第四十八話 「蒼龍王」
巨大ロボを倒した俺たちは、迷宮内の雑魚野生動物の討伐を再開した。
同時に迷宮内で発見される魔法道具の探索も欠かさない。
クレーターを迂回しつつ、一旦入り口まで引き返し、迷宮を螺旋状に周りながら隈なく調べる。
しかし、目当ての品は見つからないまま、時間だけが経過した。
時折現れる野生動物も弱く、単調な作業が続く。
やがて迷宮内のほぼ全域を踏破し、中心部へと辿り着いた。
「残りはあの建物だけね」
迷宮の中心に建造されたドーム型の建物。
風化により、外装こそ見窄らしくなってはいるが、その大きさはかつて重要な施設であった事を想像させる。
「あったよ! 入り口が」
柴犬を先頭にして、俺たちはドームの中へと進入した。
薄暗い通路を歩き続けること数分、大きな広場へと辿り着く。
広場は通路とは異なり明るく照らされていた。
どうやら、ここだけ天井がないようだ。
そして天からの明かりに照らされて、広場の中央に魔法道具が山積みにされている。
その中にデッキホルダーらしき箱があるのを、俺は見逃さなかった。
「おい、マリア! あれ見ろよ!
カードだ! ついに見つけたぞ!」
宝の山に向かって駆け出そうとした所、マリアに首根っこを掴まれる。
「バカなの? あんなの、どう見ても罠じゃない」
「あからさまに怪しいよねぇ……」
「分かったよ。警戒すればいいんだろ。
呪文詠唱 稲妻!」
目標自動補足かつ、最大威力で手持ちの魔法カードを発動させた。
天井から多数の雷の矢が飛来し、広場中に飛び散る。
地上へと到達した雷は、その場に隠れていた野生動物を一掃し、広場中に霧が立ち込めた。
「ますたー、すごーい!」
「これで安心だな。
さ、お宝を取りに行こうぜ!」
「呆れた……やり方が無茶苦茶なのよ」
「待った。様子がおかしい」
「霧が消えないわね……」
迷宮内の野生動物は倒されると霧となって消滅する。
霧になってから一分もすれば影も形も残らない。
……筈だったのだが、広場は霧で満たされたまま。
そして、その霧はゆっくりと広場の中心部へと集まるように移動している。
その先にあるのは宝の山……不味い!
カードは湿気に弱い。
このままではレアカードが反ってしまう!
「呪文詠唱 突風!」
風が霧を吹き飛ばし、視界がクリアになる。
だが、直ぐに効果がなかった事に気付いた。
風の影響を受け難い地面スレスレの位置を移動し、それは再び目標へと向かって集束する。
まるで意識を持った生き物のように思えた。
霧はデッキホルダーをその身に包み込み、東洋の伝承に出てくる龍のような姿へと変貌する。
「蒼龍王コンゲラート……か」
ブースターパック第一弾にSRカードとして収録されたユニット。
スターターデッキに収録された《紅竜王フィアンマ》と対をなす存在としてデザインされた。
紅竜王と同じくRCを使用する事により、単独でAP10000以上で攻撃出来る能力を持っている。
迷宮のボスキャラとしても、相応しいユニットと言えよう。
「あれも魔符の英霊なの?」
「あぁ……青属性のレベル4ユニットだ」
「そう。さっきのゴーレムよりは弱そうね。
あれを倒せば終りでしょ。やるわよ!」
お宝はコンゲラートの体内に取り込まれてしまった。
手に入れるには、あれを倒すしかないだろう。
「呪文詠唱 波動砲!」
俺の右手から放たれた光線が、龍を正面から捉える!
直撃を受けた龍は半身を大きく仰け反らした。
マリアの言うとおり、ロボに比べれば弱い。
「ゴーレムを倒したアレをやりましょう。
一気にトドメをさすわよ」
「無理だ……手札にない」
「だったら、さっさと引きなさいよ!」
俺の手札は《針千本》が一枚に、《地割れ》が二枚。
《針千本》はトドメをさすには威力に不安があり、《地割れ》は空を飛んでいる相手には効果がない。
……どうしたものか。
「来るよ!」
「ミスティばりあーっ!」
体制を整えた龍が、こちらへ向かってブレスを吐きかける。
ミスティの作り出した障壁により、直撃は避ける事が出来たが、極寒のブレスは周囲の気温を下げ、間接的に俺たちの体力を奪う。
「寒い……こんな事ならパンツを履いてくれば良かったわ」
「え? マリア、今ノーパンなの!?」
「この変態っ! そっちのパンツじゃない!」
「穿いてないマリアちゃん……うん。
なんだかイメージが沸いてきた」
「二人共、後で蹴るわよ」
ブレス攻撃を耐えきった時、俺の手に新たな手札が加わる。
「アレは引けたのかしら?」
「いや……だが悪くないカードだ。
呪文詠唱 手札交換」
残り三枚の手札が別のカードへと生まれ変わる。
だが、その中に《火の玉》はなかった。
「クソッ! ミスティ!
あいつを飛べないように出来るか?」
「うん、やってみるね」
「呪文詠唱 稲妻!」
ミスティの重力操作と俺の雷が同時に襲いかかった。
これで地面に落とす事さえ出切れば、リックや柴犬も攻撃に加わる事が出来る。
しかし、龍は雷の直撃を物ともせず、更なる高みへとその身を踊らせた。
「不味いわね。
一旦建物の外まで逃げて、体制を整えましょう」
「それが良さそうだ」
止むなく、出口へと身を翻したその時である。
背後で重厚感のある衝撃音が鳴り、続いて悲鳴のような鳴き声が響き渡った。
━━俺はこの衝撃音を知っている。
アニメやドラマで幾度となく聞いたそれは、この世界にある筈のない音……銃声だった。
思わず振り向くと、見知った人物が視界へと映り込む。
仮面で顔を隠した男と、全身を水色のファッションに包んだ少女の二人組。
エボルタとフローラ。
「ちっ……普通の弾は効かねぇか。
フローラ、時間を稼げ」
「畏まりましたわ」
銃弾を浴びた龍がターゲットをエボルタ達に切り替えた。
極寒のブレスが二人に襲いかかる。
「ヌルい風ですわね」
左から右へと扇を一振り。
たったそれだけの動きでブレスは無効化された。
「私が氷の扱い方をお教え致しますわ」
続いて、扇を閉じた状態で下から上に向かって一振り。
瞬く間に龍は氷の像へと姿を変え、万有引力の法則により、地面へと叩きつけられる。
「良くやった。こいつでトドメだ」
マガジンの交換を終えたエボルタが引き金を引き絞る。
広場に二発目の銃声が響き渡った。
龍はその身を霧へと変えて消滅し、その身に宿されていたカードが辺りに散らばる。
「何だい……あれ?」
「うぅ……いじめっ子」
「いじめっ子?」
いじめっ子とはフローラの事だろう。
ハズレアとは思えないフローラの実力、この世界に存在しない筈の弾倉式拳銃……。
彼らの事を話す事は出来るが、不安要素が多過ぎる。
俺が一人で悩んでいると、マリアがエボルタの元へと詰め寄っていた。
慌てて俺も駆け寄る。
「ちょっと待ちなさいよ」
「あん? 何だ、てめぇは?」
「その魔符は私たちの物よ。
後から来て横取りするつもり?」
「くっくっくっ……まぁ一理あるか。
てめぇらが雑魚を片付けてなければ、弾が切れてたしな。
だが、親玉を殺ったのは俺様だ。
この二枚は戴くぜ」
そう言ってエボルタは落ちているカードから二枚を懐に忍ばせる。
一瞬しか見えなかったが、あのイラストはおそらく《最強魔導ロボ ダイヒョーガ》と《蒼龍王コンゲラート》だろう。
俺たちを苦しめた強敵のカードを狙い取りするエボルタに対し、マリアが渋い顔をする。
「どちらも青属性のカードだから、マリアには使えない。
ここは妥協するべきだ」
「……分かったわ」
「良い判断だ。邪魔したな。
行くぞ、フローラ。次は王都方面だ」
「はい。マスター」
二人の姿が見えなくなるまで、無言で見送った。
思えば、この迷宮の情報をくれたのはエボルタだ。
最初からこれが狙いだったのかも知れない。
何にせよ、あいつと殺し合いにならなかった事は喜ぶべきだろう。
「さぁ、気を取り直して魔符を拾うわよ」
マリアと二人でカードの回収を始める。
最後に予想外の人物に会ったが、結果的に目標は達成出来たと言えよう。
後はこの中に使える強いカードがある事を祈るのみだ。
だが、一枚目を手にした時、違和感に気付いた。
「何よこれ……ペラペラじゃない」
そう、ここのカードは厚みが足りないのだ。
普通のカードの半分未満、文庫本のカバー程度の厚みしかない。
「アジア版……か」
「アジア版?」
「言語が違うから、今のデッキには入れられない」
フェアトラークは多くの言語に翻訳され、世界中で遊ばれているTCGだ。
輸送費などの関係で生産は各国の印刷所で行われている。
その為、言語によってカードの質が著しく異なるのだ。
基本的に品質は印刷する国の経済事情に左右される。
この為、違う言語のカードはルール上混ぜられない。
「使えないなら軍に売ればいいんじゃない?
それにしても、あの娘かわいかったなぁ」
「フローラか?
確かにお前好みの幼女だけど、手を出したら死んでたぞ」
「あの二人組は一体何だったのかしら。
男の方は符術士みたいだけど」
「居なくなったから話すけど、この前の賞金首だ。
呪いの乾電池エボルタってやつ」
「だから、そんな賞金首なんて聞いたこともないって言ったでしょ」
「それってさ。
呪われし雪風エドヴァルト・ヴォルフ?」
「それだ!」
「呪われし雪風……エドヴァルト・ヴォルフ。
急用を思い出したわ。
先に馬車に戻ってて!」
エボルタの本名を聞いた途端、マリアが出口へと走り出す。
何故だか嫌な予感がして後を追う。
「おい、待てよ!」
「ごめんなさいっ!
白の契約者マリア・ヴィーゼの名のもとに。魔力解放!
炎よ! 舞え! 火柱魔術!」
俺とマリアの間に巨大な炎の壁が出現し、進行を阻害する。
符術士の耐性があれば強行突破出来ると分かっていても、思わず足が竦む。
鎮火した時には、彼女の姿は完全に視界から消えていた。
「参ったな……ミスティ、マリアの魔力を探れるか?」
「んとね……あっち!」
「マリアはエボルタの名前に反応してた。
嫌な予感がする。追うぞ!」