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第三十二話 「プロキシ」

「ガイストの必殺技能力(フェイバリットスペル)発動!」

「マナコストを支払って、能力無効化(ディスペル)するわ」

「甘いな。

 その能力無効化(ディスペル)に対して、こちらも能力無効化(ディスペル)を使うぜ」

「何よ、それぇぇっ!」


 仕事のない日はマリアと模擬戦闘で対戦をして過ごす。

 最近の勝率は俺が七割で、マリアが三割。

 もっとも、これはカードパワーの差による所が大きい。

 俺との対戦の積み重ねで、マリアのプレイングはかなり上達してきた。

 最新のカードを手に入れて、デッキを強化出来れば、彼女は俺の良きライバルとなるだろう。

 最新のカードと言えば、元の世界ではとっくに新しいブースターパックが発売されている頃か。

 カードどころか、情報すら得られないのは残念でならない。


 結局、小太りの符術士を王都に送り届けて以来、マリア以外の符術士には会えていない。

 持っていないカードが手に入らないかと、骨董品屋を覗いてみたりもするが、こちらもなしのつぶてである。

 どうにかして手持ちのカードを増やし、デッキを強化するのが当面の課題だな。


「も、もう一戦よ! 次は負けないんだから」

「いいぜ。受けて立とう」


 寮の食堂は俺たちのデュエルスペースと化す。

 マリアは金に余裕があるからか、俺と違って休日が多い。

 と言うか、かなり多い。

 週休六日くらいじゃないか?

 ほとんどエリートニートだな。

 お陰で特に日程を調整しなくても、真っ昼間から屋内でカードゲーム三昧ができる。

 素晴らしい休日の過ごし方だ。

 インドア派万歳。


「あぁん、また負けたぁ。

 何で最後まで能力無効化(ディスペル)を持ってるのよ!」

能力無効化(ディスペル)ってのはな、相手の能力を無効化する為に使うよりも、自分の切り札を確実に成功させる為に使った方が、有利な場合が多いんだ」

「な……なるほどね。私もやってみるわ」


 この時間はいつも俺たち二人しか居ないのだが、今日は珍しく観客が居る。


「ユーヤお兄ちゃん、また勝ったの?

 すごいや」

「イズミの黒い騎士だが、彼だけ一方的に何度も攻撃するのは、騎士道精神に反してないのか?」

「騎士道精神とか関係ないからっ!

 そう言うルールと能力なんだよ!」


 今日の観客はハンスとニコの兄妹である。

 彼らは符術士ではないので、ルールもユニットのステータスも知らないが、テーブルの上でちょこまかと動くユニット達を見るのは楽しいようだ。

 ニコはともかく、ハンスまで興味を持つのは少々意外だな。

 いや、カードゲームは誰でも楽しめる遊びなのだ。

 興味を示しているのなら、ルールを教えて対戦相手を増やすのも悪くないな。


「ハンスもやってみるか?

 ルールは教えてやるからさ」

「いや、俺はいい」

「大丈夫。そんなに難しくないから。

 俺のデッキを貸してやるよ」

「やめろっ!」


 俺の差し出したデッキを避けるように、ハンスは後ろに飛び退き、腰の剣に右手を充てる。

 それを見た俺は、デッキを持ったまま両手を上げて降参のポーズを取る。


「わ、悪かった。

 そんなに嫌がらなくても……」

「今のはあなたが悪いわよ。

 普通の人が魔符(カード)に触れると呪われるんだから、近づけちゃダメじゃない」

「……忘れてた。ごめんなさい」

「興味がない訳じゃないが、そういう事だ」


 符術士の適性がない者がカードに触れると呪われるらしい。

 本当に呪われるのかどうかは知らないので、ハンスを実験台にしようと思ったが失敗に終わった。

 あれ? これって、よくよく考えてみれば、新規プレイヤーの開拓が出来ないじゃないか。

 触っても呪われないカードがあればいいんだが……まてよ。

 無いのなら、作ればいいんじゃないか?


「悪い、マリア。今日はここまでだ。

 少し出かけてくる」

「ちょっと、勝ち逃げする気?」

「悔しかったら、もっと強くなる事だな」

「むぅ……覚えておきなさいよ。

 その台詞、言い返してやるんだから」

「おぅ、楽しみにしてるぜ」


 まだまだ満足していない様子のマリアを尻目に席を立つ。

 思い立ったが吉日。

 興味を持っている間に作戦を決行する。


「お出かけ? ミスティも行くー!」


 デッキをホルダーに片付けようとした時、一枚のカードが魔女っ子へと姿を変え、俺の後をちょこちょことついて来る。

 また、召喚(コール)していないのに実体化しやがって……自由なやつだ。


「いいけど、何も買ってやらないぞ」

「ますたーとお出かけ出来るなら、ミスティ、何もいらないよ」

「それなら良し。付いて来い」

「うん! やったー!」



 ◆◆◆◆



 ミスティを連れて、商店街にある小道具屋へとやって来た。

 俺の目的はプロキシの作成。

 プロキシとは代用品のカードの事である。

 通常は紙にカードのテキストを書き記したものや、PCとプリンタで印刷したものが使われる。

 もちろん公式大会では使用出来ないが、所持していないカードを使ってのテストプレイが出来るので、日本にいた頃は雑誌で発売前のカードが発表される度に、プロキシを作って遊んでいた。

 必要なものは厚紙と筆記用具、それに定規とカッターナイフ辺りか。


 厚紙と定規はすぐに見つかった。

 こちらの紙はパルプ紙に比べると質は落ちるが、余っているスリーブに入れればカードゲームにも使えそうだ。

 定規は金属製で、俺のよく知る単位とは異なるようだが、均等に目盛りが彫られている。

 次に筆記用具だが、南カトリアでは昭和の漫画家が使用するような、つけペンが主流である。

 俺の鞄の中にはボールペンが入っているが、未知の魔法道具(マジックアイテム)に思われるので、出来れば使いたくない。

 せめて鉛筆でもあれば……と思ったらあった。

 しかもカラフルな六色セットの色鉛筆である。

 お値段は五百ガルド……高いな。

 黒以外は要らないから、普通の鉛筆は売ってないのか?


「ますたー、お絵かきするの?

 ミスティもお絵かきしたい!」

「いや、俺は絵は……」


 色鉛筆を商品棚に戻そうとして思い留まる。

 折角だから、カードイラストも再現するのも悪くないな。

 文字だけが書かれたプロキシよりも、イラストが描かれている方が楽しく遊べるだろう。

 よし、色鉛筆購入決定!

 ちなみに鉛筆削り器は存在しないので、ナイフで削る必要がある。

 残るはそのナイフだが、店内の何処を探しても見つからなかった。

 仕方がないので、専門店に行くとするか。



 ◆◆◆◆



 カッターナイフを求めて刃物を専門に扱う店へとやって来た。

 本日休業と書かれた掛け札を無視して裏口から侵入する。


「ごめんくださーい」

「今日は休みだって書いて……なんだ、兄ちゃんと奥さんかよ」

「奥さん……まぁ、いいや」


 やって来たのはラルフの店だ。

 いつからか、彼はミスティの事を俺の嫁と呼ぶようになっていた。

 と言うか、本気で俺たちが夫婦だと信じている。

 否定しても『ますたーはミスティのこと愛してないの?』と涙声で囁かれて、面倒な事になるので困ったものだ。


「カッターナイフを探してるんだけど有りますか?」

「カッターナイフ? 何だそりゃ?」

「切れ味が悪くなっても溝に沿って刃を折ると、よく切れるようになる工作用のナイフなんだけど」

「刃が折れたのに切れ味が良くなるのか!?

 そいつは凄い魔法道具(マジックアイテム)だな」

「……もういいです」



 ◆◆◆◆



 ラルフの反応から、こちらにはカッターナイフが存在しないのだと悟った俺は、小柄のペーパーナイフを買って寮へと戻って来た。


「おかえりなさーい」

「ただいま。ニコだけか?」

「お兄ちゃんは外で素振りしてるよ。

 お姉ちゃんは何かブツブツ言いながらお部屋に帰っちゃった」

「そか……誰も居ないのならここで作業するか」


 自室の小さなテーブルよりは、食堂の大きなテーブルの方が作業が捗るだろう。

 下敷き代わりに厚紙を敷き、その上に別の厚紙を載せて、カードと同じサイズにカットしていく。

 初めて使うペーパーナイフは切れ味が悪く、作業は難航したが、やがて厚紙は白紙のカードへと生まれ変わる。


「ねぇ、ますたー。これなぁに?」

「あぁ、カードを作ろうと思ってさ」

「えっ? 魔符(カード)って作れるの!?

 ユーヤお兄ちゃんすごーい!」

「いや、本物じゃないぞ。

 実物がなくても対戦出来るようにする為の、代用品を作るんだ」


 適当なカードを取り出し、白紙のカードに鉛筆でステータスとテキストを書き写す。

 あまり綺麗な字ではないが、プロキシとしては十分だろう。


「ねぇ、これなんて書いてるの?」

「あっ……しまった。

 カトリアの言語で書かなきゃ意味ねーじゃん」


 思わず日本語をそのまま書き写してしまった。

 皆に使わせるには、こちらの文字に翻訳しないといけないのか。

 しかし、俺はこちらの文字は書けない。

 何故か読めはするけど、真似して書こうとしても上手く書けないのだ。


「ひょっとして、ユーヤお兄ちゃんは文字が書けないの?」

「恥ずかしながら、この国の文字はさっぱり」

「そっか、外国人だもんね。

 じゃあ、ボクが書いてあげよっか?」

「ニコは書けるのか。凄いな!」

「うん! まかせて!

 寮に入ってから、アリスさんに教えてもらってるんだよ」


 この寮は学校も兼ねてたのか。

 まぁ、アリスの性格を考えれば不思議ではないな。


 こうしてニコと共同での翻訳作業が始まった。

 俺がカードのテキストを口頭で伝え、ニコがカトリアの文字で書き綴る。

 一見、簡単そうに思えるが作業は難航した。


RC(リバースコスト)ってなぁに?」

「それはだな、ダメージエリアの……」


 日常会話では使用されない専門用語が巨大な壁として立ち塞がる。

 せめて英語を知っていれば、単語からイメージを伝える事も難しくないのだが、全く知識がない状態からなので上手く伝わらない。


「じゃあ、山札ってなぁに?」

「そこから説明するのかよっ!」


 まさか、山札や手札の概念すら一言では伝わらないとは……。

 興味はあるようなので、少しずつ教えながら翻訳してもらうしかないか。


「ますたー、ミスティもできたよ」

「ん? 出来たって何が……」


 振り向くとミスティが自慢げに一枚のカードを掲げていた。

 先ほど俺が日本語で書き写した失敗作に、カラフルなイラストが描き加えられている。

 いや、イラストと言うか、芸術作品と言うか……子供の落書きだな。


「ミスティ、こっちの大きい紙をあげるから、コレにお絵描きしてなさい」

「はーい」


 プロキシの完成には、まだまだ時間が掛かりそうだ。

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