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第四十四話 「計画中止」

「イズミさん。誠に申し訳ありませんでした」


 そう言ってアリスは俺の元へと駆け寄り、大きく頭を下げた。

 その意図を測りかねて、無言で見つめ返す。


「彼を助けるには説明してる時間がなかったんです」

「驚いたわよ。

 帰ってきたら、あなたとリックが意識を失ってるんだもの」

「あぁ、リックがカードに触って……リックは無事なのか?」

「はい。イズミさんのお陰で一命を取り留めました」

「そうか……良かった」

「良かったじゃないわよ!

 リックがカードに触ったってどういう事なの!?」

「プロキシの作成を手伝って貰う事になって……」

「それでリックが触ったの?

 魔符(カード)の管理には気を付けるようにって、いつも言ってるじゃない!」

「ごめんなさい」


 今回の事故に関する責任は俺にある。

 カードの呪いについて完全に失念していた。

 まさか触れただけで、こんな大事になるなんて思ってもいなかったのだ。


「マリアさん落ち着いて下さい。

 もう大丈夫ですから。

 そうですね……良い機会ですから、呪いについて私の知っている事をお話しましょう」


 その場に居るほぼ全員がアリスの声に集中する。

 例外はソファで眠っているリックだけだ。


「あのね、おやつ買ってもらったの」

「良かったな。でも、今は大事な話してるから後でな」

「うん」


 前言撤回。例外がもう一人居た。

 ミスティは俺の腕の中でお菓子の包みを持ったままニコニコしている。

 まぁ、大人しくしててくれるなら、それでいいか。


「あ、すみません。お願いします」

「はい。ではお話しますね。

 先ほどお客様を襲ったこの現象。

 一般的には呪いと呼ばれていますが、これは魔符(カード)から注ぎ込まれる魔力に、身体が拒否反応を起こす事が原因なんです。

 そして、行き場を失った魔力は暴走して、触れている者を襲うの。

 これを止めるには魔力を受け容れられる者……つまり符術士の元へと誘導するしかありません」

「それで俺にリックの手を握れと?」

「はい。説明するのが事後になって申し訳ありません。

 まさかイズミさんが意識を失う程の魔力だなんて……」

「待ってくれ。意識を失うどころか、俺の身体は呪いでほとんど消滅したんじゃないのか?」

「仰っている意味が分かりませんが……」

「ユーヤお兄ちゃんは、軍人のお兄ちゃんの手を握ってすぐに気絶しちゃったんだよ」

「……そうか」


 あれは夢だったのだろうか?

 それにしては妙にリアルな感覚だった。

 何だか色々と引っかかる。


「そう言えば、ニコがリックにカードを渡したような気がするんだが……あれも夢だったのかな?」

「え? あっ!

 ボク、魔符(カード)に触ったかも知れない……どうしよう?」

「ニコ、手を出せ! アリスさんお願いします!」

「だ、ダメだよっ!

 お兄ちゃん以外の男の人に手を握られるなんて……恥ずかしい」


 ニコは両手を後ろに隠して俺から視線を逸らす。

 そう言う年頃なのは理解できるが、リックが大変な事になったばかりだと言うのに、何言ってるんだよ……。


「はい。これで良いでしょ」

「あっ」


 マリアがニコの手を握り、アリスが解呪を始めた。

 なるほど。符術士なら俺じゃなくても良いのか。

 リックの時と異なり、ニコの解呪はあっさりと終了する。

 それはまるで、ごっこ遊びをしているかのように見えた。


「アリスさんにこんな特技があったなんて、ボクびっくりしちゃったよ」

「昔のお仕事でたまたま覚えただけですよ」

「昔のお仕事って?」

「うふふ、それは秘密です」


 呪いの解き方を覚えるような仕事って何だ?

 真っ先に思い浮かぶのは協会のシスターだが、この国にそれっぽい施設はない。

 気にはなるが、さっぱり分からん。


「なぁ、リックは大変だったのに、何でニコは平気っぽいんだ?」

「えっと……何でだろう?

 触った事を忘れてたから……かな?」

「別に珍しい事じゃありませんよ。

 これは友人から聞いた話ですが、符術士と魔術士の差は実はほとんどないのです」


 何……だと?


「私も少しの間だけでしたら触れますよ」


 アリスはテーブルの上に置かれたカードを手に取り、直に元に戻した。

 彼女に対して呪いは発動しない。


「何よそれ? 符術士じゃないのに魔符(カード)に触っても平気って、どうなってるのよ!?」

「魔力……いえ、確かその友人はこう呼んでましたね。運命力と」

「運……命力?」

「符術士になる条件はふたつ。

 ひとつは魔符の英霊に認められる事。

 もうひとつは運命力の強さだそうです」


 ━━運命力。


 カードゲーマーなら誰もが一度は耳にするであろう単語。

 その力はブースターパックの購入時から対戦時の引きの強さに至るまで、カードゲーマーの人生のあらゆる場面に影響を及ぼすと言われている。

 身も蓋もない言い方をすれば、ただの時の運でしかない。

 しかしカードゲームに置いては運も実力の内……いや、運命力の強さこそが実力に繋がると言っても過言ではないだろう。


 この運命力と言う言葉。

 元々はモンスターを収集・育成するRPGの廃人が生み出したもので、後にTCG界まで波及した。

 意外な事に、平凡な二つの単語を繋げただけなのに、ゲーム関連以外で使われる事はあまりない。

 ある意味、専門用語とも言えるその単語を、異世界で耳にするとは思ってもいなかった。


 だが魔力と運命力が同じものだとすると、日本人である俺が魔力を持っているのも一応の説明はつく。

 そして運命力の強い者が符術士になれると言う点も、幾つか心当たりがある。

 バランスの悪いデッキを使っていた小太りの符術士も、運命力の強さだけでマリアと良い勝負をしていたからな。


 ん? 待てよ。

 運命力の強い奴がカードに認められれば符術士になれるって事は……。


「なぁ、このカードを手当り次第に触りまくれば、ニコも符術士になれるんじゃね?

 ニコはネコが好きだから、そのカードとかどうだ?」

「うん? そのネコさんはかわいいと思うけど……?」


 俺はテーブルの上に置きっぱなしになっているネコっぽいユニットが描かれたカードを指差す。

 俺の直感でしかないが、このカードならニコの相棒になってくれるだろう。

 ニコが符術士になれば、はネコを召喚出来るようになって嬉しいはずだ。

 そして俺も対戦相手が増えて嬉しい。

 なんて素晴らしい案なんだ。

 と、脳内で自画自賛していたらマリアに怒鳴られた。


「ダメよ! あなた、ついさっき起こった事を覚えてないの!?

 例えどんな理由であれ、魔符(カード)は符術士以外の人に軽々しく触らせるものじゃないわ!

 今回は運が良かったから、被害を最小限に抑えられたけど、次はあなたのせいで人が死ぬかも知れないのよ!」

「え……あー……ごめんなさい。

 ニコ、さっきの言葉は忘れてくれ」


 マリアは俺を叱りつけた後、テーブルの上に散乱しているカードをホルダーの中へと片付け始める。

 俺はニコが呪われる可能性を全く考えていなかった。

 対戦相手は増やしたいが、知人があんな目に遭うのはもう二度とゴメンだ。

 ここは素直に反省しよう。


「そうですね。

 イズミさんは魔符(カード)の扱いに関して、少し配慮が欠けている節がありますね」

「はい……すみません」

「私が居ない時に同じような事が起こったら大変ですし、この代用品の魔符(カード)を作る集まりは今後一切禁止とします」

「はい……って、え? それは困ります」

「イズミさん!

 これはあなた一人の問題じゃないんです」

「私も同意見よ。危険は未然に防ぐべきだわ」

「……分かりました」


 まさかプロキシ製作そのものが頓挫する事になるとは……。

 符術士であるマリアに協力を仰げば問題はなさそうだが、さすがにこの状況でそれを提案する度胸はない。

 残念だが、実際に呪いを目の当たりにした後では諦めるしかないか。


「今回の反省も兼ねて、イズミさんには体調が戻るまでの間、寮からの外出禁止を命じます」

「はい。でも、明日は古代迷宮に……」

「こんな状況で行ける訳ないでしょ。

 少し延期するから、ゆっくり休みなさい」

「そうか……あんなに楽しみにしてたのに悪いな」

「べ、別にあなたの為じゃないわよ。

 たまたま骨董品屋が休みで、遺跡に行く為の準備が遅れてるだけなんだから」


 マリアは骨董品屋に行ってたのか。

 確かにあそこなら、古代迷宮で役立つ物が有るかも知れないな。

 問題はあの店が週休五日という事だ。


「とは言え、イズミさんもこれだけ熱心に取り組んでいたのですから、簡単には諦めきれないでしょう」

「お?」

「なので、今日から私と一緒に文字の書き方をお勉強しましょう」

「え?」

「ミスティもお勉強するの!」

「イズミさんが文字を覚えれば、一人でも続きが出来るでしょ?」

「あのね、ミスティひらがな書けるよ」

「ひらがな?」

「あぁ……俺の故郷の文字です」

「まぁ! ミスティちゃんは賢いのね」

「えへへ」


 何だか変な流れになってきた。

 確かに俺が一人で翻訳作業を出来るようになれば、プロキシの製作は続けられるのだが……。

 申し出を受けるかどうか、じっくりと考えたい所だが、この話は直ぐに中断させられる。

 リックが目を覚ましたのだ。


「ん……幼女、ふくらみかけ、合法ロリ。

 ここは天国かい?

 いや……天国にBBAは居ないか」

「リック!」


 少し怠さが残る身体を起こして、リックの元へと歩み寄り、失われていた彼の右手を手に取る。

 ゴツゴツとしていて意外にも鍛えられているのが分かった。 

 良かった……リックの腕は完全に復活している。


「符術士くん?

 ……という事はここは地獄かな?」

「何で俺が居ると地獄になるんだよっ!

 そんな事より、俺のせいで大変な目に遭わせてゴメンな。

 身体は大丈夫なのか?」

「うん? なんだかよく分からないけどスッキリした気分。

 あと、気持ち悪いから手を放してくれる?」

「おっと、悪い」

「そう言えば絵を描いてる途中だったね。

 次はどんな幼女を描けばいいのかな?」

「それなんだけどさ……」


 俺はリックに計画の中止について伝える。

 残念だが、友の命を危険に晒してまでやる事じゃない。

 彼も少し寂しそうな顔をしつつも、納得はしてくれた。

 これを持ってプロキシ製作チームは解散となる。

 しかし、俺は諦めきれない。

 あと十種類も作ればデッキが完成するのだ。

 なら、一人になっても続けたい。


「アリスさん」

「何でしょう?」

「俺に字を教えて下さい!」

「はい。喜んで」


 俺が異世界に来て半年。

 今更ながら、国語のお勉強が始まった。

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