第十八話 「ミスティの能力」
俺は既にミスティの居るエリアに別のミスティを上書きで召喚した。
マリアの言う通り、手札とマナコストを消費しただけでフィールドは何も変わっていない。
空いているサポートエリアに召喚するのが普通だろう。
だが、この上書きには意味があり、これこそが俺が二年半もの間、ミスティをデッキに採用し続けている理由でもある。
「闇の魔女ミスティがサポートエリアから墓地に移動した時、RCを①支払う事で自動能力が発動する」
「え? 墓地で発動する能力なんてあるの?」
「あぁ、俺はRCを①支払い、闇の魔女ミスティの自動能力を発動!」
ダメージエリアのカードが一枚裏向きになり、俺の山札が目の前に展開される。
目標を重要なカードに絞り、山札の中身を確認する。
バーストトリガーが三枚しかないから、一枚マナエリアに行ってるな。
霊騎士ガイスト、ミスティ、ハナコの残りは山札の中か。
「そして山札から闇の魔女ミスティを一枚まで選び、サポートエリアに召喚する。
俺は闇の魔女ミスティを、今ミスティが居るサポートエリアに上書き召喚!」
サポートエリアに居た二人目のミスティが墓地に送られ、山札から三人目のミスティが召喚される。
「ぱんぱかぱーん、ミスティちゃん、またまた登場!」
「だから何でそこに召喚するのよ!」
「ここでいいんだよ」
続いて、一人目のミスティによる特殊召喚で墓地に送られた、二人目のミスティの自動能力が発動する。
「更にRCを①支払い、二人目の闇の魔女ミスティの自動能力を発動!
山札から闇の魔女ミスティを一枚まで選び、今度は空いているサポートエリアに召喚!」
四人目のミスティが召喚され、俺のサポートエリアに二人のミスティが並んだ。
「何よそれ?
最初から空いてる所に召喚すればいいんじゃない?」
「意味はあるって言ったろ。
これは通称『自殺する魔女』と呼ばれるコンボで……」
「「ますたーのいじわる!
ミスティ自殺なんかしないもん!」」
二人のミスティにハモって否定された。
俺が行ったのは上書き召喚を利用したデッキ圧縮だ。
このコンボは、いつしかインターネット上で『自殺する魔女』と呼ばれるようになっていた。
「俺が名付けたんじゃない。
でも、あまりいいイメージじゃないのは確かだな」
「「あのね、こんなのはどう?
かわいいミスティちゃんはさみしいと死んじゃうのあたーっく!」」
「なげーよ!」
そもそも、特殊召喚を繰り返しただけで、まだ攻撃はしていない。
「それで、何の意味があるの?」
マリアにこのコンボの意味を説明する。
「メリットは二つ。
まずはデッキの枚数を減らして、必要なカードを引く確率を上げるデッキ圧縮。
もう一つは山札の中身を確認出来る事だ。
これにより、非公開であるマナエリアのカードを推測出来る。
運悪く重要なカードがマナエリアに複数送られている場合、それが分かっていればプレイングを変えて対応する事も可能になる」
「要するに悪あがきって事かしら?」
「そう思いたければご自由に」
ミスティの山札からの特殊召喚能力だが、元々は戦闘やバーストで墓地に送られた時、蘇生のように使う事を想定してデザインされたモノだ。
しかし、条件の緩さからデッキ圧縮に使うプレイヤーが続出。
ミスティより後に出た他の属性の同系統ユニットには色々な条件が追加された。
例えば白属性《光の魔女ライラ》は空いているサポートエリアにしか召喚出来ない。
中でも悲惨なのは青属性《氷の魔女フローラ》で、自身を山札に戻す事で墓地にある他のフローラを蘇生すると言う、発動条件が厳しい上に山札の確認も出来ない残念な能力になっている。
「さて、悪いがミスティには一人になってもらうか。
マナコストを①支払い、ミスティの居るエリアにハナコを召喚!」
「「ますたーのばかーっ!」」
二人のミスティの罵声が響き、その内一人が墓地へと消える。
代わりに赤いランドセルの少女が召喚される。
「わたし、ハナコさん。遊びましょ」
「わたしはミスティ。ねぇ、何して遊ぶ?」
「わたし、ハナコさん。遊びましょ」
「それはさっき聞いたよぉ」
「多分その子、同じ台詞しか言えないと思うわ」
「えー、つまんない」
召喚されたユニットは決まった台詞しか言えない。
竜騎士サビーノと一緒か。
自由に意思を持って会話するミスティの特殊性が伺える。
それはともかく、サポートエリアの《霊》が二体になった為、ランツェのAPが7000まで上昇した。
ドローフェイズにヒールトリガーであるハナコを引いた時は、運が悪いと思ったが、今の状況では悪くないと言える。
「それじゃあ、戦闘に移らせてもらうぜ。
まずはミスティでポチを攻撃だ!」
「はーい」
「だから、何でポチを狙うのよーっ!」
「場が整ったらリーダーを集中攻撃するのが定石だけど、これにも意味があるんだよ」
ミスティの魔法により、再び毛玉が墓地へと送られる。
「続いて、ハナコのサポートでリーダーに攻撃!」
『穿け!』
ランツェの構えた漆黒の槍が如意棒のように伸び、アレフを攻撃する。
これでアレフの残りHPは4000となった。
「もう一回!
マウスのサポートでリーダーに攻撃!」
『穿け!』
ランツェの二回目の攻撃がヒットし、アレフはダメージエリアへと送られる。
どうでもいい事だが、ランツェの台詞はパターンが少ない上に短いな。
マリアのリーダーエリアに見覚えのある柴犬が姿を現す。
《救助犬ジロー》。
マリアが時々召喚して遊んでいる相棒であり、ダメージを一点回復する特殊登場時能力を所有するヒールトリガーだ。
サポートエリアに居る柴犬も同じユニットだな。
「やった! ヒールトリガー!」
「回復出来るのはダメージが相手より多い時だけ。
マリアは一点、俺は四点だから回復出来ないぜ」
「あっ……わ、分かってるわよ!」
「まぁ、俺の不利には変わりないか。ターンエンド」
「私のターンね。ドロー&マナチャージ」
四ターン目、先行、マリアのターン。
サポーターは二体。
リーダーのAPは3000。
マリアの手札は四枚。
出来ればこのターンのダメージは一点に抑えておきたいが、マリアの手札と召喚されるユニット次第か。
「難しいわね」
「サポーターを増やすか、リーダーを強力なユニットに変えるか、だな」
俺にとって最悪なのはレベル1のサポーターの召喚と、レベル3のリーダーの召喚を両方行われる事だが、悩んでいる様子から察するに彼女の手札は良くないと思われる。
「決めたわ。
マナコストを④支払い、リーダーエリアに獣騎士アレフを召喚!」
柴犬が墓地へと消え、狼を模した鎧に身を包んだ騎士が現れる。
RCが足りない為、自動能力は発動出来ない。
自動能力で山札の上から獣騎士の相棒が召喚されていれば、次のターンでの決着もあり得る。
序盤の運の悪さに逆に助けられたな。
「ジロー、連携攻撃!」
柴犬と獣騎士アレフによる連携攻撃がランツェを襲う。
合計AP10000の攻撃に撃沈。
俺のダメージが五点となる。
「なるほど、相棒か」
「今の私の手札では最良の手よ」
「ポチを攻撃したのは正解だったな」
「これを予想してポチを狙ったの?」
「大体合ってる。理由はそれだけじゃないけどな」
空席となった俺のリーダーエリアに、山札から新たなリーダーが召喚される。
赤いランドセルを背負った少女《七不思議 ハナコ》。
今回のバトルで三回目の登場だ。
「よし、ヒールトリガー!」
俺はダメージエリアから、裏向きに置かれているハナコを選択し墓地へ送る。
ダメージは再び四点に戻った。
「ちょっと、ヒール発動しすぎじゃない?」
「僻むなよ。こればかりは運だろ」
「まぁいいわ。まだ私の攻撃は残ってるもの。
リョーマのサポートでリーダーに攻撃!」
「あれ? このパターンさっきも見たような」
アレフの攻撃によりハナコはダメージエリアに送られ、俺のダメージは五点になる。
ヒールトリガーに限らず、特殊登場時能力を所有するレベル1のユニット全般に言える事だが、ステータスが低い為、相手の攻撃が残っている状況で発動しても直ぐにやられてしまう。
相手の攻撃回数が残っていない状況で発動し、次のターンにレベル3以上のユニットを上書き召喚するのが理想だな。
今回のような状況が続くと理不尽に感じるが、条件はお互い様なので仕方がない。
再び空席となったリーダーエリアに次のリーダーが召喚された。
現れたのは額縁に入った男性の肖像画。
《七不思議 音楽家の肖像画》レベル1/AP3000/HP4000。
元ネタはどの学校にも存在する音楽室の肖像画だろう。
肖像画の目が動くと言う噂から始まり、夜中に絵から飛び出てピアノを弾く所まで話が飛躍するのがテンプレだ。
実際は肖像画の視線が不自然に斜めを向いてる事から発生した音も葉もない噂だろう。
絵から人物が実体化して現れるなんて馬鹿馬鹿しい。
……と思ったが、ミスティはカードから実体化してるな。
案外、学園の七不思議も符術士の仕業なのかも知れない。
音楽家の肖像画も他のレベル1のユニットと同じく特殊登場時能力を持っている。
しかもデッキに合計四枚までの制限を持つバーストトリガーだ。
「バーストトリガーだ。能力無効化はあるか?」
「仮に持っててもマナコストが足りないわ」
「よし、ならバーストトリガー発動!
俺のサポーターを全て墓地に送る!」
「え? えええええぇっ!?」
食堂にマリアの驚きの声が響き渡った。