第二十二話 「カードの入手方法」
「そんな大金貸せる訳ないでしょ」
「ですよねー」
「そもそも、どうして二十万も必要なのよ」
「昨夜の事なんだけど……」
俺は借金を背負う事になった経緯をマリアに説明した。
利息込みで三十一万ガルド。
今すぐ耳を揃えて返せれば、利息分の五万ガルドが浮く。
ラバーストラップに十万も出してくれたマリアなら、俺の救世主になってくれるかも知れないと思ったのだ。
「それって自業自得じゃない。バカなの?」
「……返す言葉も御座いません」
「はぁ……お金は貸せないけど、二十万を一気に稼ぐ方法なら、一応あるわ」
「何っ!?」
二十万ガルドと言えば、この寮に一年半は住める大金である。
それを一気に稼ぐ方法があるだなんて思いもしなかった。
昨夜の危険な仕事でさえ、報酬は三人で一万ガルドだったと言うのに。
「それって生命の危険がある仕事とか?」
「何も危険なことはないわ。
至って安全な方法よ」
「マジか! やるやる!」
「ギルドを通して、余ってる魔符を軍に売るのよ。
私なんかにくれるよりは、あなたの役に立つんじゃない?」
「……論外だ」
俺の世界ではありふれたカードでも、この世界では貴重な魔法道具だ。
符術士しか使えないとは言え、高値で取引されていてもおかしくない。
だが……。
「たとえコモンカードでも、ギルドや軍に売るつもりはない。
俺がカードを譲るのは、相手がお前だからだ」
「え……? そ、それってどう言う意味よ」
「カードが簡単に手に入る日本ならともかく、こっちじゃ入手が困難なんだろ?」
「そうね。市場には滅多に出回らないわ」
「だからこそ、カードを大切に使ってくれる人にしか譲りたくたい。
対戦をしてると分かるんだ。
マリアはカードゲームを愛している」
「はぁ……」
俺は本気で語ったつもりだったのだが、マリアにため息をつかれた。
カードゲームは実力の近い者同士の方が面白い。
マリアが強くなり、俺の良きライバルになってくれるのなら、使わないカードを譲ることくらい大したことではない。
それに、この世界では俺の対戦相手はマリアしか居ないのだ。
マリアのデッキの強化は、俺の中では借金返済よりも重要な事だ。
「分かったわ。
お金になりそうな仕事があったら、あなたに紹介する。
これならいいでしょ」
「ありがとう。助かる」
「この話はおしまい。
時間があるなら、もう一戦しましょ!
次はこのカードを入れてみるわね」
「オッケー。ただし今度はメインの黒デッキが相手だ」
◆◆◆◆
マリアのデッキを強化をしつつ、俺たちは何度も模擬戦闘を繰り返した。
何戦目だろうか?
試合数を数えるのも億劫になってきた頃、ついにマリアが俺の黒デッキに初勝利を収める。
「完敗だな。おめでとう」
「これが私の本当の実力……って言いたい所だけど、あなたのお陰ね」
「謙遜するなよ」
他のプレイヤーが見ていれば、運が良かっただけと言うかも知れないが、一勝には変わりない。
それに俺は、運命力も実力の一部だと考えている。
そんな会話をしていると、買い物に出かけていたアリスが帰ってきた。
「ただいまー。
あら、まだ特訓されてたんですね」
「おかえりなさい。
今、こいつにトドメを刺さしたところよ」
「おかえり……って、おい。
都合の良い所だけ伝えるなよ」
「仲が良いのね。
小麦の値段が上がるって噂を聞きましたので、小麦粉をたくさん買ってきました。
これで美味しいパンをつくりますね」
アリスの隣には大きな袋が四つ積まれていた。
中身は全て小麦粉か。
小麦の高騰に関しては身に覚えが有りすぎて耳が痛い。
しかし、こんなに重そうな袋を四つもどうやって持って帰ったのだろう?
……訊かない方がいいな。
「アリスも帰ってきた事だし、出かけてくるわね。
あなたも一緒に来なさい」
「俺も? どこに連れて行くんだよ」
「ランチよ」
ふと時計を見ると、短針が一時を指していた。
集中していたから気付かなかったが、随分と長い間対戦していたようだ。
◆◆◆◆
マリアに連れられて商店街の一角にあるレストランにやって来た。
店内には絵画や花が飾られていて、オシャレな雰囲気を演出している。
「今日は私の奢りよ。好きなのを選びなさい」
「一体どう言う風の吹き回しだ?」
「魔符のお礼よ」
「そう言う事か。なら遠慮なく……」
メニューを見ても写真やイラストがない為、どんな料理なのかさっぱり分からなかった。
ただ、その値段から高級店なのは理解できる。
どの料理もギルド内の食堂の三倍位だ。
百ガルドでデパティとウリブーサンドが食べられるギルドの食堂は、貧乏冒険者の心強い味方だな。
店員の語尾がちょっとウザいのが難点だが。
「どうしたの? 早く選びなさいよ」
「バネンムキイ、ザーブロヨプ、ムジュコタヒュ……うん、分からん!」
「はぁ……じゃあ適当に頼むわよ。
好き嫌いとかはない?」
「納豆と酢の物が苦手だな。それ以外なら大丈夫」
大丈夫とは言ったが、俺はこちらの食材をほとんど知らない。
変なものが出てこない事を祈ろう。
「ナットー? スノモノ?
どちらも聞いた事がないわね」
「じゃあ、おまかせで」
「分かったわ」
マリアが店員を呼び、注文を済ませる。
どんな料理が出てくるのか楽しみだ。
「デッキの強化の話だけど、いいかしら?」
「あぁ。でも、これ以上の強化は手持ちじゃ難しいな」
ガイストを購入する為に、個人的に使わないカードはほとんど売ってしまった。
マリアの使える白のカードは、レアリティの低い物しかない。
実家に帰れれば、色々とパーツはあるのだが、それは無理な話だ。
仮に日本に戻れたとして、また異世界に来る必要性がない。
「他の魔符を入手する必要があるのね」
「そういう事だ。
どこかにブースターパックでも売ってれば楽なんだけどな」
「ブースターパックって何?」
「カードがランダムで入って売られてるパックだ。
基本的に枚数は固定で、強いカードほど当たり難くなってる。
くじ引きみたいなものだな」
「そう……見た事ないわね」
「だろうな」
「となると、行くしかないわね」
「行くって何処にだよ?」
「魔符の眠る古代迷宮よ」
そう言えば、魔符は古代迷宮で発見される魔法道具と言ってたような気がする。
なんとなく、危険な場所の予感がする。
日本なら簡単に手に入るカードの為に古代迷宮探検か。
うーん、正直言って行きたくないぞ。
「難しそうだな。
それに新しいカードが見つかっても、その相棒もセットじゃないと、実力を発揮できない事が多いし」
「なるほど。私の獣騎士アレフもそうよね」
「俺の霊騎士ガイストもな。
しかもガイストのような強力なレベル4ユニットになると、基本的にヒールトリガーが相棒になる。
そうする事で、複数のエース級ユニットを入れ難くなるように設計されてるんだ」
「へぇー、そう聞くと本当に人が作った玩具みたいね」
「お待たせ致しました。
ピクゴセーとナセトゥーブンで御座います」
料理が運ばれてきたので、会話を中断して胃に運ぶ事にした。
主食は食べ慣れてきた味のパン。
おかずは甘辛いソースのかかった煮魚だ。
肉と野菜とパンしか目にしてなかったので、魚料理がある事に驚きを隠せない。
味も悪くないが、お値段を考えると微妙だな。
◆◆◆◆
少し遅い昼食を済ませた俺たちは、ギルドで古代迷宮に関わる依頼を手分けして探す。
ついでに、俺でも完遂出来そうな依頼に目星を付けておこう。
「やっぱり、ないわね」
「古代迷宮って結構レアなのか?」
「そこら中にあるけど、ほとんどは貴族の所有地になってるわ。
私たち冒険者は、領主の依頼がなければ入れないの」
「色々と面倒臭そうだな」
「そうね。今後、古代迷宮に入れる機会が有ったら一緒に行きましょ」
「オッケー。それまでは俺が練習相手になってやるよ」
◆◆◆◆
やがて、日も暮れてきたので寮へ戻る。
食堂でアリスの作った夕食を摂り、自室へと戻った。
「今日は久しぶりに、充実したカードゲームデーだったな」
デッキホルダーから一枚のカードを取り出す。
その理由は昨夜のウリブー退治にある。
今後、借金返済の為、冒険者として危険な仕事にも出向かなければならないだろう。
そんな場所に小さな女の子を連れて行く訳にはいかない。
もっと強力な、戦闘慣れしたユニットが好ましい。
「適当にやってみるか。
黒の契約者、ユーヤ・イズミの名の元に、《霊騎士ガイスト》よ!
その姿を我の前に示せ!
召喚!」
我ながら台詞がちょっと厨二病臭いな。
俺が選んだのはデッキ内の最強ユニット《霊騎士ガイスト》。
見た目に反してロリコンだったのがマイナス要素だが、実力は折り紙付きだ。
詠唱を終えて数秒後、右手に持ったカードが消え、目の前に黒い人影が姿を現す。
成功か!?
「ますたー、ミスティ眠いよぉ」
現れたのは銀髪の幼女。
今はゴスロリではなく、黒地のうさぎ柄のパジャマを着ている。
「何で、お前が出てくるんだよ!?
俺は間違いなくガイストのカードを持ってたぞ」
「だって、ますたーと契約を交わしたのはミスティだよ」
「俺はミスティしか召喚出来ないって事か?」
「うん。ますたー、ベッド借りるね。
おやすみなさぃ」
ミスティが俺のベッドに倒れ込む。
「おい、ぬいぐるみは置いとけよ。
俺が寝るスペースがなくなるだろ」
「やだー、ダイフクもいっしょにねるのー」
「ダイフク?」
「この子の名前」
ミスティが白くて丸いうさぎのようなぬいぐるみを指差した。
言われてみれば大福にそっくりだが。
「いや、可哀想だろ……もっとマシな名前を付けてあげろよ。
って、眠ったか?」
ミスティが体を冷やさないように布団を掛けてやる。
心なしか、昨夜より幸せそうな寝顔をしているように見える。
他のユニットを召喚出来ないとなれば仕方がない。
ミスティに辛い思いをさせない為、俺も強くならなきゃな。