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第三十話 「泣く子はこわい」

「ここは食事を提供する店なんだから、当たり前だろ!

 それに、あんな小さな子供を泣かせて、何とも思わないのかよ!」

「黙れ! 俺はガキは嫌いなんだよ!」


 大男は近くにあった空の酒瓶を掴み、俺の頭頂目掛けて、思いっきり振り下ろした。

 瓶は粉々に砕け散り、俺の周りにガラスの雪が振り注ぐ。

 普通だったら大怪我だが、符術士の絶対防御のお陰で、痛くも痒くもない。


「ちっ、石頭め」

「せめて一言謝れば印象も変わるのに、逆ギレした挙句、手まで出しやがった。

 もう許さねえ!」


 内ポケットからデッキを取り出し、展開させる。

 俺の左手に五枚のカードが配られる。


「なんだぁ? 手品(マジック)でも見せてくれるのか?」

「とっておきのヤツを見せてやるよ。

 呪文詠唱! 火の玉(ファイアボール)!」


 手札から火の玉のカードを選択し、発動させる。

 至近距離から発射された火の玉は、大男の鎧に命中!

 彼の身体を火だるまに……するは事なく掻き消えた。


「なっ!? 火の玉が効かない!!」

「ちょっと熱かったじゃねーか。

 これはお返しだ!」


 大男が腰の剣を引き抜いて、俺に襲いかかる。

 思わず後ずさるが、俺の運動神経では回避は叶わず、剣は喉元を確実に捉える。

 正確で速い!

 これが酔っ払いの攻撃だと!?

 しかし、俺の頸動脈を狙った攻撃は失敗に終わった。

 大男の剣は柄だけを残し、砂鉄となって床に散らばる。

 符術士はあらゆる攻撃を無効化すると知ってはいたが、今のは本気で命の危険を感じた。


「ほぅ。見ねぇ顔だと思ったが、てめぇ符術士か」

「だったら、何だって言うんだよ。

 呪文詠唱! 針千本(ニードルショット)!」


 次のカードを発動し、反撃に移る。

 狙うのは鎧で守られていない部分だ。

 無数の針が大男の顔面を襲い、視界を奪う。


「うおっ! 目がっ!

 てめぇ、やりやがったな!」


 大男は両手で顔面を抑えながら仰け反った。

 チャンスだ!

 残る三枚の手札のうち、最強のカードを最大威力で放ってやる!


「呪文詠唱! 波動砲!」


 俺の右手から拳大の光線が大男の腹部へと放たれる。

 符術士を一撃で瀕死に出来る、俺の最強のカードだ。

 今朝、対人では使うまいと心に誓ったばかりだが、背に腹は変えられない。

 やらなければコチラがやられるのだ。


 波動砲をモロに喰らった大男は宙を舞い、巨体は壁へと打ち付けられる。

 火の玉を無効化した鎧も、波動砲の威力には耐えられず粉々に吹き飛んだ。

 鍛えられた腹筋が顕わになる。

 若干血がにじみ出ているが、かすり傷程度に見える。

 鎧のおかげで波動砲が貫通しなかったか。

 どんだけ頑丈なんだよ。


 残りの手札は二枚。

 そろそろ、新しい手札も補充される筈だ。

 勝利を確信した俺は、壁にもたれ掛かっている大男に、ゆっくりと歩み寄る。


「これで、どっちが上か分かっただろ。

 さぁ、ミスティと店員さんに謝れよ!

 そして代金を支払って出て行け!」

「ぐっ……奇妙な術を使いやがる。

 だがなっ!」


 刹那、俺の身体が五十センチ程の宙に浮かされる。

 大男が俺を見上げてニタニタと笑っている。

 その両腕は俺の喉元をしっかりと掴んでいた。


「油断したな。

 俺に符術士を倒す事は出来ねぇが、こうやって意識を失わせる方法もあるんだぜ!」

「近くで喋るな……酒くせぇ……」


 大男の太い親指が喉に食い込み、徐々に呼吸が困難になる。

 以前テレビで観た、ネック・ハンギング・ツリーと言う技に似ている。

 実際に喰らうと、こんなにも苦しいとは……。

 左手に持っていたはずの手札は床へと落ち、反撃の術も失われた。

 万事休すか。

 意識を失う直前、俺の身体は床へと落とされる。


「ガハッ……ゲホッ……ゲホッ……」


 不足していた酸素を一気に補充しようとして、その場でむせ返る。

 助かった。

 だが、おかしい。

 何故このタイミングで手を離す?

 あと一分も続ければ、俺は完全に意識を失っていたはずだ。


「ますたーをイジメちゃダメっ!」

「ミスティ?」


 声の方を振り向くと、目を涙で真っ赤に腫らしながらステッキを構えている、ミスティの姿が視界に飛び込んできた。

 ステッキの先では、先程の大男が関節をあらぬ方向に曲げながら、必死な形相で喉をかきむしっている。

 やがて、口から大量の泡を吹いて、大男は意識を失った。


 まずい!

 いくら何でも、やり過ぎだ。

 相手は最低のクズ野朗だが、殺してはいけない。


「ミスティ! もういい、やめろ!

 俺は大丈夫だから!」


 俺はミスティの元に駆け寄り、彼女のステッキを取り押さえる。


「やだ……ますたーいなくなっちゃ……やだよ。

 プリン食べられなくてもいいから、ますたーしなないで……ふえぇぇん」


 俺の姿を見て感情のタガが外れたのか、彼女は攻撃を中止して大声で泣き叫ぶ。


「大丈夫!

 ほら、この通りピンピンしてるから!」

「ふえぇ……本当?」

「あぁ、だからもう泣くのはやめろ」

「ますたー……もうムチャしたらダメだょ」

「分かった。もう無茶はしない。約束だ」

「うぅ……やくそく」


 ハンカチで彼女の涙を拭い、指切りをする。

 正直、ピンピンしていると言ったのは嘘だが、こうでも言わないと、彼女は攻撃を止めなかっただろう。


 ミスティが落ち着くのを見届けてから、改めて倒れている大男の様子をうかがう。

 意識はなさそうだが、身体がピクピクと動いている。

 良かった。

 死んでは居ないようだ。

 辺りには鎧の破片だか、食器の破片だか分からないが、金属片があちこちに散らばっている。

 壁には男がめり込んだ跡が残っている。

 酷い有り様だ。

 また借金を増やしてしまったかも知れない。

 俺は近くで怯えている店員に、頭を下げて謝罪をする。


「ご迷惑をお掛けいたしましました」

「あ……いえ。お気になさらず。

 でも、大丈夫ですか?

 軍人に手を出して……」

「マズかったでしょうか?」


 この店もコイツには迷惑させられていたはずだ。

 こんなクズ相手でも逆らってはいけない程、軍の権力は大きいのだろうか?

 俺、指名手配とかされちゃうのかな?


 今後について頭を悩ませていると、店の奥からパチパチと小さな拍手が聞こえてきた。

 拍手をしていたのは、眼鏡をかけた長身の青年。

 端正な顔と爽やかな表情が、日本での友人を思い起こさせる。

 青年は気絶している大男の元に歩み寄り、彼の両手を背中に回して、手錠を掛けた。

 その異質な拘束具が、彼を普通の人ではないと知らしめる。


「ほぅ……耐魔術装甲がここまで粉々になるか。

 まだまだ改良を加えなければならないな」

「耐魔術装甲?」

「おっと、今の独り言は聞こえなかった事にしてくれると助かるな。

 君、これで彼らに代わりの料理を。

 店の修繕費はこの書類に詳細を書いて、ギルドに提出してくれれば、全額こちらで持つ」

「かしこまりました。

 ありがとうございます!」


 青年からお金と書類を受け取った店員が、店の奥へと消える。

 何者かは分からないが、敵ではないようだ。


「初めまして。

 最初に一言、謝らせて頂きたい。

 彼の起こした問題は我々の責任です。

 誠に申し訳ない」

「あなたに謝られる覚えはありませんが……」

「本来なら彼が謝罪すべきなのは分かります。

 しかし、ああいう輩は絶対に謝罪などしません。

 意識を取り戻したら、自分の行動は棚に上げて、貴方を逆恨みするでしょう」


 この青年の言う事も分からなくはない。

 宗教家などは世の中には本当の悪人は居ないと言うが、実際には利己的な人間が極一部に存在する。

 そう言うタイプは周りに迷惑をかけまくり、やがて周囲からの信頼を失い、孤立しても尚、自分だけが正しいと信じてやまないのだ。

 そう言う自覚なき悪人に対する最善の付き合い方は、一切関わらない事である。

 一時の感情に任せて突っかかっていった、俺の対応は最悪のパターンと言える。


「申し遅れました。

 私はジャスティス・ササキと申します」


 見た目の印象とは違い、すごい名前だな。

 でも、どこかで聞いたような……。


「傭兵の大量募集のせいで、中には軍の評判を落とすような者も居ましてね。

 この度はご迷惑をお掛けしましました。

 お詫びにはならないかも知れないが、何か困った事があったら、ここに手紙を送って下さい。

 力にはなれませんが、知恵くらいならお貸ししましょう」


 ジャスティスから名刺のようなものを受け取った。

 長方形の紙に名前と住所だけが手書きされたシンプルなものだ。

 それを見て、まだ名乗っていない事に気付く。


「あっ、すみません。

 ユーヤ・イズミと言います。

 この子は……」

「その子はあなたの相棒(クンペル)ですね。

 強大な魔力をお持ちのようですが、一歩間違えると大きな不幸を招きかねない。

 彼女を正しく導くのが、符術士(マスター)である君の責務です」

「え? は、はい」


 ミスティの正体を見抜いた!?

 一体、何者だ?


「それから、彼の事ならご心配なく。

 もう皆さんに迷惑はかけさせません。

 最悪、幻惑魔術でも施して最前線にでも派遣しましょうかね」


 そう言って、ジャスティスは気絶している大男を片手で担ぎ上げる。

 何気に今、サラリと恐ろしい事を言ったな。

 幻惑魔術なんてものも存在するのか。


「それでは、良いランチタイムを」

「あっ、待って下さい」

「何か気になる点でもありましたか?」


 つい、引き止めてしまった。

 気になる事は山ほどあるが、質問攻めにする時間はなさそうだ。


「えっと、アグウェルに行きたいのですが、乗り合い馬車とか乗った事がなくて……」


 って、何訊いてるんだ俺は。

 もっと重要な事が色々有るだろうに……。


「乗り合い馬車なら、この店を出て左に曲がれば五分くらいで乗り場に辿り着きますよ。

 確か、アグウェル行きは今日の十五時発でしたかね。

 三日に一往復しか便がありませんので、お気をつけ下さい」


 乗り過ごしたら、次は三日後かよ。

 今、何時だ?

 店内を見回して時計を探す。

 カウンターの上に壁掛け時計を見つけた。

 時刻は……十四時五十分!?


「あと十分しかねーっ!

 ミスティ、店を出るぞ!」

「えー、まだプリン食べてない」

「さっきプリン要らないって言っただろ!

 あぁっ、わかった! 次来た時に奢ってやるから!」

「やくそくだよー」


 ジャスティスに会釈をして店を飛び出る。

 着替えもなければ、外泊するような金銭的余裕もない。

 そして何より、カードゲームの対戦相手が居ない。

 こんな場所に三日も拘束されるのはゴメンだ。


 全力で疾走すると、大きな馬車が見えてきた。

 間に合った!

 きっとアレが乗り合い馬車に違いない。


「すみません! 待って下さい!

 アグウェル行き、乗ります!」


 俺とミスティを含む、数人の乗客を乗せて馬車は王都を出発する。

 行きとは違って気楽な旅だ。

 明日からはまた借金返済の為、仕事を探さなくてはならない。

 俺の異世界生活は、まだまだ始まったばかりだ。

 第一章 冒険者編 完。

 第二章 青の契約者編 へ続く。


※次話からは不定期投稿になります。

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