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第十三話 「契約」

 月明かりを頼りに畑へと向かう。

 俺たちの期待とは裏腹に、辺りは静寂に包まれていた。


「静かだね」

「とりあえず、一通り罠を確認しよう」

「そうだな」


 相手は野生動物、毎日同じ場所に現れるとは限らない。

 長期戦を覚悟したが、三つめの罠を確認した時、その思いは杞憂に終わった。


「ねぇ、何かいるよ」


 ニコの声に続いて落とし穴の罠を覗き込む。

 そこにはトラバサミに足を挟まれ、見動きの取れなくなった()()()が居た。

 ブヒブヒと鳴き声をあげなから、こちらを威嚇している。

 まだ元気な所を見ると、罠に掛かったばかりだと思われる。


「ウリブーの子供だな」

「ほう、これがウリブーか」


 こいつが冒険者ギルドの食堂で食べたカツサンドになるのか。

 そう思うと、何だか美味しそうに見えてくる。


「これならボクたちが来る必要なかったね」

「そうか、これで任務完了か」


 畑を荒らす野生動物(モンスター)は、農家の仕掛けた罠に掛かって討伐完了。

 問題は何もしていない俺たちが、依頼料を貰えるかどうかだな。


「いや、警戒した方がいい」

「え?」

「うわああぁっ!」


 それはハンスが警告するのとほぼ同時だった。

 背後から何者かに突き飛ばされ、ニコが意識を失った。

 突然の出来事に言葉を失う。


「……親だ」


 一言そう述べると、ハンスは腰から剣を抜き、辺りを見回して敵を探す。

 俺はニコに近寄り、様子を伺う。

 意識は失っているが、幸い傷は深くないようだ。

 しかし、パーティで唯一治癒魔術の使えるニコが、早々に離脱したのは痛手だ。


「居た。右手側だ!」


 ハンスの声に応じ、視線を右に移動させる。

 麦の穂が大きく揺れた。

 姿は隠れて見えないが、確実に何者かが居る。

 魔法道具(マジックアイテム)の短剣を取り出し、魔力を注ぎ込む。

 落ち着け……まだ距離はある。


「そこだっ!」


 再び穂が揺れるのを視認し、その場所へ向かって思いっきり短剣を振り下ろす。

 短剣から巻起こった風がかまいたちとなり、目標に襲いかかる。

 風圧で土埃が舞い上がり、しばし視界を奪われた。

 土埃が収まり、辺りを見回すと、俺の正面の畑が数百メートルに渡り、直線状の更地と化していた。

 そこに野生動物(モンスター)らしき姿は見えない。

 外したか!?


「イズミ! 避けろ!」


 俺の左手の麦畑から大きな影が飛び出す。

 避けろと言われても俺の運動神経では無理だ。

 こうなったら一か八か、零距離で魔法道具(マジックアイテム)の風魔術を当ててやる。


「ちくしょう!」


 俺に襲いかかる影に向かって短剣を振り下ろす。

 しかし、咄嗟に振り下ろした為、魔力が供給されていない。

 短剣は虚しく空を斬るだけだった。

 直後、腹部に激痛が走り、身体が後ろへと吹き飛ばされる。


「ぐはっ!」


 うっすらと眼を開くと、敵の姿が視界に入る。

 巨大な猪がこちらをじっと見ていた。

 体長三メートルはあるだろうか。

 口元から伸びている大きな牙は、片方だけが赤く染まっている。

 腹部の激痛はあの牙にやられたのだろう。


 俺の生存を確認したのか、猪が再びこちらに向かって来る。

 痛みに耐えながら、右手に握ったままの短剣に魔力を集中させる。

 大丈夫……意識はしっかりしている。

 カウンターで一撃当てれば、後はハンスが何とかしてくれるさ。


「やらせるかよ」


 寝そべった体制のまま、魔力を込めた短剣を掲げる。

 今度は不発はない。

 確実に仕留める!


「……っ!」


 だが、掲げた短剣が振り下ろされる事はなかった。

 攻撃するまでもなく、俺の身体は宙を舞い、地面にうつ伏せに叩きつけられる。

 衝撃で腰に付けたホルダーからカードが飛び出て辺りに散らばった。


 猪の動きが速すぎて見えなかった。

 いや、何が起こったのか分からないと言うのが正しいか。


「イズミ!?

 こい! お前の相手はこっちだ!」


 ハンスの声と金属音が聞こえる。

 敵を俺から遠ざけてくれたのだろう。

 良い仲間に出会えたと思う。

 だが、もう手遅れかも知れない。

 俺の視界に映る地面が真っ赤に染まっている。

 思えば、こちらに来てから血を流してばかりだな。


 目の前に散らばった一枚のカードに手を伸ばす。

 こいつは俺の青春だからな。

 最後の時くらい一緒に居たい。

 よく見るとスリーブの中に土が入り込んでいる。

 デッキホルダーに収納する為に、オーバースリーブを外したからか。

 スリーブからカードを取り出し、土を払い落とす。

 しかし、短い人生の最後にする事がこれか……。


『我……力を……契約……よ』


 その時、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 姿は見えないが近くだ。

 ニコやハンスではない。

 一体誰の声だったか……。


 …………。


 ……。


 思い出した。

 昨日の朝、夢に出てきた声だ。


『契約せ……が……体……せん』


 途切れ途切れだが、夢に出てきた時よりははっきりと聞きとれる。

 あぁ、分かった。

 こいつは今俺が持っているカードの声だ。

 しかし、今まで何も起こらなかったのに、何故今になって?

 今までと違う所……そうか! スリーブだ!

 マリアも小太りの男も、スリーブを付けずに裸の状態でカードを使っていた。

 一方、俺が持ってきたカードは全てショップでスリーブに入れていた。

 デッキ調整の時にオーバースリーブは付け替えたが、カードを裸の状態にした事は一度もない。

 異世界だからスリーブが存在しないのかと思っていたが、そうじゃない。

 わざと裸でカードを使っていたんだ。

 カードゲーマー特有のカードを大切にする気持ちが、符術士になる条件を遠ざけていたのか。

 そんなの……分かる訳ねぇだろ。


 まあ、いい。

 人生の最後に一発花火を上げてやろうじゃないか。


 契約……してやるよ!


 俺はなけなしの力を振り絞りカードに魔力を送り込む。

 正直、契約の方法なんて分からない。

 魔力に関する知識も昨日教わったばかりだ。

 それでも俺の想いが伝わったのか、カードは俺の手から消え去り、目の前に靄が現れ徐々に人型を形成してゆく。


 俺のイメージは漆黒の鎧に身を包んだ亡霊達のリーダー《霊騎士ガイスト》。

 俺のデッキのキーカードにして最強のカードだ。


 贅沢は言わない。

 俺が死ぬ前にハンスとニコを助けてくれ。


 やがて靄は消え去り、そこに一人の人物が姿を現した。


 それは漆黒の鎧に身を包んだ騎士……ではない。

 黒いゴスロリを着た幼女が立っていた。

 外見年齢は七、八歳くらい。

 ウェーブのかかった銀色の綺麗な長い髪。

 手には白くて丸っこいうさぎのようなぬいぐるみを抱いている。


 そして、初めて出会う相手だが、俺はこの少女をよく知っている。


「はじめまして、わたしミスティ。

 あなたがますたー?」


 それは俺が二年半に渡り愛用してきたユニット。

 彼女の名は、《闇の魔女ミスティ》。


「ますたー、ケガしてる?

 ミスティが治してあげるね」


 そう言って彼女は俺の目の前に屈んで右手をグルグルと回す。


「いたいのいたいの、とんでけー」


 彼女が右手を振り上げた時、俺の視界が暗転し完全な闇に包まれた。

 数瞬後、視界が戻り、全身から痛みがなくなっていく。

 暗くて分かり辛いが、俺の血で赤く染まっていた地面が普通の土に戻っている。

 目の前に散らばっていたカードも無くなっていた。


「な……んだ? これは」


 マリアやニコの治癒魔術とは明らかに別物だと感じた。

 単純に怪我を治したのではない。

 まるで時間を巻き戻したような……。


「ねぇ、ますたー」

「ん?」


 俺が唖然としているとミスティが話し掛けてきた。


「ミスティが自己紹介したんだから、ますたーも自己紹介しなきゃダメだよー」

「あ、あぁ……俺は泉裕也だ」

「はい。よく出来ました。

 ますたー、いい子いい子」


 ミスティがうつ伏せに寝ている俺の頭を撫でてくる。

 俺のイメージでは《霊騎士ガイスト》を召喚(コール)したつもりだったのだが……何だか調子が狂う。


「えっと、けーやくのあかしとして、ますたーに加護をあたえます」


 そう言って彼女は右手でスカートの裾を持ち上げてお辞儀をした。

 畏まっているつもりなのだろうが、左手にはぬいぐるみを抱いたままなので、何だか微笑ましい。


 完全に痛みのなくなった身体を起こし立ち上がる。

 ウリブーの牙にやられた傷は完全に塞がっている。

 それどころか、破れていたはずの衣服までが綺麗な状態に修復されていた。

 消えたと思ったカードは腰のホルダーに収まっていた。


 意識がハッキリしてくると、遠くから草木の揺れる音と、時折金属音が聞こえる。


「そうだ、ハンス達を助けなきゃ!」


 少し離れた場所に落ちていた魔法道具(マジックアイテム)の短剣を拾い上げる。

 まずは比較的近くで気を失っているニコの元に駆け寄った。

 その後ろをミスティがちょこちょこと付いてくる。


「ミスティ、こいつの怪我も治せるか?」

「ますたーのお友達?」

「あぁ、大切な仲間だ」

「だいじょーぶ。

 このお姉ちゃん寝てるだけだよ。

 かすりキズだけ治しておくね」


 そう言って彼女は『いたいのいたいの、とんでけー』と呪文(?)を詠唱しながら、ニコの頭の上で右手をグルグルと回す。

 それは間近で見ても、ただ手を回しているようにしか見えなかった。


「ついでにこの畑も元に戻せないか?」

「んー、これはむりだよぉ……」

「そっか」


 俺の空振りで更地になった畑も直せるかと思ったが、そこまで万能ではないらしい。

 後で農家の人に謝らないとな。

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