第三十四話 「仮面の男」
《氷の魔女フローラ》レベル2/AP5000/HP5000。
闇の魔女ミスティと同じく、フィールドから墓地に送られた時に、自身と同名のユニットを特殊召喚する能力を持っている。
しかし、他の魔女と比べて発動条件が厳しく、俺の世界ではハズレアの魔女と呼ばれている。
仮面の男の正体は分からないが、水色の少女はフローラで間違いない。
カードのユニット━━英霊と言ったか、それを連れているという事は、この男が符術士である事を示している。
「あら? どうして私の名前をご存知ですの?
ひょっとして、ストーカーかしら?」
初対面の相手に対して、下品だのストーカーだの失礼な少女だ。
俺が彼女を知っているのはカードの知識によるものである。
当然、ストーカーなどではない。
「ねぇ、ますたー。ストーカーってなぁに?」
「何ですの? このちんちくりんは。
そんな事も知らないなんて、無知にも程がありますわ。
良いですか。ストーカーと言うのは……」
「言わんでいいっ!」
「ふぇ……ミスティ、ちんちくりんじゃないもん」
ちんちくりんと呼ばれたミスティが涙目になっている。
この水色、イラストしかアドのないハズレアの癖に、ミスティをディスってんじゃねーよ。
「その辺にしとけ」
「かしこまりましたわ。マスター」
俺の不機嫌さを察してか、成り行きを黙って見ていた仮面の男が、フローラを制して、こちらへと歩み寄る。
彼が符術士である事よりも、その奇妙な見た目に少し恐怖を感じる。
「まさか、フローラの正体を一目で見抜くとはな。
こんな田舎まで、わざわざ出向いた甲斐があると言うもんだ」
「で、俺なんかに何のようですか?」
「俺様はエドヴァルト・ヴォルフ。
呪われし雪風と言えば聞いた事があるだろう」
……誰? 有名人?
本名も二つ名も初めて聞く名だ。
俺はこちらの世界の有名人には疎いからな。
「聞いた事ないけど、乾電池みたいな名前ですね」
「カンデンチ? なんだそりゃ?
ったく、最近の若い奴は俺様を知らねーのかよ。
そいつを捲ってみろ。
後ろから三ページ目だ」
仮面の男に言われるまま、テーブルの上に置かれた依頼書の束を捲る。
しかし、依頼書なんかを見て何が分かるのだろうか。
依頼書の最後の方は賞金首のリストで埋められている。
賞金首の報酬は一発で借金が返済出来る金額なのだが、そもそも彼らと出会う事がないので、最近では見なくなったページだ。
当然、後ろから三ページ目にも、賞金首の似顔絵と詳細が書かれていた。
呪われし雪風エドヴァルト・ヴォルフ。
南北カトリア戦争にて、北カトリア帝国側の傭兵として活動。
休戦後、南カトリア王国内に潜入。
国内にて、符術士を含む二十人以上を殺害。
懸賞金、一千万ガルド。
何だこれ……符術士を殺害?
こいつも《波動砲》を撃てるのか?
そして懸賞金の額もやべぇ。
一千万ガルドもあれば、借金返済どころか、数十年は適当に遊んで暮らせるぞ。
「いやいや、こんな大物賞金首が自らギルドに顔を出す訳ないでしょ」
そう言って俺が顔を上げると、彼は仮面をずらし、顔の左半分が顕になる。
似顔絵と比べると少々老けては居るが、同一人物だと認識するには十分であった。
「は? マジで!?」
「この国に俺様を倒せる奴なんか、居る訳ないからな。
居るとしたら、ハルトマンのおっさんくらいだな」
あぁ、なるほど。
すごい自信ですね……。
で、そのおっさんて誰?
「そのエボルタさんが、俺なんかに何の用ですか?」
「エドヴァルト・ヴォルフだ。
エド様と呼ぶ事を許可してやろう」
「はぁ……ありがとうございます」
思わず敬語になってしまう。
その理由は相手が歳上だからではなく、殺人犯と知ったからだ。
正直、あまり関わりたくない。
「ますたー、この人すごい魔力。
ますたーよりは弱いけど、気を付けて」
「あん? このガキ、俺様よりこいつの方が強いって言ったか?」
「あっ、いや、その、子供の言った事なんで……」
慌ててミスティの口を押さえつける。
相手は殺人犯、少しでも怒らせたら危険だ。
迂闊に助けを呼ぶ訳にも行かないし、早く立ち去ってくれないかなぁ……。
「ふむ……フローラ、お前にはどう見える?」
「下賤の者にしては、凄まじい魔力ですわね。
マスター以上……とまでは言えませんが、かなり良い勝負ですわ」
何なの? ミスティと言い、フローラと言い、魔女って魔力が目に見えたりするの?
魔女って言うくらいだから、見えても不思議じゃないけど……。
「くっくっくっ……おもしれぇ。
どうだ? 俺様と一発やらないか?」
「は? あ、いえ、結構です」
何? こんな朝っぱらから一発やらないかって……この人ホモなの?
俺、後ろの初めてを奪われちゃうの?
お願い、誰か助けて……。
「何をそんなに怯えてやがる。
符術士の間でやると言ったら、こいつに決まってるだろ」
エボルタは仮面を元に戻し、懐から数枚のカードを取り出した。
見覚えのあるそれは、元の世界でも、こちらの世界でも、俺の人生に大きく関わっているカードゲーム、【フェアトラーク】だ。
氷の魔女フローラを相棒として連れているという事は、おそらく青属性のデッキだろう。
「青属性。自身の山札を破壊する行為をコストとするカードと、フィールド上のカードを手札に戻す能力を特性とするトリッキーなデッキか」
「くっくっくっ……てめぇ、マジでおもしれぇな
会ったばかりのやつに、魔符の内容まで当てられたのは、流石に俺様も初めてだぜ」
こんな状況にも関わらず、カードを見て思わず本能的に呟いてしまった。
これもカードゲーマーの性か。
一方、俺の独り言を聞いたエボルタは楽しそうに笑っている。
俺がこの世界に来てから、青属性のデッキを使う符術士と出会ったのは初めての事だ。
そして、彼の自信に溢れた態度は、凄腕のプレイヤーであると予感させるに十分であった。
そんな彼が、俺に対戦を挑んで来ている。
普通の状況ならば、俺は二つ返事で挑戦を受けただろう。
しかし、彼は普通ではない。
大量殺人を犯した賞金首、しかも自らそれを名乗り出ると言う異常性。
この誘い、乗るべきか……避けるべきか。
いや、王都で身を持って学んだじゃないか。
異常者には関わってはいけないと。
なら、答えは決まっている。
俺の答えは……。
…………。
……。
「いいぜ、その挑戦受けて立つ!」
俺はホルダーからミスティを除く四十九枚のカードを取り出し、テーブルの上に置いた。
答えはイエス。
マリア以外の符術士と対戦できる、貴重なチャンスを逃したくはない。
賞金首? 殺人犯? そんなの知った事か。
強そうな相手に勝負を挑まれたのなら、受けて立つのがカードゲーマーだ!
それに模擬戦闘なら、誰かに迷惑がかかる事もないだろう。
「くっくっくっ……いいねぇ。
だが、ここじゃやり辛い。
場所を移して、殺り合おうじゃないか。
お互いの生命を賭けた、ガチの召喚戦闘をな!」
「えっ!?」
エボルタの台詞に俺は言葉を失う。
それはお互いの考え方の違いによる僅かなズレ。
僅かだが、絶対に譲る訳にはいかないズレであった。
ガチの召喚戦闘? お互いの生命を賭ける?
おいおい、勘弁してくれよ。
カードバトルは楽しみたいが、運ゲーで負けて死ぬのはゴメンだ。
「えと、模擬戦闘じゃダメ……ですか?
ほら、ここでも出来るし、痛くないし」
「あん? 模擬戦闘だと?」
俺が模擬戦闘と言った途端に、さっきまでニヤけていたエボルタの声が荒くなる。
仮面で表情は伺えないが、機嫌を損ねたのは間違いない。
気付くのが遅かった。
彼がやりたいのはカードバトルじゃなく、召喚戦闘での殺し合いなのだ。
「マスター、こんな下品な臆病者に構っても、時間の無駄だと思いますわ」
「ふん……そうだな。
もうちっと、骨のある奴かと思ってたが、所詮は噂だったか」
返答に困り、思考停止に陥りつつある俺を救ってくれたのは、意外にもフローラであった。
彼女に促されたエボルタは、カードを懐へと仕舞いこむ。
「邪魔したな。
まぁ、ここで会ったのも何かの縁だ。
てめぇにこれをやろう」
そう言って、彼は一枚のビラのような物を取り出し、テーブルの上に置いた。
だが、今の俺にそれを確認するような精神的余裕はない。
「俺様も明日まではこの町に滞在する。
気が変わったら、見かけた時にでも声を掛けな。
もちろん、今すぐ気が変わってもいいんだぜ。
くっくっくっ……」
「えと……ごめんなさい」
気が変わるって、生命を賭ける気になるって事だろ?
正直、ありえない。
早く立ち去ってくれないかな。
「ちっ……どこまでもチキンなやつだ。
じゃあな」
「ごきげんよう」
俺との召喚戦闘は無理と理解したのか、エボルタとフローラは冒険者ギルドから出ていった。
「ますたー、汗いっぱい。大丈夫?」
「あぁ、もう大丈夫だ」
……助かった。
殺人犯に絡まれるとか、二度と体験したくない。
彼が普通の人なら、今頃は楽しく模擬戦闘をしていたのだろうが……。
緊張が解けると、エボルタが置いていったビラが目に止まった。
嫌な予感しかしないが、手に取ってみる。
ビラを広げると、右下に三頭身くらいの女の子のイラストが描かれていた。
いわゆるSDキャラと言うやつだ。
中々に上手でかわいらしいイラストだな。
キーホルダーにしたら売れるんじゃないか?
そして、ビラの中央には大きな字で、イラストに合わない文章が書かれていた。
『冒険者求む!
エレイア古代迷宮にて未知の野生動物の討伐。
報酬として迷宮内の魔法道具を、両手で持ち帰れるだけ与える。
領主 カイルヴェルト・グレーナー』