表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/111

第三十九話 「鈍感主人公とチョロインちゃん」

「明日じゃダメか?

 今日、外に出るのは危険だ」

「何言ってるのよ。

 こう言うのは早い方が良いに決まってるでしょ」

「実は今、この町には凶悪な殺人犯が……」

「またその話?

 それはハンスを引き止めるための嘘でしょ?

 それに、もし本当に殺人犯が居たとしても、私とあなたの敵じゃないわよ」


 ダメだ。全く信じてもらえない。

 こうなったら話題を無理やり逸らしてやるか。


「ところでさ、手紙ってどうやって送るんだ?」

「冒険者ギルドで受け付けてるわ」

「あ、そうなんだ」


 郵便ポストを見かけないから、どうするのかと思ったが、郵便配達もギルドが請け負っているのか。

 本当に何でも屋だな。

 って、会話止まっちまったよ!


「そういう事だから、ギルドへ行くわよ」

「待ってくれ!」


 こうなったら強行手段に出るしかない。

 俺はマリアの腕を掴み、外出を阻止する事にした。


「え? ちょっと、離しなさいよ」

「ダメだ。今、お前を外に行かせることは出来ない」


 相手は小柄な女の子だ。

 男の体力で押さえつければ抵抗出来ないだろう。

 少し痛いかも知れないが、我慢してもらうぜ。


 ……あれ?

 これじゃあ、俺がマリアを襲うみたいじゃないか?

 などと、考え事をしていたら、いとも簡単に俺の手は振りほどかれた。

 反動で前のめりに倒れ込み、思わず膝をつく。


「もうっ! 何なのよ。

 すぐそこのギルドに行くだけでしょ。

 ……って、あなた泣いてるの!?」

「だって、マリアにもしもの事があったら……俺……」


 何故だろう?

 いつの間にか、俺の両目からは涙が溢れ出していた。

 ハンスの時には何とも思わなかったのに、マリアがエボルタに殺される事を想像すると涙が止まらない。

 今まで気付かなかったが、俺にとって彼女はとても大切な存在になっていたようだ。


「何よ、大袈裟ね」

「俺一人じゃ……ダメなんだよ。

 もしも、マリアが居なくなったら、そんな人生……生きる意味がない」

「え? わ、分かったわよ。

 殺人犯なんて信じてないけど、今日は寮から出ないわ。

 だから、泣かないでよね……もう」

「うぅ……良かった。ありがとう。

 俺、マリアの事、ずっと大切にするぜ」

「なっ!? なななな、い、いきなり何言ってんのよっ!? バカ!」

「ますたーは男の子だから、泣いちゃダメ。

 いいこ、いいこ」

「ミスティも……ありがとう」


 ミスティがハンカチで俺の涙を拭い、頭をなでなでしてくれる。

 おかげで少し落ち着いた。

 非常にカッコ悪いが、マリアも引き止める事が出来たので結果オーライだ。

 何と言っても、彼女はかけがえのない、たった一人の大切な対戦相手だからな。

 カードゲームは一人じゃ遊べない。

 対戦相手(マリア)の居ない人生なんてまっぴらゴメンだ。

 だからこそ、俺はこれからも彼女を大切にしようと心に誓う。


 顔を上げると、マリアが頬を紅潮させながら何やら呟いている。

 やべ……とっさの事とは言え、いきなり腕を掴んだのはマズかったか?


「マリア、さっきは━━」

「えっ? だ、だめよ。

 そう言うのはまだ早いと思うわ。

 そ、それにミスティも居るし……」

「ん? えと、さっきはいきなりゴメンな。

 腕、痛くなかったか?」

「へ? 平気よ。

 それよりほら、今日は引き篭もるとして、ランチはどうしましょう?」

「本当に平気か? 何か、話し方が変だぞ」

「そ、そんな事ないわよ」


 しかし、言われてみれば昼食の事は全く考えていなかったぞ。

 俺は食わなくても我慢できるが、マリアにまで絶食ダイエットを強要するのは気が引ける。

 どうしたものか。

 と、悩んだのは一瞬の事。

 キッチンから救いの手が差し伸べられた。


「お食事なら心配ありませんよ。

 どうせニコちゃんの食事を作りますから、ついでに五人分作っちゃいましょう」


 片付けを終えたアリスがこちらへ向けて小さく手を振っている。

 いや、あれはパーじゃなくて、五人を表すサインかな?

 何にせよ、ありがたい申し出だ。


「いいんですか?」

「もちろん、お代は頂きますよ」

「あっ、やっぱりお金とるんだ」

「いえいえ、お金は要りません。

 その代わり、お掃除を手伝って頂けますか?」

「そのくらいなら喜んでやりますよ」

「ミスティもおそうじするー」


 エボルタとの遭遇を避けつつ、外出出来ない時間を有効活用して、寮も綺麗になる。

 そして昼食も食べられるなんて、一石四鳥だな。


「それにしても仲が良くて羨ましいわ。

 私もいつか素敵な男性に、ああいうプロポーズをされてみたいものですね」

「プ、プロポーズだったの!?」

「ん? 何の話だ?」


 アリスとの会話で何かツボったのか、マリアが口を金魚のようにパクパクさせている。

 うーん? 乙女トークは良く分からん。


「ねえねえ、どこをおそうじするの?

 ますたーのお部屋なら、ミスティが毎日キレイにしてるよ」

「おい、そういう事は内緒にしとけよ」

「んー? じゃあナイショにする。

 あのね、さっきのなし」


 残念だが、今から内緒にしても手遅れだ。

 それでも、俺は一人だとカード以外の片付けが出来ない性格だから、ミスティには感謝してるけどな。


「それじゃあ、皆さんには廊下の拭き掃除をお願いしようかしら?」

「分かったわ。

 私は二階を掃除するから、一階はユーヤに任せたわよ」


 アリスが小さなバケツと雑巾をこちらに運んできた。

 マリアがそれを奪って風のように去って行く。

 やはり、さっき引き止めてから彼女の様子がおかしい。

 また気付かない内に地雷でも踏んだかな?

 後でそれとなく謝っておこう。


「えと、一階の廊下だな」

「ミスティちゃんは私と一緒にお掃除しましょうか」

「うん! ますたー、またね」



 バケツと雑巾を受け取り、普段歩き慣れている廊下の掃除を始める。

 歩いていると気付かないが、拭き掃除をすると、その長さがよく分かる。

 中々に大変な仕事だが、お昼ご飯の為に頑張ろう。



 ◆◆◆◆



 翌日、ジャスティス宛の手紙を出す為に、俺たちは冒険者ギルドへと向かう。

 既にこの町にエボルタは居ない筈だ 

 昨日は少しおかしかったマリアも、落ち着いたのか今日はいつも通りに見える。

 ニコは依然として部屋に引き篭もったままだが、食事は摂るようになった。

 この調子だと、すぐに元気になるだろう。

 平和な日常が戻ってくる日は近そうだ。



「なあ、手紙ってどうやって出すんだ?」

「依頼を受ける時と同じカウンターで出す事が出来るわ」

「なるほど。いつもの所だな」


 教えに従い、通い慣れたカウンターへと向かう。


「おはようございます。イズミ様。

 本日はどの依頼をご希望でしょうか?」

「いや、今日は手紙を出したいんだ」

「かしこまりました。お預かり致します。

 これは……」


 俺から手紙を受け取った職員が一瞬顔をしかめる。

 俺がピンクの花柄の封筒を渡したから引いてるのだろうか?

 だが、封筒と便箋はマリアの用意した物だから仕方がない。


「何か問題でもありましたか?」

「いえ、何でもありません。失礼致しました。

 王都までですと二千ガルドになりますが、よろしいでしょうか?」

「二千!?」


 おいおい、いくら何でも高すぎるだろ。

 日本なら八十円強で送れるのに、こっちだとギルド食堂のランチ二十食分かよ。

 道中で野生動物(モンスター)や盗賊に襲われる可能性があるから、多少高くなるのは仕方がないが、流石に躊躇するお値段だ。

 今回に限らず、物の価値が俺の世界とは異なる為、単純に一ガルド何円と言うような比較ができないのでややこしい。


「この程度も払えないの?

 仕方がないわね。ここは私が払うわ」

「おっ、マジで? サンキュー」

「今回は私にも利があるし……特別よ。

 次は自分で払いなさいよね」


 二千ガルドをポンと出してくれた。

 これだけ稼ぐのにも簡単な依頼をひとつこなさなければならない。

 俺にとってはかなりの大金だ。

 それをあっさり支払ってくれるマリアさんかっけー!


「返事が来ると良いわね」

「ああ、楽しみだな」



 ◆◆◆◆



 手紙を出してから一週間の時が流れた。

 残念な事に返事はまだ来ていない。

 体調を崩していたニコも徐々に元気を取り戻し、食事の時間には顔を出すようになった。

 ハンスはあの日以来、戻って来ていない。

 町で見かけたとの話も聞かないので、アグウェルを出ていったのだろう。

 もう二度と会う事はなさそうだ。

 ニコが成人するまでは、彼の代わりに俺たちがサポートしてやらなきゃな。


「ニコ、そろそろギルドで仕事を探さないか?

 俺とミスティで良かったら手伝うぞ」

「ありがとう。

 でも今日はお部屋でじっとしとくよ」

「そか……気が変わったら、いつでも声をかけろよ」

「……うん」


 まだ少しリハビリ開始には早かったか。

 まぁ、焦る事はないだろう。

 彼女がやる気になったら、少し後押ししてやればいい。



 朝食を終えた後は、いつものようにギルドで職探しだ。

 古代迷宮やニコの事が気にならないと言えば嘘になるが、借金返済と生活費の確保はそれに勝る優先事項である。


「よし、今日も頑張ろう」

「ミスティもがんばるー」


 ミスティと二人で気合いを入れた後、自室のドアを開ける。

 普段なら玄関まで廊下を突っ切るのだが、意外な人物によって道を遮られた。


「ハァ……ハァ……良かった。間に合いました」


 俺たちを止めたのはアリスだ。

 走ってきたのか、少し息があがっている。

 廊下を走ってはイケません、などと無粋な事を言うつもりはない。

 何かしら急ぎの用があるのだろう。

 ひょっとしたら手紙の返事が届いたのかも知れない。


「どうかしました?」

「イズミさんにお客様が来てるの」

「俺に? 誰だろう?」


 自慢にならないが、俺はこの世界での知り合いは多くない。

 しかも知り合いの半数がこの町に住んでいる。

 当然ながら、誰かが俺を訪ねてくるのも今回が初めての事だ。

 期待と不安の入り混じった感情を顔に出さないように意識しながら、俺は応接室の扉を開いた。


「やぁ、お久しぶり」

「お前は……!」


 そこには意外な……しかし、俺のよく知る人物が待っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ