第三十一話 「二つ名」
俺が南カトリアに来てから、数ヶ月の時が流れた。
季節は変わり、辺りは冬景色に包まれている。
と言っても、この辺りは比較的温暖な地域らしく、稀に雪が降っても積もる事はない。
しかも、ミスティの取ってきた薪のお陰で、寮の中は常に適度な温度が保たれている。
仕組みは分からないが、各部屋に床暖房まで完備されている。
ぶっちゃけ、日本の実家よりも快適だ。
とは言え、さすがに外は少々肌寒い。
厚着をすれば耐えられる寒さだが、使い捨てカイロが恋しくなる。
カイロを発明すれば一気に借金返済できるかな?
……ダメだ。
材料が鉄しか分からない。
理科はいつも赤点だったからな。
寒いからと言って、ずっと部屋でゴロゴロしている訳にもいかない。
冒険者ギルドの仕事は出来高制なのだ。
今日もミスティと一緒に馬車での旅が始まる。
依頼内容は商人と積み荷の護衛。
馬車に同乗して、時たま襲ってくる野生動物や盗賊を追い払うのが俺たちの役目だ。
何も起こらず、平和に目的地に辿り着いても報酬が貰えるので、最近のお気に入りの仕事となっている。
ミスティも馬車に乗ると楽しそうにしているので、一石二鳥だ。
アグウェルを出発しておよそ一時間。
俺たちを乗せた馬車は予定外の来訪者によって停止させられる。
「命が惜しかったら、積み荷を置いていきな!」
「ついでに若い女もだ!
って、男とガキしか居ねーのかよ!」
「ん? なんでガキが乗ってんだ?」
久しぶりにカモ……じゃない、盗賊のお出ましだ。
刃物を持った荒くれ者風の男が三人。
こんな少人数で俺たちの乗った馬車を襲うとは運が悪い。
「ミスティ、そこの悪いおじさん達を懲らしめてあげなさい」
「はーい!」
ミスティは盗賊達の元に駆け寄り、右手を横に一振り薙ぎ払う。
「おにはーそとーっ」
盗賊達は彼女に触れられる事もなく、その場から吹き飛び、すぐに意識を失った。
ワンターンキル完了。
彼らを吹き飛ばしたのは重力操作、意識を失わせたのは気圧操作による窒息である。
どちらも彼女の得意とする魔法だ。
命までは奪わないように調整されているが、結構えげつない。
ちなみに詠唱は何でも良いらしく、彼女の気分によって変わる。
今日の詠唱は節分風。
ひと月程前の『メリークリスマス』と比べれば、かなりマトモになったな。
「ミスティ、よくやった。
帰ったら干した大豆をやろう。
ただし食べるのは年の数までだぞ」
「えー……そんなのイラナイ」
「好き嫌いはよくないぞ」
それに先に節分ネタをふったのはそっちだろうに……。
安全確認の為、俺は馬車を降りる。
まだ盗賊の仲間がいる可能性があるからな。
「ますたーあぶないっ! ばりあーっ!」
外に出た俺を狙って一本の矢が飛来するが、ミスティばりあによって防がれる。
やはり、まだ仲間が居たようだ。
「サンキュ、ミスティ」
「ますたーは、わたしがまもるっ!」
うさぎさんステッキを構えて、自称かっこいいポーズを決めるツインテ魔女っ子。
彼女が作り出す闇の障壁は、あらゆる物理攻撃と魔術を無効化する最強の盾だ。
見た目は可愛らしいが、実に頼もしい。
もっとも、粗末な木の矢程度、当たっても何ともないけどな。
続いて第二射が俺たちを襲い、再び闇の障壁によって阻まれる。
諦めの悪い奴だな。
姿は見えないが、二度の射撃で大体の方向は掴めた。
少し炙り出してやるか。
「呪文詠唱! 稲妻!」
最小の威力で《稲妻》のカードを使用した。
雲ひとつない青空にも関わらず、一筋の雷光が天から降り注ぐ。
俺のユニークスキルとも言える、ウィザクリの魔法カードから発動されるあらゆる魔術には、ホーミング性能が備わっている。
威力を抑えれば、このようにレーダーの代わりとしても使用できるのだ。
ただし、普通のレーダーと異なり、対象に少なからずダメージを与えるので、味方には使えない。
俺たちはゆっくりと雷の落ちた場所へと歩み寄る。
そこには岩陰に隠れるようにして、モヒカンの男が倒れていた。
彼の近くにはクロスボウと数本の矢が散乱している。
ん……?
こいつ、何処かで会ったことあるような?
あっ、思い出した。
俺がこっちに来た日、ラルフに吹っ飛ばされた奴だ。
あんな目にあっても、まだ盗賊やってたのか。
「ってぇ……何が起こったんだ?」
「雷がお前目掛けて落ちたんだ。
感電するのは初めてか?」
「カン……デン?」
まだ意識がハッキリしていないのか、モヒカンは虚ろな目でこちらを見上げる。
余談だが、俺は子供の頃に使い捨てカメラを興味本位で分解して、フラッシュ用の高圧電池で感電した経験がある。
初めての感電はかなりの痛さで泣き叫んだ。
電池であの痛さだからな……稲妻の痛みは相当なものだろう。
「ガキを連れていて……奇妙な魔術を使う……。
ま、まさかお前は……這い寄るロリコン!?」
「その名前で呼ぶんじゃねーよっ!
呪文詠唱! 地割れ!」
足元の地面が二つに裂かれ、モヒカンは悲鳴と共に奈落へと消えていった。
「しまった! つい……やっちまった。
ミスティ、あいつを引き上げてくれ」
「はーい」
モヒカンはミスティの重力操作によって、奈落から引き上げられる。
かろうじて生きているようなので、続いて治癒魔法を施させた。
危うく殺人を侵すところだった。
セーフ。
「う……」
「意識が戻ったようだな。
お前達にはみっつの選択肢がある」
「な……なんだ?」
「ひとつ、ここで人生を終わらせる。
ふたつ、半殺しにされて牢獄にぶち込まれる。
みっつ、アジトにあるお宝を渡して、今日起こった事を全て忘れる」
「んな、無茶苦茶な選択肢があるかよ」
「ほう……呪文詠唱! 波動砲!」
俺の右手から放たれた光線が、モヒカンが身を隠すのに使っていた岩を貫く。
岩は一瞬で粉々になり、辺りに砂ぼこりが舞う。
「もう一度だけ言うぞ。
お前達にはみっつの選択肢が……」
「さ、三番だ!
アジトに案内するから、命まではっ」
「いい答えだ。ミスティ」
「はーい」
ミスティの重力操作により、モヒカンの自由を奪い、クロスボウの弦で手首を縛りあげた。
「なっ……何をする!?」
「俺たちは仕事中だからな。
それが終わるまでは同行してもらう。
その後でアジトまで案内してもらおうか」
俺たちの仕事はあくまでクライアントの護衛。
盗賊退治は降り掛かる火の粉を払っただけなのだ。
モヒカンと言う、新たな積み荷を乗せた馬車は目的地へと再出発する。
「もう片付けたんですか!?
さすがは這い寄るロリコン ユーヤ・イズミ。
噂どおりの凄腕だ」
「その名前で呼ばないで頂けますか。
あまり好きじゃないんで……」
「あぁ、すまない」
借金返済の為、東奔西走する内に俺にも二つ名が付けられるようになっていた。
ミスティを連れて、あらゆる野生動物や悪人を瞬く間に撃退する様子から、俺に付けられた二つ名が【這い寄るロリコン】である。
何となく邪神っぽい二つ名だが、俺はロリコンでもないし、這い寄ったりもしない。
誰が名づけたか知らないが、大変失礼な呼び方だ。
これならマリアの【幻想の姫君】の方が百倍はマシである。
◆◆◆◆
商人を無事に目的地まで送り届けた俺たちは、軽食で腹を満たした後、乗り合い馬車で来た道を戻る。
幼女とモヒカンを連れた俺を、訝しげな視線で見つめる乗客も居たが、金さえ払えば乗車を拒否される事はない。
釣りが出ないことを妥協すれば、途中下車も可能だ。
ドライな対応で助かる。
盗賊を返り討ちにした辺りで、途中下車をしてアジトを目指す。
ミスティにやられた三人の姿はない。
意識を取り戻して立ち去ったのだろう。
「そういや、お前らの仲間だった符術士が、王都に搬送される時は襲って来なかったよな」
「一応、近くまでは来たけどよ。
正規軍人が乗ってる馬車なんか、怖くて襲えないっすよ」
「何だ。お前ら、リックにビビってたのかよ」
当時はかなり緊張していたのだが、あのロリコンにビビってたとは拍子抜けだ。
「おっ、あそこだな。
初めて来た時と変わってないな」
森の中を進み、やがて盗賊達のアジトへと辿り着く。
数ヶ月前に召喚戦闘が行われた場所だ。
なんだか少し懐かしい。
「ご苦労だったな。
いいか、よく聞けよ。
お前は命からがら戻ってきた所を、俺たちに襲撃された。
決して裏切ってはいない……って事にしといてやる」
「あ、あぁ……」
「よし、仕事の時間だ。ミスティ、行くぞ!」
「はーい」
モヒカンを解放し、アジトの中の盗賊達を一掃する。
金目の物を優先して麻袋に詰め込んだ。
お宝の保管場所も以前と同じだったので作業はスムーズに進む。
取り返したお宝をギルドで提出する事で、お宝の価値のおよそ一割が臨時報酬として手に入る。
賞金のかかっていない雑魚盗賊を捕らえるよりも、よっぽど効率が良いので、盗賊は生かさず殺さず、お宝だけを取り返す事にしている。
しばらく放っておけば、またお宝を抱え込んで居るので、再びボコる事で定期的に臨時報酬が得られるのだ。
間違ってもネコババはしない。
ミスティの教育上よろしくないからな。
この副収入のお陰で、借金は残り八万ガルドにまで減った。
この調子なら春までには全額返済出来るだろう。
ただひとつ問題があるとすれば、必ずと言っていい程、帰りが徒歩になる点か。
今回はおよそ四時間の歩きとなる。
「ねぇ、ますたー。
ミスティつかれた。おんぶー」
「荷物で両手が塞がってるんだから無理だって。
てか、歩きたくないのならカードに戻ればいいだろ」
「えー、やだぁ」
「はぁ……じゃあ、明日プリン買ってやるから」
「ホント? ミスティがんばる!」
俺の稼ぎの九割は彼女のお陰と言って差し支えない。
プリンくらい幾らでも奢ってやるさ。
でも、食べ過ぎてミスティが太ったらイヤだな。
そんな事を考えながら、俺たちはゆっくりと歩き続けた。