第四十一話 「本物と代用品」
正直な所、俺はこのビラに書かれている未知の野生動物とやらを舐めていた。
そもそも異世界人である俺にとって、ほとんどの野生動物が未知の存在と言えよう。
そして、今の俺とミスティはそれらの大半を軽く撃退する事が出来る。
だから、今回も楽勝に違いないと思い込んでいた。
なのに、符術士とほぼ同等の耐性を持つ野生動物だと!?
俺の波動砲や、ミスティの魔法は通用すると思うが……。
「なぁ、やっぱり行くのはやめにしないか?」
「何よ、怖気づいたの?」
「リスクが高すぎるんじゃないかと思ったんだ」
「それがなんだって言うのよ。
あなたは新しい魔符が欲しくないの?」
俺たちが古代迷宮に挑む理由はカードが欲しいからだ。
手持ちのカードプールが増えればデッキ構築の幅が広がり、マリアとのカードバトルがよりエキサイティングなものになるに違いない。
だが、日本だと普通に売ってるカードを手に入れる為に、普通の攻撃が通じない野生動物を相手にするのは分が悪い。
「妥協案だけどさ。新しいカードなら、これでも良くないか?」
懐から二枚のカードを取り出してマリアに見せる。
考えてみればカードバトルをするだけなら、わざわざ危険を侵して本物を手に入れる必要はない。
代用品で十分じゃないか。
しかも俺の記憶の中にある二千種類以上のカードから、欲しい物を厳選して作れるのだ。
「何だい? それは」
「プロキシ。カードのテキストを日本語……古代文字からこの国の文字に翻訳したものだ。
ある程度の量が出来たら、誰でも符術士の召喚戦闘を、遊びとして楽しめるようになる」
「へぇー。面白そうな事してるねぇ」
意外にもリックが食い付いた。
こいつ暇そうだし、良い対戦相手になってくれるかも知れない。
後で布教してみるか。
「召喚戦闘と違って白以外の属性のカードも使えるから、マリアにもメリットはあると思うんだ」
「別の属性の魔符に興味がない訳じゃないけど、それだと召喚戦闘に使えないでしょ」
「そりゃ、そうだけどさ……」
マリアの言う通り、プロキシには召喚戦闘で使用出来ないと言うデメリットがある。
俺の世界でもプロキシは公認大会では使用出来ないのと一緒だな。
仮にプロキシが大会で使用可能になったら、ブースターパックを買う必要がなくなる。
PCで画像を検索して印刷すればタダだからな。
しかし、それではメーカーやカードショップが潰れてしまう。
そうなると、新しいカードが作られなくなり、見知らぬ人と対戦する機会も失われる。
それはカードゲーマーにとって大きな損失だ。
故に、俺たちはプロキシで妥協せず、新しいブースターパックを求め続ける。
「符術士くんが行かないのなら、辞めてもいいんだよ。
僕の任務はあくまでも君の援護だからね」
「私は行くわよ。
私はただ新しい魔符が欲しいんじゃないの。
私は……強くなりたいのよ」
「悪かった。
最近おかしな事が続いたせいかな?
少し弱気になっていたみたいだ」
強くなりたい。
単純明快な理由だ。
新しいカードを求めるのに、これ以上の理由はないだろう。
強くなりたいからブースターパックを買い求め、夏休みのバイト代を全て使ってシングルカードを買ったりもする。
そして、勝ちたいから対戦を積み重ねてプレイングを磨くのだ。
「ただし、ひとつだけ約束してくれ。
無理はしない事。
危険だと判断したら撤退しよう」
「……分かったわ」
「出発はいつにする?
僕が案内できるのは今日を含めて五日程だから━━」
「明日にしましょう」
「オッケー。符術士くんも、それで構わないかい?」
「分かった。明日だな」
「じゃあ、明日の八時に迎えに来るよ。
お弁当は自分で用意しといてね。
おやつは五十ガルドまでだよ」
「遠足かよっ!」
出発は明日の朝か。
お昼過ぎには迷宮に到着する。
お弁当を食べたら探索開始だ。
野生動物さえ居なければ、遠足と言っても差し支えないのだが……。
「じゃあ、私は失礼するわ」
「あれ? マリアちゃんもう帰っちゃうの?」
「明日の為に少し準備してくるのよ」
「お買い物? おやつ買うの?
ミスティも一緒に行くー」
「別におやつだけを買いに行く訳じゃないけど……いいわよ。
一緒に行きましょう」
「マリアちゃんとミスティちゃんが行くなら僕も行く!」
「お前はついて行く必要がないだろ。
マリア、ミスティをよろしくな」
女性陣に飛び掛かる勢いのリックを制し、マリア達を見送る。
俺に買い出しの必要はない。
普段と同じく、カードを武器にして戦うだけだ。
弁当はアリスにでも頼むとするか。
部屋を出ようとしたマリアだが、ドアを開けると同時に足が止まる。
そこには新たな来客が居たからだ。
見慣れたネコミミがこちらを覗き込んでいる。
「あら? ニコちゃんじゃない。
どうしたの?」
「えと、声が聞こえたから気になって……。
ほら、寮にお客さんって珍しいし」
「今は入らない方がいいわよ。
この中には変態が居るから」
「変態? 大丈夫だよ。慣れてるから」
「そ、そう……危険を感じたらすぐに逃げるのよ」
「うん。お邪魔します」
来客を気にするという事は、精神的に余裕が出来たからとも受け取れる。
彼女の完全復帰は近そうだ。
「符術士くん。
あのふくらみかけの美少女は誰だい?」
「美少女!? ボクが?
えっと……ありがとう。
はじめまして、ニコラ・ティールスです」
マリアたちと入れ替わりにニコが応接室へと入ってくると、予想通りに変態が反応を示した。
ふくらみかけ……初対面でも遠慮を知らないな。
もっとも、ニコは美少女と言う単語に反応して気づいてない様子だが。
「はじめまして。
幼女の背後に這い寄るロリコン。
リック・グレーナーです」
「え? 幼女に這い寄るって、ユーヤお兄ちゃんの事だよね?」
「俺はそんな事しないぞ!
こいつは俺とマリアの知り合いで、これでも一応軍人だ」
「軍人さんなの!?
ボク初めて会ったよ!」
「僕もキミのような理想的なふくらみかけには初めて会ったよ!
少女から大人へと、成長過程の一時期にしか見られない貴重な美しさ!
触れると柔らかいのに、決して揺れる事はない!
これは絶妙なバランスでしか成り立たない人類の宝だ!」
普通に捉えるとセクハラでしかないのだが、リックは本気でニコのバストを褒め称えている。
このロリに対する素直さが彼の魅力……じゃないな。
少しは自重して欲しい。
「えと……この人、何言ってんの?」
「こいつはロリコンの変態だから、まともに相手しない方がいいぞ」
「あっ、それボク知ってるよ。
類は友を呼ぶってやつでしょ」
「ちげぇよ!」
ニコの俺に対する認識がロリコンの変態だったとは、少しショックだ。
二つ名の事もあり、ロリコンと勘違いされるのには割と慣れてきた。
しかし、リックと同類にされるのだけは嫌だ。
「だが、そのブラはよろしくない!
キミの魅力を封じ込めている。
今すぐノーブラにするべきだよ」
「えっ!? そうなの?
じゃあ……外そうかな」
「ニコラちゃんさえ良ければ、高名な魔術士に頼んで胸の成長を止めてあげよう!
もちろん費用は全て僕が持つよ」
「はぁ……考えておきます」
「まともに請け合うなよ」
リックの暴走は止まらない。
ニコは気が弱い方だから、少々押され気味だ。
それにしても、胸の成長を止める魔術なんてあるのか。
どう考えてもロリコンしか得をしない。
ここまで非生産的な魔術も珍しいな。
「その輝きを維持できる期間は短い。
決断するなら早めの方がいいよ」
「おい、リック。嫌われたくなかったら、その辺にしとけよ」
このまま放置したら何かやらかしそうだ。
手遅れの可能性は否定できないが、リックがニコに嫌われる前に軽く釘を刺しておく。
「あっ、これピロシキだっけ?
久しぶりにお手伝いしよっかな」
「いいね。今日は予定を変えてこいつを作るか。
それとピロシキじゃなくてプロキシな」
テーブルの上に置きっぱなしのプロキシを見て、ニコが製作意欲を示す。
マリアは偽物じゃダメだと言ったが、誰でもカードゲームを楽しめる環境作りは俺の夢でもある。
せっかくやる気を見せているのだから、今日はプロキシ製作に費やすのも悪くない。
「作る所を見ててもいいかい?」
「お前がロリ以外に興味を示すなんて珍しいな」
「そりゃそうさ。
魔符の代用品を作ろうだなんて、そんな事考える人は初めてだからね」
誰でも考え付きそうな事かと思ったが、言われてみればプロキシを作れるのは異世界人である俺くらいかも知れない。
カードが符術士専用の魔法道具であり、日本語や英語が解読困難な古代文字として認識されている世界じゃ仕方のない事か。
リックはプロキシを手に取り、真剣な眼差しで見つめている。
「数値と何やら文章が書いてあるのは分かるけど、中心からやや上の所が空白なのはどうしてかな?」
「本来、そこにはイラストが描かれてるんだけど描ける人が居なくてさ。
数値とテキストさえあれば使えるから、とりあえず空白にしてるんだ」
「ふーん。少し寂しいねぇ」
「確かにな」
カードを彩る様々なイラストもカードゲームの魅力のひとつだ。
直接ゲームには関係しない部分だが、イラストからユニット同士の関係や世界観を想像するのは楽しい。
だが、インターネットで簡単にイラストレーターと連絡がとれる日本と違って、こちらで多彩なイラストを求めるのは不可能に近い。
しかも、俺たちが作っているのは商品としてのカードではなく、あくまで代用品だ。
ある程度の妥協は必要だろう。
「ねぇ、ユーヤお兄ちゃん。
この可愛いのなぁに?」
「ん? あぁ、それは古代迷宮のビラだな。
明日、マリアと一緒に行く事になってる。
その可愛いのは、そこのキモいお兄さんが━━」
そこまで口に出した所でようやく気付く。
身近にイラストレーター居るじゃん!
えっちなイラストばかり描いてるのが問題だが、実力は折り紙つきだ。
「リック。ひとつ提案がある」
「何だい?」
「プロキシにイラストを描いてみないか?」
「何だか楽しそうだね。いいよ」
「マジか! サンキュー!」
やけにあっさり了承されたな。
だが、彼らしいと言えば彼らしい。
こうして俺たちのプロキシ製作に新たな仲間が加わった。
夢に向けて一歩前進だ!