くっくっくっ……手札を使い切ってまで守ったか。
面白ぇ。ターンエンドだ」
六ターン目先行。
「私のターン! ドロー&マナチャージ」
あいつに出会ってから、私は強くなった。
私のフィールドには三連続連携攻撃の布陣が敷かれている。
このターンでの勝利は目と鼻の先だ。
「ジロー、連携攻撃!」
柴犬とアレフの連携攻撃により、銀色の狼が葬られる。
「続いてタロー、連携攻撃!」
次に出現した青色の肌をした大男も、タローとアレフ連携攻撃を受け、一撃で沈んだ。
エドヴァルト側の最後のリーダーとして登場したのは小さな雪だるまだった。
「特殊登場時能力発動。
まだサポートしていない、その毛むくじゃらにはご退場願おう」
雪だるまは細い両腕で自らの頭部を持ち上げ、こちらへと投げつける。
その標的はポチ。自身と同じくらいの雪玉の直撃を喰らったポチは、カードへと姿を変え、私の手札へと舞い戻った。
「くっくっくっ……惜しかったな」
「……ターンエンドよ」
六ターン目後攻。
このターン中にリーダーを二体倒されれば、私の敗北となる。
しかし、それはまずないだろう。
エドヴァルトのサポーターは三体ともバラバラ。
つまり、サポーターを召喚し直さない限り、このターン中に二回以上の連携攻撃はない。
更に、手札に戻ったポチを守護召喚すれば一撃は凌げる。
「俺様のターンだ。ドロー&マナチャージ。
氷獄に封印されし古の龍よ!
その絶対なる力を示せ!
顕現せよ! 蒼龍王コンゲラート!」
エドヴァルトの手札から、迷宮で私たちを苦しめた水色のドラゴンがリーダーエリアに召喚される。
レベル4/AP6000/HP10000。
レベルの割にAPが低いわね。
これならこのターンに負ける事は無いだろう。
騎士アレフはやられるだろうが、ダメージは七点で抑えられるはずだ。
「横取りした魔符を見せびらかすなんて、良い趣味してるわね」
「そう褒めるなよ。
コンゲラートでリーダーに攻撃だ!
攻撃時にRCを支払って自動能力を発動!」
エドヴァルトの宣言と同時に、ダメージエリアの魔符が一枚裏返り、山札から銀色の狼が姿を現す。
そして水色のドラゴンはアレフではなく、現れたばかりの狼へと飛び掛かり、その身を掴むと自らの口の中へと放り込んだ。
「え? 味方を……食べたの!?」
「くっくっくっ……まだ終わりじゃないぜぇ」
「嘘……AP10500!?
マナコストを①支払い、名犬ポチを守護召喚!」
守護召喚されたポチが自らを盾として、ブレスによる攻撃からアレフを守り抜く。
しかし、もう後がない。
「くっくっくっ……。
俺様の攻撃はあと二回。
俺様が勝つか、てめぇが生き残るか。
楽しい運試しの時間だぁっ!」