第二十五話 「ウィザード アンド クリーチャーズ」
「呪文詠唱! 手札交換」
配られた手札から、屋内で使用しても問題のなさそうな物を選んで唱えてみる。
すると、使用したカードが消滅し、残りの四枚のカードが山札に戻り、新たに別のカードが四枚手札に加わる。
このカードの能力は手札を全て山札に戻し、シャッフルした後に戻した枚数と同じ枚数を引くと言うものだ。
詠唱する事でテキスト通りの動きをする魔法カード。
もし、他の攻撃系魔法カードも同様なら、これは大きな武器になる。
「ありがとう、ミスティ。
確かにこいつは俺にピッタリだ。
すみませーん。これ下さーい」
俺はカードの入った箱を手に取り、店の奥に居る店主を呼んだ。
ゆっくりと出てきた店主は、俺の持っている物を見て訝しげな表情をする。
「なんだい。そんな偽物の魔符が欲しいのかい?」
「偽物? すごく便利な魔法道具に思えたんですが」
「一応、迷宮で発掘された物で、多少は魔力を秘めてるらしいけどね。
あたしが触っても呪われないんだから偽物だよ」
ほう、【ウィザード アンド クリーチャーズ】のカードは普通の人が触れても平気なのか。
いや、逆だな。
【フェアトラーク】のカードに触れると呪われると言うのがおかしい。
「それが欲しいってのなら五百ガルドでいいよ」
「安いな」
日本での価値を考えると高めだが、数日分の昼食代程度の価格だ。
これなら、もし使い物にならない物であっても痛くはない。
会計の為、ギルドカードを差し出す。
代金はギルドの口座から直接引き落としされる。
デビットカードのようで便利だが、手元に現金がないと、余計な物まで買ってしまいそうで少し怖い。
「ますたー、ミスティも何かほしい」
「ん? ミスティは魔法道具なんて必要ないだろ。
まさか壺が欲しいのか?」
「えー、やだー。
へんなのじゃなくて、かわいいの!」
ミスティが駄々を捏ねてくる。
俺が買い物をしているのを見て何か欲しくなったのだろう。
とは言え、骨董品屋にかわいい物なんてなさそうだ。
「変な物しかなくて悪かったの」
「ありがとうございました。また来ます」
「ふん。勝手にしなされ」
店主から決済の終わったカードを受け取り、そそくさと店を出る。
ミスティとの会話を聞かれたのか、少々気まずい。
ともあれ、新しい武器は手に入った。
後は攻撃呪文カードが思い通りに発動出来るかどうか……。
流石に町中で試す訳にはいかないだろう。
近場だと今朝、薪拾いに行った森辺りが打倒か。
「ますたー、何か買ってよー」
「ああ、はいはい。
その代わり、こいつの実験に付き合えよ」
「うん!」
借金を背負った貧乏人にタカるなよ、と言う気持ちも無くはないが、ミスティにお願いされると断われない。
何か安物でも買い与えておとなしくしてもらうか。
◆◆◆◆
俺とミスティは商店街にある洋服屋にやってきた。
ここでは服だけでなく、小さなアクセサリー類も取り扱っている。
そのほとんどは数十ガルドとお手軽な値段なので、それでお茶を濁そうと言う打算的な考えでここを選んだ。
そんな俺の考えも知らず、ミスティは目をキラキラとさせて店内を見回している。
やはり、女の子はオシャレな服を見るのは好きなようだ。
尤も、服は高いから買わないけどな。
「ねぇ、ミスティあれ欲しい!」
「どれだ?」
ミスティが俺の袖を掴み、店の奥へと誘う。
彼女が指差した先には純白のドレスが展示されていた。
スカートの部分にはレースが幾重にも重ねられ、素材の美しさを強調させている。
これってどう見ても……ウェディングドレスだよな。
もちろん、普通に大人サイズだ。
お値段は……高っ!
こんな大金あったら借金の返済に充てるわ!
「悪いな。流石にこれは無理だ」
「えー。ますたーのドケチ!」
別にケチってる訳じゃない。
普通に購入資金がないのだ。
金が有っても買わないけど。
「これ大きいから、ミスティには合わないだろ。
俺が他に似合うのを選んでやるから」
「んー……じゃあ、ミスティが大人になったら買って!」
「はいはい」
「やったー! これで、私たちフィアンセ同士だね」
こいつ、ウェディングドレスの意味を知ってて強請ったのか。
てか、さっきまで『嫁』だったのが、『フィアンセ』ってランクダウンしてるぞ。
フィアンセ宣言をスルーして、ミスティに似合いそうな物を探す。
もちろん、値段のチェックも忘れない。
ひとつの帽子が俺の目に止まる。
三角錐に丸い鍔のついた、いかにも魔女っぽい帽子だ。
闇の魔女と言う名称の割りに、ミスティの見た目は魔女っぽくない。
「ミスティ、ちょっとコレ被ってみろ」
「うん!」
うん。魔女帽と黒のゴスロリ衣装との相性は悪くない。
しかし、何かが物足りないな。
そしてミスティのこの格好、どこかで見たような……。
思い出した!
ラバーストラップに同梱されているプロモカードのイラストだ。
残念ながら、買っても当たらなかったから実物は持っていないが、公式サイトで見た事がある。
って事は物足りないのはアレか。
アレならこの店に有りそうだな。
「よし、お金を払ってくるから、ここで待ってろ」
「はーい」
カウンターで魔女帽と青いリボンを二つ購入する。
合わせても約百ガルド。
このくらいならお安いものだ。
「よし、ミスティ。可愛くしてやるから少しじっとしてろよ」
「ミスティ、最初からかわいいよ?」
「……そういう事は自分で言わない方がいいぞ」
「はーい」
俺はミスティの少し癖のある長い髪を左右に分け、耳の少し上辺りでリボンを結ぶ。
いわゆるツインテールと呼ばれる髪型だ。
左右の髪を結び終わったら、最後に魔女帽を被せる。
帽子でギリギリ隠れないリボンの位置がポイントだ。
「出来た!
ミスティ、ちょっとステッキ出してみろ」
「こう?」
ミスティが常に持ち歩いているぬいぐるみ『ダイフク』が姿を消し、代わりにうさぎをデザインした魔法少女風のステッキが、彼女の右手に現れる。
それはプロモカード版《闇の魔女ミスティ》の完全再現と言える姿だった。
まるでカードからユニットが出てきたような……カードから出てきたんだったな。
「やべぇ……かわいい」
「ホント? ミスティかわいい?」
「あぁ!」
恐るべしツインテ魔女っ子の破壊力。
ラバーストラップとプロモカード欲しかったなぁ……。
いや、本物が目の前に居るじゃないか。
このかわいさはストラップやプロモなんて比較にならない。
……ハッ!
これじゃ、まるで俺がロリコンみたいじゃないか。
いや、子供をかわいいと思うのは人間の本能だ。
欲情するのはロリコンだが、かわいいと思うだけなら問題ない。
よし、大丈夫だ。
「ますたー、ありがとう!
ダイフクの次に大切にするね」
基準がよく分からないが、気に入ってもらえたようだ。
お金もさほどかからず、ミスティも俺も嬉しい。
良い買い物をした。
◆◆◆◆
買い物を終えた俺達は、再びトレントの居る森へとやって来た。
骨董品屋で購入した魔法道具の使い勝手を試すのが目的だ。
「今からこいつを使うから、なるべく辺りに被害が及ばないようにサポートしてくれ」
「うん。やってみるね」
「じゃあ始めるぞ。呪文詠唱!」
ウィザクリのカードがシャッフルされ、五枚のカードが手札に加わる。
ここまでは店内でやった通り。
問題は実際に魔法カードを使用する時だ。
チートカッターのように威力が大きすぎた場合、それが原因で何が起こるか分からない。
《火の玉》のカードで森が焼失などしたら、借金が更に膨らんでしまう。
「よし、今から魔法カードを使うぞ」
「うん」
「呪文詠唱、針千本!」
「ミスティばりあーっ」
詠唱に応じて、無数の針が手札を持つ左手から発射された。
そして、その全てがミスティの作り出した闇の障壁に吸収され消滅する。
続いて《火の玉》や《落石》も使ってみたが、同じく障壁に吸収された。
恐るべし、ミスティばりあ。
ともかく、攻撃系魔法カードも使えるな。
問題は初期手札がランダムである事と、唱えると手札からカードが消える事か。
ひょっとして、五枚とも使い切ったら終わりか?
手札切れの恐怖を想像して悩んでいると、俺の左手に新しいカードが出現した。
「お、手札が補充された」
良かった。
五枚でおしまいじゃない。
その後も実験を繰り返し、このバーンデッキの仕様がだいたい理解できた。
手札は一分強の間隔で一枚ずつ補充される。
ただし、手札が上限枚数の七枚の時は補充されない。
ここは元のTCGとは少し異なるな。
使用したカードは消滅したように見えるが、魔力を断つと一枚の不足もなく元に戻る。
これを利用してドローの時間を短縮しようと試みたが、元に戻すと十分は再起動出来なかった。
これなら定期的な手札補充を待った方が早い。
最後に威力だが、実験の途中に現れたデカチューを《火の玉》一枚で撃退する事が出来た。
強すぎる事も弱すぎる事もなく、適度な威力だ。
しかもホーミング機能が付いているのか、イメージするだけで対象にヒットさせる事が出来る。
もっともミスティには簡単に躱されたが……。
あのバリア無敵過ぎるだろ。
だが、味方としては頼もしいな。
色々と試している内に、日は西に傾き、辺りは夕闇に包まれてきた。
思っていたより時が経つのが早い。
ギルドで仕事を探す予定が狂ってしまった。
まぁ、一日くらい何とでもなるか。
仕事探しは明日にしよう。