第四十六話 「エレイア古代迷宮」
アグウェルを出発してから数時間。
途中で何度か休憩を挟みつつ、俺たちを乗せた馬車は目的地へと到着する。
途中で襲撃されることも無く、休憩中にセクハラをしようとしたリックがマリアに蹴られた事を除けば、平和な旅路だった。
「到着。ここから先は歩きかな」
「ここが迷宮? 何もないじゃない」
俺たちが降り立った場所は、草ひとつない平原だった。
マリアの指摘通り、とても迷宮と呼べる雰囲気ではない。
「迷宮はまだ少し先。
そこに魔除け……四角いオブジェがあるでしょ。
ここなら安全だから、本戦前にお昼ご飯にしようか」
リックの指した先には銀色のオブジェが置かれていた。
直方体をしていて、赤いインクで梵字に似たマークが描かれている。
なんとなく墓石に似ていると思った。
「あのマーク、リックの鎧に似てるわね」
「流石、マリアちゃん!
あの魔除けは軍が開発した物だよ」
「これで迷宮を囲えば、中の野生動物を封じられるって事か」
「そそ。理屈は分からないけど、ここの野生動物にも効果があるみたい」
「ねぇ、ますたー。お腹すいた。
お弁当食べよ?」
「おっと、そうだったな。お昼ご飯にするか」
俺とマリアとミスティの三人は食事の為、馬車へと戻る。
リックは馬に餌をやる為、馬車から牧草の入ったバケツを持って出て行った。
馬車の中で適当に座り、アリスから受け取った弁当箱を開封する。
中身はサンドウィッチだ。
俺の好物である、ウリブーの肉を使用したカツサンドもある。
「いただきまーす」
弁当箱からカツサンドをつかみ取り口へと運ぶ。
肉汁の甘みとソースの甘みが口の中で溶け合う……。
ん? 何だこのソース……妙に甘いぞ。
まるでカスタードとカラメルが混じったような……。
「って、これプリンじゃねーか!
カツとプリンを一緒に挟むとかありえねー!」
「それ……私が作ったんだけど?」
「え?」
「あなた、ウリブーのカツとプリン好きでしょ?
だからギルドの食堂で無理言って売ってもらったのよ」
「好きだけど、一緒にするなよ!
どちらも別々に食べるから美味しいんだよ!
試しに一口食ってみろよ」
「そ、それって間接キ……食べ残しを差し出すなんて失礼ね!
責任持って全部食べなさいよ!」
「ふぉっ!? いふぃふぁひふぁひふふんは!」
プリンカツサンドの不味さをマリアにも味合わせようと差し出したところ、それを口の中に押しこまれた。
吐き出したかったが、口を抑えられたままなので飲み込むしかない。
「はい、お茶!」
「んぐっ……ゲホッゲホッ。
こ、殺す気か!?」
マリアから受け取った紅茶で、口の中の魔物を一気に胃へと流し込んだ。
「あなたが悪いのよ。
私が心を込めて作ったお弁当を何だと思ってるの?」
「いや、流石にサンドウィッチすらマトモに作れないのは……痛っ!」
ゲテモノを食わされた挙句に、愚痴っていたら蹴られた。
……理不尽だ。
「どうでもいいけど、そんな短いスカートで座ったまま蹴ったら、パンツが見えるぞ」
「み、見たいの?」
「は?」
「な、なんでもないわ。
私が作ったのはウリブーサンドだけよ。
そんなに嫌なら他のを食べればいいでしょ」
「カツサンド全滅!?」
なんてこった……。
ここにある全てのカツサンドが、プリンとミックスされているなんて……。
「ただいま。ユーヤくんが項垂れてるけど、どうしたの?」
「あぁ、そこのウリブーサンド……マリアの手作りなんだけどさ」
「おお! マリアちゃんの手料理!」
俺が現実の無情さに絶望していると、リックが戻ってきた。
彼はマリアの手作りと言う単語に反応して、プリンカツサンドを手に取る。
「お、おい。それはやめた方が……」
「ユーヤの為に作ったものだけど、別にいいわよ。
お口に合わなかったようだし」
「いただきます!
……フム、独特の味がするねぇ」
あれ? 普通に食べてる。
俺の味覚がおかしいのか?
「ますたー、これプリンの味がする。おいしい!」
「そ、そうか? 全部食べていいぞ」
「ぜんぶ? やったー!」
プリンカツサンドをミスティに押し付……譲り、他のサンドウィッチで腹を満たした。
普通の食べ物って良いなぁ。
◆◆◆◆
楽しいお弁当タイムを終えた俺たちは、エレイア古代迷宮へ向かって歩き出す。
最初は何もない平原が続いたが、十分程歩き続けると石造りの建物が見えてきた。
同じような建物が等間隔に並ぶ一帯は小さな町のように見える。
「着いたよ。ここから先がエレイア古代迷宮だ」
「迷宮って言うから、洞窟みたいなのかと思ってた」
「同じ形の建物が格子状に並ぶ廃墟。
似たような景色が続くから、歩いている間に何処に居るのか分からなくなる。
まさに迷宮だよ」
なるほど。
何も屋内だけが迷宮って訳じゃないのか。
クソゲーと名高いRPGで、似たようなダンジョンが有った気がする。
「で、私たちの目標は?」
「とりあえず中に居る野生動物の全滅かな。
魔除けのレンタル料も馬鹿にならないからね」
「分かったわ。召喚!」
マリアが相棒である柴犬、狂犬ジローを召喚する。
俺もウィザクリのデッキをスタンバイさせた。
「じゃあ、俺たちが戦うからリックは案内を頼む。
ミスティはリックが怪我をしないように守ってくれ」
「うん!」
「ご心配ありがとう。
でも、僕も戦うよ。秘密兵器があるからね」
「秘密兵器?」
「うん。今回の任務はそれのテストも兼ねてるんだ。
でも、無理はしないよ。
作戦は【命を大事に】だ」
「おっけー」
「分かったわ」
「ストップ!
どうやら、ターゲットが現れたようだ」
建物の影から一匹の狼が姿を現し、俺たちの前に立ち塞がる。
「銀色の狼……珍しい毛の色ね」
「仕掛けるよ」
リックが懐からナイフを取り出し、狼に向けて投擲する。
狼の素早い動きを予測して投げられたそれは、目標の眉間へと命中した。
しかし、命中すると同時にナイフは粉々に砕け散る。
事前の情報通り、ここの野生動物は符術士と同じ絶対防御を持っているようだ。
「効かないか……来るよ!」
狼がこちらへと向かって駆け出した。
その目標はナイフを投げ付けたリック。
速い! このままでは不味い!
狼の牙がリックを捉える寸前、彼は腰から剣を引き抜き、身体を横に僅かにずらした。
彼は引き抜いた剣を狼の進行方向を遮るように構える。
突進の勢いが、その身を切り裂く凶器へと変わった。
それはまるでバターを切るかのように身体を真っ二つに引き裂かれ、狼は霧となって消滅する。
その間、僅か数秒。
全く無駄のない動きであった。
俺はリックに対する印象を改める。
ただのロリコンの変態かと思っていたが……彼は強い。
「ふぅ。どうやら秘密兵器は通用するみたいだね」
「死体が残らないなんて、変わってるわね。
その剣に秘密があるのかしら?」
「まさか? 普通の剣だよ。
ちょっとだけ、特殊な魔術が施されているけどね。
そんな事より、仲間が来るよ!」
「白の契約者マリア・ヴィーゼの名のもとに。
大地よ! 貫け! 地刺魔術!
続いて、ジロー! 行きなさい!」
「ワン!」
二匹目の狼がこちらに気付くよりも早く、地面より突き出した巨大な突起が自由を奪い、柴犬がそれに食らいつく。
やがて一匹目と同じく、霧となって消滅した。
「なるほど。魔術で直接倒す事は難しいから、動きを封じて相棒に止めを刺させる。
マリアちゃんもやるねぇ」
「当然でしょ。私を誰だと思っているの?」
未知の野生動物と聞いて少し緊張していたが、予想外にあっさりとした戦闘だった。
「二人共すげぇ。俺も負けてられないな」
「ユーヤくんにも期待してるよ」
「待って。誰か居るわ」
マリアにそう言われ、辺りを見回すと、進行方向の先に二つの人影が見えた。
向かって左側は戦士風、右側は魔術士風の服装をしている。
俺たちの他にも冒険者が居たのか。
考えてみれば、ビラで募集をかけているのだから不思議ではないな。
挨拶をしようと歩を進めた、その時であった。
「ますたー! あぶない! ばりあーっ!」
魔術士風の冒険者が杖を掲げ、そこから直径数メートルの巨大な氷塊が俺たちへと向けて放たれる。
ミスティが咄嗟に張ってくれたバリアのお陰で事なきを得たが、当たっていれば大怪我をしたであろう。
「何よ、あれ? 人間じゃ……ない?」
近付くにつれ、だんだんと相手の姿が明らかになる。
それは二足歩行をする大きな爬虫類、リザードマンであった。
戦士は頭に日の丸の鉢巻を、魔術士は『必勝』と書かれたタスキを掛けているのが特徴的だ。
……ん?
百歩譲って、日の丸は偶然デザインが被っただけと仮定しよう。
しかし、『必勝』と漢字で書かれたタスキ、それはこの世界にはあり得ないものだ。
そして、西洋風なのに中途半端に和風な要素を取り入れた、奇抜な格好のリザードマンには心当たりがある。
「リザードファイターあつし!
そして、リザードマジシャンまさる!」
「あなた、あのバケモノを知ってるの!?」
「あぁ、どちらもフェアトラーク……カードのユニットだ」
未知の野生動物とはカードのユニットが実体化したものだったのか。
何故、符術士も居ないのに実体化しているのかは分からないが、この迷宮で新しいカードが手に入るのは確実になったと言えよう。
「僕は戦士を殺る!」
「ジロー! リックをサポートしなさい!」
あつしの振り下ろした棍棒を、リックが剣で受け止める。
そして敵が一瞬怯んだ隙を逃さず、柴犬が足に喰らいつく。
ここは二人に任せて大丈夫だろう。
なら、俺の相手は魔術士だ。
まさるは劣勢の仲間には目もくれず、こちらに向かって詠唱を始めた。
「呪文詠唱 稲妻!」
まさるの魔術が発動する前に、高圧電流がその体を支配した。
俺の使う魔法カードは手札にないと発動出来ない。
その代わり、長い詠唱が必要な一般的な魔術よりも速度の面で圧倒的に勝るのが特徴だ。
「ミスティ!」
「うん!」
稲妻で詠唱を中断させたところを、ミスティの重力操作で動きを封じさせる。
あとはジワジワとダメージを与えればいい。
卑怯かも知れないが、これが冒険者として身につけた俺流の戦い方だ。
「呪文詠唱 針千本!」
無数の針がマシンガンの如く、まさるの身体に突き刺さる。
最後の抵抗だろうか?
彼は苦痛に顔を歪めながら杖を地面に叩きつける。
そして、そのまま霧となって空へと消えた。
ほぼ同時にリックとマリアも戦士の討伐を終える。
「意外と弱かったな。これなら楽勝だ」
「そうね。さっさと終わらせましょう」
俺たちは今回の依頼の成功を確信し、迷宮の奥へと進んで行く。
数分ほど歩いたところで足元が大きな影に包まれた。
曇ってきたのか
天気を気にして、なんとなく後ろを振り返った時、視界に己の常識を疑うようなものが入ってきた。
そして、それまでの甘い考えを、直ぐに改めることなる。
「嘘……だろ?
いや、確かにカードのユニットだけど……こんなのありかよ!?」
それは白と青を基調とした金属で作られた、全長二十メートル近い巨大な人形。
頭部には二本の立派な角があり、胸には六芒星が描かれている。
《最強魔導ロボ ダイヒョーガ》
俺たちの背後に、夕方のテレビアニメに出てくるような、スーパーロボットが立っていた。