第四十二話 「リック死す!?」
自室から紙と色鉛筆を持ってきた。
紙は既にカードサイズにカットしてある。
これに必要項目を書き込めばプロキシの完成だ。
三人での共同作業が始まる。
「じゃあ、リック。
このカードのイラストを真似て描いてくれるか?」
俺は一枚のカードをリックに見せる。
イラスト以外が完成している二枚のプロキシの内、一枚の元となったカードだ。
「何これ? トカゲ?」
「失礼だな。ドラゴンだよ」
「昔話に出てくるやつかな?
悪いけどコレは僕には無理だよ」
いきなり難易度が高過ぎたか。
ドラゴンって描き慣れた人じゃないと難しそうだもんな。
なら、もう一枚の方にするか。
「悪かった。じゃあコレならどうだ?」
こちらに描かれているのは、可愛らしいネコ系のユニットだ。
デフォルメ調のイラストなので、リックの画風にも合うだろう。
「符術士くん。キミは何か勘違いをしていないか?」
「え? なんの事だ? てか、コレもダメなのか?」
「僕は幼女しか描かない……いや、描けないんだ!」
「そっちの理由かよ!」
女の子しか描けないイラストレーターは日本にも山ほど居るし、リックもその類なんだろう。
好きこそモノの上手なれと言うしな。
なら、リックが好きそうな女の子ユニットでも探して描いてもらうとするか。
「ねぇ、ボクは何をすればいいの?」
「ニコはコレと同じ物を、あとみっつずつ作ってくれ」
「うん、わかった。
それならすぐに出来るよ」
「同じ物を沢山作ってどうするんだい?」
「同じ名称のカードは四枚までデッキに入れられるんだ。
デッキは五十枚で一組だから、同じ物を四枚ずつ用意すれば、十三種で完成する。
これなら完成も近いだろ?」
細かい事を言えば、全てのカードが四枚入れれば良いというものではない。
デッキバランスの関係で二枚しか投入しないカードや、トドメの一撃に使えると強いが、普段は腐りやすいカードは基本的に一枚だけ投入にする。
しかし、今回の目的はプレイヤーを増やす事にあるので、とりあえず同じ属性で五十枚作れれば良いだろう。
「十三種作れば、僕でも召喚戦闘が出来るのかい?」
「あぁ。ユニットは召喚されないけど、全く同じルールで対戦出来るぞ。
その時は俺がルールを教えるよ」
「えっ!? 召喚出来ないの!?
ミスティちゃんみたいな、かわいい幼女に、
ますたー大好きちゅっちゅ。
わたしの初めてをあ・げ・る。
とか、してもらえるんじゃないの!?」
「お前の目的はそれかよっ!」
やけにあっさり協力してくれると思ったら、邪な考えがあったとは……。
つーか、ミスティは初めてをあ・げ・る、とか言わねーから!
大好きちゅっちゅは……たまにされるけどさ。
「謀ったな、符術士くん。
でも、約束は約束だし、協力はするよ」
「別に謀ったつもりはないんだけど……。
じゃあさ、お前の好きそうな女の子のカードを出すから、そのイラストを描いてくれるか?
ほら、これとか結構かわいいぞ」
「胸がデカすぎる!」
面倒くせぇ……。
お願いしてる立場だから、強くは言えないけど、注文が多くて面倒くせぇ。
「胸はツルペタにアレンジしていいから頼むよ」
「そういう事なら話は別だよ。
僕の手で、このBBAを美少女に生まれ変わらせてあげようじゃないか!」
そのユニット、設定上は女子高生なんだけど……リック基準だとBBAになるのか。
ロリ巨乳を見せたら、どういう反応をするんだろう?
「下描き出来たよー」
「はやっ!」
まだ一分も経過してないぞ。
普段から絵を描いていると、こんなに速く描けるものなのか。
しかも元の絵のイメージを崩さずに、女子高生から幼女へと若返らせている。
下描きとは言え、数十秒でこのクオリティのものを描き上げるとは。
間違いない。こいつは天才だ。
だが……。
「どうしたの?」
「あまりにも上手すぎてビックリした。
でも、なんでパンツ見えてるんだよ」
「僕の趣味だ!」
頭が痛くなる返事が返ってきた。
失念していたが、こいつはそういう奴だったな。
「悪いけど、これは大人から子供まで、誰でも遊べるカードゲームなんだ。
パンチラはNGでお願いしたい」
「そんなっ! キミには芸術が理解できないのかい?」
「パンチラのどこが芸術なんだよっ!」
パンチラしてるイラストばかりだと、子供や女の子に薦め辛い。
しかし、リックもゆずる気はなさそうだ。
何か良い案はないものか……。
下着じゃなくて水着だと言い張るか?
いや、流石に無理があるな。
せめてギリギリ見えない角度で描いて貰えると助かるのだが……。
そうだ! 下着が見えなければ良いんだ!
「リック。これは俺の故郷の話なんだが」
「何だい? 藪から棒に」
「俺の故郷の基準では、下着が見えるイラストは規制対象になる。
だが、これには抜け道があってだな。
下着や割れ目さえ見えなければ、いくら肌色が多くても規制されないんだ。
つまり、パンツを穿かせなければ、よりエロくした上で規制から逃れられる」
「なっ……なんだって!
そんな事を考え付くなんて、キミは変態か!」
「お前に変態呼ばわりされるのは不服だが、そういう事だから、穿いてない設定で頼むよ」
「分かったよ。
パンチラを超える芸術作品を、この手で描き上げて見せようじゃないか!」
……勝った。
これで俺たちのプロキシは、成人男性向けのちょっとえっちなカードゲームから、誰でも遊べる健全なカードゲームへと生まれ変わるだろう。
「ボクも下着穿かない方が良いのかな?」
「え? いや、これはあくまでも、俺の故郷における二次元の話であってだな」
しまった……ニコが近くにいるにも関わらず、大声で男同士の変態会話をしてしまった。
だが、こう言うのはフィクションだから良いのだ。
ニコがノーパンになるのは避けたい。
「でも男の人って、そう言うのが好きなんでしょ?」
「好きだ! だから、ニコラちゃんは下着を脱ごう!
そして、よければ僕に売っ━━」
「お前はセクハラしてないで、絵を描けよ!」
「下描きなら出来たよ。
こんな感じで良いのかな?」
相変わらず仕事が速いな。
健全になっている事に期待しつつ、リックから下描きを受け取る。
うん。下着は見えていない。
見えていないのだが、以前よりエロくなっている。
たったあれだけの会話で、穿いてないイラストを理解する逸材が日本以外に居た事に、驚きを隠せない。
「完璧だ」
「じゃあ、これに色を塗るよ」
「色鉛筆なら、ここにあるから使ってくれ」
「大丈夫。愛用の道具を持ち歩いているんだ」
「本格的だな」
リックは鞄から高級そうな筆と絵の具を取り出して、着色作業を開始した。
小さなカードサイズの紙に、直接着色するとは器用なものだ。
「えっと、ボクはどうすれば……?」
「ニコは今のままで良いぞ。
間違ってもこいつの言う事は真に受けるなよ」
「うん。これ写し終わったけど、次は?」
「よし、じゃあ次はこのカードを翻訳するか」
俺たちはリックが絵を描いているカードの翻訳を開始する。
両方が完成した後に貼り合わさせれば、初のイラスト付きプロキシの完成だ。
量産が難しそうなのが今後の課題だな。
このビラを刷るのに使ったコピー機、使わせてもらえないかな?
「こんなところかな」
作業を開始してから、およそ一時間。
着色を終えたリックが芸術作品を掲げ、こちらへ微笑みかけてくる。
彼のイラストはカラーになった事により、更に魅力を増していた。
その出来は素晴らしいとしか言いようがない。
「この短時間でこのクオリティかよっ!」
「フフフ。さあ、次はどの娘を幼女にすればいいのかな?」
「え? じゃあこれで」
「却下だ。ロリはこんな胸元の大きく開いた服は着ない!」
相変わらず注文の多い先生だな。
才能は認めるけど色々と面倒くさい。
「じゃあ、この魔符は?
軍人のお兄ちゃん、こう言うの好きじゃないかな?」
「おおっ! なんと素晴らしいツルペタ!」
ニコがカードの山から一枚を拾い上げ、リックがそれを受け取る。
この短時間でリックの趣味を理解するとは優秀だな。
案外、この二人は相性が良いのかも知れない。
などと、微笑ましく二人を眺めていたのだが、その時、突如として平和な時間が終わりを告げる。
「うわああっ!」
「えっ!? 何これ!?」
「リック! どうし……どうなってるんだ!?」
カードを手にした彼の右手を、真っ暗な炎のようなものが包み込んでいた。
「痛い! 痛いよ! 手が……僕の右手がっ!」
痛みに耐えかねたのか、リックはソファから転げ落ち、床で苦しそうに悶え始める。
彼の右腕は暗黒の炎に侵食され、手首から先が失われていた。
「ニコ! 治癒魔術だ!」
「あっ……うん!
ふくらみかけの美少女ニコラ・ティールスの名の元に。
軍人のお兄ちゃんを助けて! 治癒魔術!」
ニコも慌ててるのか、詠唱が適当に聞こえる。
それでも治癒魔術はしっかりと発動したらしく、暗黒の炎は勢いを弱めた。
しかし、それも束の間。
完全に消滅する事はなく、炎は再び彼の身体を蝕み始める。
痛みに耐えかねたのか、リックはそのまま意識を失った。
その後も幾度となく治癒魔術を施したが、残念ながら効果は見受けられない。
「ど、どうしよう?」
「何だよこれ……これじゃまるで呪いじゃないか」
「呪い……あっ! 魔符に触ったから……」
カードに触れると呪われる。
こちらの世界に来た日にマリアに言われた事を思い出す。
『適性のない者が魔符に触れると、呪われるのよ。
最悪……命を落とすわ』
今まで半信半疑だったが、今目の前で起こっている事を見ると信じるしかない。
「くそっ! イントゥネイト!
火の玉、稲妻、突風……ダメだっ!
呪文詠唱 手札交換!
ちくしょう……ロクなカードがねぇ」
ダメ元でウィザクリのカードを発動させるが、攻撃魔法偏重のデッキの中にリックを助けられるようなカードはなかった。
そうしている間にも暗黒の炎は勢いを増し、彼の身体を侵食し続ける。
既に肘から先が消滅していた。
どうして、マリアもミスティも居ない時に限って、こんな事が起こるんだよ。
俺は、このままリックが消滅していくのを見ている事しか出来ないのか……。
そんなのは嫌だ。
こいつは極度のロリコンで変態だけど、身分の差を感じさせず気楽に下ネタで盛り上がれる……大切な友達なんだ。
「誰か……誰でもいいから、リックを助けてくれっ!」