第二十九話 「王都ディアナハル」
王都に入ってからも、しばらくは馬車での移動が続く。
石で舗装された道を、ゆっくりと進んで行く。
驚くべきは、通路が馬車の通る車道と、歩行者の通る歩道に分かれている事だ。
王都と言うだけあって、通行人もかなり多いが、このお陰で馬車の妨げにはなっていない。
やがて人通りは少なくなり、遠くに立派な西洋風のお城が見えてきた。
日本の皇居に比べると小さいが、遠くからでもかなりの敷地面積だと分かる。
王都と言うくらいだから、王族が住んでいるのだろう。
俺には縁のない場所だな。
◆◆◆◆
「長時間、お疲れ様。
報酬は口座に振り込まれるから、ギルドで確認してね」
「本当にこれで報酬貰ってもいいのか?」
「気にしない、気にしない」
城の近くにある収容所で、兵士に囚人を引き渡し、今回の仕事は完了した。
と言っても、俺は付き添っただけだ。
これで五万ガルドも貰えるなんて美味しすぎる。
「ミスティ、あのお城に行ってみたい!」
「どう考えても無理だ。諦めろ」
ミスティは完全に観光気分だ。
さすがに城に入る事は出来ないので、我慢してもらおう。
「あのお城は無理だけど、もっと小さなお城で良ければ、僕が連れてってあげるよ」
「小さなお城?」
「うん。中はすごくキラキラしてるんだ。
おっきなベッドや、泡の出るお風呂があって……」
「それ、お城じゃねーから!」
その小さなお城とやらは、どう考えてもラブホテルだ。
こいつ、ミスティをラブホに誘いやがった。
幼女をラブホに誘うとか、ロリコンの末期症状だな。
てか、ラブホって、こっちの世界にもあるのかよ!
「楽しそう!
ますたーといっしょに行きたい!」
「子供は入っちゃダメ!」
「三人で入るなんて、ハレンチなっ!」
「ハレンチなのは、そっちだ!」
「じゃあ、ミスティが大人になったら、いっしょに行こ?」
「……考えとく」
場をおさめる為に言ったが、これではまるで、俺が光源氏計画をしているみたいじゃないか。
「ミスティちゃんが成長しても、身長は百四十センチ台で止まり、体型もつるペタを維持する事を祈ってるよ」
「変な事を祈るな!」
「ねぇ、ますたー。おなかすいたー」
「そういや、朝食以来、何も食べていないな」
「食事を摂りたいのなら、そこの道を真っ直ぐ進むと、いろんなお店があるよ」
よし、話の流れが変わった!
ミスティ、グッジョブ!
「よし、腹ごしらえに行ってくるか。
帰りは何時に出発するんだ?」
「帰りって?」
「アグウェルに帰るんだよ。
お家に帰るまでが遠足って言うだろ」
「あー……それなら、適当に乗り合い馬車でも見つけて帰ってよ」
「え? 送ってくれないのか?」
「そりゃあ、僕だってミスティちゃんと一緒に居たいけど、報告と書類業務が残っててね」
日帰りの仕事だと聞いていたから、リックの馬車で往復するものとばかり思っていた。
よくよく考えてみれば、リックは王都に住んでいるのだし、わざわざ俺たちを送り届ける義務はない。
しかし、マリアのやつ色々と説明不足にも程があるだろ。
帰ったらブッ倒す……カードゲームで。
「俺、乗り合い馬車って乗ったことないんだけど、どうすればいいんだ?」
「さあ? 僕も乗ったことないから知らない」
「は?」
乗ったことないのに、人に勧めるのかよ。
このロリコン、役に立たねぇ……。
「ねぇ、はやくご飯食べにいこーよ」
「あぁ、悪い」
ミスティが俺の服を引っ張りながら、駄々をこねてきた。
帰る方法は後回しにして、食事を摂ろう。
「じゃあな。お世話になりました」
「また一緒に仕事する機会があったら、よろしくね。
ミスティちゃん、今度僕と遊ぼうね」
「えー……やだぁ」
「ハハハ、ミスティちゃんはツンデレだな」
「今の台詞のどこにデレがあった?」
ツンデレじゃなく、嫌われているだけだろう。
事あるごとに舐めたいとか言うからだ。
◆◆◆◆
リックと別れた俺たちは、教えられた道を、城とは反対の方向へ歩いていく。
数分で大通りへと辿り着いた。
カラフルな看板が通りの左右を装飾し、何十人もの人達が行き来している。
通行人もオシャレな服装をした人が多い。
地味なローブを着ている俺が、逆に浮いている気がする。
アグウェルの商店街とは大違いだ。
このまま観光したい気分になるが、まずは腹ごしらえだ。
適当に近くのレストラン風の店に入る。
ひょっとしたら、服装で入店拒否されるのではないかと危惧したが、すんなりと席に案内された。
「こちらがメニューでございます。
ご注文がお決まりになりましたら、そちらのベルを鳴らして下さい」
「ありがとうございます」
どうせ料理名を見ても分からないんだけどな。
俺が知ってる料理はウリブーサンドだけだ。
「ミスティはこの文字読めるか?」
「んー……わかんない!」
「じゃあ、適当に頼むか」
メニューを開いた俺の目に意外なものが写り込む。
なんと、料理のイラストが描かれている!
しかもカラーだ!
これなら俺でも注文出来る。
「ミスティ、プリンがいい!」
「いきなりデザートかよ」
そもそも、こっちにプリンなんて……あった。
パンとスープにプリンらしきデザートのセットが。
プリンの上には、生クリームとさくらんぼが乗っている。
ミスティのランチはこれでいいか。
お値段は四百ガルド……高っ!
待てよ。
彼女はカードから召喚された英霊だ。
カードに戻れば食事なんてしなくても……なんて言えない。
目をキラキラさせながら、メニューのイラストを見つめてる彼女に、ノーと言うほど俺は鬼畜ではない。
高額な報酬も入ったばかりだし、今日は奮発するか。
ベルを鳴らし、やって来た店員にメニューを指差して注文を伝える。
ミスティにはプリンのセット、俺はハンバーグっぽいイラストの描かれたセットにした。
こちらの世界にもハンバーグがあるなんて、これっぽっちも思ってなかったから楽しみだ。
◆◆◆◆
「だから、金はないって言ってるだろ!」
そんな怒鳴り声が聞こえてきたのは、俺が注文を終えて料理を待っている時の事だった。
声の方を振り向くと、ガタイの良いおっさんが店員と揉めている。
リックと同じような白銀の鎧を纏っている。
って事はロリコン……じゃない、軍人だろうか。
「その様な事を申されましても……困ります」
「大体、ここの飯は不味いんだよ!
こんなモノに金なんて払えるか!」
「そんな……二人前も完食しておいて」
「あぁん? てめぇ、誰に向かってそんな口聞いてるんだ?」
無関係な俺にも、言いがかりだと分かる。
ああいうクズは、どこに行っても居るものなんだな。
「ますたー、あれなぁに?」
「しーっ。よい子は見ちゃいけません」
ミスティが怒鳴ってるおっさんを指差すのを、慌てて押さえつける。
キ○ガイには関わらないのが一番だ。
他人のトラブル我関せず。
これが普通の日本人の生き方だと、俺は思っている。
現に他の客も口を出さない。
日本人は居ないけどな。
「お待たせ致しました。
ユカンルンとリュカムーアでございます」
別の店員が注文した料理を運んできた。
聞き慣れない名前だが、イラストのイメージ通りハンバーグだ。
これで主食がパンじゃなく、ライスなら完璧だった。
「あれ、大丈夫ですか?」
小声で店員に話しかけてみたが返答はなく、苦笑いを浮かべて戻っていった。
色々と大変そうだな。
「わぁーっ! プリン!
いただきまーす!」
「デザートは最後な。
先にパンとスープを食べなさい」
「はぁーい」
少し遅いランチタイムが始まる。
周りが一部うるさいのが難点だが、料理の味には関係ない。
異世界のハンバーグは日本のモノより固めだったが、空腹も手伝ってか非常に美味に感じられた。
「ほら、口の周りにスープのおひげが付いてるぞ」
「ん……ありがと」
ミスティの口を拭ってやる。
思えば、彼女と二人きりで食事をするのは初めてだ。
カードのユニットと一緒に食事。
不思議な気分だが、悪くない。
だが、俺たちの楽しいランチタイムは長くは続かなかった。
「だから、金はないって言ってんのが、わかんねーのか!」
怒鳴り声と共に大きな皿が飛来して、俺たちのテーブルで跳ねて、床へと舞い落ちる。
ガシャン! と音を立てて、辺りに陶器の破片が散らばった。
「ミスティ、怪我はないか?」
皿はテーブルを挟んで、俺たちとは反対側に落ちたから大丈夫だとは思うが、もし破片が刺さっていたら大変だ。
見たところ、怪我はなさそうだが……。
「うわあぁぁん!
ミスティのプリン……プリンかえしてよぉ!」
ヤバい……本気で大泣きしている。
見ると、テーブルの上にあった料理が、グチャグチャになっていた。
先程の皿が当たったのだろう。
皿の飛んできた方向を見ると、店員にイチャモンをつけてる男が目に止まる。
グラスを店員の足元に叩き付けて脅しをかけている。
間違いない。
犯人はあいつだ。
「俺がプリンを取り返してやるから、泣くのは辞めなさい。
ミスティはいい子だろ?」
「うぅ……えっぐ……ほんとに?」
「あぁ、流石に俺もブチ切れた。
少しだけ、待っててくれ」
「……ぅん」
ミスティを宥めつけてから、カウンターで揉めている大男の元に詰め寄る。
「おい、おっさん!」
「あん? 何だ、てめぇは?」
「何だ、じゃねーよ!
おっさんが投げた皿で、俺たちの昼食が滅茶苦茶だ。
弁償しろよ!」
「はあ? 知るか!
そんなとこで食ってる、てめぇが悪いんだよ」
なんて言い草だ。
予想通り、こいつは最低な奴だな。
てか、近くに寄ると酒臭っ!
こんな昼間から酔っ払ってるのかよ。
後ろの店員が、こちらを見て首を横に振っているが、ここで引き下がる訳にはいかない。
何としてでも、このクズに一言謝らせてやる!