第三話 「決着」
【フェアトラーク】初期に、多くのプレイヤーを葬った《紅竜王フィアンマ》の起動能力が発動した。
「フィアンマの能力はRC④、ターン終了時までAP+3000……ヤバい!」
「ちょっと、外野は静かにしててよ!」
「……ごめんなさい」
これがTCGなら、対戦中に外野が口出しするのはマナー違反だ。
だが、開始前に彼女が宣言した、『決闘を申し込む』と言う台詞が引っ掛かる。
アタックフェイズ。
能力により、AP10000となったフィアンマが襲い掛かる。
巨大な口から吐き出された獄炎に身を焦がし、アレフは一瞬で消し炭と化す。
立体映像のようなものだと分かっていても、人が焼け死ぬ様を見るのはキツい。
思わず目を逸らしてしまう。
「キャイン!」
犬の悲鳴が聞こえる。
フィアンマの二回目の攻撃で殺られたのだろう。
これでマリアのダメージは七点。
敗北までリーチがかかった。
「私は負けない。
こんな所で負ける訳ないんだから」
「ふん、強がりを言う。
フィアンマよ、トドメを刺せ!」
いや、強がりなどではない。
彼女はまだ諦めていない。
この状況においても、勝利を確信している。
マリアの表情から強い意志を感じ取り、フィールドを再確認する。
マリア側の現在のリーダーは《犬好きの少年アレフ》レベル2/AP4000/HP5000。
……ダメだ、一撃で殺られる数値だ。
そもそも、能力発動中のフィアンマの攻撃に、耐えられるHPを持ったユニットなど限られているのだ。
地獄の炎が全てを焼き尽くさんと、少年アレフを包み込む。
万事休すと思われた、その時、炎の中から眼鏡をかけたハスキー犬が跳び出す。
その背中には少年がしがみついていた。
「ほう、相棒を守護召喚して凌いだか」
少年の無事を確認すると、満足げな顔をして探索犬バーローは墓地へと去って行った。
レベル3以下のユニットには相棒と言う項目がある。
相手がリーダーに攻撃してきた時、手札にリーダーを相棒に持つカードがあれば、そのユニットを守護召喚する事により、攻撃を無効化出来るのだ。
ちなみに召喚扱いなので、ガーディアンのレベルに等しいマナコストを消費する。
リーダーが頻繁に入れ替わる為、狙って発動できないのが難点か。
どうでも良い事だが、公式名称は厨二っぽく相棒となっているが、殆どのプレイヤーは日本語で相棒と読んでいる。
「まあ良い。
どうせ次のターンで貴様は終わりだ。
ターンエンド」
「残念だけど、あなたに次のターンは来ないわ。
私のターン、ドロー!」
エナジーフェイズはスキップ。
メインフェイズ、マリアはサポートエリアに《狂犬タロー》と《救助犬ジロー》を召喚した。
「獣騎士アレフをリーダーエリアへ召喚!」
先程までリーダーエリアで怯えていた少年が、立派な青年へと姿を変える。
《獣騎士アレフ》レベル4/AP7000/HP10000。
左手には大きな盾、右手には両刃の剣、身体には狼をデザインした鎧を纏っている。
「そして、獣騎士アレフが手札からリーダーエリアに召喚された時、自動能力が発動するわ」
◆◆
【リーダー/自動能力】[RC③]
このユニットが手札からリーダーエリアに召喚された時、コストを払っても良い。
払ったなら、あなたの山札の上から1枚を公開する。
公開したカードの種族が《犬》ならばサポートエリアへ召喚する。
そうでないなら、公開したカードを墓地へ送る。
◆◆
俺の推測では、マリアのデッキは七割以上が《犬》。
成功率は高い。
マリアのダメージエリアのカードが三枚裏返り、山札から見覚えのある毛玉が姿を現す。
《名犬ポチ》、見た目は毛玉だが種族は《犬》である。
「これがあなたにトドメを刺す、私の最強のチームよ!」
サポートエリアにはレベル1のユニットが三匹。
最弱のユニット達で結成された最強のチーム。
このターン中に逆転勝利する為の準備は整った。
小太りの男の嘲笑い声が辺りに木霊する。
「何か策が有るのかと思いきや、雑魚を並べるだけとはな」
チワワ、柴犬、毛玉……確かに彼女のサポーターは、全てレベル1の雑魚ユニットだと言える。
男は気付いていない。
勝敗を分けるのが、ユニット単体の能力だけではない事に。
いや、これは符術士同士の決闘だ。
初めて見るカードでもテキストを確認できるTCGと違い、知る術がないのかも知れない。
「タロー、リーダーに攻撃!」
アタックフェイズ。
獣騎士アレフの剣が、紅竜王フィアンマの右足に深く刺さる。
剣で付けられた傷痕が、自らの炎で焼かれ、爛れてゆく。
「キャン!」
追い討ちをかけるが如く、チワワが傷痕に喰らいついた!
連携攻撃。
サポーターに記載されている相棒が、リーダーエリアに居る時のみ発動する、特殊攻撃だ。
リーダーのAP分のダメージを与える通常攻撃に対して、連携攻撃ではリーダーのAPにサポーターのAPが加算された数値が、ダメージとして適用される。
ちなみにリーダーに記載されている相棒は関係しない。
今回はアレフのAP7000に、タローのAP3000が加算され、合計APは10000となる。
フィアンマを一撃で葬り去る事が可能……だったのだが。
「油断したのう、小娘。
相棒を守護召喚出来るのは貴様だけではないのだよ」
チワワが喰らいついた相手はフィアンマではなく、白装束を纏った蛇女だった。
いや、先程までフィアンマだった獲物が、いつの間にか入れ替わっていたと言うべきか。
「次、ジロー!」
飼い主の号令を受け、小さな柴犬がフィアンマへと駆けて行き、獣騎士がそれに続く。
噛み付きと剣の連携攻撃を受け、この場を支配していた竜の王は命を散らす。
ダメージはお互い七点。
そして、小太りの男の最後のリーダーが山札から姿を現す。
「三体目の……紅竜王フィアンマ!?」
やはり、スターターデッキそのままではなく、カスタマイズされていたか。
「フハハハハハハ。
運命はわしに味方しているようだな」
「別に、何が出てきても同じよ。
私の勝ちは変わらないわ。
ポチ、攻撃!」
「悪足掻きか?
貴様は既に二回の連携攻撃を行った。
サポーターが全て別のユニットで有る限り、三回目はない!」
基本的に、同じユニットを相棒にしているカードは二種類まで、と言う法則がある。
バランス調整と言う名目で、見えざる神の手により作られた法則。
この法則に当てはめるなら、《狂犬タロー》と《救助犬ジロー》が《獣騎士アレフ》を相棒としている為、《迷犬ポチ》のサポートは連携攻撃にはならない、と考えるのが基本と言える。
しかし、そんな考えはカード情報を暗記していない、初心者の陥る罠である。
例外的に、三種類の相棒を持つユニットが、一部だけ存在するのだ。
俺の世界での話だが、元々《獣騎士アレフ》を相棒とするカードは二種類だけだった。
しかし、年月の経過と共に、カードプールが増えるに連れ、徐々にインフレしてきた環境に対応させるべく、過去のカードの救済と言う名目で、一部のデッキテーマの強化が行われた。
その内のひとつが、マリアの使う犬デッキであり、強化の為に追加されたカードが、三体目の相棒《名犬ポチ》だ。
レベル1能力なしユニットを採用する為、デッキのバランスが少々偏りがちになる点と、ストラップのおまけ限定という入手難易度の高さも、査定の緩さに影響していると思われる。
攻撃指令を受け、白い毛玉が獣騎士の前に躍り出る。
毛玉はそのまま眩い光を放ち、辺りを白く染める。
眩しさで失われる視界の中、大きく右足を上げて、光の玉を蹴り飛ばす獣騎士アレフの姿が見えた。
連携攻撃により、合計AP11000の光の弾丸と化した毛玉が、フィアンマの胸部に大きな風穴を開ける。
こうして三体目の《紅竜王フィアンマ》も、その能力を奮う事無く、火の粉となって消滅した。
「バカな!?」
「言ったでしょ。
あなたに次のターンはないって」
フィアンマがカードへと戻り、ダメージエリアへと置かれる。
これで小太りの男のダメージは八点となった。
「ま、まだだ。まだ終わりじゃない」
先にダメージが八点に達したプレイヤーの敗北となる。
だが、ダメージエリアに八枚目のカードが置かれた時点では、まだ勝敗は決定しない。
空席となったリーダーエリアに、新しいリーダーが山札から召喚された。
そのユニットがヒールトリガーであれば、エントリースペルによりダメージが一点回復し、ゲームは続行される。
ヒールトリガーのみで、デッキを構築すれば無敵となるが、残念ながらルール上の制約で四枚までしか入れられない。
そして、召喚されたリーダーは……。
「ハ、ハハハハ。ひ、引いたぞ!
竜の巫女ロジーナのエントリースペル発動!
ダメージエリアから一枚選び……」
「マナコストを②支払い、手札から能力無効化を発動。
その回復は無効よ」
「なっ!?」
ゲームセット。
土壇場でヒールトリガーを引き当てた男の強運を、最後のドローフェイズに能力無効化を引き当てた、マリアの運命力が上回った。
全てのユニットはカードへと姿を変え、マリアのカード達は持ち主の右手へと戻って行く。
カチャリと音を鳴らし、彼女はそれを腰のデッキホルダーに収めた。
あのデッキホルダー、厨二的なカッコよさが有っていいな。
俺もちょっと欲しい。
一方、敗者側のカードはその場から動かず、微かな炎を立ち昇らせている。
「や、やめろ! わしはお前の契約者だぞ!」
カードから湧き出た炎は一つとなり、主であるはずの小太りの男へと襲い掛かる。
火だるまとなった男は、一分程で意識を失い地面に倒れ伏す。
男が倒れると目的を果たしたからか、炎は消え、五十枚のカードは地面に散らばった。