第四話 「疑惑」
「お疲れさん。ここからは俺の仕事だな。
兄ちゃん、町まで送ってやるから手伝いな」
「は、はい」
何処から用意したのか、ラルフは気絶している小太りの男をロープで縛りあげる。
散らばった彼のデッキはマリアが回収した。
「よし、兄ちゃん、ついて来な。
見張りは任せたぜ、マリア」
ラルフと俺は洞穴の中へと入る。
盗賊の仲間が残っていないか、心配したが杞憂だった。
「こいつで我慢するか。
兄ちゃん丸腰だろ?
何でもいいから取っときな」
盗賊のお宝の中から、ラルフはロングソードのような剣、俺は扱いやすそうな鞘付きのナイフを拝借した。
正直、この世界の野生動物と戦うなんて出来そうもないが、自衛の為の武器は、あるに越したことはない。
その後、二人で盗品の回収をする事になった。
「取り返すのは貴金属だけ、持てるだけでいい。
無理はするなよ」
洞穴の中にあった麻袋にお宝を詰め込む。
なんだか自分が盗賊になったような変な気分だ。
回収作業は直ぐに終わり、森の外を目指して来た道を戻る事になった。
森の入り口に馬車が待機しており、それで町まで戻るそうだ。
ラルフが縛られた小太りの男を背負い、俺とマリアが手分けしてお宝を運ぶ。
「そこで気絶している人達は、放っておいても良いんですか?」
「いいんだよ。
あいつらだって好きで盗賊になった訳じゃねえからな」
「今回の仕事は盗賊に協力している符術士の捕縛よ。
おまけには価値がないわ」
「それに、あいつらがこの辺りの野生動物を、ある程度狩ってくれるから、町まで被害が及びにくくなる」
「はあ、そう言うものですか」
ここの野生動物には、俺も襲われて死ぬかと思ったからな。
あんなのが町に現れたらパニックが起こりそうだ。
人を襲う盗賊が自らの生活圏を守ろうとして、結果的に他の人を助けている。
だからと言って野放しにするのはどうかと思うが、俺が訴えた所で何も出来ない。
「カッコつけてるけど、雑魚は賞金が出ないから放置してるだけよ」
「おい、それを言うなよ」
「そう言えば、マリアが盗賊の攻撃を受けても無傷だったけど、それも魔法なのか?」
「英霊と契約した符術士は、その守護を得る代償として、その魂をこの世界に召喚する為に魔力を捧げる。
この位は常識よ」
「えっと……」
まるで厨二病患者の台詞だ。
何を言っているのか全く分からない。
「符術士ってのはそう言うもんなんだよ。
普通の攻撃は全然通じねえから、符術士同士でないと倒せないのさ」
理屈は分からないが、符術士と言うのはこの世界の人からしてもチートらしい。
「よく分からないけど、凄いんだな」
「どーでもいいけど、あなた。
何でラルフには敬語で、私にはタメ口なのよ」
「え? だって歳上に敬語を使うのは普通だし、歳下の女の子に敬語だとヘンだろ?」
無意識で使い分けていたのだが、符術士には敬語を使う決まりでもあるのだろうか?
異世界だし、日本の常識は通用しないのかも知れない。
だが、答えは俺の予想を上回るものだった。
「私は十八歳よ」
隣の女子中学生風の少女が、そう呟いたのだ。
「えっと……一年って二百日くらいだっけ?」
「三百六十五日」
「じゃあ、一日は何時間だっけ?」
「二十四時間……ってあなた、何が言いたいのよ!?」
どうやら、ここは異世界だけど時間の流れは地球と同じっぽい。
という事は、本当に十八歳のようだ。
「俺と同い年だったのかよっ!
……これが合法ロリか」
「何よ、合法ロリって?
何だか意味が分かんないけど、バカにされてる気がするわ」
「ワハハハハ。
マリアは色気がないから、勘違いされても仕方ねえ」
「ちょっと、ラルフまで失礼じゃない?」
「ところで、日本って国を知っていますか?
ジャパンって言った方が通じるかな?」
「どっちも聞いたことないわ」
「俺も南カトリアから出た事がないから、外国はさっぱりだな」
俺の世界と時間の流れが同じ。
ひょっとしたら、ここも地球なのかと思って尋ねてみたが、どうやら違うようだ。
話の流れから、ここが南カトリアと言う地名である事が分かった。
こちらは俺が聞いたこともない名前だ。
頭に南と付いているから北カトリアもあるのだろうか?
◆◆◆◆
稀に襲ってくる野生動物を撃退しつつ、一時間程で森を抜けた。
俺の鞄が落ちてきた場所は、入り口からかなり近い場所だったようだ。
少し先の樹に、手綱をロープで繋がれた馬が見える。
少し大きめの栗毛の馬。
後ろには農作業で使うような、台車が繋がれている。
「あれが俺達の馬車だ。借り物だけどな」
「私達はアグウェルの町へ帰るけど、あなたもそこでいいのよね?」
「ああ……」
地名を聞いても全く分からない。
正直、平和に暮らせる場所なら、どこでも良い。
未だに気絶したままの小太りの男と、お宝の入った麻袋を台車に積む。
続いて、俺とマリアが台車の残った狭いスペースに、向かい合わせに座る。
「落ちないように、しっかり掴まっとけよ」
「一応、言っておくけど、ドサクサに紛れて抱きついたりしたら、突き落とすから」
「しねーよ!」
ラルフが馬に乗り、アグウェルの町へ向けて出発した。
森の中に比べると整備されていて平坦な道だが、かなり揺れる。
元々、人を乗せる為のものではないからだろう。
振動で尻が痛くなる。
「これ、見てもいいですか?」
「好きにしな。
でも、ネコババしたら、そこの豚と一緒に牢屋送りだぜ」
「いやいや、そんな事しませんよ」
積み荷の中にずっと気になっていた物がある。
野生動物に襲われる危険のある、森の中では確認出来なかったが、馬車の上なら大丈夫だろう。
断りを入れてから、マリアの隣に置いてある、それに手を伸ばした。
「え? ちょっと、それ……」
それは小太りの男が使っていたデッキだ。
まずはカードの裏面を確認する。
そこには見慣れたロゴがデザインされていた。
「Vertrag……フェアトラーク」
予想通り、俺の知っているカードゲームのカードだ。
続いて、表面を確認しようとカードを反転させようとした所で、マリアにカードを奪われる。
「あなた、何考えてるのよ!」
「え?」
もの凄い剣幕で怒鳴られた。
俺の知ってるカードと同じ物なのか、確認したかっただけなのに、何故こんなに怒っているのか理解に苦しむ。
「何ともない?
身体に痛みとか、気怠さを感じたりとか……」
「全然」
後ろの騒動を聞きつけて馬車が止まる。
「騒がしいな。何があった?」
「このバカが魔符を触ったのよ」
「何だって!?」
「あの……俺、何か悪い事した?」
「適性のない者が魔符に触れると、呪われるのよ。
最悪……命を落とすわ」
「は!?」
カードに触れると呪われて死ぬ?
意味が分からない。
「……知らなかった」
「知らなかったって……常識じゃない!」
「常識なのか!?」
「兄ちゃんは召喚戦闘の知識があったみてえだし、触っても無事って事は符術士の適性があるのかもな。
しかし、何でまた、そんな物に興味を持ったんだ?」
「それは……」
鞄からデッキホルダーを取り出す。
中には今朝買ったカードと、愛用のデッキが入っている。
「これと同じ物なのか、気になってさ」
ホルダーから適当に一枚のカードを取り出した。
するといきなり、マリアが大きな目を丸くしつつ、俺の上に伸し掛かってきた。
両手を床板に押し付けられ、身動きが取れなくなる。
小柄で細身な少女の力とは思えない。
これも符術士の能力なのか?
「どうして、あなたがそれを持っているの?」
俺の上に跨がり、両手を押さえつけたまま、マリアが問い掛けてくる。
「もっと早く気付くべきだったわ。
思えば、あなたは符術士でもないのに召喚戦闘に詳しかった。
あなたは……何者なの?」
「俺は……」
返す答えが見つからない。
俺はこの世界の常識を知らなすぎる。
適当にはぐらかしても、泥沼にはまるだけだろう。
ここは腹を括るか。
「俺は……異世界から来た」
「異世界ですって?
もうちょっと、マシな言い訳は出来ないのかしら?」
俺の上に跨がったまま、マリアが訝しげな表情で言い放った。
こうして間近で見ると、かなりの美少女だ。
俺は今、合法ロリの美少女に押し倒されて、ジト目で睨まれている。
上級者なら思わず『ありがとうございます』と言ってしまう状況だろう。
「信じてくれ。
俺は日本と言う国に住んでいて、カードは普通にお店で買ったんだ」
「魔符は古代迷宮で発見される魔法道具よ。
店で買えるような代物じゃないわ」
「俺の世界じゃ普通に売られてるんだよ。
触っても呪われたりしないし、カードのユニットが実際に現れたりもしない」
「信じられない」
俺の世界では玩具だが、この世界では古代迷宮から見つかる魔法道具なのだろう。
カード自体の存在意義が違い過ぎて話が進まない。
それでも説明を続ける。
「カードを集めて、五十枚でデッキを作って対戦する遊びが流行っててさ。
下は十歳くらいの子供から、上は四十代のおっさんまで、全世界で数千万人のプレイヤーが居るんだ」
「あなたの世界には符術士が数千万人も居るの!?
数千万って言ったら、カトリアの人口の十倍以上よ」
「符術士なんて今日初めて聞いたよ。
カードは遊びに使う玩具だろ」
話は平行線のまま進まない。
いきなり異世界とか言われても信じられる訳がないか。
俺だって不思議で仕方がないのだから。
「その辺にしとけ。
突拍子のない話だが、俺には兄ちゃんが嘘をついてるようには思えねえ」
「でも、魔符を持ってるのよ!
もし南北戦争の関係者だったら」
「落ち着け。
戦争に関わってたら、もっと年を食ってるはずだろ」
「言われてみれば、その通りね……それに、このまま会話を続けても平行線か」
ラルフのフォローのおかげか、マリアは押さえ付けていた俺の両手を解放する。
ただし、身体は俺の上に跨がったままだ。
まだ完全に信じてくれた訳じゃない。
両手は自由になったが、抵抗はしない方が良いだろう。
「ところで、それ……私の犬に似てるわね」
マリアが俺の左側を指差して言った。
彼女が指差した先には、俺の通学鞄があった。