第二十三話 「薪拾い」
夜九時を待って風呂に入る。
昨日は仕事で入浴できなかった。
二日ぶりの湯船は気持ちいい。
この二日間で新たな課題がいくつか増えたが、湯に浸かるとどうでも良く思えてくる。
「誰か入ってるのか?」
「あぁ、俺だ」
「イズミか。なら後にしよう」
外からハンスの声が聞こえた。
俺が先に入浴しているから遠慮するつもりのようだ。
「広いんだから、遠慮しなくてもいいだろ」
「いや、ニコも居る」
「なるほど。もうすぐ出るから待っててくれ」
ここの風呂は大き目なので、三人くらいなら一緒に入れるが、さすがに少し狭いな。
身体も十分温まった事だし、ハンスとニコに譲ろう。
◆◆◆◆
風呂からあがって部屋に戻ると、俺のベッドで寝ていたミスティの姿はなく、一枚のカードが枕元に置かれていた。
今朝は俺が命令しても戻らなかった癖に、気まぐれなやつだ。
ともあれ、お陰で二日連続で雑魚寝しなくても済みそうだ。
今日は早めに休む事にしよう。
おやすみなさい。
◆◆◆◆
それは翌日、朝食を終えた時の事だった。
「イズミさん、ハンスさん。
今日はご予定はありますか?」
「特にない」
「仕事を探しに行こうかと思ってたけど、基本的には暇です」
「良かった。ひとつ、お願いしてもいいですか?」
アリスが俺とハンスにお願い事をしてきた。
彼女は何でも一人でこなすイメージがあったので、少々意外だ。
「薪の備蓄が少なくなりまして、お二人で取ってきては頂けないでしょうか?」
「分かった」
「分かりました。
でも、薪って何処で取れるんだ?」
「俺が案内する」
「そいつは頼もしい」
そう言えば、入寮の時に薪拾いの話を聞いた気がする。
一人だと不安だがハンスも一緒なら大丈夫だろう。
しかし、照明や洗濯機は魔力で動くのに、火を使う時は薪が必要とは、この世界はまだまだ不思議が多い。
「十分後、玄関で待つ」
「オッケー」
◆◆◆◆
ハンスと一緒に薪拾いに出発!
目的地は町を出てすぐの所にある小さな森だ。
こちらに来て最初に目覚めた場所も森だったな。
巨大なハムスターが出てこないことを祈ろう。
「足元に気を付けろ」
「りょーかい。ところで、ニコは一緒じゃないんだな」
「薪拾いは男の仕事だ」
「一昨日のウリブー討伐よりは楽そうだけどな。
ニコがこの仕事をするのは、もう少し大きくなってからって事か」
「何を言ってるんだ?」
「ん? ニコがまだ小さいから同行してないんだろ?」
「ニコは女の子だ」
「え?」
聞き間違いだろうか?
確かにネコミミフード付きのローブは女の子っぽいと言えるが、腑に落ちない事がいくつかある。
「薪拾いは男の仕事だから、女の子であるニコは一緒じゃない」
「女の子……だったのか」
「確かにニコは男性によく使われる名前だが、本名のニコラは女性の名前だろ」
そんな事言われても、外国人の名前から性別の判断とか知るかよ。
しかも、ここ異世界だし。
「ちょっと待て。お前ら昨日、一緒に風呂に入ってたよな?」
「それがどうかしたか?」
「いや、おかしいだろ」
ハンスは十六歳、ニコは十二歳。
いくら仲が良い兄妹でも、一緒に風呂に入る年齢じゃない。
しかもこの兄妹、ひとつのベッドで一緒に寝ると言ってた気がする。
「言っておくが、ニコに手を出したら斬る」
「それはないから安心してくれ」
間違っても、男の子にしか見えないショタロリに、俺が欲情するなどあり得ない。
冒険者仲間としては、仲良くやっていきたいけどな。
関係を壊さない為にも、ハンスのシスコンに関してはスルーするのが大人の対応か。
ちょっとキモいけど。
「居たぞ!」
「野生動物か!?」
ハンスが大きな声を上げる。
野生動物と遭遇したらしい。
森に入る時に覚悟はしていたが、緊張が俺の身体を少しずつ支配する。
「上質な薪だ」
「薪!?」
薪が居た、とはおかしな表現だ。
何かの聞き間違いだろう、と思ってハンスの指した先を見つめる。
その先には確かに上質な薪が居た。
根っ子を足のようにしてゆっくりと移動する樹木。
確かトレントと言ったか。
割とポピュラーなモンスターだ。
緑属性のコモンカードにもトレント系のユニットが居たな。
「おい、まさかアレを持って帰るのか?」
「そうだ」
「あいつ怖そうだし……その辺に落ちてる枝でよくね?」
「魔力を内包した薪は、少量でも長時間、火を維持出来る。
寮でいつも使ってる薪はあいつらの仲間だ」
「へ、へぇー」
もしもの時のために、武器は持っている。
まさか、薪と戦闘するとは予想もしていなかったが……。
覚悟を決めてトレントの方へと歩み寄る。
それは十歩程、近付いた時の事だった。
何かが俺の頬を掠める。
一瞬の事なのでよく分からなかったが、まるで銃弾のようだと思った。
「気を付けろ!
奴等は種を飛ばして攻撃してくる!」
「先に言えよ!」
後ろを振り向き、ハンスに突っ込みを入れた時、頭部で何かが当たる音がした。
「お、おい。イズミ。
今、頭に当たったけど大丈夫か?」
「ん? 何ともないぞ」
そう言えば、マリアもクロスボウの矢を平然と跳ね返してたな。
符術士の謎のチート防御が俺にも備わったって事か。
しかし、当たっても平気とは言え、雨粒のように降り注ぐ種子弾の中を突き抜けるのは怖い。
思わず射程圏外まで後退りする。
「無理だろ、これ」
「俺が手本を見せる」
ハンスが剣を抜き、トレントの方を向いた。
タイミングを図り、種を避けながらジグザグに移動して、距離を詰めて行く。
「秘剣 薪割り!」
ハンスが密接した瞬間、トレントは一振りでバラバラになり、大量の薪が地面に散らばった。
「すげぇ……」
とても鮮やかでカッコ良かった。
でも、必殺技の名前は微妙だ。
と言うか、そのまんまだな。
彼にはネーミングセンスがない。
「こんな感じだ。あっちにもう一体居る。
やってみろ」
「いや、無理だって」
魔法道具でバラす事は可能だろうが、恐怖心が勝って近付けない。
当たっても痛くないのと、飛び交う種が怖いのは別の問題だ。
ん? 待てよ。
トレントの移動速度は遅いから、当たらない距離から攻撃すれば良いだけじゃね?
「やってみる。少し離れててくれ」
ハンスが離れるのを確認して、魔法道具の短剣に魔力を込める。
種の届かない位置にいるトレントに狙いを定め、短剣から風の魔術を解き放つ!
「必殺! チートカッター!」
俺の右手に持った短剣から放たれた風の魔術は、大木の幹に命中し、それは真っ二つに分かれて倒れる。
大木は辺りに大きな音を響かせ、小鳥たちが空へと逃げて行く。
ちなみに倒れたのは、トレントでも何でもない、ありふれた杉っぽい木だ。
「またハズしたか」
「チートカッターって何だ?」
「今、名づけたんだけど……ダメか」
正直、自分でもちょっとダサいと思う。
技名は後でじっくり考えるか。
「まずい。今の音で仲間が集まってきた」
「え?」
気付くと周囲をトレントの群れに囲まれていた。
ざっと数えて十体は下らない。
「やべ……どうしよう」
「流石にこの数じゃ避けきれない。
イズミ、お前が原因なんだから何とかしろ」
「はあっ!? やってみろって言ったのはお前だろ!
何とかしろって言われても……」
まさか、こんな結果になるとは……この短剣を使うとロクな事が起こらない。
「んー……その武器、ますたーには合わないと思うな」
「ミスティ!? いつの間に!?」
「んーとね。ますたーがチートカッターって、叫んでた辺りかな」
ミスティに聞かれていた。
ちょっと恥ずかしい。
「そもそも、召喚してないのに何で居るんだよ」
「面白そうだったから、遊びに来ちゃった。てへ」
ミスティは悪気がなさそうに、舌をちょこっと出しながらウインクをする。
「こいつの魔術なら何とかなるんじゃないか?」
「え? まぁ、確かにミスティなら……」
「このオバケをやっつければいいの?」
「あぁ、でも良いのか?
ブタさんの時はあんなに……」
「だいじょーぶ。
このオバケ、何言ってるか分かんないし、それにブタさん美味しかったし」
「……知ってたのか」
ウリブーの事は知らぬが仏と思い、ミスティには黙っていたのだが、いらぬ気遣いだったようだ。
「じゃあ、ミスティ行ってくるね」
ミスティが飛び交う種の嵐の中を駆け抜けていく。
「ミスティばりあーっ!」
休む間もなく降り注ぐ種の全てを、闇の障壁が吸収し無効化する。
「えいっ」
彼女がステッキを振ると、近くに居たトレントが、ポップコーンのように弾けて大量の薪へと変わる。
それを基点に、周りに居た他のトレントも次々と爆散した。
わずか数十秒の出来事である。
「ますたー、終わったよー」
俺は勘違いをしていたのかも知れない。
ミスティは小さな女の子だが、これでも立派な闇の魔女なのだ。
彼女を守るなんておこがましい。
彼女は共に歩むべき相棒なのだ。
今は俺が一方的に守られる側だが、いつか釣り合う存在になりたいと、心からそう思った。
「これだけあると数年は保つな」
「流石に全部は持って帰れないだろ」
「このオバケ持って帰るの?」
「これを持って帰らないと、温かいお風呂に入れなくなるんだ」
「お風呂!?
じゃあ、ミスティも手伝う!」
辺りに散らばっていた大量の薪が、ミスティの頭上に集まり、巨大な塊を作り上げる。
ミスティの得意とする重力操作魔法だ。
あれに押し潰されたら、普通の人は大怪我をするだろう。
ちょっとムカついたから、ハンスの上に落としてやるか?
と思ったが、こんなクズでも一応家族だし、やめておこう。
「イズミの相棒は底知れないな」
「ミスティ、頼むから落とすなよ」
「だいじょーぶ。
ミスティ、ますたーみたいなドジっ子じゃないもん」
「お、おう……」
こうして、予定の数倍以上の薪を手に入れた俺たちは寮へと帰還する。
途中、宙に浮く薪の塊を見た通行人が、何人か腰を抜かしていたが、説明するのも面倒なので無視した。
大量の薪の置き場に困るかと思ったが、アリスは大喜びしていたので何とかなるだろう。