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第二十一話 「構築」

 トレーディングカードゲームは玩具である。

 玩具であるが故に、収録されているカードのパワーは緩やかにインフレしていく。

 理由は単純で、新しいブースターのカードが、既存のカードよりも弱かったら売れないからだ。

 そうやって、プレイヤーが気付かない程度の緩やかさでインフレを続けた場合でも、発売時期が一年も離れれば、カードパワーの差は顕著となる。

 ファーストシーズンのカードがメインのマリアのデッキと、サードシーズンのカードがメインの俺のデッキでは性能が大きく異なるのだ。

 《闇の魔女ミスティ》のように、ファーストシーズンのカードでありながら、最新のカードに引けを取らないカードも一部あるが、開発チームの調整ミスと言う例外だろう。


「例えば、連携攻撃コンビネーションアタックの合計AP。

 初期は合計AP10000が最大になるように調整されていた。

 だが、現在は11000が基準となっている。

 ユニットの素のHPの最大値も同様だな」

「それじゃあ、単純に強いカードを持ってる人が有利って事じゃない!?」

「ただ強いカードを入れただけじゃダメだけどな。

 デッキ全体としてのバランスや、他のカードとの相性も重要だ。

 ちょっと待っててくれ」

「え? いきなり何処へ行くのよ?」

「すぐ戻ってくる」


 疑問を投げかけるマリアを残して、俺は駆け足で自室へと向かう。

 鍵を開け、テーブルの上に置いてある通学鞄の中から、デッキホルダーを取り出す。

 このデッキホルダーは大きめのサイズで、標準的なサイズのホルダーが二つも収納出来るタイプだ。

 この中には俺のデッキに採用されたモノを除いて、最新ブースターの(コモン)(レア)のカードが、それぞれ四枚ずつ入っている。

 ガイストの購入資金に変わった為、ほとんど残っていないが、少しだけHR(ハイレア)SR(スーパーレア)もある。

 蓋を開け、約三百枚のカードの束を確認してから食堂へと戻った。


「待たせたな。いいものを持ってきたぞ」

「いいもの? ってそれ、あなたのカードじゃない」

「これは自分で使うかも知れないと思って取っておいた、最新のカードだ」


 俺はホルダーからカードの束を取り出し、その中の四分の一程をテーブルの上に置いた。


「この白のカードを全部マリアにやる」

「あなたのカードを私が貰ってどうするのよ」

「俺のカードも、マリアのカードも日本語版。

 この中に使えそうなカードがあれば、今使っているカードと入れ替えればいい。

 俺のデッキはこっちに来てからカードの入れ替えを行っている。

 だから、マリアのデッキにも使えるはずだ」


 もっとも、カードを入れ替えたのは符術士になる前だが、たぶん大丈夫だろう。


「カードの入れ替え? そんな事出来るの?」

「出来るの? って、そのデッキは自分で構築したんじゃないのか?」

「これは……親の形見よ」

「え……? ご、ごめん」

「いいわよ。もう十年も昔の事だし、気にしてないわ」


 マリアのデッキを強化したいと思っただけなのに、重い台詞が出てきて言葉を失う。

 日本でカードが形見なんて言ったら、故人の人格を疑われるだろうが、この世界でのカードは符術士専用の魔法道具(マジックアイテム)だ。

 彼女の親も符術士だったのだろう。

 その形見と言う事は、完全無敵と思っていた符術士も何らかの要因で死ぬって事か。

 どう言う経緯だったのか、新人符術士として聞いておきたい所だが、彼女の心象を考えると、そうもいかないな。

 よし、この事は忘れよう。


「えっと、話を戻すぞ。

 とにかく、これはマリアにやるから、一通り見て気に入ったカードを選んでくれ」

「文字が読めないわ」

「ああ、そっか。日本語は読めないのか」

「古代文字……異世界の言語だったかしら?

 まぁ、どっちでもいいわ。

 習う機会が無いのだから同じよね」


 会話は日本語で通じるのに、文字は読めないって不思議だな。

 そう言えば俺は習ってもいないのに、この国の文字が読めるな。

 転移者特有の何かが有りそうだ。

 考えてもさっぱり分からないが。


「そうだな、このカードなんかどうだ?」


 おれは束の中から一枚のカードを選んで、マリアに見せる。

 迷犬ポチにそっくりな毛玉をベースに、背中に白い羽と頭部に金色の輪っかが書き足されたようなイラストのカードだ。

 まるでポチが天国に召されたようなイメージだが、設定上は別のユニットらしい。


「か、かわいいじゃない」

「《ガーディアン ワンジェル》。

 白の守護天使(トゥテラリィ)だ。

 通常、守護天使(トゥテラリィ)の種族は《天使》である事が多いが、こいつは《犬》なんだ。

 今のマリアのデッキには合うだろう。

 レアリティがHR(ハイレア)だから三枚しかないけどな」

「分かった。入れてみるわ」

「あ、スリーブは外してくれ。

 つけたままだと魔力が遮られて召喚(コール)出来ないっぽい」

「スリーブって?」

「カードを包んでる袋みたいなやつだよ」

「あぁ、これね。

 何でこんな不便な物に入れてるのかしら?」


 細かなスリ傷すら気にする日本人の感覚だと、ノースリーブ上等な符術士の方が異常に思えるのだが、お国柄の違いと思って受け流そう。

 俺も符術士になったのだから、ノースリーブに慣れないといけないしな。


「白の契約者、マリア・ヴィーゼの名の元に模擬戦闘スタンバイ!」


 新しいカードをデッキに入れたマリアが詠唱を始める。

 模擬戦闘スタンバイと命令する事で、デッキのシャッフルなどの準備をしてくれる。

 対戦相手の同意が必要ないので、ただシャッフルしたい時にも使える。

 中々に便利そうだ。


「何も起こらないわ。

 やっぱり、このカード使えないんじゃない?」

「追加したのと同じ枚数のカードを抜いたか?

 デッキはぴったり五十枚じゃないとルール違反だぞ」

「そんなルール初めて知ったわよ」

「とにかく、やってみろ」


 基本的なルールすら知らずに、今までやってきた事に少々驚いたが、構築済みのデッキだけを渡されたら仕方のない事か。


「あっ、出来た!」


 マリアのデッキがシャッフルされ、手札とファーストリーダーが場にセットされる。

 予想通り、デッキをぴったり五十枚にすれば、構築を変えても問題はないようだ。

 ついでだから、ちょっと実験してみるか。

 俺はカードの束の残りから、赤青緑のカードを適当に抜き取って五十枚のデッキを作る。

 レベルのバランスやカード同士の相性などを完全に無視した、文字通りの紙束デッキだ。

 念の為、ヒールやバーストの四枚制限は守っておこう。


「模擬戦闘スタンバイ」


 俺のデッキもシャッフルされ、対戦の準備が整った。

 どうやら、多属性の混合デッキでも使えるようだ。


「ねぇ、このままもう一回しない?」

「そうだな。

 これで最後まで対戦出来るか気になるし、やってみるか」


「「英霊解放(リベレーション)!」」


 俺とマリアの六戦目の模擬戦闘が始まった。



 ◆◆◆◆



「勝てた……ユーヤに勝った!」

「負けた。やっぱ適当混合デッキじゃ無理だな」


 一部の例外はあるが、【フェアトラーク】のカードは基本的に、ひとつの属性で統一してデッキを構築する事を想定して作られている。

 属性の異なるカードを適当に集めただけでは、マリアのデッキに手も足も出ない。

 多くの能力がフィールドやダメージエリアの同属性カードを条件とする為、発動出来ない事が多かった。

 特にヒールなどの特殊登場時能力(エントリースペル)が不発するのが痛い。


「でも、驚いたわ。

 あなたは黒の契約者かと思ってたのに、他の属性のカードも使えるのね。

 まるでジャスティス・ササキみたい」

「そのくらい別に普通だろ。

 ってか、そのプロレスラーみたいな名前の奴は誰だよ」

「虹の守り手ジャスティス・ササキ。

 五つの属性を全て使いこなす、南カトリア最強と噂される符術士よ」


 なんとなく日本の友人と名前が似てると思ったが、その考えはすぐに否定された。

 あの人は弱いからな。


「一度お手合わせ願いたいものだな」

「難しいでしょうね。

 今は軍の正規兵、それもかなり高い地位って聞いた事があるわ」

「お偉い軍人さんか。

 ちょっと残念だが、俺とは縁がなさそうだ」


 その後も実験を繰り返し、ヒールトリガーを五枚以上入れたデッキなどを試してみたが、ルールに沿った構築でないと、模擬戦闘は出来ない事が分かった。

 俺の世界のカードゲームと符術士の召喚戦闘の恐ろしい程の符号性。

 その理由は分からないが、俺にとっては好都合だ。


「ねぇ、アレはないの?

 えっと……滑り台とか言う奴」

「スペリオルバーストか?

 あるにはあるけど……」


 白属性のカードの束から該当するカードを探し、マリアに渡す。


「でも、これを入れるならタローを抜かないといけないぞ。

 バーストは合わせて四枚までの制限があるからな」

「でも、これが発動すれば、相手のリーダーをダメージに送れるのよね」

「いや、それは音楽家の肖像画の固有能力だ。

 スペリオルバーストはカード毎に能力が異なるんだ。

 このカードの特殊登場時能力(エントリースペル)は、山札から白のカードを二枚まで選択し、特殊登場時能力(エントリースペル)を無効化してフィールドに召喚(コール)する能力だな。

 発動条件はダメージエリアの表向きの白のカードが二枚以上」

「そっか。じゃあ、要らないわね」

「そうとも限らないぜ。

 例えば、こいつの能力で獣騎士アレフとポチを、山札からフィールドに召喚(コール)すれば……」

「そっか! 手札に引けなくても獣騎士アレフと迷犬ポチの連携攻撃が出来るのね」

「そう言う事。

 二枚しかないが、マリアのデッキに採用するなら丁度いい枚数かもな」


 マリアは二枚のカードを見つめながら神妙な顔つきをしている。

 採用するか否か悩んでいるのだろう。


 数分間の沈黙の後、マリアが顔を上げた。


「あなたは……強いわね」

「いきなりどうした?」

「私は強くなりたい……強くならなきゃいけないの。

 お願い。私を強くして!

 あなたなら出来るでしょ!」


 とても真剣な表情だ。

 こんな表情のマリアは見た事が……いや、盗賊との召喚戦闘の時以来か。

 彼女のカードに掛ける情熱は本物だ。

 こういうヤツは嫌いじゃない。


「いいぜ。俺の知る限りのプレイングを教えてやる。

 その代わり、ひとつ頼みがある」

「頼み? えっちなこと以外ならいいわよ」


 相変わらず、俺をナチュラルに変態扱いしている気がするが無視だ。

 今の俺には大きなの問題がある。

 それは……。


「二十万ガルド貸してくれ!」

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