第二十七話 「報酬五万ガルド」
翌朝。
いつもより早めに起きて洗濯物を取り込む。
物干し竿に手を伸ばすと、背中に少し痛みを感じる。
昨夜、風呂から上がると、ミスティとダイフクが俺のベッドを占拠していた為、床で寝たのが原因だろう。
しかも目覚めるとカードに戻ったのか、ミスティは居なくなっていた。
俺の快適な睡眠の為にもに躾が必要だな。
洗濯したてのローブに袖を通す。
夜干しのせいか、少し冷たいが替えがないので我慢しよう。
◆◆◆◆
朝食後、マリアに連れられて人気の少ない道を歩く。
仕事を紹介してくれるとの話だが、ブタの搬送業務で五万ガルドの報酬は怪しさ満点だ。
彼女を信用していない訳ではないが、不安がないと言えば嘘になる。
十分以上歩いただろうか。
周りとは大きく異なる、大きめの建物が見えてくる。
入り口には衛兵らしき人物が立っている。
それだけで、ここが重要な施設なのだろうと予測できる。
「着いたわよ」
「これは幻想の姫君。わざわざご苦労様です。
そちらの方は?」
「イズミ・ユーヤです。
本日はよろしくお願い致します」
「はぁ」
衛兵がマリアに話し掛けるのを見て、俺も自己紹介をするが、返ってきたのは素っ気ない返事だった。
あれ? ここが今日の職場じゃないのか?
「なぁ、そろそろ、仕事の内容を教えてくれても良いんじゃないか?」
「少し待てば分かるわよ」
「昨日から、そればっかだな」
仕方がない。
あと少しなら、大人しく待ちますか。
ぼーっと待つこと数分。
俺達が来た方向とは反対側から、蹄の音が聞こえてくる。
振り向くと、一台の馬車がこちらへ、ゆっくりと近付いていた。
驚くべきはその外観だ。
天蓋付きの頑丈そうな箱を、巨大な白い馬が一頭で引いている。
ギルドで借りられる馬車とは大違いだ。
あっちは馬に荷台を繋いだだけだからな。
馬車は俺達の目前で止まり、巨大な馬から、白銀の鎧を纏った若い男が降り立つ。
「おお! マリアちゃん、会いたかったよーっ!」
鎧の男はマリアに襲いかかり、マリアが横に避ける。
そして、避けたマリアに足を引っ掛けられ、派手な音を立てて転倒した。
「さすが、リック。時間ピッタリね」
「相変わらず、素敵な歓迎だなぁ。
おぉ! 今日の下着は純っ白!」
「……召喚」
「ワン!」
鎧の男、リックはスカートの中を覗き見した罪で、マリアの召喚した柴犬に断罪させらせた。
おかしいな?
初めて会う人物なのに、この光景は記憶に新しいぞ。
「ところで、隣の男性はどちら様?
ハッ! まさかマリアちゃんの彼氏!?
そんな、ボクという者がありながら……」
今度は俺を見て、何やら勝手なイメージをして呻いている。
面倒くさそうな人だ。
「ここには仕事に来たんでしょ」
「そうだ!
だが、このままでは仕事が手につかない。
彼の事を教えてくれ!」
「もうっ! 彼とは同じ屋根の下に暮らしてるだけよ」
「同じ屋根の下……そんな深い関係にっ!?」
マリアが誤解を深めるような説明をし、リックがショックで数歩後ずさる。
そろそろツッコミを入れないと、益々面倒な事になりそうだ。
「初めまして。ユーヤ・イズミと言います。
確かに同じ屋根の下ですが、俺達の住まいは冒険者寮ですよ」
「あぁ、そうか! 良かった!
ボクはリック・グレーナーだ」
「リックさん。
身体中から血が出てますけど、大丈夫ですか?」
「これはマリアちゃんから貰った、愛の証!
大したことはないさ!」
ダメだ。
この人、もう手遅れだわ。
「白の契約者、マリア・ヴィーゼの名において命ずる。
この変態を癒やしたまえ。
治癒魔術」
「あぁっ! 愛の証が消えていく……」
マリアが治癒魔術でリックの傷を治す。
しかし、治癒魔術を受けて、ガッカリする人は初めてだな。
お前はアンデッドかよ。
「今回は私の代わりに、彼が行く事になったから、頼んだわよ」
「よろしくお願い致します」
俺は軽く頭を下げる。
どうやら、マリアに来た依頼を俺に譲ってくれたようだ。
しかし、今回の仕事はこの人と一緒か。
正直、かなり不安だ。
「え? 何を言ってるのかな?
この仕事は符術士じゃないと無理だよ」
「一応、俺も符術士ですけど……」
何だか空気がおかしい。
マリアのやつ、事前に話を通していなかったな。
電話もメールもないから仕方がないとは言え、アポなしで代打を紹介されても困るよな。
「ギルドから連絡が行ってるはずよ。
それに彼は私より強いわよ」
「そう言えば出発前に書状が届いてたような……。
でも、マリアちゃんに会えるのが嬉しくて読んでないや」
「はぁ……相変わらずね」
あぁ、連絡はしたけど、リックがスルーしたのか。
こんな人と一緒で大丈夫かなぁ……?
「それに、僕はマリアちゃんが居るから、こんな遠くまで来たんだ!
そのスリムな体型!
細くて真っ白な太腿!
凹凸のない綺麗な胸!
それを拝めないなら、こんな仕事に何の意味がある!?」
「キモッ……ぶちのめすわよ」
マリアが仕事を譲る理由が分かった気がする。
しかし、このまま引き下がる訳にはいかない。
何せ報酬五万ガルドの大仕事だからな。
話の流れを軌道修正しつつ、リックを説得しなければならない。
「ところで、どうして符術士じゃないと無理なんですか?」
「そんな事も知らずに来たのかい?
あ、キミ。今回の荷物を持ってきて。
これ、委任状ね」
先ほどから無言で見守っていた衛兵が、リックから書類を受け取り、建物の奥へと消えた。
「その荷物を運ぶのが、今回の依頼ですよね?」
「運ぶだけなら、僕一人でいいんだけどね」
そう言って、彼は懐から一本の短剣を取り出した。
物騒だな。
一体、何を運ぶつもりなのだろう。
数分後、建物から衛兵が戻ってきた。
一人ではない。
隣に小太りの男を引き連れている。
上下お揃いのジャージのような服装で、両手に手錠がかけられている。
一目見て、囚人だと理解した。
「これが理由だよっ!」
リックは囚人に向かって短剣を投擲する。
短剣は刃先から真っ直ぐに、囚人の左胸を目指して飛んでいく。
かなり訓練したのだろう、実に鮮やかで正確な投擲だ。
だが、その短剣は囚人の身体に傷をつける事はなく、地面に弾き飛ばされた後、柄を残して砂のようになって崩れる。
符術士特有の英霊の加護による絶対防御である。
「この様に、符術士には普通の武器や魔術は通用しないんだ。
特殊な素材で作った手錠で、自由を奪うのが関の山なのさ」
「なるほどね」
「そう、だからマリアちゃんが必要なんだ!」
「マリア……じゃと」
短剣を投げつけられても見動きひとつしなかった囚人が、体格に似合わない鋭い目線でこちらを睨みつける。
思い出した。
こいつ、俺がこちらの世界に来た日、マリアに負けた符術士じゃないか。
って事は、ブタってこいつの事かよ!
「おのれ小娘、ここで会ったが百年目。
引導を渡してくれる!」
百年どころか、まだ一週間程度だし、手錠をかけられて、どう引導を渡すつもりなのだろうか?
だが、これは俺にとって、実力をアピールする良い機会だ。
「要するに、こいつを何とか出来ればいいんだろ?
呪文詠唱、火の玉!」
すかさずデッキを展開し、《火の玉》を囚人の頭に目掛けて詠唱。
昨夜、俺の下着を消し炭にした炎が、囚人の髪の毛を焼き払い、髪型をアフロへと変える。
驚いた衛兵が飛び退き、囚人は地面にのた打ち回った。
「うわっちぃ! 頭がっ! わしの頭がぁっ!」
「馬鹿な!? 符術士に効く魔術なんて!」
「これでも、俺には務まりませんか?」
「……ダメだ」
仕方がない。
小太りの囚人には悪いが、もう少し痛い目に合ってもらうとするか。
「呪文詠唱、波動砲!」
詠唱を終えると、俺の右手から、拳程の直径の光線が発射され、囚人の肩口を貫いた。
波動砲と言うよりは、サ○ヤ人の放つ気功波に近い。
「ぐわあぁっ! 痛い……痛いよぉ……」
「やべっ、やり過ぎた。召喚!」
威力を抑えたつもりだったが、それでも十分な殺傷力を持っていたようだ。
俺は慌ててミスティを召喚する。
「おはよ、ますたー」
「ミスティ。早速で悪いが、あいつの怪我を治してくれ」
「わかった。いたいのいたいの、とんでけー」
間一髪。
ミスティの治癒魔術により、囚人の怪我は完治した。
アフロになった髪型も元通りだ。
「悪い。ちょっと見せつけるだけの、つもりだったんだ」
「ひいぃっ! 許して下さい。
大人しくしてるから、殺さないでっ」
完全に怯えているな。
少し申し訳ない気分になる。
でも、これでリックも俺の実力……じゃないな。
このデッキの威力を、認めざるを得ないだろう。
「美しい銀色の髪。
それを頭部でふたつに分けた独特のヘアスタイル。
そして、成長過程にある幼女ならではの、自然な可愛らしさ!
素敵なお嬢さん、あなたのお名前は?」
「わたし? ミスティだよ」
「ミスティ……なんてミステリアスな名前なんだ」
……無視かよっ!
しかも、幼女を本気で口説いているよ、この人。
ミスティがミステリアスって、響きが似てるだけだろ。
「あのー」
「あぁ、仕事の件だね。いいよ。
キミがマリアちゃんの代わりに、同行する事を許可しよう。
その代わり……」
「その代わり?」
「ミスティちゃんの腋を舐めていいですか?」
「は?」
いきなり、謎の交換条件を提案されて戸惑う。
「幼女をペロペロするのは紳士の嗜みにして最高の愛情表現。
ちょっとだけでいいからっ!」
「意味が分からん!
そもそも、マリア目当てじゃなかったのかよ!」
「マリアちゃんのような合法ロリから、ミスティちゃんのようなガチ幼女。
果ては、見た目は子供、頭脳は大人なロリババアまで。
全てのロリを等しく愛するのが僕の理念だ!」
なんか、すごい事を言い切った。
「それじゃあ、私はギルドまで、仕事の引き継ぎの手続きをしに行くわ」
そう言ってマリアは駆け足で去っていった。
いや、逃げたと言うべきか。
「ますたー……この人、きもちわるい」
「一応、今回の依頼主だから我慢しなさい。
あっ、でも舐めるのはなし!
おさわりもダメ!」
「くっ……仕方がない。妄想だけで我慢しよう」
妄想するのは勝手だけど、口に出すなよ……。
「それじゃあ、ミスティちゃんと符術士くん。
一緒に行こうじゃないか。
王都ディアナハルへ!」