第二十八話 「王都へ」
俺とミスティ、そして囚人の符術士を乗せた馬車は、アグウェルを経ち、王都ディアナハルへと向かう。
仕事の内容は、囚人を王都の収容所まで移送する事。
と言っても、先ほどボコったせいか、囚人は借りてきた猫のように大人しい。
「わぁーっ! はやい、はやーい!」
ミスティは窓から身を乗り出して、スピード感を満喫している。
自動車や電車に慣れた俺の感覚だと、馬車のスピードはそんなに速くはない。
精々、ママチャリで全力疾走したくらいの速さだろう。
だが、乗り物自体が初めての経験となる、彼女にとっては、楽しくてたまらないようだ。
「あんまり、身を乗り出すと落ちるぞ」
「はーい」
王都までは片道およそ五時間。
長距離の移動になるが、床下に細工が施されているのか、この馬車は揺れが少ない。
これなら、快適な旅が出来そうだ。
◆◆◆◆
出発から一時間程経過した頃、馬車がゆっくりと歩みを止める。
窓から外を覗き見るが、樹木が生い茂っているだけで、人の気配はない。
何事かと疑問を抱いていると、リックが馬から降り、こちらへやって来た。
「どうしたんです? 赤信号?」
「赤信号? 何それ?
ミスティちゃんを見て、英気を養おうと思ってさ」
リックの台詞を聞いたミスティが、俺の背後に隠れる。
先ほどまで、はしゃいでいたのが嘘のようだ。
「あぁ、やっぱりガチロリはいいなあ。
見ているだけで心が洗われるようだ。
ペロペロしたい!」
「やだぁ……きもちわるいよぉ……」
「そんなにペロペロしたいなら、そこのデブでも舐めてろ」
「え? わし!?」
心が洗われるどころか、汚れまくってるように思える。
「失礼。つい、心の声が出てしまった。忘れてくれ。
少し、休憩しようかと思ってね」
リックは水筒から飲み物をコップに注ぎ、全員に差し出してきた。
丁度、喉が渇いてきたので、ありがたく受け取る。
だが、ミスティだけは受け取ろうとしない。
一時間前に初めて会ったばかりなのに、かなり嫌われてるな。
「なんだ、ただの水か」
「でも、美味しいだろ」
「そうだな」
リックの差し入れは、なんの変哲もない水だった。
しかし、喉の渇きも手伝ってか、非常に美味しく感じる。
「これは僕の地元でとれる、湧き水をろ過したものでね。
【幼女の聖水】と言う名で売り出そうと思ってるんだ」
「ブーッ!」
思わず、口に含んだ水を吹き出した。
「あー、馬車の中を汚さないでよ」
「あんたがヘンな事言うからだろっ!」
「ん? ヘンな事って?」
「自覚ないのかよ……」
本気で商品名を【幼女の聖水】にして売るつもりだ。
秋葉原なら面白がって買う人も、少しは居そうだが、この国では逆効果だろう。
「そろそろ、警戒区域に入るからね。
ミスティちゃんも、今の内に喉を癒やしておいた方がいいよ」
「警戒区域?」
マリアからは、日帰りで終わる簡単な仕事と聞いている。
危険な事は起こらないと思っていたので、警戒区域と聞いて少し緊張する。
「もうすぐ、その囚人が活動していた区域に入る。
仲間の盗賊が襲ってくる可能性が高い」
「なるほど」
「ふはははは。そうか、あいつらが……。
魔符されあれば、こんなやつらに……」
「なんか言ったか?」
「ごめんなさい。何でもありません」
助けが来るかも知れないと聞いて、落ち込んでいた囚人が、少し元気になった。
そもそも、こいつのデッキはギルドで保管されているし、仮に持ち主の手に戻ったとしても、あのバランスの悪いデッキに負ける気はしない。
「もしもの時、僕は馬を護る事に専念する。
こんな辺鄙な場所で、馬をやられたら厄介だからね」
「俺とミスティは、こいつを攫われないようにすればいいんだな」
こいつの仲間の盗賊と言えば、ラルフに一撃で気絶させられた奴らか。
今の俺なら、なんとでもなりそうだ。
小休憩の後、馬車は再び王都へと走り出す。
いつ、盗賊が襲ってきても良いように、右手にウィザクリのデッキを持ち、窓の外に意識を集中する。
ミスティには反対側の監視を任せている。
背後が手薄ではあるが、そこを攻めるには、走っている馬車に後ろから追いつく必要がある。
盗賊が何処かで馬を奪ってくれば、話は別だが、そこまでしてくる可能性は低いと思う。
◆◆◆◆
馬車が再出発してから、およそ三十分が経過した。
左側には広大な森が見える。
俺がマリア達と出会った森だろうか?
だとしたら、盗賊のアジトの近くだが、今の所、襲撃はない。
なんだか、身体が怠い。
緊張した状況が続いているからだろうか。
「ミスティ、そっちはどうだ?」
「なんともないよ。あっ、ネコさん!
……見えなくなっちゃった」
「とりあえずは平和そうだな。
もし怪しい奴らが見えたら、教えてくれ」
「うん!」
◆◆◆◆
特に何事もなく、更に一時間程の時が流れた。
木々に覆われていた景色もすっかり変わり、窓の外には平地が広がっている。
あまりにも平和な為、監視も雑になってきた頃、馬車はゆっくりと停車した。
王都まではまだまだ遠い。
ついにやってきたか!?
デッキを握りしめ、息を呑む。
「おつかれ。ここまで来れば大丈夫だよ」
だが、俺の耳に届いたのは、のんびりとしたリックの声だった。
「何も起こらなかったな」
どうやら、盗賊の活動区域は抜けたようだ。
この囚人は盗賊にとって、そこまで価値のある人物ではなかった、と言う事か。
「ますたー、喉かわいた」
「あぁ、俺もだ」
「【幼女の聖水】飲む?」
「……普通に水と言ってくれ」
飲む気が失せる台詞を聞きつつも、リックから水筒とコップを受け取って、喉を潤す。
「ふぅー」
「ミスティものむー」
「はい。ミスティもお疲れ様」
リックからは頑なに受け取ろうとしなかったミスティだが、俺が渡すとコップの水を一気に飲み干した。
その後、囚人にも水筒を渡して全員が息をついた。
「わしは……これから、どうなるんじゃ?」
「軍に預けられる予定だけど、その先は知らないな。
僕は下っ端だからね。
何にせよ、法の裁きに従ってもらう事になると思うよ」
「法の裁きか……」
そう言って、完全に諦めたのか、囚人は下を俯いて沈黙する。
俺はこの国の法律は全く知らないし、日本には盗賊なんて居なかったから、こいつがどうなるのか、予想できない。
俺の仕事は、こいつを王都まで送り届ける事だ。
犯罪者の末路なんて、知った事じゃないか。
「じゃあ、出発するよ。
もう大丈夫だと思うけど、もしもの時はよろしくね」
もしもの時が来ない事を祈ろう。
「あ、そうだ。ミスティちゃん。
馬に乗ってみないかい?
馬車の中とは違う景色が見られるよ」
「お馬さん? んー……」
リックがミスティを乗馬デートに誘いってきた。
襲撃の危険がないのなら、貴重な体験が出来るし、悪くない。
だが、誘っているのは二十代の男性。
誘われているのは七、八歳の幼女だ。
「大丈夫。怖くないよ。
落ちないように、僕がしっかり支えてあげるから」
「ますたー、この人、こわいよぉ」
「馬じゃなくて、お前が怖がられてるぞ。諦めろ」
「残念。ミスティちゃんの柔肌に、合法的に触れるチャンスだと思ったんだけどな」
「だから、欲望を口に出すなよ」
これさえなければ、良い人なのだが……。
◆◆◆◆
時折、休憩を挟みつつ、俺たちを乗せた馬車は進んでゆく。
出発から五時間。
ついに王都ディアナハルが見えてきた。
初めて見た王都の感想は、町と言うより要塞と言った感じだ。
四階程の高さのある頑丈そうな壁が、左右に伸びている。
どちらも果てが見えない程の長さだ。
きっと、王都全体が、この壁で囲ってあるのだろう。
壁の高い位置には、小さな窓が等間隔で並んでいる。
似たようなのを映画で見たことがあるな。
有事にはあの小窓から銃……はないらしいから、弓か?
飛び道具で地上の敵を、一方的に攻撃する為のものだ。
その壁の中に大きな門があり、馬車はその手前で停車する。
門の前には、甲冑に身を包んだ衛兵が四人。
多い時でも二人しか居ない、アグウェルの警備とは大違いだ。
「来訪の目的を述べ、身分証明書を提示しなさい」
「はい、委任状と軍隊手帳」
中に入るには身分証明書の他に、目的まで告げる必要があるのか。
アグウェルなら、他人のギルドカードでも、出入り出来るのにな。
あっちがザル警備すぎるだけか。
「確認しました。
リック・グレーナー少尉。
お仕事、ご苦労様です」
この人、軍人だったんだ。
なんかイメージと違う。
「そちらの男性と少女も、身分証明書を提示しなさい」
「ギルドカードで良いですか?」
ギルドカードを取り出して衛兵に渡す。
問題なのはミスティだ。
彼女は身分証明書なんて持っていない。
「ユーヤ・イズミ。冒険者。適性……符術士だと!?
では、そちらの少女が、幻想の姫君マリア・ヴィーゼか!」
いいえ、違います。
なんか勘違いされてるし、このままマリアって事にするのも、ひとつの手か。
「わたしはミスティだよ」
「マリアちゃんは合法ロリ。
ミスティちゃんはガチ幼女。
あなたは、この違いが分からないのか!?
そして僕は、どっちも愛している!」
「な、何を言っているんだ? 少尉は」
バカ正直とバカのせいで、速攻でバレた。
このままだと面倒な事になりそうだ。
「えっと、見せた方が早いか。
ミスティ、ちょっとカードに戻ってくれ」
「えー、やだ。
ミスティ、ますたーと一緒がいい」
「僕もミスティちゃんと一緒がいい!」
「リックは黙っててくれ!
中に入ったら直ぐに召喚するから」
「わかった。約束だよ」
ミスティをカードに戻す事により、衛兵に彼女の正体を説明する。
やはり、彼女のように人間と寸分も変わらない姿の英霊は珍しいそうだ。
衛兵にはかなり驚かれたが、これで俺たちは全員、無事に門を通過。
目的地である、王都ディアナハルへと辿り着いた。




