第三十三話 「ニコの誕生日」
俺たちがプロキシの作成を開始してから一週間程の時が過ぎた。
現時点で完成したプロキシは二枚。
それもテキストを翻訳しただけの簡素なモノだ。
俺とニコの予定が合わないと作業が出来ないため、仕方のない事ではあるが、このペースだとデッキひとつ分のプロキシが出来上がるまで、半年近くかかる計算になる。
中々に大変な作業だが、これが完成すればマリア以外とも対戦が可能になるのだ。
新人カードゲーマーの育成の為、地道に頑張ろう。
◆◆◆◆
今日も家族揃っての朝食から一日が始まる。
いつもと違う所があるとすれば、今朝のメニューが普段より一品多い事か。
真っ白な生クリームに包まれた、大きなケーキがテーブルの中央に鎮座していた。
アリスが包丁で、それを六等分に切り分けて全員に配る。
「ニコちゃん、お誕生日おめでとうございます。
このケーキは私からのプレゼントです」
「わぁーっ! ありがとう!」
「なるほど、今日はニコの誕生日だったのか。おめでとう」
みんなから祝福され、ニコは少し照れくさそうな反応を見せる。
そう言えば少し前にも、ハンスの誕生日祝いでケーキが食卓に並んだな。
お祝いの時にしか食べられないが、アリスの作るケーキはとても美味で、日本のパティシエが作るものに引けを取らない。
寮生が増えれば、もっと食べられるのにな。
「ねぇねぇ」
「なんだ? 食事中だぞ」
祝辞を述べ終わり、食事に手を付けようとした時、隣に座っているミスティにローブの裾を引っ張られる。
俺が振り向くと、彼女は右手に持った大きな紙を差し出してこう言った。
「ますたーに、おたんじょうびプレゼント」
「ありがとう……だが、俺の誕生日は半年後だ」
俺にとっては何の記念日でもないが、折角なのでプレゼントを受け取る。
彼女が差し出した紙は、先日プロキシ作成用に買った物である。
そこにカラフルなイラストが描かれていた。
同日に買った色鉛筆で描かれたものだ。
俺たちが日本語からの翻訳で手一杯の為、黒以外の五色の色鉛筆は、ミスティのお絵かきの道具と化している。
「ん? これは俺か?」
「うん! ますたーを描いたの!」
紙の半分以上を占める大きな顔が描かれ、本来耳がある辺りから手が生えている。
同様に顎からは足が生えていた。
胴体や腕はない。
まるで何でも吸い込むピンク色の生物みたいだ。
イラストの右下には、ひらがなで『ますたー』と書かれている。
何だろう……凄く下手くそなのに貰うと嬉しいな。
後で部屋に飾っておこう。
「ニコ、後でプレゼントを買ってやる。何が欲しい?」
「ホント? じゃあ……ネコ飼いたい!」
俺たちのやり取りを見ていたハンスが、負けじとニコにアピールする。
彼女は普段からネコミミフードを被っているだけあって、やはりネコが好きらしい。
「ごめんなさい。この寮ではペット禁止なの」
「あっ……そっか、残念」
ほう、ここはペット禁止だったのか。
ペットを飼う余裕なんてないから、今まで考えしなかったぜ。
「そうですねぇ……ニコちゃんも十三歳になったのだから、一人部屋を用意しないと行けません。
色々と必要になるでしょうから、家具をプレゼントするのはどうでしょう?」
「一人部屋っ!? ニコにはまだ早い!」
「お風呂も一人で入れますよね」
「ダメだ……お風呂も、寝る時も俺が守ってやらないと……」
「うん! ボク、もう一人でも大丈夫だよ」
「ニコ!?」
珍しくハンスが狼狽えている。
シスコンを拗らせている彼にとって、妹と別の部屋になるのが相当ショックなようだ。
風呂に関しては論外だな。
ニコはとっくに第二次性徴を迎えている。
俺も最初は男の子だと思っていたのだが、最近はとても女の子らしい体型になってきた。
胸に関しては間違いなくマリアより大きいだろう。
しかも成長が止まったマリアと異なり、ニコは成長期真っ只中。
これから更に大きくなる可能性がある。
ボーイッシュな美少女として、町で人気になる日も近そうだ。
「飼うならネコよりも犬の方がいいわよ」
「えー? 絶対ネコの方がかわいいよ」
放心しているハンスを他所に、話題はペットの事へと戻っていた。
俺は興味が薄いので、黙々と食事を胃に運ぶとするか。
うん、今日もパンが美味い!
「それに犬って散歩とか面倒じゃない?」
「別に……遊びたい時だけ召喚すれば良いから、散歩なんてしなくても問題ないわ」
「それ、普通の犬じゃないよぉ」
「寮の中では呼び出さないで下さいね」
「分かってるわよ」
「ミスティはうさぎさんがいい!」
「えっ? うさぎって飼えるの!?」
「警戒心の強い雑魚野生動物よね。
昔は食用として狩られていたらしいけど、ペットにするなんて聞いた事がないわ」
「うさぎさん食べちゃダメーっ!」
この辺りではうさぎを飼う習慣はないらしいな。
日本でも家畜ではなく、ペットとして飼われるようになったのは、戦後の事だから仕方のない事か。
あぁ、デザートのケーキが美味い!
「あのね、うさぎさんはね、さみしいと死んじゃうの!」
「えぇっ!? かわいそう」
「……面倒な生き物ね」
ミスティの解説に対して、二人が真逆の反応を示す。
ちなみにうさぎが寂しいと死ぬと言う話は迷信である。
まだペットとしてメジャーでなかった頃、ダメな飼い主がケージの中に放置して、衛生状態が悪化して病死するうさぎが多かった事が元ネタと言われている。
考えてみれば当たり前の事で、抜け毛や排泄物を放置したら病気にもなるよな。
ただ水と餌を与えるだけでは、ペットは飼えないのだ。
ふぅ、食後の紅茶が美味い!
「ごちそうさまでした。
ミスティ、食べ終わったらギルドへ行くぞ」
「うん!」
「ボクも行くー!
お姉ちゃんも一緒に行こうよ」
「はぁ? どうして私まで?」
◆◆◆◆
朝食を終えた俺たちは冒険者ギルドへとやってきた。
メンバーは寮生四人にミスティを加えた五人。
これから依頼書の物色……ではなく、俺たちは二階の魔力測定室に来ている。
昼食時によく見るネコミミの職員が俺たちを迎え入れた。
「おや、こんな朝早くにお客さんとは珍しいですニャ。
施設の利用なら、一階で申し込みをしてから来てくださいニャ」
この部屋の設備は新人冒険者の適正診断の為のモノだが、ギルドに登録している冒険者なら、開いている時に安価で利用する事ができる。
筋トレグッズのようなモノも多いので、スポーツジム感覚で利用する冒険者も多い。
俺みたいなインドア派には縁のない場所だけどな。
「ううん、今日はシンディさんに会いに来たんだ」
「ほう、私にですかニャ」
「え? そうなの?」
「俺は仕事を探しに来たんだけど……」
「ますたー、あれ楽しそう!」
「みんな、ちょっと黙っててよ」
皆それぞれ勝手な発言をする。
纏まりのないパーティだ。
まぁ、今日は誕生日だし……しばらくニコに付き合うとするか。
「一応、仕事中なので手短にお願いしますニャ」
「うん、あのね。
シンディさん、ペットを飼うなら何が良い?」
「俺はニコが飼いたい!」
「お兄ちゃん!?
ボク、ペットじゃないよぉ……」
なるほどね。
ニコはネコ派の仲間を増やしたいらしい。
「ペットですか……私は熱帯魚がいいですニャ」
「まさか……食べるの!?」
「食べません!
あとは……小鳥も飼ってみたいですニャ」
「……喰うのかっ!?」
「だから、食べません!」
「俺は……ニコを食べたい!」
「ボク、食べ物じゃないよっ!?」
彼女のネコミミは仕事……じゃないか、上司の趣味で着けているだけだからな。
ネコが好きでネコミミフードを被っているニコにとっては残念だろうが、期待する答えは返って来そうもない。
シスコンの最後の台詞は聞こえなかった事にしよう。
「はぁ、くだらない。私は帰るわよ」
「俺も下で仕事を探すとするか」
「ミスティ、あれ乗りたい!」
「あれ遊具じゃないから……また今度な」
筋トレマシーンに興味を示すミスティを宥めて部屋を出る。
大人向けに作られた、それらの設備は彼女が使うには大きすぎる。
それに、ミスティがマッチョになったら嫌だからな。
◆◆◆◆
一階でマリアと別れて、依頼書とにらめっこを始める。
俺にはまだ八万ガルドの借金が残っている。
早期完済の為に割の良い仕事を探す。
ミスティも学習したのか、この時ばかりは大人しい。
程なくして、ハンスとニコの兄妹も降りてきた。
誕生日プレゼントとして、ハンスがネコのぬいぐるみを買ってくれるそうだ。
ペットは無理だから妥当なところか。
女の子へのプレゼントにぬいぐるみは悪くない。
俺も後で何か安物でもプレゼントしなきゃな。
◆◆◆◆
「てめぇが最近噂になってる、這い寄るロリコンか?」
それは依頼書の束の半分ほどに目を通した辺りの事だった。
見知らぬ二人組が俺に声を掛けてくる。
「だから、俺をその名前で呼ぶなといつも言っ……」
もはや定番となりつつあるツッコミを入れようとしたが、声を掛けてきた人物を見て俺は言葉を失った。
それはよくある冒険者風の出で立ちをした中肉中背の男性。
しかし、彼の顔の上半分が仮装パーティで使われるような仮面で覆われていた。
その特異なファッションが俺の心に警鐘を鳴らす。
一言で印象を伝えると変質者だ。
彼の隣には十歳くらいの少女が付き添っている。
水色のドレスに、透き通るような水色の髪。
癖のない綺麗な髪は背中まで伸びている。
全身水色だらけの少女だ。
真っ白な肌と、右手に持った派手な扇子、薔薇を象った銀色の髪飾りだけが違う色をしている。
「そんな小さな女の子を連れておきながら、他人をロリコン呼ばわりかよ……」
変質者と少女……ハッキリ言って異様な組み合わせだ。
そんな男にロリコンと言われたら愚痴も出る。
「まあ! なんて下品な方ですの。
マスターがどうしてあなたに興味を持たれたのか、理解出来かねますわ」
俺の愚痴に反応したのは仮面の男ではなく、水色の少女だった。
下品で悪かったな。
ん? この少女、仮面の男の事をマスターと呼んだか?
何だか、親近感の湧く呼び方だな。
そう言えば、この全身水色のファッションも見覚えがある。
「まさか……氷の魔女フローラ?」
思わず、そう呟く。
少女の外見は、俺の知るカードのイラストにそっくりだった。
偶然にしては余りにも一致しすぎている。
つまり、この二人組は……。
「ほぅ」
俺の視界の隅で仮面の男の口元がニヤリと歪んだ。